1,183 / 1,865
小学生編
実りの秋 6
しおりを挟む俺の腕の中で静かに眠りに落ちていく瑞樹を、しっかり抱きしめてやった。
君は事故当時まだ10歳だった。
今の芽生とそんなに変わらないのに、まさかそこまで惨い経験をしていたなんて。
両親と弟を目の前で失っただけでも堪えきれない酷い惨劇なのに、親戚から追い打ちをかけるような真似をされていたなんて。
デリカシーがなさ過ぎだろう。
瑞樹が俺に話してくれた事故直後の話は、俺の想像の上を行く酷い内容だった。
まだまだきっと、俺に話していない悲しい過去を胸に秘めているのだろう。
幼い君一人で両親と弟、三つの棺を見送った光景を思い浮かべると、俺の胸も切なく震えた。
もう一生分の悲しみを味わった君には、この先はずっと微笑んでいて欲しい。
俺は君の笑顔を、ずっと守りたい。
改めて誓うよ。
温もりを確かめるように瑞樹の小さな頭を掻き抱き、俺も目を閉じた。
もう大丈夫だ。
今日、また一つ重たい過去を吐き出せたな。
空いた分は、俺たちの幸せで埋め尽くそう!
****
「広樹、ちょっといい?」
「母さん、どうした?」
久しぶりに納戸の整理をしていた母さんに呼ばれた。
「これ……懐かしいわね」
「あっ、それって」
綺麗に畳まれた黒いズボンに白いシャツとグレーのベストを見せられて、ハッと息を呑んだ。
それは瑞樹の服だった。
樹の下に呆然と立ち尽くしていた瑞樹が着ていた服だ。
忘れるはずもない。
「懐かしいわね。この服を着た瑞樹と会った日が」
「……そんなもの、まだ取っていたのか」
「何となく捨てられなくて。だって、あの子が実の両親が用意したものだから。タグに『あおきみずき』って名前も書いてあるし」
「……でも、もう必要ないんじゃないか。たぶん、あまりいい思い出はないと思う」
「そうね。でも私達が勝手に処分してもいいのかしら?」
「むしろ、した方がいいと思う。あのさ、葬式に自分の黒い服を着ていたということは、事故後、瑞樹だけ自分の家に戻って、一人で着てきたってことなんだよな?」
「……そういうことになるわね」
俺はあの日……喪服姿の瑞樹の遠い親戚が立ち話をしていたのを聞いてしまった。
……
「へぇ、じゃあ、あの家にわざわざ寄ってきたんですか」
「あぁ、あの子が着ていた服は事故でボロボロだったから廃棄したし、病院の売店で買ったパジャマしかない状態だったから仕方なくな。しかし気持ちいいもんじゃないぜ。主が事故死した家なんてさ。幽霊が出そうで怖いから、俺たちは外で待っていたんだ」
……
家族でピクニックに行った帰り道に、事故に遭ったと聞いていた。
「きっとさ、瑞樹の自宅は出掛けたままだったんだろうな。あまりに日常が溢れていて……瑞樹、辛かったろうな、怖かったろうな」
「そうよね。私が瑞樹の荷物を取りに行った時、涙が溢れて止まらなかったわ。あまりに普段のままで……」
やっぱり! 瑞樹にとって相当ショックな光景だっただろう。
そこにいた人がもういないなんて信じられなかっただろう。
「あの子は、ずっと何かに怯えていたわ」
「……そういえば、瑞樹は忘れ物をするのを怖がっていたよ。神経質に何度もランドセルを開けては確かめてを繰り返しているから聞いたら、寂しく笑っていたよ。忘れ物だけは絶対にしたくないからと……そして……忘れ物にはなりたくないと」
「うっ……」
母さんが泣いた。
俺も涙ぐんでしまった。
事故後、暫く……瑞樹は自分も天国に行きたそうにしていたことを、俺は知っている。
どうして自分だけ置いていってしまったのかと、夜中に魘されて泣き叫ぶこともあった。
今はもう幸せに暮らしている、瑞樹の悲しい過去を思い出す服は、もう処分した方がいい。
これは俺たちの役目だ。
「母さん、これは瑞樹が見る前に処分しよう」
「そうね、捨てるわ!」
母さんがビニール袋に服を突っ込むのを見て、安堵した。
もう断ち切ろう。
悲しみの連鎖を呼ぶものは、いらない。
幸せの連鎖で、悲しみを追い出していこう。
「ええっ、ぐすっ」
「あら。優美ちゃんが泣いてるわよ」
「俺、ちょっと見てくるよ」
「広樹、背中を押してくれてありがとうね」
寝室に行くと、みっちゃんと一緒に眠っていた優美が起きてグズっていた。
「どうした? ゆみ」
「ぐすっ、ぐすっ」
「怖い夢でも見たのか。大丈夫だ。パパがいるから」
……
どうした? みずき……怖い夢でも見たのか。
大丈夫だ。俺がいるから。
……
あの頃、夜な夜な根気よく励まし、悪夢に怯える瑞樹をこんな風に抱きしめてやった。
まだまだ消せない過去がたまに瑞樹を苦しめることもあるだろうが、そんな時は宗吾さんに甘えろ。吐き出せ。抱きしめてもらえよ。
それが瑞樹の兄として、願うことだ。
****
「……宗吾さん」
「どうした? 眠れないのか」
ふっと眠ったと思った瑞樹が呟いた。
「なんだか…今……心がふわりと軽くなりました」
「あぁ……きっと、幸せが……空いた心の隙間を埋めてくれたんだよ」
「そうなんですね……あったかいですね」
「寒くないか」
「少し……」
秋が深まり、少し肌寒くなってきた。
俺は瑞樹を抱きしめなおし、暖を取った。
「君は温かいな」
「そうでしょうか……」
「あぁ、俺の癒やしだよ」
「嬉しいです。必要とされるのが……嬉しいです」
11
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年。
かつて自分を救った玲に再会した静は玲に対して同じ苦しみを味合わせようとする。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる