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小学生編
冬から春へ 36
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「ママぁ、しゅごいひとだね。いっくんうもれちゃうよぅ」
「大丈夫よ。いっくんのオレンジ色のコート、とっても目立つから」
「ほんと?」
「本当よ」
「よかったぁ」
実際には、まだいっくんには少し大きなダッフルコートだったけれども、よく似合っていた。元気が出る明るい色合いで、宗吾さんと瑞樹くんが、芽生くんに、この色をチョイスした気持ちが伝わってくるわ。
「ママも元気になる色よ」
「しょっかー よかったぁ! ママがげんき、うれちいなぁ」
いっくんがはにかむように微笑んで、私の手をキュッと握りしめた。
槙が生まれてから、いっくんはパパ、槙は私と分担していたので、こんな風にゆっくり手を繋ぐのは久しぶり。今日は美智さんに槙を預かってもらえたお陰で、心にゆとりが出来たわ。
中目黒駅から電車に乗って日比谷駅で下車し、そこから徒歩で四丁目の交差点を抜けて東銀座へ。
桐生大河先輩は私がアパレル会社に入社してすぐ、二ヶ月間東京で研修を受けた時、新入社員担当として付いてくれた方だったの。
当時の私は美樹くんとの将来に不安を感じていたのよね。当時まだ医大生だった美樹くんは大切に育てられた一人息子で、学生結婚は許されず猛反対され、私の両親は全く無関心で、道が塞がっていた。
飲み会の席でつい先輩に将来への不安を零すと親身になって聴いてくれたの。「苦しい恋だな。俺が応援するから頑張れ。本当に好きで好きでたまらないのなら一緒になれ」と。それから私たちが駆け落ち同然で結婚する時も、いっくんが生まれた時も、遠くからいつもお祝いをしてくれた恩人よ。家族に見放された私にとって、心強いお兄ちゃんだった。
「おーい、菫!」
老舗デパートのライオンの前で、大河先輩がブンブン手を振っていた。
一際背が高く体格がいいので目立っていたわ。
「獅子《ライオン》の前の、虎《タイガー》ですね」
「ははっ、それ懐かしいな」
「大河先輩、酔っ払ってこのライオンの像に吠えていましたよね」
「ははっ、懐かしいな。あの頃……俺も苦しい恋をしていたから鬱憤が溜まっていたのさ」
「……そうだったのですか。あ、でも今は成就したのですね」
「おい、なんで分かる?」
「先輩の顔、とっても幸せそうですよ」
「そういう菫も幸せそうだ。そう顔に書いてある。一時はどうなることかと思ったが良かったな」
「はい、先輩には大変ご心配をおかけました」
大河先輩がおもむろにしゃがんで、いっくんの顔をのぞき込んだ。
「君が樹くんか」
「うん。いっくんだよ。えっとトラしゃん?」
「ははっ、タイガーだよ」
「つよしょう」
「強くはないさ。おー オレンジ色のダッフルコートがよく似合っているな。遠くからも目立っていたぞ。お日様色の坊や」
いっくんが目をキラキラさせて、大河先輩を見上げていた。
「おいで、俺のテーラーに案内するよ」
「おてら? いっくんね、おてらにいったことあるよ。えっとね、きもだめしもしたよ」
「ん? あぁ寺か。ははっ、なかなか面白い子だな」
「いっくんてば」
「えへへ」
大河先輩の案内で東銀座の路地にある煉瓦造りの小さなビルに辿り着いた。
「ここが俺の城さ」
『テーラー桐生』は想像よりずっと風格のある佇まいだった。
すごい、こんな大都会に自分のお店を構えるなんて。
****
軽井沢
「くまさん、あの子は大丈夫かしら。私たちも家探しをやっぱり今日も手伝った方がいいんじゃないかしら?」
さっちゃんは心配そうだが、俺が潤を信じている。
「昨日家探しをして悟ったんだ。やっぱり本人の気持ちが一番大事だと。俺たちは1日中駆けずり回って疲れた潤が休める場所になろう」
「そうね。あの子を信じていいのね。もう」
「あぁ、三人の息子はそれぞれの場所で自分の足で立っている。だから俺たちはそっと背後から支えてやろう。もちろん全面的に助けが必要な時は飛んで行こう。ケースバイケースで応じていこう」
「そうね、じゃあ、今日は美味しいご飯でも用意しましょう」
「さっちゃん、俺、君の美味しいドーナッツを食べたいな」
「あら、私は美味しい珈琲を飲みたいわ」
「なぁ、俺たちもそろそろ動き出すか」
「くまさん、私たち二人でドーナッカフェをしましょう。そのためには『食品衛生責任者』の資格が必要よね」
「そうだな。二人で取得するか」
「この年になって新たな夢が出来たわ」
年齢は関係ないさ。
人はいつでも成長出来るのだから
思い立ったが吉日。
トライしてみよう。
俺が穴蔵から出て生活が一変したのは、自分の窮屈な拘りを捨てられたからだと思っている。変化を素直に受け入れられると、世界が広がっていく。
だから新しい人生が始まったんだ。
「さっちゃんと俺の夢。二人の夢を叶えよう」
「そうね。今までは夢のままで終わらせていたけれども、これからは目標にして叶えていきたいわ」
「息子達に負けない位、俺たちもまだまだ輝きたいな」
「えぇ」
雲の上の大樹さん、今の俺を見てくれていますか。
あなたが愛したみーくんを通じて、俺の世界もどんどん広がっていきます。
みーくんを見守りつつ、俺も夢を叶えていきます。
いいですよね?
……
熊田、良かったな。
お前の世界が出来て――
お前が育てる幸せの花が見える。
小さな幸せを積み重ねて生きていけ。
俺の分まで、どうかどうか――
……
「大丈夫よ。いっくんのオレンジ色のコート、とっても目立つから」
「ほんと?」
「本当よ」
「よかったぁ」
実際には、まだいっくんには少し大きなダッフルコートだったけれども、よく似合っていた。元気が出る明るい色合いで、宗吾さんと瑞樹くんが、芽生くんに、この色をチョイスした気持ちが伝わってくるわ。
「ママも元気になる色よ」
「しょっかー よかったぁ! ママがげんき、うれちいなぁ」
いっくんがはにかむように微笑んで、私の手をキュッと握りしめた。
槙が生まれてから、いっくんはパパ、槙は私と分担していたので、こんな風にゆっくり手を繋ぐのは久しぶり。今日は美智さんに槙を預かってもらえたお陰で、心にゆとりが出来たわ。
中目黒駅から電車に乗って日比谷駅で下車し、そこから徒歩で四丁目の交差点を抜けて東銀座へ。
桐生大河先輩は私がアパレル会社に入社してすぐ、二ヶ月間東京で研修を受けた時、新入社員担当として付いてくれた方だったの。
当時の私は美樹くんとの将来に不安を感じていたのよね。当時まだ医大生だった美樹くんは大切に育てられた一人息子で、学生結婚は許されず猛反対され、私の両親は全く無関心で、道が塞がっていた。
飲み会の席でつい先輩に将来への不安を零すと親身になって聴いてくれたの。「苦しい恋だな。俺が応援するから頑張れ。本当に好きで好きでたまらないのなら一緒になれ」と。それから私たちが駆け落ち同然で結婚する時も、いっくんが生まれた時も、遠くからいつもお祝いをしてくれた恩人よ。家族に見放された私にとって、心強いお兄ちゃんだった。
「おーい、菫!」
老舗デパートのライオンの前で、大河先輩がブンブン手を振っていた。
一際背が高く体格がいいので目立っていたわ。
「獅子《ライオン》の前の、虎《タイガー》ですね」
「ははっ、それ懐かしいな」
「大河先輩、酔っ払ってこのライオンの像に吠えていましたよね」
「ははっ、懐かしいな。あの頃……俺も苦しい恋をしていたから鬱憤が溜まっていたのさ」
「……そうだったのですか。あ、でも今は成就したのですね」
「おい、なんで分かる?」
「先輩の顔、とっても幸せそうですよ」
「そういう菫も幸せそうだ。そう顔に書いてある。一時はどうなることかと思ったが良かったな」
「はい、先輩には大変ご心配をおかけました」
大河先輩がおもむろにしゃがんで、いっくんの顔をのぞき込んだ。
「君が樹くんか」
「うん。いっくんだよ。えっとトラしゃん?」
「ははっ、タイガーだよ」
「つよしょう」
「強くはないさ。おー オレンジ色のダッフルコートがよく似合っているな。遠くからも目立っていたぞ。お日様色の坊や」
いっくんが目をキラキラさせて、大河先輩を見上げていた。
「おいで、俺のテーラーに案内するよ」
「おてら? いっくんね、おてらにいったことあるよ。えっとね、きもだめしもしたよ」
「ん? あぁ寺か。ははっ、なかなか面白い子だな」
「いっくんてば」
「えへへ」
大河先輩の案内で東銀座の路地にある煉瓦造りの小さなビルに辿り着いた。
「ここが俺の城さ」
『テーラー桐生』は想像よりずっと風格のある佇まいだった。
すごい、こんな大都会に自分のお店を構えるなんて。
****
軽井沢
「くまさん、あの子は大丈夫かしら。私たちも家探しをやっぱり今日も手伝った方がいいんじゃないかしら?」
さっちゃんは心配そうだが、俺が潤を信じている。
「昨日家探しをして悟ったんだ。やっぱり本人の気持ちが一番大事だと。俺たちは1日中駆けずり回って疲れた潤が休める場所になろう」
「そうね。あの子を信じていいのね。もう」
「あぁ、三人の息子はそれぞれの場所で自分の足で立っている。だから俺たちはそっと背後から支えてやろう。もちろん全面的に助けが必要な時は飛んで行こう。ケースバイケースで応じていこう」
「そうね、じゃあ、今日は美味しいご飯でも用意しましょう」
「さっちゃん、俺、君の美味しいドーナッツを食べたいな」
「あら、私は美味しい珈琲を飲みたいわ」
「なぁ、俺たちもそろそろ動き出すか」
「くまさん、私たち二人でドーナッカフェをしましょう。そのためには『食品衛生責任者』の資格が必要よね」
「そうだな。二人で取得するか」
「この年になって新たな夢が出来たわ」
年齢は関係ないさ。
人はいつでも成長出来るのだから
思い立ったが吉日。
トライしてみよう。
俺が穴蔵から出て生活が一変したのは、自分の窮屈な拘りを捨てられたからだと思っている。変化を素直に受け入れられると、世界が広がっていく。
だから新しい人生が始まったんだ。
「さっちゃんと俺の夢。二人の夢を叶えよう」
「そうね。今までは夢のままで終わらせていたけれども、これからは目標にして叶えていきたいわ」
「息子達に負けない位、俺たちもまだまだ輝きたいな」
「えぇ」
雲の上の大樹さん、今の俺を見てくれていますか。
あなたが愛したみーくんを通じて、俺の世界もどんどん広がっていきます。
みーくんを見守りつつ、俺も夢を叶えていきます。
いいですよね?
……
熊田、良かったな。
お前の世界が出来て――
お前が育てる幸せの花が見える。
小さな幸せを積み重ねて生きていけ。
俺の分まで、どうかどうか――
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