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出逢いの章
共に進む道 4
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「帰国って何故?」
「優也……驚かないで聞いてね。実はお母さんが倒れてしまって、今集中治療室にいるの。とても危ない状態なの。だから急いで帰国して」
「えっお母さんが……何故?」
「とにかく早く戻って来て!お父さんもずっと優也のこと探してる」
「う……うん」
目の前が真っ暗になった。気が動転した。さっきまでいつも林檎を送ってくれた母の優しさを思い出していたのに。そんな母が危篤だって?そんな大変な時に僕は何ひとつ知らずにのうのうと、こうやって異国で逃げるように過ごしていたのか。
日本の家族にはソウルに仕事で行くということしか告げず、一度引っ越してからは住んでいる場所もちゃんと伝えていなかった。姉さんがどうやってここを見つけたのか気になったが、まずは帰国しなくては。
今まで考えもしなかった『帰国』の二文字が、唐突に頭に浮かんで来ていた。
仕事は幸いなことに暫く入っていないし、この先の予定はすべてキャンセルして暫く休みを申請しよう。あぁ違う。まず先にやることがあるじゃない。
Kaiくんに連絡しなくては。
いや……でも、やっぱりやめておこう。
姉との通話を終えてすぐにKaiくんへメールを打とうと画面を開いたのに、手がぴたりと止まってしまった。
目を閉じれば、Kaiくんの明るい笑顔を思い出す。
ついさっきだ。やっとのことで笑顔で送り出したのに、アメリカに仕事で行くKaiくんに心配をかけたくない。彼の心をこれ以上、煩わせたくない。
そうだ。まず日本に行って母の様子を見て、落ち着いてからでも遅くない。そう判断して結局Kaiくんには連絡をせずに、バタバタと帰国の手続きを進めてしまった。
……
「優也!こっちよ」
「姉さんっ」
ソウルから羽田へ、その足で東京駅、それから長野新幹線に乗り一気に軽井沢駅へ。
初夏の軽井沢には木漏れ日が優しく揺れていた。
久しぶりの故郷だ。三年いや……故郷に帰るのは五年ぶりになるのか。
そんなにも長い間、大切な故郷を捨て自分を殻に閉じこめて過ごしていたことを後悔してしまう。
駅には姉が車で迎えに来てくれていた。久しぶりに見る五歳年上の姉は、小さな男の子と手を繋いで立っていた。あの子は甥っ子だ。日本を旅立つ時はまだ赤ん坊だったのに、すっかり大きくなったんだな。
「優也、あんたって子は、もう一体どうしちゃったの、私達がどんなに探したことか」
「……ごめんなさい」
「とにかく行きましょう、病院へ」
運転しながら、姉が溜息交じりに呟いた。本当にその通りだ。僕はソウルに旅立ってから三年もの間、日本へは一度も帰国せず、会社の寮を出て一人暮らしを始めてからは、実家への連絡も絶っていたのだから。
酷い息子だ。酷い……弟だ。
本当に全部姉に押し付けて。
「それで姉さん、お母さんの容態は?」
「うん……とても急な心筋梗塞だったのよ。深夜に突然倒れて病院で緊急蘇生処置が行われ、六時間に及ぶカテーテルが手術が行われて、そのまま集中治療室に運ばれたまま意識が戻らないの。危ない状態だと聞いているから」
「うっ……そんな大変なことに……お母さんはまだ六十歳なのに」
「歳は関係ないわ。お母さん、あなたのこと本当に心配していて、いつも気にしていて。きっとストレスもあったのよっ」
「……ごめん。本当にごめんなさい」
何も言えなかった。全部自分勝手な行動をした僕のせいだ。後悔と焦りで冷たくなっていく手を、車の後部座席でギュッと握りしめていると、隣に座っていた甥っ子が小さなあどけない手をそっと重ねてくれた。
それからにこっと微笑みかけてくれた。
「おにいちゃんのて……つめたいね、ぼくのてはあったかいよ」
「……ありがとう、大きくなったね、えっと」
「ぼくは、かいとだよ。えっとよんさいだよ」
「そうか……かいとくんだったね」
かい……Kaiくんと同じ響きに、途端に会いたい気持ちが募ってしまう。
僕が不安な時いつも傍にいて温かい言葉をかけてくれたKaiくんに、今すぐ会いたくなってしまう。本当にもう三十歳にもなるのというのに、こんなにも僕は情けないままで、自分でも嫌になる。
「とにかく病院に行きましょう。お父さんもあなたの帰りを待っているから」
「……お父さんが……分かった」
父に会うのは、気が重い。
父とは翔と一緒に歩いている時、偶然新宿で会ってしまったから。
仕事で東京に来ていた父と、翔と休日を過ごしていた僕。
必死に誤魔化したが、父の目にはあの時の僕たちはどう映っていたのか。
父の不可解な表情と疑惑の目が忘れられない。
父の目が怖くて……帰省の足が徐々に遠のいてしまったのは事実だ。
「優也……驚かないで聞いてね。実はお母さんが倒れてしまって、今集中治療室にいるの。とても危ない状態なの。だから急いで帰国して」
「えっお母さんが……何故?」
「とにかく早く戻って来て!お父さんもずっと優也のこと探してる」
「う……うん」
目の前が真っ暗になった。気が動転した。さっきまでいつも林檎を送ってくれた母の優しさを思い出していたのに。そんな母が危篤だって?そんな大変な時に僕は何ひとつ知らずにのうのうと、こうやって異国で逃げるように過ごしていたのか。
日本の家族にはソウルに仕事で行くということしか告げず、一度引っ越してからは住んでいる場所もちゃんと伝えていなかった。姉さんがどうやってここを見つけたのか気になったが、まずは帰国しなくては。
今まで考えもしなかった『帰国』の二文字が、唐突に頭に浮かんで来ていた。
仕事は幸いなことに暫く入っていないし、この先の予定はすべてキャンセルして暫く休みを申請しよう。あぁ違う。まず先にやることがあるじゃない。
Kaiくんに連絡しなくては。
いや……でも、やっぱりやめておこう。
姉との通話を終えてすぐにKaiくんへメールを打とうと画面を開いたのに、手がぴたりと止まってしまった。
目を閉じれば、Kaiくんの明るい笑顔を思い出す。
ついさっきだ。やっとのことで笑顔で送り出したのに、アメリカに仕事で行くKaiくんに心配をかけたくない。彼の心をこれ以上、煩わせたくない。
そうだ。まず日本に行って母の様子を見て、落ち着いてからでも遅くない。そう判断して結局Kaiくんには連絡をせずに、バタバタと帰国の手続きを進めてしまった。
……
「優也!こっちよ」
「姉さんっ」
ソウルから羽田へ、その足で東京駅、それから長野新幹線に乗り一気に軽井沢駅へ。
初夏の軽井沢には木漏れ日が優しく揺れていた。
久しぶりの故郷だ。三年いや……故郷に帰るのは五年ぶりになるのか。
そんなにも長い間、大切な故郷を捨て自分を殻に閉じこめて過ごしていたことを後悔してしまう。
駅には姉が車で迎えに来てくれていた。久しぶりに見る五歳年上の姉は、小さな男の子と手を繋いで立っていた。あの子は甥っ子だ。日本を旅立つ時はまだ赤ん坊だったのに、すっかり大きくなったんだな。
「優也、あんたって子は、もう一体どうしちゃったの、私達がどんなに探したことか」
「……ごめんなさい」
「とにかく行きましょう、病院へ」
運転しながら、姉が溜息交じりに呟いた。本当にその通りだ。僕はソウルに旅立ってから三年もの間、日本へは一度も帰国せず、会社の寮を出て一人暮らしを始めてからは、実家への連絡も絶っていたのだから。
酷い息子だ。酷い……弟だ。
本当に全部姉に押し付けて。
「それで姉さん、お母さんの容態は?」
「うん……とても急な心筋梗塞だったのよ。深夜に突然倒れて病院で緊急蘇生処置が行われ、六時間に及ぶカテーテルが手術が行われて、そのまま集中治療室に運ばれたまま意識が戻らないの。危ない状態だと聞いているから」
「うっ……そんな大変なことに……お母さんはまだ六十歳なのに」
「歳は関係ないわ。お母さん、あなたのこと本当に心配していて、いつも気にしていて。きっとストレスもあったのよっ」
「……ごめん。本当にごめんなさい」
何も言えなかった。全部自分勝手な行動をした僕のせいだ。後悔と焦りで冷たくなっていく手を、車の後部座席でギュッと握りしめていると、隣に座っていた甥っ子が小さなあどけない手をそっと重ねてくれた。
それからにこっと微笑みかけてくれた。
「おにいちゃんのて……つめたいね、ぼくのてはあったかいよ」
「……ありがとう、大きくなったね、えっと」
「ぼくは、かいとだよ。えっとよんさいだよ」
「そうか……かいとくんだったね」
かい……Kaiくんと同じ響きに、途端に会いたい気持ちが募ってしまう。
僕が不安な時いつも傍にいて温かい言葉をかけてくれたKaiくんに、今すぐ会いたくなってしまう。本当にもう三十歳にもなるのというのに、こんなにも僕は情けないままで、自分でも嫌になる。
「とにかく病院に行きましょう。お父さんもあなたの帰りを待っているから」
「……お父さんが……分かった」
父に会うのは、気が重い。
父とは翔と一緒に歩いている時、偶然新宿で会ってしまったから。
仕事で東京に来ていた父と、翔と休日を過ごしていた僕。
必死に誤魔化したが、父の目にはあの時の僕たちはどう映っていたのか。
父の不可解な表情と疑惑の目が忘れられない。
父の目が怖くて……帰省の足が徐々に遠のいてしまったのは事実だ。
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