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第二章
捕らわれる 5
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「待っていたよ、一宮さん」
大鷹屋の客間へと案内されると、すぐに大旦那が出てきた。
大旦那は恰幅が良く、いかにも大店を力で仕切っているような貫禄のある風貌だった。おそらく父と変わらない年代だろうが、ずっと若く精力的な感じがした。
「おお!その子が噂の息子さんだね、あぁ想像通りだ」
じろじろと頭から足の先まで見られて極まりが悪い。
噂……想像通りって一体なんのことだろう。俺は大鷹屋の大旦那とは面識がないのに……もちろん展示会などで遠目では見かけたことはあるが、一度も話したことはない。
「夕凪や。こらっ早く挨拶をしなさい」
「あっはい。一宮夕凪と申します。至らない点も多いかと思いますが、今日から一年間こちらのお店で精一杯修行させていただきたく存じます。何卒よろしくお願いいたします」
「くっくっくっ修行ねぇ。一宮さんは息子さんにそう説明を?」
「あっへぇまぁそんなとこです。とにかく本当に恩に着ります。大鷹屋さんのお陰ですよ。うちの店がやっていけるのは。息子は一年間お預けしますので、どうぞご自由になさってください。あの……これで私は帰らせてもらいます。じゃあ夕凪しっかりやるんだぞ。粗相のないようにな」
「えっ父さまっ待ってください!」
俺の顔を見ないで気まずそうにそそくさと帰っていく父の背中を、不安げに見送るしかなかった。
「さてと夕凪や、君の部屋を案内しよう。今日から早速働いてもらうからな」
「あの……父からは若旦那の修行を兼ねてと聞いています。俺の仕事は一体なんですか」
さっきから不安で堪らないので、確かめずにはいられない。
「ははっ若旦那の修行とは物も言いようだな。父親からちゃんと聞いてないのか。君の仕事は下男だよ。しかも私付きのね」
「えっ?」
ニヤニヤと蔑むように、俺を見下してくる大旦那の顔が怖いと思った。父と変わらない位の年齢の男性から、俺は一体どういう目で見られているのだろうか。
****
案内されたのは暗くてカビ臭い北側の使用人の部屋だった。使い古され傷んだ畳がささくれ立って足に刺さってくる。それはまるでチクチクと針のように俺の心を苛むようだ。
「さてと、ここが君の部屋だ、君には大旦那さま付きの下男として今日からしっかり働いてもらうからな」
「俺が下男って……そんな何かの間違いでは」
「何言ってんだか。さぁ着替えたら早速大旦那さんのお世話に入って」
「あのっ具体的な仕事を教えてください」
「ははん、君はそうか……元お坊ちゃんだったね。君が今まで下男にしてきてもらったことをこれからは君がするんだよ。まぁうちの大旦那さん相手だから、きつい仕事になるかもだけど、頑張ってくれよ」
「……」
得体の知れない不安が込み上げるのは、昨日暴漢に襲われたせいか。
俺の身はどうなる?
不安で不安で堪らない。
信二郎……君に会える日が再び来るだろうか。
君と共に野山を歩き、君が写生をする姿を横で見たかった。蝶が花々を飛び交う中、君と微笑みあいたかった。
もしかしたら、俺はこの身を落とすかもしれない。そんな危機感に襲われ、胸が締め付けられて苦しくて悔しい。
泣くまいと思うのに。どんな状況でも凛としていたいと思っていたのに……
涙で視界が霞んでいく。
大鷹屋の客間へと案内されると、すぐに大旦那が出てきた。
大旦那は恰幅が良く、いかにも大店を力で仕切っているような貫禄のある風貌だった。おそらく父と変わらない年代だろうが、ずっと若く精力的な感じがした。
「おお!その子が噂の息子さんだね、あぁ想像通りだ」
じろじろと頭から足の先まで見られて極まりが悪い。
噂……想像通りって一体なんのことだろう。俺は大鷹屋の大旦那とは面識がないのに……もちろん展示会などで遠目では見かけたことはあるが、一度も話したことはない。
「夕凪や。こらっ早く挨拶をしなさい」
「あっはい。一宮夕凪と申します。至らない点も多いかと思いますが、今日から一年間こちらのお店で精一杯修行させていただきたく存じます。何卒よろしくお願いいたします」
「くっくっくっ修行ねぇ。一宮さんは息子さんにそう説明を?」
「あっへぇまぁそんなとこです。とにかく本当に恩に着ります。大鷹屋さんのお陰ですよ。うちの店がやっていけるのは。息子は一年間お預けしますので、どうぞご自由になさってください。あの……これで私は帰らせてもらいます。じゃあ夕凪しっかりやるんだぞ。粗相のないようにな」
「えっ父さまっ待ってください!」
俺の顔を見ないで気まずそうにそそくさと帰っていく父の背中を、不安げに見送るしかなかった。
「さてと夕凪や、君の部屋を案内しよう。今日から早速働いてもらうからな」
「あの……父からは若旦那の修行を兼ねてと聞いています。俺の仕事は一体なんですか」
さっきから不安で堪らないので、確かめずにはいられない。
「ははっ若旦那の修行とは物も言いようだな。父親からちゃんと聞いてないのか。君の仕事は下男だよ。しかも私付きのね」
「えっ?」
ニヤニヤと蔑むように、俺を見下してくる大旦那の顔が怖いと思った。父と変わらない位の年齢の男性から、俺は一体どういう目で見られているのだろうか。
****
案内されたのは暗くてカビ臭い北側の使用人の部屋だった。使い古され傷んだ畳がささくれ立って足に刺さってくる。それはまるでチクチクと針のように俺の心を苛むようだ。
「さてと、ここが君の部屋だ、君には大旦那さま付きの下男として今日からしっかり働いてもらうからな」
「俺が下男って……そんな何かの間違いでは」
「何言ってんだか。さぁ着替えたら早速大旦那さんのお世話に入って」
「あのっ具体的な仕事を教えてください」
「ははん、君はそうか……元お坊ちゃんだったね。君が今まで下男にしてきてもらったことをこれからは君がするんだよ。まぁうちの大旦那さん相手だから、きつい仕事になるかもだけど、頑張ってくれよ」
「……」
得体の知れない不安が込み上げるのは、昨日暴漢に襲われたせいか。
俺の身はどうなる?
不安で不安で堪らない。
信二郎……君に会える日が再び来るだろうか。
君と共に野山を歩き、君が写生をする姿を横で見たかった。蝶が花々を飛び交う中、君と微笑みあいたかった。
もしかしたら、俺はこの身を落とすかもしれない。そんな危機感に襲われ、胸が締め付けられて苦しくて悔しい。
泣くまいと思うのに。どんな状況でも凛としていたいと思っていたのに……
涙で視界が霞んでいく。
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