夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第四章

残された日々 3

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「見合いを断ることは許さんからな。月影寺の名にかけて心して過ごすように。日取りを決めたらまた知らせる」

 結局祖父の強い一言で幕を閉じた。

 嫌だ……結婚なんてしたくない。

 僕の望みは……流水と二人で、ただ静かに暮らしたいだけだ。

 それ以上のことは望んでいない……浅はかな夢だと知っているから。

 祖父が帰った後、流水のことを縋るような目で見つめると、すっと視線を外された。

 胸がつぶれる思いだった。

 流水に嫌われたのか。もしやあんな噂を立って……僕を疎んでいるのか。

「すまなかった。お前に迷惑をかけた。やはり、おじい様の言う通りにした方がいいと思うか」

 今度は苦虫を噛み潰したような表情を、流水は浮かべた。

「それを俺に聞くんですか」

 流れない会話。絡まった糸。長い沈黙が続いて行く。

 もう駄目だ。きっと嫌がっているのだ。僕が……僕がひかないと、流水にだけは迷惑をかけたくない。そう誓ったばかりじゃないか。

 もう引けよ! 兄としてしっかり対処しろ!
 自分にそう必死に言い聞かせた。

「もう……全部……分かった。おじい様の仰せのままに」
「くそっ……何を分かったというのですかっ!」

 急に流水が僕の両肩をガシッと掴んできた。
 指先は冷たくギリギリと力が入り、痛いくらいだ。

「俺がどんな気持ちで、じいさんと話したと思っているのですか」

 このまま口づけされてしまえば、そんな甘美な夢を見てしまう程の至近距離だ。こんなに怒ってくれるなんて、ガクガクと大きく肩を揺さぶられても、覚めない夢に酔っていた。

「行かせたくない! 兄さんはここにいて下さい」

 流水が僕をぎゅっと抱きしめた。
 背中に回された手は熱く燃えるよう。

 僕の肩口に埋めた顔を……その表情を見てみたい。
 僕は……僕は夢を見てもいいのか。

 見てはいけない夢を……

 その時廊下から足音が聞こえ、お互いビクッと躰を強張らし離した。

 どこで誰が見ているかわからないのだから、細心の注意をすべきなのに、僕はこんなところでまた甘えてしまった。本当に懲りていない。

「兄さんもう出ますよ。二人きりは良くない」
「うん、分かっている」

 祖父から言われたばかりなのに。

 気まずい思いで俯いていると、流水がそっとすれ違いざまに肩に手をあててくれた。

 その手に、僕の手を重ねた。

「ありがとう」
「兄さん……」

 流水はふっと表情を緩めた。

 あぁ僕は……彼のこの顔が好きだ!

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