忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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忍ぶれど……

枯れゆけば 1

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 新学期の夕方のことだ。

 部活が終えて帰宅したら、流がふてくされて布団の中に潜っていた。

 まぁ……いつものことだろう。長丁場になりそうだな。

 あまり大袈裟に考えず自室に一旦戻って着替えようとしたら、流がすごい勢いでドンっと僕を突き飛ばし、窓辺に置いてあった何かを抱えて窓から飛び出した。

 流があんなに乱暴な行動を取るなんて、驚いた。

 弟なのに、まるで僕の知らない獰猛な動物のように見えて一瞬怯んでしまった。

 流? 一体何をそんなに焦っていたの?

 その後、机に座り勉強しようと思った時、壁に貼ってあった写真がなくなっていることに気が付いた。

「あれ? 写真はどこだろう? おかしいな」

 夏に行われた夏期遠泳大会の集合写真で、五人のグループごとに褌水着姿で肩を組んで撮ったものだった。風で飛ばされたのかと思い、部屋の隅々まで探したが見当たらなかった。

 もしかして、流が持ち出したのかな?

 でも、どうしてわざわざあの写真を?

 なんとも理解しがたい疑問が湧いてきた。

 結局、30分程経ってから流は何食わぬ顔で戻って来た。

 もう落ち着いたようだったので、写真のことも飛び出した理由もふてくされていた理由も、何一つ聞けなかった。

 うーん、流も14歳だ。

 これは思春期というのかな?

 最近、いつも僕の背中を追ってきた流の姿が見えないことが増えた。

 そのことが少し寂しく、不安だよ。

 流……どうした?

 






「翠、何をぼーっとしてるんだよ」
「えっ、あっ、ごめん、なんだっけ? 聞いてなかった」
「珍しいな、お前がぼんやりしているなんてさ。何かあったのか」

 中学からの親友の達哉は、普段から勘がいいので焦ってしまう。僕がぼんやりとしていた理由を悟られてはいけない。

「なんでもない。えっと……これに答えればいいの?」
「そうだよ、あとお前だけだよ。アンケート提出してないの」

 手元のわら半紙を見て、思わず溜息が漏れてしまう。

 それは十月中旬に行われる文化祭の、クラスの出し物を決めるアンケートだった。

「うーん、どれにするかな」

 高1B組の出し物

1・和風喫茶
2・迷路
3・お化け屋敷

 どれを選んでも似たり寄ったりの内容だろう。おまけに最後のアンケートには、ほとほと困ってしまう。

 女装コンテストに推薦する生徒を一人書いて下さいだなんて。

 あれは去年だ。

 高校の文化祭会場を覗いて驚いたのは。

 この学校は中高一貫校なので文化祭は同時開催で行われるが、中学と高校で目指すところが違いすぎる。

 中学の時は夏休みにそれぞれが目的をもって取り組んだ自由研究の発表の場という堅苦しいものなのに、高校ではうって変わって、ただのお祭り騒ぎだ。

 中でも驚いたのは、女装コンテスト。

「女装なんて変だよ」

 眉をひそめる僕に対して、男子校なら珍しくないイベントだと、一緒に行った友人たちは笑って取り合ってくれなかった。

 コンテストの内容は、事前にアンケートで選ばれた上位三人の男子生徒が女装して登場するものだ。ご丁寧にカツラやメイクまでして、希望者と肩を組んでツーショットの写真を撮ったりと、コンテスト会場はお祭り気分も最高潮のようで、熱気で溢れていた。

 ごっついラグビー部の主将が選ばれて、お笑い系になっている場もあったが、本当に女の子と見間違えてしまいそうな可愛らしい姿にさせられている先輩もいた。

 あまりに衝撃的な光景に驚いて立ちすくんでいると、周りの高校生たちが僕の顔をじろじろと見始めた。

「おっ! 君、えらい美人だな~ おいっ見てみろよ」
「本当だ。滅茶苦茶可愛いなぁ。お肌女の子みたいにすべすべだなぁ」
「へぇ、まだ中学生か? 来年高校生?」
「来年のコンテスト出場決定だな、ねっ名前教えて」
「来年になったらもっと美人になるぞ。スタイルもいいし、可愛いお尻に今からそそられるな!」

 言いたい放題に言われ心が塞がる思いだったのに、更に自分の周りに人だかりがあっという間に出来て怖くなって逃げだした。

 なんだよ、今の……

 数々の屈辱的な言葉を浴びた。

 寺の跡取りとして煩悩を捨て修行を始めた身には、まったく馴染みのない卑猥な言葉の暴力を浴び、何をされたわけでもないのに気持ち悪くなってしまった。

 あの時のことがフラッシュバックしてしまい、心臓がドキドキしてくる。

 もう一年も前のことだ。もうみんな忘れているはずだ。

 きっと……きっと大丈夫だ。

 そう自分に必死に言い聞かせるが、達哉がそれを裏切るようなことを告げた。

 アンケートの最終質問の箇所をトントンと指で叩いて来た。

「翠、ここ、書かないのか」
「……うん、誰も思いつかないよ」
「あのさ……黒板を見てみろよ。今のところ翠がぶっちぎりで一位だ」
「えっ、まさか!」

 つーっと冷や汗が、背中に流れるのを感じてしまった。

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