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忍ぶれど……
枯れゆけば 20
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強引に掴まれた腕が痛かった。
「痛っ」
一瞬驚いたけれども、相手の顔を見た途端、気が抜けた。
「流っ!」
「しっ! やっぱり兄さんか。一体こんな所で何をしているんだ」
「えっ、なっ……何って」
校門で待ち合わせしていたはずの流が、何故ここに現れたのか分からなくて、心臓が飛び出しそうだった。
流は流で、酷く焦った様子で僕を見下ろしている。
「その荷物、貸せよ」
「え?」
「ほらっ、早く」
有無を言わさず、流が僕の持っていた荷物を取り上げた。その鞄の中には、巫女の衣装が入っていたので戸惑ってしまう。
「あっ、駄目だ!それは」
「分かっている。達哉さんから借りたんだろ。はぁ……全く兄さんは」
「流、も、もしかして、何か……見た?」
もしかして一番見られたくないと思っていた弟に、女装コンテストの一部始終を見られてしまったのか。あんな風に達哉に抱かれてステージを歩いたことも、何もかも……
「いや、何も見ていない。ただ、この更衣室に兄さん入って行く後姿を見ただけだから」
やっぱり巫女の格好をしていたことはバレてしまったようだ。
「よく分かったな。僕の姿、その……いつもと違っただろう?」
「兄さんの後姿なんて、俺にはすぐに分かる。とにかく厄介なことになるから、これは俺から返しておく」
「えっ……厄介なことって」
****
はぁ……全く兄さんは何にも分かってない。
本当に無自覚にも程がある。
兄さんが出てくるのを待っているのは、俺と克哉だけじゃなかった。
他の男子生徒も、目の色を変えて探しているじゃないか。
無防備すぎるよ。兄さんは……
その顔がどんなに男をそそるのか、分かっていない。
****
兄さんの学校に入れるのが嬉しく、家を早く出過ぎた。
そのせいで校門に約束の時間よりも随分早くに着いてしまった。
克哉はまだ来てなかったので、俺は塀にもたれて読みかけの本を読み始めた。
ところが静寂を打ち破る騒めきに、はっとした。校門のすぐ裏にグランドがあるのだろう。そこから大歓声が聴こえてきたから。
「なんだろう?」
つい好奇心が勝り、裏手の低い木によじ登り塀越しにのぞき見をしてしまった。俺は木登りが得意だからな。
歓声の向こうには、横抱きにされた白い着物姿の女の子が男子学生に抱かれて、ステージを一周していた。
なんだ、あれ? 男子校なのにあんなの許されるのか。
んっ……あれって巫女の服装だよな?
長い黒髪のせいと、顔を相手の胸元に隠れるように埋めているのでよく分からないが、ひどくモヤモヤした気持ちだった。
あの女の子のことを、俺はどこかで見たような。
「こらっ、そこの君っ! 今すぐ木から降りなさい」
守衛さんから注意されたので慌てて校門に戻ると、克哉が立っていた。ニヤニヤと随分楽しそうな笑みを浮かべながら片手をあげた。
「よっ、流も張り切ってんな~ 早いじゃん! 早く中に入ろうぜ」
「いや、まだ駄目だ。十三時半になったら入ると兄さんと約束しているから」
「お前さぁ、そんないいつけ守るのかー。ははっガキじゃねぇんだから、早く行こうぜ」
「いや俺はここで兄さんを待つよ。チケットだけ寄こせよ」
「へぇ~ 意外とお堅いんだな」
「バカ! お前が軽すぎるんだ!」
結局克哉は一人でさっさと門を潜って行ってしまった。
全く自分勝手な奴だ。
俺は流兄さんとの約束を破るようなことはしたくない。
時計の針を気にしつつ兄さんがやってくるのを待っていると、息を切らしながら克哉が戻って来た。
「おいっ、大変だ!」
「何がだよ?」
「あっ、あの子がいたんだ!」
「あの子って?」
「ほらっ、この前話した巫女の子が、俺の兄貴と並んで歩いているんだ! こっちだ」
巫女という言葉にドキっとした。さっき覗き見したあの子か。それって……じゃあつまり、あの子が克哉が一目ぼれしたという女の子になるのか。
それにしても、なんで文化祭に来ているんだ?
あ……もしかして本当に達哉さんの彼女なのかも。
それは俺にとって朗報なので、克哉の後に付いて見に行った。
「ほらっ、あそこだ!」
目に飛び込んで来たのは、二人が並ぶ後姿だった。
「なっ、すげぇ可愛いだろ?」
「よく分からないな。後姿じゃ」
まだ遠目でよく見えなかった。
「あれ? なんであっちに? 更衣室に入ったのか、あれ兄貴は違う方向に行っちまう! チッ、俺は兄貴に聞いて来るから、流はここで出てくるの見張っていろよ。出て来たらすぐに俺に教えろよ」
「分かったよ」
克哉と離れた後、その子を更に近くから見て仰天した。
巫女姿の長い黒髪の女性だと思っていたのは……
俺の兄さんだった!
近くで見れば、俺には翠兄さんの後姿だとすぐに分かった。
だって俺はずっと小さい時から兄さんの後姿を追ってきたし、最近は毎朝穴が開くほどじっと見つめていたのだから。
微かな歩き癖やすっきりとした後姿。
姿を変えていても、間違うはずがない!
「痛っ」
一瞬驚いたけれども、相手の顔を見た途端、気が抜けた。
「流っ!」
「しっ! やっぱり兄さんか。一体こんな所で何をしているんだ」
「えっ、なっ……何って」
校門で待ち合わせしていたはずの流が、何故ここに現れたのか分からなくて、心臓が飛び出しそうだった。
流は流で、酷く焦った様子で僕を見下ろしている。
「その荷物、貸せよ」
「え?」
「ほらっ、早く」
有無を言わさず、流が僕の持っていた荷物を取り上げた。その鞄の中には、巫女の衣装が入っていたので戸惑ってしまう。
「あっ、駄目だ!それは」
「分かっている。達哉さんから借りたんだろ。はぁ……全く兄さんは」
「流、も、もしかして、何か……見た?」
もしかして一番見られたくないと思っていた弟に、女装コンテストの一部始終を見られてしまったのか。あんな風に達哉に抱かれてステージを歩いたことも、何もかも……
「いや、何も見ていない。ただ、この更衣室に兄さん入って行く後姿を見ただけだから」
やっぱり巫女の格好をしていたことはバレてしまったようだ。
「よく分かったな。僕の姿、その……いつもと違っただろう?」
「兄さんの後姿なんて、俺にはすぐに分かる。とにかく厄介なことになるから、これは俺から返しておく」
「えっ……厄介なことって」
****
はぁ……全く兄さんは何にも分かってない。
本当に無自覚にも程がある。
兄さんが出てくるのを待っているのは、俺と克哉だけじゃなかった。
他の男子生徒も、目の色を変えて探しているじゃないか。
無防備すぎるよ。兄さんは……
その顔がどんなに男をそそるのか、分かっていない。
****
兄さんの学校に入れるのが嬉しく、家を早く出過ぎた。
そのせいで校門に約束の時間よりも随分早くに着いてしまった。
克哉はまだ来てなかったので、俺は塀にもたれて読みかけの本を読み始めた。
ところが静寂を打ち破る騒めきに、はっとした。校門のすぐ裏にグランドがあるのだろう。そこから大歓声が聴こえてきたから。
「なんだろう?」
つい好奇心が勝り、裏手の低い木によじ登り塀越しにのぞき見をしてしまった。俺は木登りが得意だからな。
歓声の向こうには、横抱きにされた白い着物姿の女の子が男子学生に抱かれて、ステージを一周していた。
なんだ、あれ? 男子校なのにあんなの許されるのか。
んっ……あれって巫女の服装だよな?
長い黒髪のせいと、顔を相手の胸元に隠れるように埋めているのでよく分からないが、ひどくモヤモヤした気持ちだった。
あの女の子のことを、俺はどこかで見たような。
「こらっ、そこの君っ! 今すぐ木から降りなさい」
守衛さんから注意されたので慌てて校門に戻ると、克哉が立っていた。ニヤニヤと随分楽しそうな笑みを浮かべながら片手をあげた。
「よっ、流も張り切ってんな~ 早いじゃん! 早く中に入ろうぜ」
「いや、まだ駄目だ。十三時半になったら入ると兄さんと約束しているから」
「お前さぁ、そんないいつけ守るのかー。ははっガキじゃねぇんだから、早く行こうぜ」
「いや俺はここで兄さんを待つよ。チケットだけ寄こせよ」
「へぇ~ 意外とお堅いんだな」
「バカ! お前が軽すぎるんだ!」
結局克哉は一人でさっさと門を潜って行ってしまった。
全く自分勝手な奴だ。
俺は流兄さんとの約束を破るようなことはしたくない。
時計の針を気にしつつ兄さんがやってくるのを待っていると、息を切らしながら克哉が戻って来た。
「おいっ、大変だ!」
「何がだよ?」
「あっ、あの子がいたんだ!」
「あの子って?」
「ほらっ、この前話した巫女の子が、俺の兄貴と並んで歩いているんだ! こっちだ」
巫女という言葉にドキっとした。さっき覗き見したあの子か。それって……じゃあつまり、あの子が克哉が一目ぼれしたという女の子になるのか。
それにしても、なんで文化祭に来ているんだ?
あ……もしかして本当に達哉さんの彼女なのかも。
それは俺にとって朗報なので、克哉の後に付いて見に行った。
「ほらっ、あそこだ!」
目に飛び込んで来たのは、二人が並ぶ後姿だった。
「なっ、すげぇ可愛いだろ?」
「よく分からないな。後姿じゃ」
まだ遠目でよく見えなかった。
「あれ? なんであっちに? 更衣室に入ったのか、あれ兄貴は違う方向に行っちまう! チッ、俺は兄貴に聞いて来るから、流はここで出てくるの見張っていろよ。出て来たらすぐに俺に教えろよ」
「分かったよ」
克哉と離れた後、その子を更に近くから見て仰天した。
巫女姿の長い黒髪の女性だと思っていたのは……
俺の兄さんだった!
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