忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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忍ぶれど……

枯れゆけば 19

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「えー 張矢翠くんのミッションは『観客の中から一人選んで、お姫様抱っこしてもらいステージを一周する』です! 最高ですねぇ、これは大当たり!」
「ヒュー ヒュー イイネー」
「翠くん俺がしてやるよ~」
「何言ってんだ。俺にさせろ」

 途端に辺りが一気に騒がしくなる。

 舞台の前に黒い人集りが出来て、呆然とした。

 人前で女の子のように横抱きにされるって、そんなの僕のプライドが許さない。女装まではなんとか頑張った。でも、もう我慢の限界が近づいていた。

 駄目だ……しっかりしろ翠。

 そう自分を励ますが、人集りに目を向けることは出来なかった。

 とても怖い。

 同じ学生なのに、殺気立っている。

 どうして、そんなに仄暗く揺らいだ目を?

「はーい、そろそろ決めて下さい。時間切れですよぉ」
「……」

 こんなこと、いちいち気にするな。
 これはただのお遊びで、お祭りの一環だ。
 真面目に考えるな。軽くあしらえばいい。

 それは分かっているのに、馬鹿みたいにガチガチな僕の性格が災いして、足が竦んで顔が真っ青になっていく。

「翠くーん、決められないなら、こっちで決めちゃいますよぉ」

 群がった学生がアピールする声が、罵声のように聞こえる。

 そんな時ふわっと躰が宙に浮いた。

「なっ、何?」
「しっ翠。嫌なら目を瞑ってろ」
「達哉っ」

 達哉の声が耳元でした。
 軽々と僕を抱き上げているのは、達哉だった。

 同級生で親友の達哉に、男なのにこんな風に横抱きにされて……もう恥ずかしさで死ねる。そう思ったのに、達哉は我関せずといった様子で、僕を抱き上げてステージをぐんぐん歩き出した。

「達哉ずりいぞ!」
「そうだ! そうだ!」
「うるせーな。俺でいいんだよ!」

 もう何がなんだかわからない。

 とにかく目をギュッと瞑って、達哉の胸元に真っ赤になった顔を隠して、やり過ごすしかなかった。

****

「翠、俺はクラスの当番の時間だから、ちょっと行ってくる。今のうちに着替えて来い。今なら中に誰もいないし」

 達哉が体育館の更衣室を覗いて、そう告げた。

「あぁ、達哉……さっきはありがとう」
「まさか翠が、よりによってあんなの引くなんて焦ったよ」
「うっ五月蠅いな!」
「他にもっとましな芸がいくらでもあったのに」
「僕はクジ運悪いんだ」
「まぁチュウよりましか?」
「ちゅ……チュウって?」

 自分の口で復唱してから、真っ赤になってしまった。

「ははっ! そっちがよかった?」
「達哉っ、もういい加減にしろよ!」
「翠、怒っていいよ。俺に……もっともっと」
「達哉……」
「正論で片付けようとした。翠の気持ち尊重出来なかった。悪かった」
「達哉が謝ることじゃない。それに達哉は僕の窮地を救ってくれたんだ」
「翠は、優しいな。その優しさが仇とならないといいが」
「何言って?」
「おっと時間だ。気をつけろよ」
「うん」


 達哉と別れて更衣室に入り、早急に巫女の衣装は脱ぎ捨てた。カツラも取ってすっきりした。

 ふう、大変な目に遭った。

 だが……これで、ようやく男に戻れた。

 もう仮の姿は終わりだ。借りた衣装はそのまま洗わずに返していいというので、その言葉に甘え丁寧に畳み紙袋に入れた。

 そこでようやく一息ついて時計の針をみると、流と約束した時間が迫って来ていた。

「大変だ。もうこんな時間だ」

 早く流を校門まで迎えに行ってやらないと。

 憂鬱なことは終わった。

 これで午後は弟の流と文化祭を一緒にまわれる。

 そう思うと気が晴れた。

 とにかくもうこれで僕は自由だ。

 ここ数日の悩みが解消され、今は清々しい気分だよ。

 ところが校門へ向かおうと更衣室のドアを開けた途端、誰かが勢いよく入ってきて、中に押し戻されてしまった。

 強引に腕も掴まれている!

「えっ!」


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