忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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忍ぶれど……

届かない距離 2

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 今年は雪がよく降るな。

 一月にも一度大雪が降り、その雪がまだ路肩に残っていた。

 降った時は美しい純白の世界だったのに、今は排気ガスに汚れ灰色の塊となっていた。

 まるで俺の心のようだ。

 そんなことを学校の帰り道、バスの車窓から過ぎ去っていく景色を眺めながら思っていた。

 兄と同じ高校へ行けなかった悔しさは、高一の三学期になっても俺の心を燻らせていた。それに間もなく兄は高校を卒後して、更に違う世界へ羽ばたいていってしまう。

 どんどん手が届かないところへ行ってしまう兄の背中を見るのが、最近とても辛かった。

「次は月影寺前~ 月影寺前」
「あっ降ります」

 最寄りのバス停で降りて山門を潜ろうとすると、外出する兄とすれ違った。

 濃紺のダッフルコートに灰色のマフラーをぐるぐるに巻いているにもかかわらず、青白い顔をしていた。

「兄さん、こんな時間にどこへ行くんだ?」

 一月の夜は早い。五時過ぎでもう真っ暗だ。それに今日は天気もどんよりし、また雪が降りそうな程、冷え込んでいた。

「あぁ流、お帰り。今帰りなんだね。ちょっと達哉の家に行ってくる。辞書を貸したままだったの思い出して」
「はぁ? そんなの電話して持って来させればいいじゃないか。別に兄さんがわざわざ出掛けなくても」
「うん……でも達哉も今追い込みの時期だし、僕の方も急ぐから取りに行った方が早いかなって」
「ふぅん、勝手にすればっ!」
「……早めに帰るよ」

 兄の後姿は、少し寂しそうだった。

 いつもなら「俺が取って来てやるよ」と言う所なのに、何故かこの時は親身になれなかった。達哉さんを気遣う兄に苛ついたのか。受験勉強に精を出す兄のこと……受かったらこの寺を出て遠い京都に行ってしまうと思うと、素直に応援出来ないからなのか。

 遠ざかる兄からコンコンと小さな咳が聴こえても、俺は兄のもとへ行かなかった。

 達哉さんの家まで徒歩で十五分程、なぁに大した距離じゃない。

 ついでに風邪でもひいて、京都の大学なんて受験できなければいい。

 そうしたらずっとずっと……傍にいられるのに。

 そんな浅はかで恐ろしい願いを抱いてしまったことに、ブルっと身震いした。

 俺は兄のことを考えているようで、自分のことしか考えていない我が儘で身勝手な弟だ。

 本当に最低だな。

 何一つ成し遂げられていない。




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