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色は匂へど……
我慢の日々 5
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「兄さん! ついに完成したぞ!」
翠兄さんと話していると、大声が響いた。
息を切らして部屋に入って来たのは、私の二歳年上の兄、流兄さんだった。
相変わらず作務衣に長髪の黒髪を後ろで無造作に束ねる風来坊のようなスタイルだ。確か翠兄さんの代わりに寺の住職修行をしていると聞いていたが、以前と何も変わらない兄の豪快な様子に何故か安堵した。
「なんだ? 丈じゃないか。来ていたのか」
「はぁ? 来ていたって、流兄さんが私を呼んだのでしょう?」
「あっ余計なこと言うなよ! 翠兄さんに心配かけるだろう。まぁいいや。丈もちょっと来い」
「流、どうしたんだい? そんなに息を切らせて」
「さぁ翠兄さん行きましょう」
「うん、流……すまないが……手を貸してくれないか」
「分かってますよ、さぁどうぞ」
翠兄さんが流兄さんを探るように手を彷徨わせると、その手を流兄さんがしっかりと握りしめた。
「ここですよ。俺はここにいる」
「……うん」
視力を失っているのだから当たり前の光景だが、心がざわついた。
いつもスッと背筋を伸ばし私たちの前を歩いていた、四歳年上の兄の、こんな覚束ない姿は見たことがないので、やりきれない想いが溢れてくる。
改めて兄が完全に視力を失っていることに、大きなショックを受けた。
一体何故こんなことに……
私にとっても大事な兄なのだ! 不愛想な私をいつも気にかけてくれる優しい心を持っていて、同時に自分自身に厳しい人で……そんな部分も全部尊敬している。
翠兄さんをが、このような姿になってしまった理由を知りたくて溜まらない。だから流兄さんに手を引かれて部屋から出て行こうとする翠兄さんの肩を、思わず乱暴に掴んで、呼び止めてしまった。
「待って下さい。やはり聞かずにはいられません! 一体何があったんですか。視力を奪われたのには大きな引き金があったはずです。私にちゃんと話してくれないと解決方法が見つかりません!」
あぁ……しまった。やってしまった。
これは医師として、あるまじき行為だ。
こんな風に相手が必死に隠したいことを、ストレートに乱暴に聞いてはいけないというのは、散々講義や実習で学んだはずなのに、兄を想う弟としての気持ちが先走ってしまった。
私にも……自分でも止められない制御出来ない感情があるとは……
この年齢になって初めて知った。
「丈っ、よせ! 駄目だ!」
翠兄さんの肩を掴んで揺さぶると、流兄さんにすぐに止められた。
翠兄さんは蒼白な顔でカタカタと震え出した。
「……やっ……」
「翠兄さん?」
流兄さんと繋いでいた手をバサッと振り解き、闇雲に手を振り回し逃げ惑う素振りを見せた。後ずさりしていく唇が恐怖で細かく震えている。
何だ? これは……
「兄さん、どうしたんです? 落ち着いて」
肩に手を今度は優しく触れると、兄さんがますます真っ青になった。
「あっ、嫌だっ! 僕に触れるな! どうして……僕なんだ! もう嫌だ……もう許して……」
今まで聞いたことない程の悲痛な声を上げて、涙をボロボロと流す翠兄さんの様子に唖然としてしまった。
なんだ、これは?
「翠兄さん! 大丈夫だ。ここはもう月影寺だ。俺がいる! 流がいるから落ち着いて」
「うっ……うう」
見えない目で逃げようと藻掻く、翠兄さんを流兄さんが慌ててしっかりと抱きしめた。
そして耳元で必死に伝えている。
ここが安全で、誰が傍にいるかということを。
「丈、お前ってヤツは……馬鹿か! それでも医者かよっ、刺激すんな! 翠兄さんを怖がらせて……」
そこまで言われてやっと正気になった。
「すみません。ですが……」
医者としてはあるまじき行為だったが、一つだけ分かったことがある。
翠兄さんの精神状態にとどめを刺し、視力を失うほどの恐怖を与えたのは……多分……男だ。
かなり乱暴な男だったに違いない。
おそらく兄さんが一番会いたくない人だ。
一体……誰だ?
翠兄さんと話していると、大声が響いた。
息を切らして部屋に入って来たのは、私の二歳年上の兄、流兄さんだった。
相変わらず作務衣に長髪の黒髪を後ろで無造作に束ねる風来坊のようなスタイルだ。確か翠兄さんの代わりに寺の住職修行をしていると聞いていたが、以前と何も変わらない兄の豪快な様子に何故か安堵した。
「なんだ? 丈じゃないか。来ていたのか」
「はぁ? 来ていたって、流兄さんが私を呼んだのでしょう?」
「あっ余計なこと言うなよ! 翠兄さんに心配かけるだろう。まぁいいや。丈もちょっと来い」
「流、どうしたんだい? そんなに息を切らせて」
「さぁ翠兄さん行きましょう」
「うん、流……すまないが……手を貸してくれないか」
「分かってますよ、さぁどうぞ」
翠兄さんが流兄さんを探るように手を彷徨わせると、その手を流兄さんがしっかりと握りしめた。
「ここですよ。俺はここにいる」
「……うん」
視力を失っているのだから当たり前の光景だが、心がざわついた。
いつもスッと背筋を伸ばし私たちの前を歩いていた、四歳年上の兄の、こんな覚束ない姿は見たことがないので、やりきれない想いが溢れてくる。
改めて兄が完全に視力を失っていることに、大きなショックを受けた。
一体何故こんなことに……
私にとっても大事な兄なのだ! 不愛想な私をいつも気にかけてくれる優しい心を持っていて、同時に自分自身に厳しい人で……そんな部分も全部尊敬している。
翠兄さんをが、このような姿になってしまった理由を知りたくて溜まらない。だから流兄さんに手を引かれて部屋から出て行こうとする翠兄さんの肩を、思わず乱暴に掴んで、呼び止めてしまった。
「待って下さい。やはり聞かずにはいられません! 一体何があったんですか。視力を奪われたのには大きな引き金があったはずです。私にちゃんと話してくれないと解決方法が見つかりません!」
あぁ……しまった。やってしまった。
これは医師として、あるまじき行為だ。
こんな風に相手が必死に隠したいことを、ストレートに乱暴に聞いてはいけないというのは、散々講義や実習で学んだはずなのに、兄を想う弟としての気持ちが先走ってしまった。
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「……やっ……」
「翠兄さん?」
流兄さんと繋いでいた手をバサッと振り解き、闇雲に手を振り回し逃げ惑う素振りを見せた。後ずさりしていく唇が恐怖で細かく震えている。
何だ? これは……
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肩に手を今度は優しく触れると、兄さんがますます真っ青になった。
「あっ、嫌だっ! 僕に触れるな! どうして……僕なんだ! もう嫌だ……もう許して……」
今まで聞いたことない程の悲痛な声を上げて、涙をボロボロと流す翠兄さんの様子に唖然としてしまった。
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そこまで言われてやっと正気になった。
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