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色は匂へど……
我慢の日々 4
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流兄さんから、珍しくインターン先の病院に連絡が入った。
「丈、久しぶりだな」
「……どうしたんです? わざわざ電話なんて」
「母さんから聞いているか」
「……何をです?」
「翠兄さんのことを……」
「いえ、何も。あの、どうかしたんですか」
「……はぁ、とにかく週末こっちに戻って来い。お前は盆と正月だって滅多に帰ってこないんだから困った奴だ」
「はぁ……」
「頼んだぞ」
突然の電話と有無を言わさぬ命令に、電話を切った後、首を傾げてしまった。
流兄さんが私にわざわざ電話してくるなんて、滅多にないことだ。
腑に落ちなかったので母に私から連絡して、驚いた。
「えっ……そうなんですか」
「そうなのよ。あなたも一度様子を見に戻ってきて」
母の声も切羽詰まったものだった。
参ったな……私は何も知らなかった。
翠兄さんが離婚して実家に戻って来ているとは……しかも腕を骨折した上に、視力まで失っているだって?
そんな話は初耳で、驚いたのと同時に無性に心配になった。
私が実家と疎遠なのは何が原因というわけではないのだ。
私の性格上の問題なのだから。
長兄の翠兄さんは寺の跡取りだったこともあり、幼い頃からひとり真摯に修行に励む、面倒見のいい優しく穏やかな人なのだ。
なのに大学卒業と同時に結婚し、継ぐはずだった寺から出て行ってしまったのには驚いた。
何かあったのかと心配したが……中学から寮生活で既に家を出た私がしゃしゃり出るものでもないと、うやむやにしてしまった。
その後すぐに子供に恵まれ、都内のマンションでそれなりに幸せに暮らしていると思ったのに、一体何があったのか。
そんなわけで、私は久しぶりに実家の月影寺に帰った。
玄関を上がり、そのまま真っすぐ翠兄さんの部屋をノックした。
「兄さん、入っていいですか」
「……丈なのか」
いつもの涼やかな声ではない。
強張った返事に、ますます心配になる。
私は外科医を目指しているが精神科の分野の勉強も積んだ身だから、すぐに分かった。
翠兄さんは何かを隠し酷く怯えていると──
「はい……私です。今から襖を開けますよ」
「うっ……うん」
襖を開くと、翠兄さんは浴衣姿で窓辺の壁に気怠げにもたれていた。
夕日を浴びたその横顔はひどく切なげで、ギュッと胸が切なくなった。
幼子のように頼りない兄の顔……
こんな表情は初めて見た。
腕の骨折のギプスもまだ取れていないので、動作も不自由のようだ。
それでも翠兄さんは気丈に兄らしく振舞おうと必死になっていく。
痛々しい。
「丈、久しぶりだね。どうしたの? あぁ、僕のこの姿……驚いただろう? ちょっと目の具合が悪くてね、ひとりで歩いていたら車を避けきれなくて、この様なんだよ。恥ずかしいことになって困っているよ」
聞いてもないことをつらつらと、一方的に話す兄の口をもう止めてやりたかった。
この人はいつもこうなのだ。
いつも何もかも自分で被ってしまう。
昔は分からなかったが、今なら分かる。
視力低下の原因は、きっと積もり積もったストレスだ。
離婚の影響もあるが、もっと何か恐ろしい目に遭ったのでは?
何かとてつもなく大きなショックが、兄にトドメを刺したのではないか。ただしその何かを今すぐ聞き出すのは、この兄の性格上至難の業だろう。
今はまだ傷を抉ってはいけない。その時ではない。
そう必死に自分に言い聞かせた。
冷静にならねば……
「丈、元気だった? 僕のことはいいから、丈の話を聞かせて欲しいな」
私は作り笑いを浮かべる痛々しい兄を見つめて、歯がゆさを押し込めるしかなかった。
誰が、一体誰が! 私の兄をこんな風にしたのか。
突き止めたい気持ちが沸々と沸き起こってくる。
「丈、久しぶりだな」
「……どうしたんです? わざわざ電話なんて」
「母さんから聞いているか」
「……何をです?」
「翠兄さんのことを……」
「いえ、何も。あの、どうかしたんですか」
「……はぁ、とにかく週末こっちに戻って来い。お前は盆と正月だって滅多に帰ってこないんだから困った奴だ」
「はぁ……」
「頼んだぞ」
突然の電話と有無を言わさぬ命令に、電話を切った後、首を傾げてしまった。
流兄さんが私にわざわざ電話してくるなんて、滅多にないことだ。
腑に落ちなかったので母に私から連絡して、驚いた。
「えっ……そうなんですか」
「そうなのよ。あなたも一度様子を見に戻ってきて」
母の声も切羽詰まったものだった。
参ったな……私は何も知らなかった。
翠兄さんが離婚して実家に戻って来ているとは……しかも腕を骨折した上に、視力まで失っているだって?
そんな話は初耳で、驚いたのと同時に無性に心配になった。
私が実家と疎遠なのは何が原因というわけではないのだ。
私の性格上の問題なのだから。
長兄の翠兄さんは寺の跡取りだったこともあり、幼い頃からひとり真摯に修行に励む、面倒見のいい優しく穏やかな人なのだ。
なのに大学卒業と同時に結婚し、継ぐはずだった寺から出て行ってしまったのには驚いた。
何かあったのかと心配したが……中学から寮生活で既に家を出た私がしゃしゃり出るものでもないと、うやむやにしてしまった。
その後すぐに子供に恵まれ、都内のマンションでそれなりに幸せに暮らしていると思ったのに、一体何があったのか。
そんなわけで、私は久しぶりに実家の月影寺に帰った。
玄関を上がり、そのまま真っすぐ翠兄さんの部屋をノックした。
「兄さん、入っていいですか」
「……丈なのか」
いつもの涼やかな声ではない。
強張った返事に、ますます心配になる。
私は外科医を目指しているが精神科の分野の勉強も積んだ身だから、すぐに分かった。
翠兄さんは何かを隠し酷く怯えていると──
「はい……私です。今から襖を開けますよ」
「うっ……うん」
襖を開くと、翠兄さんは浴衣姿で窓辺の壁に気怠げにもたれていた。
夕日を浴びたその横顔はひどく切なげで、ギュッと胸が切なくなった。
幼子のように頼りない兄の顔……
こんな表情は初めて見た。
腕の骨折のギプスもまだ取れていないので、動作も不自由のようだ。
それでも翠兄さんは気丈に兄らしく振舞おうと必死になっていく。
痛々しい。
「丈、久しぶりだね。どうしたの? あぁ、僕のこの姿……驚いただろう? ちょっと目の具合が悪くてね、ひとりで歩いていたら車を避けきれなくて、この様なんだよ。恥ずかしいことになって困っているよ」
聞いてもないことをつらつらと、一方的に話す兄の口をもう止めてやりたかった。
この人はいつもこうなのだ。
いつも何もかも自分で被ってしまう。
昔は分からなかったが、今なら分かる。
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離婚の影響もあるが、もっと何か恐ろしい目に遭ったのでは?
何かとてつもなく大きなショックが、兄にトドメを刺したのではないか。ただしその何かを今すぐ聞き出すのは、この兄の性格上至難の業だろう。
今はまだ傷を抉ってはいけない。その時ではない。
そう必死に自分に言い聞かせた。
冷静にならねば……
「丈、元気だった? 僕のことはいいから、丈の話を聞かせて欲しいな」
私は作り笑いを浮かべる痛々しい兄を見つめて、歯がゆさを押し込めるしかなかった。
誰が、一体誰が! 私の兄をこんな風にしたのか。
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