110 / 236
色は匂へど……
光を手繰り寄せて 4
しおりを挟む
「違うんだ。実は……遠い昔、俺は兄さんとここに来たいと願って、ずっと兄さんのことを呼んでいた。たまに見るんだ……そんな悲しく寂しい夢を」
流の放った言葉に、僕の身体は雷に打たれたように震えた。
ど……どうして、そんな夢を?
それは僕の不吉な夢と不思議なまでにぴったりとリンクする。
夢の中の僕は、いつもひとりで待っていた。
寺の山門に立ち、愛する弟の帰りを今か今かと待っていた。
だが……どんなに待っても、彼は戻らなかった。
そのうち僕の視界が陰ってきた。
嫌だ!
目が見えなくなったら、弟の姿が分からなくなってしまう!
僕には聴こえる。
『……会いたい』
松風と共に届く声。
僕に会いたいと切に願う弟の声が……
なのにどうして戻ってこない?
どこに行けば会える?
「兄さん? どうした?」
「見たい! 今すぐ流の顔を見たいよ! もう我慢できない。僕の眼でちゃんと見たい。流……お前は今、どんな顔をしている? なぁ教えてくれないか」
涙がとめどなく流れ落ち、潮風に晒された頬がガサガサに乾いていく。
「馬鹿! そんなに泣くなよ。頬に跡が残るだろう」
「だが……」
「兄さんがそんな風に積極的に欲求し要求してくれるのは、嬉しいよ」
流が僕を風から守るように包んでくれた。
「さぁ、涙は俺の服で拭け」
「うっ……」
促されるように、僕はその胸に顔を埋めてしまった。
あ……なんだか変だ。
流の匂いと逞しい胸板を感じ、胸の奥が疼くなんて。
この感情の名は、何と言う?
戸惑ってしまう、躊躇ってしまうよ。
すると、いつになく視界が開けてきた。
明るさや影がいつもよりずっとはっきりと見えた。
だから必死に手を伸ばした。
「流、流……」
「どうした?」
流の顔に触れたくて、触れたくて。
「もどかしいよ。今にも見えそうで見えないのが」
「いつもより見えるのか」
「光と影を強く感じるよ。流の輪郭がぼやけて」
「兄さんに海は刺激的なのかもしれないな。こんなに感情を乱すなんて」
「ごめん。流……僕はもっとしっかりしないといけないのに」
「いいんだよ。今は甘えろよ。また海に来てみよう。もしかしたらいい兆しかもしれないぞ」
「そうなのかな?」
****
「ほら、早く脱がないと風邪をひくぞ」
「……だが」
北鎌倉の家に戻り、すぐに兄を脱衣場に連れていった。
砂浜で転んで下半身が濡れてしまったので着替えを手伝うつもりだったが、恥ずかしそうに俯いて耳まで赤くしている。
俺もそんな仕草に、さっきからドキドキしっ放した。
このままだと母さんに怒られてしまう。くれぐれも翠のことを頼むと、いつも口を酸っぱくして言われているのに、風邪でもひかしたら偉い剣幕になるだろう。
「ほら、母さんに見つかる前に……俺が怒られてもいいのかよ」
「う……確かに……僕が勝手に転んだのに、流が怒られるのは理不尽だものな。分かった……」
兄さんが観念したように、ズボンに手を掛けた。
兄さんの眼が見えないのは普段は辛いが、今だけは良かった。
兄さんの行動から目が離せない。
ほっそりとした太腿が露わになっていく。
あぁ、やっぱり白いんだな。
全然毛深くないのか。
滑らかな肌が触り心地良さそうだ。
「流、僕の着替えはどこ?」
「やっぱり海水でべトベトだな。ついでだから風呂に入れよ」
「えっ」
明らかに動揺する翠の表情に、なんでだよと不思議な怒りがこみあげて来る。俺なんてどうもでいいから、結婚して子供まで授かったくせに、なんで今更そんな恥じらうような表情をするのか。
「兄さん、俺たち……男同士だ。だからそんなに恥ずかしがるなよ。小さい頃、何度も風呂に一緒に入った仲だし、別に今更……兄さんの裸を見たってどうとも思わないよ」
「うっ、うん……そうだな」
それは真っ赤な嘘だ。
思春期になって、兄さんの裸を直視できなくなり逃げたのは俺だ。
今日だって成人した兄さんの裸を見たら、俺の股間がどうなるか分からん!
「それが、何故だか気恥ずかしくてね。あ……そうか、僕だけ見えないのがフェアじゃないからかな? だから、せめて電気を消してくれないか」
「ふっ……デリケートなんだな。分かったよ」
パチンと音を立てて、脱衣場の大きな電灯は消してやった。
「ありがとう」
だが洗面台の上部の薄い灯りは消さなかった。
許せよ。
翠の眼が見えないのを逆手に取り、俺は翠が洋服を脱いでいく様子に夢中になってしまった。
薄暗くてよく見えないが、心臓の下には……あの日の火傷の痕が残ってしまっているようだ。
目を凝らそうとすると、身を捩り手でサッと隠してしまった。
なんと、切ないことを――
翠の苦しみ、俺が全部被ってやりたい。
守ってやりたい――
「流、そこにいる?」
「あっ、あぁ、ちゃんといるよ」
「悪いが風呂場まで手を引いてくないか」
「分かった。足元に気をつけろよ。ほら、シャワーの蛇口はここで、湯涌はここだぞ。分かるな」
「うん」
「上がる時、また呼んでくれ」
「分かった。あの……」
「なんだ?」
「……その、風呂場の電気……ちゃんと消えてる?」
「もちろんだ」
風呂場は真っ暗だが、洗面台の上の灯りがほのかに灯っているので、ぼんやりと翠の裸体が見えていた。
今の翠には、ほのかな灯りは感じない。
だから、俺はずっと翠の身体を盗み見している。
誰にも言えない秘密を抱えている。
相変わらず兄に欲情する姿は、永遠に秘密だ。
俺の一方的な想いで、翠を困らせたくない。
怖がらせたくない。
兄であり、俺の密かな思い人、翠……
最近、心の中で翠と呼ぶ機会がますます増えている。
うっかり口に出してしまうことも……
流の放った言葉に、僕の身体は雷に打たれたように震えた。
ど……どうして、そんな夢を?
それは僕の不吉な夢と不思議なまでにぴったりとリンクする。
夢の中の僕は、いつもひとりで待っていた。
寺の山門に立ち、愛する弟の帰りを今か今かと待っていた。
だが……どんなに待っても、彼は戻らなかった。
そのうち僕の視界が陰ってきた。
嫌だ!
目が見えなくなったら、弟の姿が分からなくなってしまう!
僕には聴こえる。
『……会いたい』
松風と共に届く声。
僕に会いたいと切に願う弟の声が……
なのにどうして戻ってこない?
どこに行けば会える?
「兄さん? どうした?」
「見たい! 今すぐ流の顔を見たいよ! もう我慢できない。僕の眼でちゃんと見たい。流……お前は今、どんな顔をしている? なぁ教えてくれないか」
涙がとめどなく流れ落ち、潮風に晒された頬がガサガサに乾いていく。
「馬鹿! そんなに泣くなよ。頬に跡が残るだろう」
「だが……」
「兄さんがそんな風に積極的に欲求し要求してくれるのは、嬉しいよ」
流が僕を風から守るように包んでくれた。
「さぁ、涙は俺の服で拭け」
「うっ……」
促されるように、僕はその胸に顔を埋めてしまった。
あ……なんだか変だ。
流の匂いと逞しい胸板を感じ、胸の奥が疼くなんて。
この感情の名は、何と言う?
戸惑ってしまう、躊躇ってしまうよ。
すると、いつになく視界が開けてきた。
明るさや影がいつもよりずっとはっきりと見えた。
だから必死に手を伸ばした。
「流、流……」
「どうした?」
流の顔に触れたくて、触れたくて。
「もどかしいよ。今にも見えそうで見えないのが」
「いつもより見えるのか」
「光と影を強く感じるよ。流の輪郭がぼやけて」
「兄さんに海は刺激的なのかもしれないな。こんなに感情を乱すなんて」
「ごめん。流……僕はもっとしっかりしないといけないのに」
「いいんだよ。今は甘えろよ。また海に来てみよう。もしかしたらいい兆しかもしれないぞ」
「そうなのかな?」
****
「ほら、早く脱がないと風邪をひくぞ」
「……だが」
北鎌倉の家に戻り、すぐに兄を脱衣場に連れていった。
砂浜で転んで下半身が濡れてしまったので着替えを手伝うつもりだったが、恥ずかしそうに俯いて耳まで赤くしている。
俺もそんな仕草に、さっきからドキドキしっ放した。
このままだと母さんに怒られてしまう。くれぐれも翠のことを頼むと、いつも口を酸っぱくして言われているのに、風邪でもひかしたら偉い剣幕になるだろう。
「ほら、母さんに見つかる前に……俺が怒られてもいいのかよ」
「う……確かに……僕が勝手に転んだのに、流が怒られるのは理不尽だものな。分かった……」
兄さんが観念したように、ズボンに手を掛けた。
兄さんの眼が見えないのは普段は辛いが、今だけは良かった。
兄さんの行動から目が離せない。
ほっそりとした太腿が露わになっていく。
あぁ、やっぱり白いんだな。
全然毛深くないのか。
滑らかな肌が触り心地良さそうだ。
「流、僕の着替えはどこ?」
「やっぱり海水でべトベトだな。ついでだから風呂に入れよ」
「えっ」
明らかに動揺する翠の表情に、なんでだよと不思議な怒りがこみあげて来る。俺なんてどうもでいいから、結婚して子供まで授かったくせに、なんで今更そんな恥じらうような表情をするのか。
「兄さん、俺たち……男同士だ。だからそんなに恥ずかしがるなよ。小さい頃、何度も風呂に一緒に入った仲だし、別に今更……兄さんの裸を見たってどうとも思わないよ」
「うっ、うん……そうだな」
それは真っ赤な嘘だ。
思春期になって、兄さんの裸を直視できなくなり逃げたのは俺だ。
今日だって成人した兄さんの裸を見たら、俺の股間がどうなるか分からん!
「それが、何故だか気恥ずかしくてね。あ……そうか、僕だけ見えないのがフェアじゃないからかな? だから、せめて電気を消してくれないか」
「ふっ……デリケートなんだな。分かったよ」
パチンと音を立てて、脱衣場の大きな電灯は消してやった。
「ありがとう」
だが洗面台の上部の薄い灯りは消さなかった。
許せよ。
翠の眼が見えないのを逆手に取り、俺は翠が洋服を脱いでいく様子に夢中になってしまった。
薄暗くてよく見えないが、心臓の下には……あの日の火傷の痕が残ってしまっているようだ。
目を凝らそうとすると、身を捩り手でサッと隠してしまった。
なんと、切ないことを――
翠の苦しみ、俺が全部被ってやりたい。
守ってやりたい――
「流、そこにいる?」
「あっ、あぁ、ちゃんといるよ」
「悪いが風呂場まで手を引いてくないか」
「分かった。足元に気をつけろよ。ほら、シャワーの蛇口はここで、湯涌はここだぞ。分かるな」
「うん」
「上がる時、また呼んでくれ」
「分かった。あの……」
「なんだ?」
「……その、風呂場の電気……ちゃんと消えてる?」
「もちろんだ」
風呂場は真っ暗だが、洗面台の上の灯りがほのかに灯っているので、ぼんやりと翠の裸体が見えていた。
今の翠には、ほのかな灯りは感じない。
だから、俺はずっと翠の身体を盗み見している。
誰にも言えない秘密を抱えている。
相変わらず兄に欲情する姿は、永遠に秘密だ。
俺の一方的な想いで、翠を困らせたくない。
怖がらせたくない。
兄であり、俺の密かな思い人、翠……
最近、心の中で翠と呼ぶ機会がますます増えている。
うっかり口に出してしまうことも……
10
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる