忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

文字の大きさ
179 / 236
色は匂へど……

暗中模索 6 

しおりを挟む
「はりやなぎくんのお父様、息子さんを迷子センターでお預かりしております」

 迷子センターでオレのための放送を聞いて、急にはずかしくなった。

 さっき……どうして『はりやなぎ』なんて言ってしまったのか。

 うそをついてしまった。

 オレはずっと『もり なぎ』で、父さんは月に1度しか会えない人なのに。

 バカなことした。

 ギュッとうつむいて唇をかんだ。

 父さんが倒れたのは、コーヒーカップを回しすぎちゃったせいでは?

 父さんはいつも静かな人だから、ああいうの苦手だって知っていたのに、一緒に乗ってくれたのが嬉しくて、つい。

 バイキングだって、絶対に無理していたよな。

 あーあ、今日のオレは小さな子供みたいだ。
 
 わがままな子供だ。

 そこに大きな男の人が勢いよく飛び込んできた。

 流さんだ! 

「すみません。張矢薙の叔父ですが、甥っ子はいますか。あっ薙! 良かった! 無事か!」
「ちょっと待って下さい。勝手にお子さまに近づかないで」

 流さんがオレに近づこうとしたら、警備員の人に止められてしまった。

 どうして?

「お父さんはどこですか」
「兄は今、医務室に……だから俺が代理で引き取りに来た」
「では、お父様にきちんと連絡が取れるまで、お待ち下さい」
「ちっ、分かったよ! 早くしてくれ」
「医務室に確認しますので、身分証明書をご提示下さい」
「あぁ、じれったいな。免許証でいいか」

 大人の世界って、やっぱりカチコチだ。

 なんでも規則正しくで、オレの気持ちはまた、ここでも置き去りだ。

「薙!」

 そこにもう一人の声が重なる。

「えっ……父さん……」

 医務室で寝ていたはずの父さんが駆けつけてくれた。

「あ、翠、大人しく寝てろって言ったのに」
「アナウンスを聞いたら、居ても立ってもいられなくて」

 わわっ、さっきのアナウンス、父さんも聞いてしまったのか。

 気まずいよ。

 でもオレのために駆けつけてくれた気持ちは、うれしい。

 父さんは、さっきまでの青ざめた顔から打って変わって、りりしくかっこよかった。

「大変お手数をお掛けしました。目を離してしまい申し訳ありません。皆様のおかげで息子が無事でいられます。館内放送もかけて下さり、何から何までありがとうございます。これは僕の身分証明書です」

 父さん、潔き良くてかっこいい。

「あ、いえ、大事に至らずに良かったですね。こちらにサインをお願いします」
「はい、これで引き取ってよろしいでしょうか」
「どうぞ、良かったね。薙くん」

 父さんが駆け寄って、オレをギュッと抱きしめてくれた。

「薙、ごめん……本当にごめんね。薙が無事で良かった。何かあったら、僕は生きていられないよ」
「と……父さん……ごめんなさい。心配かけて……ごめんなさい」

 やっと素直になれた。

 父さんがオレのために必死なのが、伝わってきたから。



 そのまま車に乗って帰ることにした。

 さっきは遊園地は最低な思い出になったと思ったけど、違った。

 オレには迷子になったら駆けつけてくれる人がいるって分かったよ。



 父さんは、後部座席で静かにオレの肩を抱いてくれた。

 今なら、言えるかも。

 ずっと、ずっと言いたかったこと。

 早く言わないと……

「父さん……オレね」
「どうしたの?」
「あのね……その……オレ……父さんと……」
「ん?」

 そこまで言いかけた時、マンションの前に着いてしまった。

 父さんは少し困った表情を浮かべていた。

「話の途中なのに、ごめんね。彩乃さんが待っているから行かないと、もう時間を30分も遅刻しているから……」
「母さんは、どうせ帰ってないよ」
「いや、マンションの前に立っているよ」
「えっ」

 車から降りると、母さんが駆け寄ってオレを抱きしめた。

「薙、良かった。無事で……薙、10歳のお誕生日おめでとう」
「……は、離せよ! なんだよ急に?」
「息子の誕生日を忘れるはずないでしょう? それにしても翠さん、どうして今日に限って遅れたの? あなたは約束を守る立場でしょう」
「……彩乃さん、すまなかった。これには事情が……」
「あなたの事情はもう結構よ。聞き飽きたわ。一瞬あなたが月影寺に連れ去ったのかと思って焦ったのよ。そんなことしたら裁判沙汰よ」
「……」
「薙、行きましょう。今日はレストランでお誕生日祝いをしましょう。朝は期待させて間に合わなかったらと思って言えなかったのよ。あなたが大好きなステーキハウスを予約してあるの」
「……」
「翠さん、今日遅れた分の30分間は次回マイナスするわ。そういう規約だったわよね」
「……分かった」


 二人のやりとりに、もう正直どうでもよくなった。

 歩み寄ろうとしていた心は、どんどん離れていく。

『はりや なぎ』には、なれない。

 とても無理そうだ。

 そう思うと、これ以上期待するのは損だと思った。
 
 少しずつ、オレから離れていこう。

 距離をおいて忘れていこう。

 また迷子にならないために。

 


****

 10歳の誕生日を境に、オレは変わった。

 父さんとの面会をサボるようになり、距離を置き始めた。

 月に一度の面会は二ヶ月に一度、そして三ヶ月、半年と間隔を空けるようにした。

 仮病を使ったりテスト勉強で忙しいと、オレの方から毎回断ってしまった。

 会えば期待してしまう。

 会えば悲しませてしまう。
 
 会えば……慕いたくなる。

 強くなろう。

 このままでは、いつまでもオレは……

 大人に振り回される哀れな子のままだ。

 

 月日は流れ、オレは中学生になっていた。
 

 

 
 
 

 
 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

処理中です...