忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

春隣 3

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 二人は途中で方向転換し、裏門ではなく正門に向かって歩き出した。
 
 その足取りに、二人の覚悟がビシバシと伝わってくる。

 最後は正々堂々か、丈らしいな。

 待っていたぞ。

 お前の帰りを――

 いつか戻ってくると信じていた。

 この寺にはお前も必要だ。



 二人はゆっくりと石段を上がり、山門を潜り抜けた。

 俺は気配を消して、後ろからそっと見守った。

 丈が連れてきた名も知らぬ男を、どうしたって凝視してしまう。

 ただ者ではないだろう。
 
 あの丈をここまで変えたのだから。

 彼は庭の正面で立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡した。

 希望を宿している。

 とてつもない困難から抜け出て、ようやくここにやってきた。

 男性の華奢だが凜と張り詰めた背中が、そう物語っているようだ。

 すぐに話しかけるのはやめて、もう少し様子を見守ることにした。

 この華奢な美しい背中を、いつか見送った気がするのは何故だろう?

 今日が初対面のはずなのに不思議だ。

 遠い昔、花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔、この男は疲れた身を休めていた。春の日差しにつられてまどろんでいる男に、俺は肩を貸してやった。

……

『そんな寂しそうな顔をするな。君の待ち人は、きっとやってくるさ』

 そう囁いて慰めてやった。

……

 なんだ、今のは?

 不思議な既視感を感じ、慌てて目を擦った。

 二人はまた話し出した。

「大丈夫か」
「ああ、ここは凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」

 八年か……

 もうそんなに経つのか。

 この八年……

 表向き……俺と翠の関係は何も変わっていない。

 だが心は近づいた。

 丈は、その男とどんな八年を過ごしたのだろうか。

 あぁ、もう我慢できない。

 もともとじっと黙っていられるタイプではないので、背後から「おいっ!」と大声で呼びかけた。

 すると驚いた丈が、ギョッとした表情で振り向いた。

「流兄さん!」

 ははっ、さっきまでの甘ったるい顔はどうした?

 顔が思いっきり強ばってるぞ。

「お前なぁ、八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「……すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは誰だ?」

 ようやく真正面から、丈の連れの顔を確認出来た。

 俯いていた彼が顔をすっと上げた時、持っていた箒を落としそうになった。

 驚いたな。

 世の中に、翠以外にこんなに造形の美しい男がいるなんて。

 月明かりは似合う、匂い立つような美男子だ。

 切れ長の目は澄んでおり、肌は女子のように滑らかで、漆黒の黒髪は艶やかで色気がある。

 ほっそりとしたスタイルも抜群で、まるでモデルのようだ。

 オリエンタルビューティーを地で行くな。

 すれ違ったら振り返らずにはいられない、美しすぎる男だ。

 可愛いではなく綺麗だと訂正した方がいいのだろうが、丈が必死に守る様子も加味すると、可愛い男の方の方が面白そうだ。

 一方、丈の連れは『坊や』と呼ばれたことが意外だったようで、苦笑していた。

「……はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの……友人です」

 さいが よう……

 初めて聞く名前なのに、何故か懐かしくも感じる。

 友人か、まぁ、今はそういうことにしておこう。

「へぇ、この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」

 ワクワクしてきたぞ。

 翠にはしたないと怒られそうだが、好奇心が止まらない。

 丈がカチコチになっているので、俺が気持ちを解してやろう。

「しかし綺麗な顔しているなぁ。君を坊さんにしたら人気が出そうだ。どうだ? この道もいいぞぉ~」
「兄さんっ」

 ははっ、おもしれー! 
 あの丈が顔を赤くしてムキになってるぞ。
 こんなに感情を露わにする弟は、見たことがない。
 俺の悪戯心に火がつくぜ!
 
「まぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠兄さんも、読経中だから呼んでくるよ」
「流兄さん、頼むから……洋にはちょっかいを出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい。我慢できたらな」
「兄さん!」
 
 丈の必死な懇願も珍しい。

 感情を乱す弟のこと、久しぶりに可愛いと思った。

 廊下を進むにつれ、俺の胸はどんどん高鳴っていく。

 絶対に何かが変わる。

 そんな予感で満ちていく。
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