187 / 236
色は匂へど……
春隣 3
しおりを挟む
二人は途中で方向転換し、裏門ではなく正門に向かって歩き出した。
その足取りに、二人の覚悟がビシバシと伝わってくる。
最後は正々堂々か、丈らしいな。
待っていたぞ。
お前の帰りを――
いつか戻ってくると信じていた。
この寺にはお前も必要だ。
二人はゆっくりと石段を上がり、山門を潜り抜けた。
俺は気配を消して、後ろからそっと見守った。
丈が連れてきた名も知らぬ男を、どうしたって凝視してしまう。
ただ者ではないだろう。
あの丈をここまで変えたのだから。
彼は庭の正面で立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡した。
希望を宿している。
とてつもない困難から抜け出て、ようやくここにやってきた。
男性の華奢だが凜と張り詰めた背中が、そう物語っているようだ。
すぐに話しかけるのはやめて、もう少し様子を見守ることにした。
この華奢な美しい背中を、いつか見送った気がするのは何故だろう?
今日が初対面のはずなのに不思議だ。
遠い昔、花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔、この男は疲れた身を休めていた。春の日差しにつられてまどろんでいる男に、俺は肩を貸してやった。
……
『そんな寂しそうな顔をするな。君の待ち人は、きっとやってくるさ』
そう囁いて慰めてやった。
……
なんだ、今のは?
不思議な既視感を感じ、慌てて目を擦った。
二人はまた話し出した。
「大丈夫か」
「ああ、ここは凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」
八年か……
もうそんなに経つのか。
この八年……
表向き……俺と翠の関係は何も変わっていない。
だが心は近づいた。
丈は、その男とどんな八年を過ごしたのだろうか。
あぁ、もう我慢できない。
もともとじっと黙っていられるタイプではないので、背後から「おいっ!」と大声で呼びかけた。
すると驚いた丈が、ギョッとした表情で振り向いた。
「流兄さん!」
ははっ、さっきまでの甘ったるい顔はどうした?
顔が思いっきり強ばってるぞ。
「お前なぁ、八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「……すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは誰だ?」
ようやく真正面から、丈の連れの顔を確認出来た。
俯いていた彼が顔をすっと上げた時、持っていた箒を落としそうになった。
驚いたな。
世の中に、翠以外にこんなに造形の美しい男がいるなんて。
月明かりは似合う、匂い立つような美男子だ。
切れ長の目は澄んでおり、肌は女子のように滑らかで、漆黒の黒髪は艶やかで色気がある。
ほっそりとしたスタイルも抜群で、まるでモデルのようだ。
オリエンタルビューティーを地で行くな。
すれ違ったら振り返らずにはいられない、美しすぎる男だ。
可愛いではなく綺麗だと訂正した方がいいのだろうが、丈が必死に守る様子も加味すると、可愛い男の方の方が面白そうだ。
一方、丈の連れは『坊や』と呼ばれたことが意外だったようで、苦笑していた。
「……はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの……友人です」
さいが よう……
初めて聞く名前なのに、何故か懐かしくも感じる。
友人か、まぁ、今はそういうことにしておこう。
「へぇ、この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」
ワクワクしてきたぞ。
翠にはしたないと怒られそうだが、好奇心が止まらない。
丈がカチコチになっているので、俺が気持ちを解してやろう。
「しかし綺麗な顔しているなぁ。君を坊さんにしたら人気が出そうだ。どうだ? この道もいいぞぉ~」
「兄さんっ」
ははっ、おもしれー!
あの丈が顔を赤くしてムキになってるぞ。
こんなに感情を露わにする弟は、見たことがない。
俺の悪戯心に火がつくぜ!
「まぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠兄さんも、読経中だから呼んでくるよ」
「流兄さん、頼むから……洋にはちょっかいを出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい。我慢できたらな」
「兄さん!」
丈の必死な懇願も珍しい。
感情を乱す弟のこと、久しぶりに可愛いと思った。
廊下を進むにつれ、俺の胸はどんどん高鳴っていく。
絶対に何かが変わる。
そんな予感で満ちていく。
その足取りに、二人の覚悟がビシバシと伝わってくる。
最後は正々堂々か、丈らしいな。
待っていたぞ。
お前の帰りを――
いつか戻ってくると信じていた。
この寺にはお前も必要だ。
二人はゆっくりと石段を上がり、山門を潜り抜けた。
俺は気配を消して、後ろからそっと見守った。
丈が連れてきた名も知らぬ男を、どうしたって凝視してしまう。
ただ者ではないだろう。
あの丈をここまで変えたのだから。
彼は庭の正面で立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡した。
希望を宿している。
とてつもない困難から抜け出て、ようやくここにやってきた。
男性の華奢だが凜と張り詰めた背中が、そう物語っているようだ。
すぐに話しかけるのはやめて、もう少し様子を見守ることにした。
この華奢な美しい背中を、いつか見送った気がするのは何故だろう?
今日が初対面のはずなのに不思議だ。
遠い昔、花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔、この男は疲れた身を休めていた。春の日差しにつられてまどろんでいる男に、俺は肩を貸してやった。
……
『そんな寂しそうな顔をするな。君の待ち人は、きっとやってくるさ』
そう囁いて慰めてやった。
……
なんだ、今のは?
不思議な既視感を感じ、慌てて目を擦った。
二人はまた話し出した。
「大丈夫か」
「ああ、ここは凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」
八年か……
もうそんなに経つのか。
この八年……
表向き……俺と翠の関係は何も変わっていない。
だが心は近づいた。
丈は、その男とどんな八年を過ごしたのだろうか。
あぁ、もう我慢できない。
もともとじっと黙っていられるタイプではないので、背後から「おいっ!」と大声で呼びかけた。
すると驚いた丈が、ギョッとした表情で振り向いた。
「流兄さん!」
ははっ、さっきまでの甘ったるい顔はどうした?
顔が思いっきり強ばってるぞ。
「お前なぁ、八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「……すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは誰だ?」
ようやく真正面から、丈の連れの顔を確認出来た。
俯いていた彼が顔をすっと上げた時、持っていた箒を落としそうになった。
驚いたな。
世の中に、翠以外にこんなに造形の美しい男がいるなんて。
月明かりは似合う、匂い立つような美男子だ。
切れ長の目は澄んでおり、肌は女子のように滑らかで、漆黒の黒髪は艶やかで色気がある。
ほっそりとしたスタイルも抜群で、まるでモデルのようだ。
オリエンタルビューティーを地で行くな。
すれ違ったら振り返らずにはいられない、美しすぎる男だ。
可愛いではなく綺麗だと訂正した方がいいのだろうが、丈が必死に守る様子も加味すると、可愛い男の方の方が面白そうだ。
一方、丈の連れは『坊や』と呼ばれたことが意外だったようで、苦笑していた。
「……はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの……友人です」
さいが よう……
初めて聞く名前なのに、何故か懐かしくも感じる。
友人か、まぁ、今はそういうことにしておこう。
「へぇ、この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」
ワクワクしてきたぞ。
翠にはしたないと怒られそうだが、好奇心が止まらない。
丈がカチコチになっているので、俺が気持ちを解してやろう。
「しかし綺麗な顔しているなぁ。君を坊さんにしたら人気が出そうだ。どうだ? この道もいいぞぉ~」
「兄さんっ」
ははっ、おもしれー!
あの丈が顔を赤くしてムキになってるぞ。
こんなに感情を露わにする弟は、見たことがない。
俺の悪戯心に火がつくぜ!
「まぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠兄さんも、読経中だから呼んでくるよ」
「流兄さん、頼むから……洋にはちょっかいを出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい。我慢できたらな」
「兄さん!」
丈の必死な懇願も珍しい。
感情を乱す弟のこと、久しぶりに可愛いと思った。
廊下を進むにつれ、俺の胸はどんどん高鳴っていく。
絶対に何かが変わる。
そんな予感で満ちていく。
10
あなたにおすすめの小説
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる