忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

春隣 2

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 丈が微笑みながら手を差し出すと、相手の男も躊躇わずに、すっと手を伸ばした。

 へぇ、男なのに白く美しい手だな。
 
 所作も美しく、随分と品のある男だ。

 一体、何者だ?

 顔は見えなくとも綺麗な頭の形や均整の取れたスタイルから、相当な美形だと分かる。

 てっきり、そのまま手を繋ぐのかと思ったら……

 お、おい?

 丈が男の腰を深く抱いて、木陰に連れ込んだ。
   
 視界から忽然と消えてしまった。

 待て、待て! どこに行った?

 予想外の展開に追いつこうと、俺は木立の間を忍者のようにサッと移動した。

 だって、気になるじゃねーか!

 翠にバレたら叱られるヤツ。

 盗み見なんて、はしたないって。

 だが、これはどうしても見ておきたかった。

 この後、二人に何が起きるのか……

 丈は華奢な男を天を貫くような大木の幹に押しつけていた。

 お、お前なぁ、随分と乱暴だな。

 それじゃ狼藉ものじゃねーか。

 もっと優しくしないと……

 相手は逃げ場を失って不安げな様子で、丈を見上げていた。
 
 これは、青天の霹靂だ。

 丈が相手の男の唇に、自分の唇を軽く押しつけた。

 えっ、今のって……まさか……まじか。

 今、キスしたのか!

 相手の男性は慌てた様子で顔を反らし、辺りをキョロキョロと見回した。

 おっと、まずい。

 俺は見つからないように、乗り出していた身を引っ込め、息を潜めた。
 
 心臓の震えが止まらない。

 丈……お前、俺と同志だったのか。

 お前も男を好きになったのか。

 様子を窺うと、もう一度丈が男にキスを仕掛けた。

 今度は長く濃厚な口づけになる予感。
 
 相手の男も今度は身体の力を抜いて受け入れるようだ。

「ん……んっ……」

 小鳥のさえずりのような綺麗な声が、木枯らしに乗って聞こえてくる。

 どうやら舌も絡め出したようで、水音も。

 お互いに深く求め合っているのが、ひしひしと伝わってくる。

 白い吐息に熱が帯びてくるのは、遠目に見ても伝わってきた。

 お前たち、相当深く、強く、愛し合っているのだな。

 相思相愛だ。

 思いがけない出来事だったが、俺の心臓はどんどん高鳴っていた。

 月影寺に丈が帰ってきたというだけでも、何かが変わるようでワクワクしたのに、更に恋人を連れて、しかも同性だなんて。

 年末から翠が感じていた胸騒ぎは、これだったのか。

 男が必死に身を剥がすと、丈は余裕の笑みを浮かべて眼下を指さした。

 丈の指先を辿って見下ろすと、翠が待つ月影寺が見えた。

 よしっ、進むのか。
 
 ならば先回りして戻ろう。

 歓迎するよ、丈とまだ名も知らぬ君を。
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