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色は匂へど……
春隣 10
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結局、目覚めなかったな。
まだ顔色が悪かった。
よし、ここは一肌脱いで、暖かい物でも届けてやるか。
お節介かもしれんが気になるので、そのまま庫裡に向かった。
コトコトと雪平鍋を火にかけていると、翠の香が漂ってきた。
振り向けば、袈裟姿の翠がたおやかな微笑みを浮かべて入り口に佇んでいた。
あぁ、こんなふとした瞬間に幸せを感じる。
「流、何を作っているんだ?」
「彼に葛湯でも届けようと思いまして」
「いいね。流石……」
(流石、僕の流だ)
そんな風に、口に出してくれたらいいのに。
このお堅い兄には、それが難しいのだろう。
副住職という立場、兄であり父でもある身故に、奔放になれないんだよな。
翠の性格も立場も、全部分かっている。
翠が今ここにいてくれるだけで幸せなのに……
翠の全てを受け止めるから、俺の元に降りてきてくれないか。
そんなことを自分勝手に思ってしまった。
「では届けてきます。これは兄さんの分です。身体を温めて下さい」
「僕の分まで? ありがとう、お前は優しいね」
美しく弧を描く口元、楚々とした仕草。
大好きだ。
お盆に葛湯をのせて、離れの客間まで忍び足で向かった。
邪魔にならないようにしないとな。
すると客間の前で、空気ががらりと変わった。
濃密な匂いがする。
人が人に欲情する時に放たれる香りだ。
これは――
あいつら何してんだ?
耳をそばだてると、艶めかしい声が細切れに聞こえた。
「うっ……んっ」
続いて、丈の低い声。
「洋、感じているのだろう。声を出してもいい。ここは離れだから母屋まで遠い」
おっ、おい、丈の奴ぶっ飛ばしてんな。
早速、盛ってんのか。
お前にこんな行動力と性欲があるなんて知らなかったぞ。
俺の前では顔色一つ変えずに澄ました顔でインテリ本ばかり読んでいたくせに。
「駄目だ! 駄目……あっ……」
彼の声は、か細く震えていた。
やべぇ、随分と色っぽい声を出すんだな。
翠もこんな声を出すのか……
まずい、煽られる。
いや、いやいや、ちょっと待てよ。
君はさっき倒れただったよな。
丈の奴に翻弄されてる場合じゃねーだろ。
もう少し休めよ。
急に兄モードになった。
俺もこんな気持ちになるんだな。
その場で、思いっきり咳払いした。
「コホンっ!」
「あっ」
「……入るぞ」
中からドンっと物音がしたので、まさか彼がまた倒れたのかと慌てて襖を開けると、なんと大柄な丈が思いっきり尻もちをつき、彼は正座して俺を見上げていた。
ははっ、丈が突き飛ばされたのか。
君、案外やるな。
「へぇ、これはこれは、お邪魔だった?」
「流兄さん、何の用です?」
丈の奴は相当おかんむりのようだな。
残念だが、お前がムキになればなるほど弄りたくなるんだよな
「ひどいな。洋くんに葛湯を作って来たのに」
「えっ? ありがとうございます」
彼の方は呆然と俺を見上げていた。
ん? その浴衣の胸元……
おいおい、派手に着崩したな。
その膨らみは、丈の手が侵入した形跡か。
「まったく、せっかく俺が綺麗に着付けてやったのに、こんなに乱れさせて」
「す、すみません」
「いいんだよ。君が謝ることはない。どうせここ、丈の仕業だろう?」
「流兄さんっ、一体何しに来たんですか。用が済んだのなら、もう出て行ってください」
へへ、丈がついに声に出して怒ったぞ。
俺たちのやりとりを、彼はキョトンとした顔で見つめていた。
「洋くんどうした?」
「あっ……いえ、その丈はいつも落ち着いているのに……お兄さんの前ではこんな感じなんですね」
「ははっ、こいつって無愛想だろう? 昔から無口で何考えているか分からないから、俺が一方的にちょっかい出しているのさ。それにしても……今回急に君を連れて来たのには正直驚いた」
「すみません、俺」
「なんで謝る? 君みたいに綺麗で上品な子なら大歓迎だよ」
俺の中では、情が湧いていた。
まるで本当に末の弟が出来たような優しい気持ちになっていた。
「さぁ、立って」
手際よく着崩れを直してやり、葛湯を飲ませてやった。
「具合もう大丈夫か」
「あっ、はい」
「じゃあ行こう」
「えっ、どこへ?」
「流兄さん、洋をどこへ連れていくつもりですか!」
丈が慌てた様子で、彼の腕を掴んだ。
「へぇ、丈の焦った顔初めて見たぞ」
「ふざけないで下さい。もういい加減にしてください!」
「寺内を案内してあげるよ。さぁおいで」
「えっ、あの……」
「駄目だ。洋は行かせない!」
の手を兄弟で引っ張りっこしている図に吹きそうになった。
なんて大人げないことを。
お前も血の通った人間だったんだな。
俺たち、ろくに兄弟喧嘩なぞしなかったのに、これではまるでおもちゃを取り合う三歳児だ。
そんなふてくされた子供のような顔をしてさ。
俺が笑うと、彼もふっと笑った。
「ふっ」
「洋、何がおかしい?」
「丈のそんな焦った顔初めてだ。子供みたいにお兄さんと言い争う姿なんて、今まで想像出来なかったよ」
「洋っ」
「くっ、洋くんもそう思うか。俺もさっきから丈の反応が面白くて、つい揶揄ってしまうのさ。洋くんとは気が合いそうだ。さぁ、こんな奴は置いて俺と行こうぜ」
「えっいや……それはその」
「待って下さい。私も行きます。三人で行きましょう」
丈、お前なぁ……誇示しすぎだ。
呆れて苦笑すると、彼が俺に甘く微笑んでくれた。
へぇ、笑うと少し幼くなるんだな。
少し打ち解けてきたようで、嬉しくなった。
「ふふっ」
「洋、もう笑うな。夜、覚えておけよ」
それにしても丈、お前、しばらく会わないうちにかなり変態めいてきたぞ。
ははっ、お前、俺みたいだぞ。
性格が真逆で似ても似つかぬ弟だと思っていたが、違ったのか。
ははっ、楽しい気分になってきた。
翠に見せてやりたいな。
弟のこの変わりよう。
これは翠が待ち望んでいた変化の一つかもな。
「洋くん、行こうぜ!」
まだ顔色が悪かった。
よし、ここは一肌脱いで、暖かい物でも届けてやるか。
お節介かもしれんが気になるので、そのまま庫裡に向かった。
コトコトと雪平鍋を火にかけていると、翠の香が漂ってきた。
振り向けば、袈裟姿の翠がたおやかな微笑みを浮かべて入り口に佇んでいた。
あぁ、こんなふとした瞬間に幸せを感じる。
「流、何を作っているんだ?」
「彼に葛湯でも届けようと思いまして」
「いいね。流石……」
(流石、僕の流だ)
そんな風に、口に出してくれたらいいのに。
このお堅い兄には、それが難しいのだろう。
副住職という立場、兄であり父でもある身故に、奔放になれないんだよな。
翠の性格も立場も、全部分かっている。
翠が今ここにいてくれるだけで幸せなのに……
翠の全てを受け止めるから、俺の元に降りてきてくれないか。
そんなことを自分勝手に思ってしまった。
「では届けてきます。これは兄さんの分です。身体を温めて下さい」
「僕の分まで? ありがとう、お前は優しいね」
美しく弧を描く口元、楚々とした仕草。
大好きだ。
お盆に葛湯をのせて、離れの客間まで忍び足で向かった。
邪魔にならないようにしないとな。
すると客間の前で、空気ががらりと変わった。
濃密な匂いがする。
人が人に欲情する時に放たれる香りだ。
これは――
あいつら何してんだ?
耳をそばだてると、艶めかしい声が細切れに聞こえた。
「うっ……んっ」
続いて、丈の低い声。
「洋、感じているのだろう。声を出してもいい。ここは離れだから母屋まで遠い」
おっ、おい、丈の奴ぶっ飛ばしてんな。
早速、盛ってんのか。
お前にこんな行動力と性欲があるなんて知らなかったぞ。
俺の前では顔色一つ変えずに澄ました顔でインテリ本ばかり読んでいたくせに。
「駄目だ! 駄目……あっ……」
彼の声は、か細く震えていた。
やべぇ、随分と色っぽい声を出すんだな。
翠もこんな声を出すのか……
まずい、煽られる。
いや、いやいや、ちょっと待てよ。
君はさっき倒れただったよな。
丈の奴に翻弄されてる場合じゃねーだろ。
もう少し休めよ。
急に兄モードになった。
俺もこんな気持ちになるんだな。
その場で、思いっきり咳払いした。
「コホンっ!」
「あっ」
「……入るぞ」
中からドンっと物音がしたので、まさか彼がまた倒れたのかと慌てて襖を開けると、なんと大柄な丈が思いっきり尻もちをつき、彼は正座して俺を見上げていた。
ははっ、丈が突き飛ばされたのか。
君、案外やるな。
「へぇ、これはこれは、お邪魔だった?」
「流兄さん、何の用です?」
丈の奴は相当おかんむりのようだな。
残念だが、お前がムキになればなるほど弄りたくなるんだよな
「ひどいな。洋くんに葛湯を作って来たのに」
「えっ? ありがとうございます」
彼の方は呆然と俺を見上げていた。
ん? その浴衣の胸元……
おいおい、派手に着崩したな。
その膨らみは、丈の手が侵入した形跡か。
「まったく、せっかく俺が綺麗に着付けてやったのに、こんなに乱れさせて」
「す、すみません」
「いいんだよ。君が謝ることはない。どうせここ、丈の仕業だろう?」
「流兄さんっ、一体何しに来たんですか。用が済んだのなら、もう出て行ってください」
へへ、丈がついに声に出して怒ったぞ。
俺たちのやりとりを、彼はキョトンとした顔で見つめていた。
「洋くんどうした?」
「あっ……いえ、その丈はいつも落ち着いているのに……お兄さんの前ではこんな感じなんですね」
「ははっ、こいつって無愛想だろう? 昔から無口で何考えているか分からないから、俺が一方的にちょっかい出しているのさ。それにしても……今回急に君を連れて来たのには正直驚いた」
「すみません、俺」
「なんで謝る? 君みたいに綺麗で上品な子なら大歓迎だよ」
俺の中では、情が湧いていた。
まるで本当に末の弟が出来たような優しい気持ちになっていた。
「さぁ、立って」
手際よく着崩れを直してやり、葛湯を飲ませてやった。
「具合もう大丈夫か」
「あっ、はい」
「じゃあ行こう」
「えっ、どこへ?」
「流兄さん、洋をどこへ連れていくつもりですか!」
丈が慌てた様子で、彼の腕を掴んだ。
「へぇ、丈の焦った顔初めて見たぞ」
「ふざけないで下さい。もういい加減にしてください!」
「寺内を案内してあげるよ。さぁおいで」
「えっ、あの……」
「駄目だ。洋は行かせない!」
の手を兄弟で引っ張りっこしている図に吹きそうになった。
なんて大人げないことを。
お前も血の通った人間だったんだな。
俺たち、ろくに兄弟喧嘩なぞしなかったのに、これではまるでおもちゃを取り合う三歳児だ。
そんなふてくされた子供のような顔をしてさ。
俺が笑うと、彼もふっと笑った。
「ふっ」
「洋、何がおかしい?」
「丈のそんな焦った顔初めてだ。子供みたいにお兄さんと言い争う姿なんて、今まで想像出来なかったよ」
「洋っ」
「くっ、洋くんもそう思うか。俺もさっきから丈の反応が面白くて、つい揶揄ってしまうのさ。洋くんとは気が合いそうだ。さぁ、こんな奴は置いて俺と行こうぜ」
「えっいや……それはその」
「待って下さい。私も行きます。三人で行きましょう」
丈、お前なぁ……誇示しすぎだ。
呆れて苦笑すると、彼が俺に甘く微笑んでくれた。
へぇ、笑うと少し幼くなるんだな。
少し打ち解けてきたようで、嬉しくなった。
「ふふっ」
「洋、もう笑うな。夜、覚えておけよ」
それにしても丈、お前、しばらく会わないうちにかなり変態めいてきたぞ。
ははっ、お前、俺みたいだぞ。
性格が真逆で似ても似つかぬ弟だと思っていたが、違ったのか。
ははっ、楽しい気分になってきた。
翠に見せてやりたいな。
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