忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

文字の大きさ
195 / 236
色は匂へど……

春隣 11

しおりを挟む
 丈と一緒に、月影寺を案内した。

 翠のお達しもあるが、なにより、ここがいかに安全な場所か、洋くんに知ってもらいたい。

「洋、そこは足元が悪い。こっちを歩け」
「洋、あまり流兄さんに近寄るな」

 おいおい、丈の奴、まるで護衛の武官のように立ちはだかってんな。俺は取って食いやしないって。
 
 『翠』命だからな。
 
 洋くんは可愛い末っ子気分って奴さ。

 だが丈が心配する気持ちも分かる。

 凜とした面もあるようだが、まだまだ繊細で脆い面が全面に出ている。
 
 まるで、何かに怯えているようだ。

 放っておけないな。

「洋くん、この先もずっと寺の敷地だ。北鎌倉でも一番奥にある寺だから敷地だけはな」

 彼の目には何もかも新鮮に映っているようで、次第に美しい顔に血の気がさし、瞳が輝き出した。

 へぇ、いいな。君はその方がずっといい。
 
 それにしても見れば見るほど、息を呑むほど美しい顔立ちだ。同時に不思議な懐かしさが、再びこみ上げてくる。

 遠い昔、こんな風に……弟のように可愛がっていたのは誰だったか。

「本当にかなり広いですね」
「山寺らしく広い敷地に本堂や離れが点在し、長い渡り廊下でつながっているんだ。山に近いから自然の美しさ溢れる庭が自慢だ。そうだ、梅の木も沢山あるよ。もう少し経てばこの冬枯れの景色に色が添えられて、また一段と風情が出るだろう」
「梅の木ですか、いいですね」
「他にもいろんな木が植わっているさ。おいおい教えるよ。それより具合はどうだ?」

 彼は頬を染めて、頷いた。

「すみません。さっきは……もう大丈夫です」
「そうか、じゃあ最後に月影庵に寄ろう」
「月影……庵?」
「張矢家のための庵だ」

 案内すると、父と翠が中で写経をしていた。

 翠は、こうやって1日に何時間も、次期僧侶となるべく跡取り修行を受けている。

 奢ることなく、ひたむきなのが翠らしい。

 俺たちの気配に気付いた翠は筆を止めて、たおやかな笑みを浮かべる。

「洋くん、もう具合はいいの? とても心配したよ。さぁここにお座りよ」
「あっ、はい。さっきはすみません」
「ここにどうぞ、丈も一緒に」

 洋くんは部屋をぐるりと見回した。

 外の世界に興味があることはいいことだ。

 満月のような円窓からは、今日は冬枯れの水墨画のような景色が見えている。

 お! 目聡いな。

 床の間の掛け軸が気になったらしい。もしかして古典文学に興味があるのか。掛け軸の和歌を変体仮名を瞬時に読み取り、抑揚をつけて口ずさんだ。

『月かげの いたらぬさとは なけれども ながむる人の 心にぞすむ』

「洋くん、この歌の意味分かるの?」

 俺も聞こうと思ったが、翠も同じことを考えていたらしい。

「あっ……いえ」
「この和歌はね、法然上人の代表的な一首で、鎌倉時代の勅撰和歌集『続千載和歌集』にも選ばれているものだよ。それに、ほらここを見てご覧」

 翠が指さしたのは、掛け軸に描かれ、花のような月の紋。

「あっ」
「これはね浄土宗の宗紋であって『月影杏葉《つきかげぎょよう》』と呼ばれるもので、この月影寺は浄土宗で月と深く関係がある寺なんだ」
「……月ですか」

 洋くんは『月』という言葉に、過敏に反応していた。

 月と言えば、浴衣に着替えさせた時、彼の白い胸に月輪のようなネックレスがかかっていたな。

 象牙のような洋くんの肌に、しっとりと吸い付くようで意味ありげだった

 思わず彼の胸元に手を伸ばし、月輪のネックレスに触れてみた。

「あっ」
「これさ、いいね。月の形だよな」

 翠も月輪を見つめ、納得した表情で洋くんに『月のない夜でも、心に月を思い浮かべて月光を宿すこともできる』という言葉を贈った。

 その言葉に、洋くんはとても感動していた。
 
 彼の頭の中は覗けないが、彼にとって月は丈なのだろう。

 俺にとっての月は翠だ。

 いつだって目を閉じれば浮かんでくる。

 翠の楚々とした姿、凜とした姿、優しい微笑み。

 闇夜であっても、翠のたおやかな微笑みが、俺を照らしてくれるのさ。
 
 そんなことを考えていると、洋くんが意を決したように口を開いた。

 勇気を振り絞っているのが、膝の上の握りこぶしから伝わってきた。

「お父さん、翠さん、流さん、聞いてもいいですか」
「なんだい?」
「俺を本当にここに受け入れてもらえるのですか」
「もちろんだ」
「じゃあ、ここで……丈さんの側にいても?」
「もちろんさ」

 俺も翠も同じ気持ちだ。

 ぴたりと揃った声が、月影庵内に力強く響く!

 すると、最後まで黙って事の成り行きを静観していた父が、すっと手をかざした。

 父の手は仏のように慈愛に満ち、そのまま洋くんの頭を労るように優しく撫でた。

 その途端、洋くんは感極まった様子で「うっ」と嗚咽を上げた。

「洋くん、泣くなよ。さっきから言っているだろう、俺は最初から大歓迎さ」

 痛々しい。

 何をそんなに怯える?

 ここは安心安全な月影寺だぞ?

 明るく話しかけてやると、彼は美しい瞳を潤ませていた。

「ありがとうございます。俺……こんな展開……予想していなかったので」
「洋、良かったな。だから言ったろう? 皆、洋を受け入れているから安心しろ」

 おぉ? お前本当に丈なのか。

 今までも見たことがない程、柔らかく朗らかな笑みを浮かべていた。

 柔らかく受け入れることで、洋くんの緊張を解こうとしているのだろう。
 
 翠にとっても丈の変化は新鮮だったようで、目を見開いていた。

「いいね。丈のこんなに嬉しそうな顔、見たことはなかったよ。お父さん、どう思われます?」
「あぁ、どのような形であっても息子の幸せは嬉しいものだ」

 父さん、ありがとう。

 その言葉、糧にするよ。

 父さんの望む道ではないかもしれないけれども、俺はこのまま突き進む。

 いつか翠と交差するまで。

「いい言葉ですね……とても」

 翠がわずかに見せる素の感情。

 ほんの少し羨望の眼差しで二人を見ている気がして……嬉しくなった。

 手応えを感じる。

 いつかが、ぐっと近づいたのでは?
 

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...