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色は匂へど……
色は匂へど 7
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「流っ、流、待っておくれよ」
俺は翠の肩にぶつかる勢いで浴室から飛び出し、長い廊下をドカドカと走り抜けた。
翠は唖然とした様子で立ち尽くしていたが……
知るかっ!
「くそっ! 人の気も知らないで!」
腰にタオルを巻いたまま自室に戻り、箪笥から新しい下着と作務衣を取り出し手際よく身に着けると、ようやく一息付けた。
「どうしたらいいんだよ? どうしたら良かった? とても平静は保てん!」
そのまま肩にタオルを引っ掛けて、ドサッと布団に仰向けに倒れ込んだ。
頭の後ろで手を組んで目を閉じると、先ほどの浴室内での出来事が脳裏に鮮明に浮かび上がって来た。
兄さん……
一体何を考えて……あんな行動を起こした?
普段だったらあり得ない大胆な行為だった。
浴衣がしなやかな肢体にまとわりつき、白い肌にぴたりと張り付いて強烈に艶めかしかった。
しかし……あんな明るい場所で、自ら腰紐を解くとは本当に危なっかしい。
今日は相手が丈と洋くんだから良いものの……
はっ!
も、もしや仏門の集まりで泊りで出掛けた時も、あんな調子なのか!
はぁー 翠は自分の魅力をちっとも分かってない!
何度忠告しても、不思議そうに聞き流してばかりだ。
……
「どうして? 仮にも相手は同じ仏門を志す同士だよ。そこで恥ずかしがるなんて意識し過ぎでは? 修行している人に失礼だよ」
「兄さんは鈍感すぎます。ああぁ、心配で心配でたまらないです」
「……流、僕はもう大丈夫だ。もう若い頃のようにやわではないし……それに、いい歳のおじさんだよ」
「んなことない‼‼‼ 絶対にナイ!」
……
あーくそっ! またイライラしてくる。
肩にかけたタオルでかきむしるように大雑把に髪の毛を拭くと、襖の向こうから、翠の控えめな声がした。
「コホン、入ってもいいかな?」
「……どうぞっ」
部屋に入って来た翠は浴衣をざっくりと着ていた。
おいおい、びしょ濡れの浴衣を着たままでは、風邪をひくって分かっているのか。
はぁ……この人は全く手のかかることよ。
あれほど喉が弱いから気を付けろと言っているのに、明日も法要があり、喉を酷使するのに……全く無鉄砲な人だ。
「流、さっきは急にどうしたんだ?」
「話はあとで聞くからまずは着替えましょう」
「あ……うん、そうだね」
俺は立ち上がり、自分の箪笥の横に置いてあるもう一つの箪笥の引き出しを開けた。中には綺麗に畳んだ浴衣が何着も並んでいる。
これは翠の浴衣だ。全て俺がデザインしたものだ。若竹や桔梗など楚々とした柄を散らした翠のための浴衣だ。その中から今日は白地に濃紺、月雲の柄を大胆に施した浴衣を選んでやった。
「さぁ、これに着替えましょう」
「流……いつもありがとう」
それからさりげなく照明を落としてやった。
翠もそれを望んでいるのを知っているから。
薄暗い部屋になれば、もう動揺はしない。冷静に兄さんの付き人として、濡れた浴衣の腰ひもを解き、素肌を露わにしていく。
息が届く程、近くにいる。
雨に濡れて匂い立つような成熟した大人の男の身体だ。
俺とは真逆の、しなやかで儚い薄い肉付きの身体。
さりげなく下着を渡して、サッと目を反らす。
「濡れたものは全部取り替えて下さい」
「ふっ、何もかも……だね」
濡れた裸体を大きなバスタオルで優しく拭いてやると翠が甘く微笑んだ。
「ありがとう」
「兄さんの身の回りのことは、俺が一生します」
「うん……昔は僕が流のお世話をしてあげたのに……申し訳ないね」
「月影寺の住職をいずれ担う大切な身体です。だから気にしないでいいです。兄さんは仏門のことだけを考えていれば……良いのです」
「……仏門のことだけ……それでいいのか」
翠が意味深に問いかけてくる。
俺には、その先を求める権利があるのか。
穢れない人を、この手にかけてもいいのか。
俺の欲情のままに抱きしめたりしたら、壊してしまわないか。
それが怖くて怯んでしまう。
あぁ……また堂々巡りだ。
「……」
バスタオルの陰で、兄さんは自らの下着を取り換えていた。
ちらちらと薄暗い中で見え隠れする、ほっそりとした太腿が艶めかしい。
翠は年を取るのを忘れたのか。
欲情する。
実の兄なのに、俺はその身体に明らかに欲情してしまう。
沸き起こる熱をねじ伏せ、平静を保つのがどんなに大変なことか。
「それにしても酷い雨漏りだったね。夜が明けたら大工さんを呼ぼう。今日はどうしよう? あの離れで丈と洋くんは眠れないね」
「確かにそうですね」
「うーん」
翠は真剣に思案し出した。
いつも自分のことよりも人のために動く一途な翠。
この表情が本当に可愛らしい。
歳なんて関係ないさ。
可愛い人は永遠に可愛いのことを知る、今日この頃。
「そうだ! 良いことを思いついたよ。二人には僕の部屋で寝てもらうのはどうかな?」
「はぁ? それじゃ兄さんはどちらで眠るのですか」
「うん……ここに泊らせてもらえるか」
「ええっ‼」
今日の兄さんはやはり変だ!
いや、待てよ。
そうではないのか。
兄さんは、もしや……まさか……
俺との距離を詰めようとしてくれているのか。
距離を詰めたら、どうなってしまうのか分かっているのか。
あぁ、どうしたらいいのか。
悩まし過ぎる!
流、もう……そろそろいいんじゃないか。
少しずつ先に、進んでみないか。
そんな甘い囁きが聞こえるようだった。
俺は翠の肩にぶつかる勢いで浴室から飛び出し、長い廊下をドカドカと走り抜けた。
翠は唖然とした様子で立ち尽くしていたが……
知るかっ!
「くそっ! 人の気も知らないで!」
腰にタオルを巻いたまま自室に戻り、箪笥から新しい下着と作務衣を取り出し手際よく身に着けると、ようやく一息付けた。
「どうしたらいいんだよ? どうしたら良かった? とても平静は保てん!」
そのまま肩にタオルを引っ掛けて、ドサッと布団に仰向けに倒れ込んだ。
頭の後ろで手を組んで目を閉じると、先ほどの浴室内での出来事が脳裏に鮮明に浮かび上がって来た。
兄さん……
一体何を考えて……あんな行動を起こした?
普段だったらあり得ない大胆な行為だった。
浴衣がしなやかな肢体にまとわりつき、白い肌にぴたりと張り付いて強烈に艶めかしかった。
しかし……あんな明るい場所で、自ら腰紐を解くとは本当に危なっかしい。
今日は相手が丈と洋くんだから良いものの……
はっ!
も、もしや仏門の集まりで泊りで出掛けた時も、あんな調子なのか!
はぁー 翠は自分の魅力をちっとも分かってない!
何度忠告しても、不思議そうに聞き流してばかりだ。
……
「どうして? 仮にも相手は同じ仏門を志す同士だよ。そこで恥ずかしがるなんて意識し過ぎでは? 修行している人に失礼だよ」
「兄さんは鈍感すぎます。ああぁ、心配で心配でたまらないです」
「……流、僕はもう大丈夫だ。もう若い頃のようにやわではないし……それに、いい歳のおじさんだよ」
「んなことない‼‼‼ 絶対にナイ!」
……
あーくそっ! またイライラしてくる。
肩にかけたタオルでかきむしるように大雑把に髪の毛を拭くと、襖の向こうから、翠の控えめな声がした。
「コホン、入ってもいいかな?」
「……どうぞっ」
部屋に入って来た翠は浴衣をざっくりと着ていた。
おいおい、びしょ濡れの浴衣を着たままでは、風邪をひくって分かっているのか。
はぁ……この人は全く手のかかることよ。
あれほど喉が弱いから気を付けろと言っているのに、明日も法要があり、喉を酷使するのに……全く無鉄砲な人だ。
「流、さっきは急にどうしたんだ?」
「話はあとで聞くからまずは着替えましょう」
「あ……うん、そうだね」
俺は立ち上がり、自分の箪笥の横に置いてあるもう一つの箪笥の引き出しを開けた。中には綺麗に畳んだ浴衣が何着も並んでいる。
これは翠の浴衣だ。全て俺がデザインしたものだ。若竹や桔梗など楚々とした柄を散らした翠のための浴衣だ。その中から今日は白地に濃紺、月雲の柄を大胆に施した浴衣を選んでやった。
「さぁ、これに着替えましょう」
「流……いつもありがとう」
それからさりげなく照明を落としてやった。
翠もそれを望んでいるのを知っているから。
薄暗い部屋になれば、もう動揺はしない。冷静に兄さんの付き人として、濡れた浴衣の腰ひもを解き、素肌を露わにしていく。
息が届く程、近くにいる。
雨に濡れて匂い立つような成熟した大人の男の身体だ。
俺とは真逆の、しなやかで儚い薄い肉付きの身体。
さりげなく下着を渡して、サッと目を反らす。
「濡れたものは全部取り替えて下さい」
「ふっ、何もかも……だね」
濡れた裸体を大きなバスタオルで優しく拭いてやると翠が甘く微笑んだ。
「ありがとう」
「兄さんの身の回りのことは、俺が一生します」
「うん……昔は僕が流のお世話をしてあげたのに……申し訳ないね」
「月影寺の住職をいずれ担う大切な身体です。だから気にしないでいいです。兄さんは仏門のことだけを考えていれば……良いのです」
「……仏門のことだけ……それでいいのか」
翠が意味深に問いかけてくる。
俺には、その先を求める権利があるのか。
穢れない人を、この手にかけてもいいのか。
俺の欲情のままに抱きしめたりしたら、壊してしまわないか。
それが怖くて怯んでしまう。
あぁ……また堂々巡りだ。
「……」
バスタオルの陰で、兄さんは自らの下着を取り換えていた。
ちらちらと薄暗い中で見え隠れする、ほっそりとした太腿が艶めかしい。
翠は年を取るのを忘れたのか。
欲情する。
実の兄なのに、俺はその身体に明らかに欲情してしまう。
沸き起こる熱をねじ伏せ、平静を保つのがどんなに大変なことか。
「それにしても酷い雨漏りだったね。夜が明けたら大工さんを呼ぼう。今日はどうしよう? あの離れで丈と洋くんは眠れないね」
「確かにそうですね」
「うーん」
翠は真剣に思案し出した。
いつも自分のことよりも人のために動く一途な翠。
この表情が本当に可愛らしい。
歳なんて関係ないさ。
可愛い人は永遠に可愛いのことを知る、今日この頃。
「そうだ! 良いことを思いついたよ。二人には僕の部屋で寝てもらうのはどうかな?」
「はぁ? それじゃ兄さんはどちらで眠るのですか」
「うん……ここに泊らせてもらえるか」
「ええっ‼」
今日の兄さんはやはり変だ!
いや、待てよ。
そうではないのか。
兄さんは、もしや……まさか……
俺との距離を詰めようとしてくれているのか。
距離を詰めたら、どうなってしまうのか分かっているのか。
あぁ、どうしたらいいのか。
悩まし過ぎる!
流、もう……そろそろいいんじゃないか。
少しずつ先に、進んでみないか。
そんな甘い囁きが聞こえるようだった。
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