222 / 236
色は匂へど……
色は匂へど 13
しおりを挟む
「流……今すぐ風呂に入りたい」
海から部屋に戻った途端、無性にシャワーを浴びたくなった。先ほど岩場で解き放った飛沫は波が攫ってくれたのに、まだ身体に残っているように感じるのは何故だろう?
まるで……消してもすぐに灯る流への秘めたる想いのようだ。
旅に出てから、明らかに僕は情緒不安定になっている。
ずっと感情が激しく揺れ動いている。
自制心と何もかも解き放ちたい心が行ったりきたりしている。
そのことに戸惑っている。
「兄さん、今すぐには無理そうです。洋くんが使っているので」
「……この部屋の風呂でなくてもいいから早く」
急かすように、僕らしくないことを言ってしまった。
普段なら胸の傷痕が気になって大浴場は避けたいと思うのに……流の方も何かを感じたのか普段と様子が違うようだ。
「では大浴場に行きますか。今から準備します」
「分かった。本の続きを読んでいるから仕度ができたら呼んでくれ」
僕は待っている間に、この揺れ動く心を整えるためにあえて読書をした。
ところが文章が全く頭に入ってこない。
それどころか眠い……
慣れない海で泳ぎ、あんな場所で己を慰めた疲れが出たのか、猛烈な睡魔に襲われた。
身体をシーツに預け力をふっと抜くと、まるで波間に浮かんでいるような心地になった。
眠ってしまおう。
心を休めよう。
「兄さん、起きて下さい。さぁ風呂に行きましょう。そのままでは気持ち悪いでしょう」
しばらく眠っていたのか、肩を掴まれゆさゆさと揺さぶられ、意識を戻した。
遠くから流の声が聞こえる。
だが、僕はどこにも行きたくなかった。
ただ流と二人でいたいと願った。
「もう……眠いから……無理…」
「でも、まだ砂もついているのに」
「……」
だから留まることを選んだ。
すると……上半身に何か暖かいものが触れた。
気持ちいいものだ。
もしかして身体を拭いてくれているのか。
「う……ん」
駄目だ、瞼が重たくて目を開けられない。
「んっ……ふぅ……」
誰かが僕の肌に優しく触れ、そのまま身体の一部を躊躇いがちに扱われた。
そこは誰にも触れられたことのない場所だったので驚いた。
だが……あまりに真剣に熱心に吸ってくるので、そのまま身を預けたくなった。
それに優しく温かいものだったから、少しも怖くはなかった。
それよりも僕を必死に求めてくれるのが嬉しかった。
まるで愛を植え付けられているようだ。
「あ……んっ……んっ」
変だ……
男なのにそんな場所が感じるなんて……
甘く疼く感覚が芽生え、刺激的な吸引がいよいよ気持ち良くなってきた。
冷静に考えれば僕の身体のどこを吸われているのか分かるのに、どこか一枚薄いベールがかかったような、あやふやな世界だ。
喉から必死に声を絞り出した。
「……んっ……流……なのか」
僕に触れる人。
僕が触れて欲しい人。
それは、ただ一人の人しか思いつかないよ。
だが返事はなく、忽然と気配すらも消えてしまった。
切ないよ。
寂しいよ。
やはり夢だったのか。
夢に決まっていると思いながらも、どこかで期待していた。
あぁ……先ほどの岩場での自慰が尾を引き、欲望の塊のような夢を見てしまったのか。
「流……そこにいてくれ……行かないでくれ……」
遠い昔、僕がまだ僕ではない時、とても近い人に恋をしていた。
ある日月光が降りた庭先に、長年探し求めていた人が立っていた。
僕は裸足のまま庭に駆け出し、両手で彼を抱きしめた。
だが抱きしめてみると、それは実体のない光でしかなかった。
「えっ……どこにいる? どこへ行く? 僕を置いて……逝くな」
竹林がざわめく中、その人は強い風に身体を委ね悲し気に微笑んだ。
声が……厳かな声が降ってくる。
「次の世で……『重なる月』と出逢えた時に成就させましょう。たとえ、またこのような間柄だったとしても……今度こそ、あなたは俺のものに、俺はあなたのものに……」
そんな言葉を残して、光は僕の傍から忽然と消えてしまった。
眠っているはずなのに押し潰されそうな胸の痛みを覚え、熱い涙が頬を濡らした。
こんな夢は見たことがないはずだ。
これは一体誰の夢なのか。
そうだ……これは僕が僕でない時のものだ。
それは一体いつだ?
再び闇が覆い尽くし、深い睡魔に襲われた。
今は眠った方がいいということなのか。
「流……いないのか」
そう夢の中で問うが、返事はなかった。
やはり夢なのか……
だが一つだけ夢は、希望に満ちた言葉を僕に託してくれた。
『重なる月』
この言葉だけは覚えておこう。
僕の未来を切り開き、変えていく言葉になる予感がする。
……
翠と流の前世の物語
『夕凪の空 京の香り』第4章「残された日々」とリンクしています。
海から部屋に戻った途端、無性にシャワーを浴びたくなった。先ほど岩場で解き放った飛沫は波が攫ってくれたのに、まだ身体に残っているように感じるのは何故だろう?
まるで……消してもすぐに灯る流への秘めたる想いのようだ。
旅に出てから、明らかに僕は情緒不安定になっている。
ずっと感情が激しく揺れ動いている。
自制心と何もかも解き放ちたい心が行ったりきたりしている。
そのことに戸惑っている。
「兄さん、今すぐには無理そうです。洋くんが使っているので」
「……この部屋の風呂でなくてもいいから早く」
急かすように、僕らしくないことを言ってしまった。
普段なら胸の傷痕が気になって大浴場は避けたいと思うのに……流の方も何かを感じたのか普段と様子が違うようだ。
「では大浴場に行きますか。今から準備します」
「分かった。本の続きを読んでいるから仕度ができたら呼んでくれ」
僕は待っている間に、この揺れ動く心を整えるためにあえて読書をした。
ところが文章が全く頭に入ってこない。
それどころか眠い……
慣れない海で泳ぎ、あんな場所で己を慰めた疲れが出たのか、猛烈な睡魔に襲われた。
身体をシーツに預け力をふっと抜くと、まるで波間に浮かんでいるような心地になった。
眠ってしまおう。
心を休めよう。
「兄さん、起きて下さい。さぁ風呂に行きましょう。そのままでは気持ち悪いでしょう」
しばらく眠っていたのか、肩を掴まれゆさゆさと揺さぶられ、意識を戻した。
遠くから流の声が聞こえる。
だが、僕はどこにも行きたくなかった。
ただ流と二人でいたいと願った。
「もう……眠いから……無理…」
「でも、まだ砂もついているのに」
「……」
だから留まることを選んだ。
すると……上半身に何か暖かいものが触れた。
気持ちいいものだ。
もしかして身体を拭いてくれているのか。
「う……ん」
駄目だ、瞼が重たくて目を開けられない。
「んっ……ふぅ……」
誰かが僕の肌に優しく触れ、そのまま身体の一部を躊躇いがちに扱われた。
そこは誰にも触れられたことのない場所だったので驚いた。
だが……あまりに真剣に熱心に吸ってくるので、そのまま身を預けたくなった。
それに優しく温かいものだったから、少しも怖くはなかった。
それよりも僕を必死に求めてくれるのが嬉しかった。
まるで愛を植え付けられているようだ。
「あ……んっ……んっ」
変だ……
男なのにそんな場所が感じるなんて……
甘く疼く感覚が芽生え、刺激的な吸引がいよいよ気持ち良くなってきた。
冷静に考えれば僕の身体のどこを吸われているのか分かるのに、どこか一枚薄いベールがかかったような、あやふやな世界だ。
喉から必死に声を絞り出した。
「……んっ……流……なのか」
僕に触れる人。
僕が触れて欲しい人。
それは、ただ一人の人しか思いつかないよ。
だが返事はなく、忽然と気配すらも消えてしまった。
切ないよ。
寂しいよ。
やはり夢だったのか。
夢に決まっていると思いながらも、どこかで期待していた。
あぁ……先ほどの岩場での自慰が尾を引き、欲望の塊のような夢を見てしまったのか。
「流……そこにいてくれ……行かないでくれ……」
遠い昔、僕がまだ僕ではない時、とても近い人に恋をしていた。
ある日月光が降りた庭先に、長年探し求めていた人が立っていた。
僕は裸足のまま庭に駆け出し、両手で彼を抱きしめた。
だが抱きしめてみると、それは実体のない光でしかなかった。
「えっ……どこにいる? どこへ行く? 僕を置いて……逝くな」
竹林がざわめく中、その人は強い風に身体を委ね悲し気に微笑んだ。
声が……厳かな声が降ってくる。
「次の世で……『重なる月』と出逢えた時に成就させましょう。たとえ、またこのような間柄だったとしても……今度こそ、あなたは俺のものに、俺はあなたのものに……」
そんな言葉を残して、光は僕の傍から忽然と消えてしまった。
眠っているはずなのに押し潰されそうな胸の痛みを覚え、熱い涙が頬を濡らした。
こんな夢は見たことがないはずだ。
これは一体誰の夢なのか。
そうだ……これは僕が僕でない時のものだ。
それは一体いつだ?
再び闇が覆い尽くし、深い睡魔に襲われた。
今は眠った方がいいということなのか。
「流……いないのか」
そう夢の中で問うが、返事はなかった。
やはり夢なのか……
だが一つだけ夢は、希望に満ちた言葉を僕に託してくれた。
『重なる月』
この言葉だけは覚えておこう。
僕の未来を切り開き、変えていく言葉になる予感がする。
……
翠と流の前世の物語
『夕凪の空 京の香り』第4章「残された日々」とリンクしています。
22
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる