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エピローグ
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東京で暮らした数年間、俺には大切な恋人がいた。
彼とは大学の学生寮で出会い、そこから就職して三年目まで共に暮らした。
瑞樹……
もう口に出して名を呼ぶことは二度と出来ないが、元気でやっているか。
あんな風に別れ、あの部屋に君をひとりで置いて行って……ごめん。
あれからどうしている?
ちゃんと水を飲んで生きているか。
もう会う資格もない俺だが、いつも花のような香りを漂わせていた君を、心から大切に想っていた。旅館を継げという親の望む道を捨てられず、君を中途半端に捨ててしまったけれども……
「パパぁ……」
「どうした? あぁ、葉っぱが四つだね。これは四つ葉というんだよ」
「……すき!」
小さな息子の、たどたどしいお喋りが愛おしい。
もう俺は、この生き方を後悔していない。
瑞樹も見つけたか。
誰か、幸せになれる相手を。
***
宿泊者名簿の中に、瑞樹の名前を見つけた時は心底驚いた。
すぐに瑞樹は小さな男の子と仲良さそうに手を繋いで、突然俺の目の前に現れた。その横には瑞樹を愛おしそうに見つめる彼氏の姿があって、ほっとしたのと同時に少し妬いた。全く俺は自分勝手だよな。
瑞樹は俺に「元気だったか。僕は元気にやっているよ」とだけ言ってくれた。相変わらず瑞樹の身体からは花のようないい匂いが漂っていたが、もうこの香りは、俺のものではない。
チェックインのサインをする瑞樹の左薬指に、真新しい銀色の指輪がキラリと輝いていた。そして右手には道端で男の子が作ったのか、シロツメクサで出来た可愛い指輪をしていた。
そうか瑞樹……幸せになったのだな。
その手元を見て、ようやく素直に受け入れられた。
「あなた、フロントを代わりましょうか」
「あぁこちらのお客様の後に、代わってくれ」
今の俺には、可愛い息子と若女将をしてくれる大事な妻がいる。
瑞樹は瑞樹の幸せを……
俺は俺の幸せを掴んだということか。
「こちらがキーです。ごゆっくりとお過ごしください」
事務的にそう告げると、瑞樹は昔のように優しく微笑んでくれた。
「……ありがとう。いい思い出を作っていくよ」
瑞樹たちが部屋に向かった後、妻が首を傾げた。
「どうした? 」
「あのね、今の男性をどこかで見たような気がして」
「そっ、そうなのか」
ドキッとした。妻は瑞樹とのことは全く知らないはずなのに。
「あぁ、思い出したわ」
「どこで会ったのか」
「結婚式で見たのよ。そうだわ、柱の陰から私たちのことを見上げていたわ」
「えっ、どんな風に? 」
「そうね、とても愛おしそうに……大切なものを見送るように……」
「大切なもの? 」
もしあの場に瑞樹が来ていたのなら、てっきり恨みがましい目で睨んでいたと思った自分が恥ずかしい。瑞樹がそんな人間でないのを、知っているクセに。
「さっきの方達って、もしかしてご家族かな。『幸せ』が滲み出ていたわよね。いろんな愛のカタチがあっていいと思うの。私は寛大よ! 」
妻は楽しそうに、ウインクした。
『幸せな復讐』了
彼とは大学の学生寮で出会い、そこから就職して三年目まで共に暮らした。
瑞樹……
もう口に出して名を呼ぶことは二度と出来ないが、元気でやっているか。
あんな風に別れ、あの部屋に君をひとりで置いて行って……ごめん。
あれからどうしている?
ちゃんと水を飲んで生きているか。
もう会う資格もない俺だが、いつも花のような香りを漂わせていた君を、心から大切に想っていた。旅館を継げという親の望む道を捨てられず、君を中途半端に捨ててしまったけれども……
「パパぁ……」
「どうした? あぁ、葉っぱが四つだね。これは四つ葉というんだよ」
「……すき!」
小さな息子の、たどたどしいお喋りが愛おしい。
もう俺は、この生き方を後悔していない。
瑞樹も見つけたか。
誰か、幸せになれる相手を。
***
宿泊者名簿の中に、瑞樹の名前を見つけた時は心底驚いた。
すぐに瑞樹は小さな男の子と仲良さそうに手を繋いで、突然俺の目の前に現れた。その横には瑞樹を愛おしそうに見つめる彼氏の姿があって、ほっとしたのと同時に少し妬いた。全く俺は自分勝手だよな。
瑞樹は俺に「元気だったか。僕は元気にやっているよ」とだけ言ってくれた。相変わらず瑞樹の身体からは花のようないい匂いが漂っていたが、もうこの香りは、俺のものではない。
チェックインのサインをする瑞樹の左薬指に、真新しい銀色の指輪がキラリと輝いていた。そして右手には道端で男の子が作ったのか、シロツメクサで出来た可愛い指輪をしていた。
そうか瑞樹……幸せになったのだな。
その手元を見て、ようやく素直に受け入れられた。
「あなた、フロントを代わりましょうか」
「あぁこちらのお客様の後に、代わってくれ」
今の俺には、可愛い息子と若女将をしてくれる大事な妻がいる。
瑞樹は瑞樹の幸せを……
俺は俺の幸せを掴んだということか。
「こちらがキーです。ごゆっくりとお過ごしください」
事務的にそう告げると、瑞樹は昔のように優しく微笑んでくれた。
「……ありがとう。いい思い出を作っていくよ」
瑞樹たちが部屋に向かった後、妻が首を傾げた。
「どうした? 」
「あのね、今の男性をどこかで見たような気がして」
「そっ、そうなのか」
ドキッとした。妻は瑞樹とのことは全く知らないはずなのに。
「あぁ、思い出したわ」
「どこで会ったのか」
「結婚式で見たのよ。そうだわ、柱の陰から私たちのことを見上げていたわ」
「えっ、どんな風に? 」
「そうね、とても愛おしそうに……大切なものを見送るように……」
「大切なもの? 」
もしあの場に瑞樹が来ていたのなら、てっきり恨みがましい目で睨んでいたと思った自分が恥ずかしい。瑞樹がそんな人間でないのを、知っているクセに。
「さっきの方達って、もしかしてご家族かな。『幸せ』が滲み出ていたわよね。いろんな愛のカタチがあっていいと思うの。私は寛大よ! 」
妻は楽しそうに、ウインクした。
『幸せな復讐』了
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