月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

文字の大きさ
27 / 63
月の章

月夜の湖 6

しおりを挟む
「若様~牛車が整いましたので、姫様をこちらに再びお連れしていただけますか」

 準備万端といった面持ちで従者から声を掛けられたので、私はぐっと手を握りしめ、湖にせり出した大きな樹の枝に腰かけ、月下で物思いに耽っている月夜姫に近寄った。

 月夜姫の横顔が月明かりに照らされ、ぞっとするほど美しい。洋月の君の儚い横顔を彷彿させるその横顔に、つい見惚れてしまう。しかし今はその幻のことは頭を振って追い払い、月夜姫とのことに集中する。

「月夜姫……」

 このまま何もせずに月夜姫と別れてしまえば次いつ逢えるか分からない。そう思うと、せめて次に逢う約束だけでもと思った。

「お願いです。どうかまたこの月夜の下で、私に逢っていただけないでしょうか。私はあなたともっと近づきたいのです」
「……!」

 月夜姫は慌てて扇で顔を隠したが、頬をうっすら染め狼狽えるような表情を浮かべているのが扇の端から零れ落ちていた。本当にこの方は初々しい反応をなさる。今時珍しい……なんと素直で可愛らしい女子なのだろう。

「もちろん、あなたが帝から寵愛を受ける女御だということは存じております。洋月の君のお従妹にあたるのなら、私を義兄とでも思ってくれても良いです。私はあなたと少し語りたいだけです」
「……」

 月夜姫は、今日出逢ったばかりの男からの突然のあからさまな誘いにたじろいでいるようだ。深窓の姫なのだな、この程度のことで、こんなに動揺されるとは。彼女はまだこの世に汚れておらず清らかだ。

 何故帝の女御になってしまう前に、何故手をつけなかったのか。あの洋月の君とこんなにも姿形が似た女子がいるなんて知らなかったのを激しく後悔した。

 しばらく沈黙の後、月夜姫から意を決した凛とした声で返答があった。

「お約束してください。私に絶対触れぬと。 もしそれを守ってくださるのなら、 また次の満月の夜に、この湖でお会いしましょう」

 月夜姫は真っすぐに私のことを見つめ、緊張しながらもそう答えてくれた。

 なんと!このお方は姿形ばかりだけでなく、その声までもが洋月とそっくりだ。洋月の声も男にしては優しく甘い声だったが……

 再び洋月の君と面影が重なり、洋月の悲しげな眼差しが脳裏に浮かび、胸が苦しくなってしまった。洋月のあの柔らかい唇、きめ細かい白い肌。男とは思えない色香を漂わせたあの雰囲気。今すぐにでも抱きしめたいあの華奢な躰。抱けば白百合の如く高潔な甘美な香りを漂わせてくれた。あぁ駄目だ、こんなことでは。

 男である洋月に私が懸想するなんて、洋月を傷つけてしまうだけではないか。しかも洋月は義理の弟だ、妹の婿だ。

 だから私は洋月のことを忘れようと誓ったのではないか。
 だから私は洋月のことを突き放したのに……なのに今だに心の奥に住み着いている、洋月への情が疼き出してしまう。

 月夜姫が次の約束をしてくれて嬉しくてしょうがないのに、私も全くあさましい男だ。

 ひどく心が乾いている──

 私のこの乾いた心を潤わせてくれるのは月夜姫なのか。それとも洋月なのか。

 本当に厄介な病にかかってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...