悲しい月(改訂版)

志生帆 海

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第2章

時が満ちれば 10

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「俺は一足先に戻るよ。そろそろ夜警の時間だ」

 そう言ってカイが去った後、ジョウと俺の寝室に移動した。

「久しぶりだな。ジョウがここに来るのは」
「そうだな。それよりヨウ……大丈夫か」
「あぁ……正直疲れた。お前がいない間、辛かった。俺はすぐに揺らいでしまうよ。お前が傍にいてくれないと」
「やはりさっき何かあったのか。様子が変だぞ」

 ジョウが覗き込むようにじっと見つめてくる。思わず先ほどキチから受けた辱めを漏らしたくもなるが、ぐっと隠して何でもないふりをする。

 弱音はまだ……吐きたくない。

「……何でもない」
「何でもない顔ではない」
「うっ……」

 お前が傍にいれば大丈夫だから、余計な心配をかけたくない。あの程度なら俺はまだ我慢できる。まだ耐えられるから。

「こっちへ来い」

 そういって、寝台に座っているジョウが手を引いて、俺をすぐ横に座らせ、手を握り指を絡ませてくる。

「ヨウ……少し躰を休めろ」

 ジョウは躰をずらし俺の背後に周り、重なるように支えてくれる。ジョウの広い胸板を布越しにしっかりと感じる。その温もりに支えられるように俺はジョウに質問する。

「ジョウは俺の雷光のこと、知っていたのか」
「さっき言っていた話だな。薄々な……」
「それから、あの赤い髪の女は一体何処から来たのだ?『にほん』という王国をお前は知っているのか」
「いや。聞いたこともない。しかし不思議なんだ、あの女は到底今の医術では敵うことがない薬を持っていた」
「どんな?」
「白い透明の楕円形の膜の中に、砂のような粉薬が入っていた」
「それは確かに効き目があったのか」
「あぁそれを飲ませた男の高熱があっという間にひいて、一命をとりとめた」
「それでお前の見解は?」
「ヨウ……私は医術を施す現実主義者だが……」

 ジョウが少し躊躇いがちに話す。

「あぁ」
「あの赤い髪の女はもしかして、私達が今生きているよりももっと先の時代の人間なのではないか?」
「もっともっと先?」
「そうだ。次の世代、そのまた次の世代……いや更に未来なのかもしれない。ずっと先の時代から何かの拍子に時空が歪んで偶然やって来たのではないのだろうか?」
「……そんなことが現実に可能なのか」
「今、何も手の打ちようがないのなら、信じるのみだ」
「では……あの赤い髪の女と王様をその先の世界へ行かすことが出来たら、王様は助かるかもしれないのだな。でもどうやって俺の秘技である雷光をどう使ったら良いのか、俺はその術を知らない。どうすればいい?」

 ── 遠い未来と雷光 ──

 何か繋がりそうで繋がらないくてもどかしい。とにかく疲れ果てた。俺は今日1日に受けた様々な出来事に疲れ果てていた。

 対策を練らねば。
 近衛隊長としての任務を全うせねば。
 そう思うのに躰に力が入らない。
 ジョウの肩にもたれた躰を起こせない。
 先程から、何か切羽詰まったものが込み上げてくる。

 不安だ──

 押しつぶされそうな運命の流れが迫っているような嫌な予感がする。

 今すぐにジョウに抱かれたい。もしかしたらもう会えなくなるかもしれない。そんな事考えたくもないのに、そんな気がしてしょうがない。

 キチに触られたあのおぞましい感触を消してくれ。
 ジョウお前の手で清めてくれ。
 壊れるくらい抱きしめて欲しい。
 お前の心に潜りたい。

 今宵だけは──

「ジョウ……抱いて欲しい」


『時が満ちれば』了
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