悲しい月(改訂版)

志生帆 海

文字の大きさ
62 / 73
第3章

優しい音 1

しおりを挟む
 還って来た……再びこの地へ。
 ヨウがいる私たちの時代へ。

 赤い髪の女と別れた後、私は王様の手を引いて月虹の白き道を真っすぐに歩いた。いつのまにか足は白い光ではなく、冷たい雪を踏みしめていた。

「ジョウ……ここはどこなの? 王宮ではないみたいだよ」

 あどけなく王様が問う。暗闇に粉雪が舞う中、不安そうな王様に手をきゅっと握られたので改めて辺りを見回すと、確かに王宮ではない。眼前には広い雪景色の草原が広がっている。よく目を凝らしてみると、ぽつりぽつり野営をしているであろう粗末な小屋が見えてきたので、すぐに場所が分かった。

「ここは国境近くの雪見原の野営場ですよ」

 何度か王の遠征に医官として同行し泊まったことがある。私が還って来た場所がここということは、ヨウが近くにいるのだ!

「王様、行きましょう。ヨウが近くにいるようです」
「そうなのか。ねぇ僕、ここで待っているから、ヨウと会ってきて」
「大丈夫ですか? 」
「うん。ここは人目に付かない。少し休憩してから僕はヨウに会うよ」
「……わかりました。決して動かないでください」
「いよいよ再会だね。先に会っておいでよ」

 王様が心の底から嬉しそうに話すので、その気持ちを有り難く受け取った。

「……王様は少し大人になりましたね」
「ふふっ気を遣えるようになっただろ? 」
「では一足お先に行って参ります」

 一歩……また一歩……私はヨウの元へ足を進めた。探さなくても分かる。そこにヨウの気配を感じるから。

 静寂の中、雪をキュッキュッと踏みしめる己の足音だけが響いていく。

 もうすぐ……もうすぐだ。


****

 もう何日もろくに眠っていない。身体を休める暇もない。新しい王の遠征の警護は思ったよりも重労働だ。全くどいつもこいつも使えない奴ばかりだ!やっと少しばかり時間が空いたので、自分の部屋に戻ってきた。

 はぁっとため息をつきながら壁にドンっともたれ、目を瞑る。

 外は雪か……どうりで底冷えするはずだ。

 そのままうつらうつらしていると、微かな人の気配を感じ耳を研ぎ澄ます。だんだん近づいてくる雪を踏みしめる足音が、俺の部屋の前でピタリと止まった。近衛隊の夜警か。俺の部屋など必要ないのに何をやっているんだ!今すぐ外に出て怒鳴りつけようと思ったが、疲れた果てた躰は重く機敏には動かない。

 「コホンッ」
 
 小さな咳払いと共に、ぼそぼそとカイの低い声がする。

 「ヨウ、俺がここで見張っているから少し躰を休めろ」

 カイの奴、また余計なことを。だがあまりに心配そうな声に怒鳴る気力を失いそのまま目を瞑った。
 
 しばらく眠っていたのだろうか。耳を澄ませば、また遠くから雪を踏みしめてこちらに近づいてくる音が耳に届いた。

 カイ……?

 その途端、脳裏に遠い昔、まだ母上が生きていらした頃の情景が浮かびあがった。幼き俺は、父からの期待に応えられず八つ当たりをして怒られ、庭の小屋に閉じ込められていた。暗い小屋の湿った空気に息が詰まりそうで震えていると、雪の中何度も何度も小屋の前まで来ては止まる、雪を踏みしめる足音を聞いた。

 「ヨウもう少し我慢して……」
 「きっともうすぐお父様のお許しが出るから」
 「ヨウ寒くない? 少しだけ眠りなさい」

 心配そうな母上の優しい声が遠い過去から聞こえてくる。

 カイの奴はまったく……守ることに慣れた俺に不慣れなことを。
 だが、この雪をキュッと踏みしめる足音は案外心地良いものだ。
 あの日の母上の優しさを思い出すから。

 今、俺はとても疲れている。
 ここで少し躰を休めても許されるだろうか。
 俺はこんなに弱くはないはずだが、少しだけ休みたくなる。

「ヨウ……もうすぐあなたが逢いたい人がやって来るわ」

 それはそんな母の声が聞こえてくるような、優しい音だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。

うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!! 高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。 ムーン様にも投稿してます。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...