悲しい月(改訂版)

志生帆 海

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その後の話

『一枝の春』 1

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  凍えるような冬の寒さがまだ続く中、王宮の中庭には春の兆しでもある梅の花がほころび始めていた。

「ヨウ、お前に頼みがある」
「何でしょうか。王様」

  王宮の王の部屋で、俺は膝を折り頭を垂れ恭しく王命を受ける。

「実は僕の乳母が病で床に臥せっていてる。悪いが今からジョウを連れて見舞いに行ってくれないか」

「ですが王様……そのようなことでは、私が王様をお守りするというお役目が守れません」

「いいのだ。ヨウはあれからずっと働き詰めだ。この前なんて僕のせいで肩に怪我をさせてしまって……たまにはお前も休みを取って欲しい。あっでも乳母の病は本当だから、ジョウに頼んで特別な薬を作らせて一緒に届けておくれ」

「ですが……」

「ヨウ……お前はいつまでも心配症だな。今、治世は安定しておるから案ずるな。何かあったらカイを頼る。たった一晩の話だ」

「……仰せの通りにいたします」

「躰を休めて欲しいんだ。僕の大事なヨウには、いつまでも僕を守って欲しいから」

「……ありがたいお言葉です」

 そんなわけで、ジョウと共に一泊だけだが、旅に出ることになった。


「ヨウ、そんなに急ぐな」
「だが早く届けて戻らないと」
「はぁ……お前はいつからそんなにせっかちになったのだ」
「……このような暇に俺は慣れていない」

 それもそうだ。父上が亡くなられた十六歳の春に高赤軍の隊長の元に弟子入りして、それから近衛隊の隊長として常に王をお守りしてきた。だから、こんな風な突然の自由な時間の過ごし方を俺は知らない。

 もういつ以来だろう。思い出せない程前のことだ。梅が咲く野山を戦のためでなく旅のために躰を休めるためだけに歩くなんてことは。

 その時ちらちらと空から舞う白きものを感じ、見上げると粉雪が降り出して来ていた。

「雪か……」

 雪は、頭上の枝に咲く薄紅色の梅の花にも積もっていた。白と薄紅色の色の対比が美しい。それにしても厳しい寒さの中、静かに咲く梅は凛として美しいものだ。

「梅の花に雪が積もっている様子が綺麗だ」

 目を細めて梅をじっと眺めていると、ジョウも立ち止まって共に見上げた。いつだろう、こんな風に雪が積もる梅を見上げたことがあったような気がした。そして遠い先の未来にも……やはり俺はこうやって梅を見上げるような気がした。

「ヨウ寒くなりそうだ。今晩は私が宿を手配してもいいか」
「ジョウ、やはり泊まるのか。今からなら薬を届けて夜通し馬を走らせれば、宿泊しなくても王宮に戻れるではないか」
「はぁ……全く、ヨウは仕事熱心すぎるな。でもその顔色を見てみろ。随分と疲れた顔をしている。ヨウだってたまには自分のために時間を割いていいんだ。王様だって許してくださっているではないか」
「だが……」
「まだ言うのか」

 梅の木の下で、ジョウに肩を幹に押さえつけられ、突然口づけをされた。

「んっ……お前っ、駄目だ、こんなところで」

 まだ人里離れて間もない場所だ。こんな所で男同士接吻しているところを見られては……そう思うと焦ってしまう。懸命にジョウを押しのけて、息をしようとすると、梅の芳しい香りが届いた。すると梅の香りに誘われるように、迂闊にも急に甘美な気分が芽生えてしまったのだ。

「んっ……ん…」

 顎を掬われ上を向かされ……深まって行く口づけに躰の力がどんどん抜けていってしまう。頬には冷たい雪が触れては溶けていく。そんな中、ジョウの口づけは、ただただ温かかった。

「雪も降って来たし、やはり泊まっていこう」
「……分かった」

 口づけを離したジョウに耳元で低く甘くそう囁かれると、コクリと誘われるように頷いてしまうだけだった。

 全く……この男は俺を駄目にするな。

 でもそんな男がいるのが心地良い。いつも強がっている俺をいとも簡単に崩してしまう唯一の男は、お前だ。ジョウ──
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