71 / 73
その後の話
『一枝の春』 2
しおりを挟む
「この梅を頂戴していこう」
ジョウは腕を伸ばして、頭上の梅を一枝手折った。
「それをどうするのだ?」
「後でお前にやる」
「馬鹿か……女でもあるまいし花など貰っても嬉しいはずないのに」
「まぁいいじゃないか。とても良い香りがするしな」
「……勝手にしろ」
ジョウは時折妙な行動をする。俺みたいな無骨な男相手に、そんな風情のあることをしても無意味なのに……全く恥ずかしい奴だ。だがそう思いながらも、こんな風に王宮を二人で離れ、普段しないような行動や会話をするのが嬉しくもあった。
「さぁ少し急ごう。日が暮れる前に着きたいからな」
「あぁ」
馬を走らせ王様の乳母だった女性が静養する家に、夕刻にはなんとか辿り着いた。
「あぁそうか……乳母とは、あの方のことだったのか」
すっかり失念していたが、乳母は俺の母方の親戚にあたる筋の出だった。彼女は幼い頃から王宮に仕えており、俺と会う機会は滅多になかったので忘れていたのだ。
門番に事情を話し、乳母の部屋まで案内してもらう。すでに王様から文が届いていたようで、すんなりと通してもらえた。
「乳母殿……ご無沙汰しております。近衛隊長のヨウです」
「まぁ……あなたはあの小さかったヨウなの? まるであなたのお顔は、お母さまの生き写しのようですね」
彼女は俺の顔を見るなり感激の涙を零した。俺にはもう母の顔など思い出せないので、戸惑ってしまう。
母に顔向けがで出来ないことがありすぎて、もう思い出さないようにしているうちに本当に忘れてしまったのだ。乳母は母の親戚だ。彼女の顔は母に似ているのだろうか。それすらも思い出せず、何も感じない自分を恥じてしまった。
そんな俺の気まずい雰囲気を、ジョウは読み取ってくれたようだ。
「はじめまして。私は医官のジョウです。さて乳母殿、お加減はいかがですか。王様から生薬を預かってきましたので、少し診察してもよろしいですか」
隣に座っていたジョウが脈診をし出したので、診察が終わるまで俺は庭で待つことにした。
昼過ぎから降り出した雪はしんしんと音もなく降り続き、咲き出したばかりの梅の花を優しく覆うように白く積もっていた。小規模だがよく行き届いた主の心の深さを感じさせる庭園だ。俺の生家もこんな庭があったが、あそこにはあれっきり行っていない。
あの家でジョウと初めて躰を重ねたのだ。その時の震える気持ちを思い出すと、躰の奥底から疼くように震えてしまった。
しっかりしろ。今日はそんな目的で来たのではない。
そんな時、背後で雪を踏む音が聴こえたので振り返った。そうだ……あの日も振り返ったらジョウが立っていてくれた。
「ジョウ……」
「ヨウどうした? 大丈夫か。もう診察は終わったよ。薬湯も作ったので王命はここまでだ。乳母からこの近くに良い宿を教えてもらったので、今日はもう移動しよう」
「そうか……ならばそうしよう」
ジョウの声にはっと我に返り、躰の昂りを悟られないように、必死に沈めるように努力した。
****
「ここか」
「あぁここで待て、一晩宿を頼んでこよう」
乳母の静養先からそう遠くない場所に、その宿はあった。
それにしても今日はすっかりジョウの言いなりだな。いつもは隊長である俺が部隊を率い、率先して動くので、こんな風に任せっきりなのに慣れなくもどかしくも感じる。だがこんな風にジョウと二人で過ごす機会は滅多にないので、今日位は委ねてもいいかという妙な気分になってくる。
それにしても躰がすっかり雪に濡れ冷えてしまったので、早く濡れた衣を脱いでしまいたかった。
宿の女将と交渉したジョウが微笑みながら戻って来た。
「こんな雪だから、客人は私達だけだそうだ」
「そうなのか……」
「さぁこちらだ」
部屋は母屋から離れた場所にあった。庭先に白い湯気が立ち込めているので何だろうと目を凝らすと温泉のようだった。本当に久しぶりだ。戦で野営することが多く、こんな風に誰かとゆっくりと宿に泊まるなんてことは滅多にない。
しかもその相手がジョウだと思うと、柄にもなく恥ずかしく、頬が火照って行くのを感じて……それを見られたくなくて顔を背けてしまった。
「どうした? ヨウ……もしかして緊張しているのか」
「いや、それより、お前は何故そうも淡々としているのだ」
「はっ馬鹿だな、私が落ち着いているとでも思ったのか」
そう言いながら、ジョウは俺の手をとり、自分の下半身へと誘った。
「あっ」
布越しにもはっきりと分かる。すっかり形を変えて硬くその存在を誇示しているようなジョウのものに触れて、びくっとした。
「ヨウ、もう待てない。こんな風に二人きりの夜はいつぶりだろうか」
「ジョウ……」
そのまま、勢いよく寝台に押し倒される。
「あっ待て、衣が濡れているから」
「脱げばいい」
そう言いながらジョウがいつになく乱暴な手つきで忙しなく、俺の衣類を一気に脱がしていく。いつもは付けている重たい鎧も今日は簡素なものにしていたので、あっという間に裸に剥かれてしまった。燭台の灯りの下で、一糸纏わぬ姿にさせられ、ジョウが俺の全身を包みこむ様に抱きしめてくる。
「ヨウ……ヨウ……やっと今宵は存分に君を抱けるのだな」
肌を合わせた先から、ジョウの心臓の鼓動がトクトクと早鐘のように聞こえてくる。
俺だけではないのだ。この男も俺と同じ気持ちだったのだ。俺がこの男に差し出せるものは、この躰と君を想う気持ち……ただそれだけだ。
人前では決して触れ合えぬ。王宮ではこうやって過ごす時間もない。
だからこそ今宵は……存分に……そんな気持ちで満ちてくる。
「あぁそうだ。抱いてくれ」
「ヨウ……先ほどの梅を枕もとに置いてもいいか」
「……梅の香りは好きだ」
「そうか……良かった。これは※一枝之春(いっしのはる)さ。今宵の記念に、君に何か贈り物をしたくて。だが急過ぎて何も用意できなくてな…」
※【一枝之春】
江南に住んでいた陸凱が、北方に住んでいた范曄に「ここ江南には、なにも贈る物がないので、とりあえず梅の一枝とともに春をお届けします」と一首を認めたもの。
贈范曄詩 「范曄に贈る」詩
折花逢驛使 花を折って 駅使に逢い
寄與隴頭人 寄せ与う 隴頭(ろうとう)の人に
江南無所有 江南 有る所無し
聊贈一枝春 聊(いささ)か贈る 一枝(いっし)の春
そう漢詩を口ずさみながらジョウは、枕元にそっと梅の枝を置いた。
途端に芳醇な梅香がふわりと漂い出して来た。
その香り漂う中、優しい口づけから始まる営み……
俺はジョウに大切にしてもらっている。こんなことをされると、嬉しさが募り胸を占領して何故か逆に泣きたいような気持になってくる。
あぁそうだ。俺はずっと待っていたのだ。こんな風に俺のことを一心に求め、大切にしてくれる相手が現れることを。
その相手は君だ。
ジョウが愛おしくて堪らない。
その気持ちを込めて、俺も口づけを深めていく。
ジョウは腕を伸ばして、頭上の梅を一枝手折った。
「それをどうするのだ?」
「後でお前にやる」
「馬鹿か……女でもあるまいし花など貰っても嬉しいはずないのに」
「まぁいいじゃないか。とても良い香りがするしな」
「……勝手にしろ」
ジョウは時折妙な行動をする。俺みたいな無骨な男相手に、そんな風情のあることをしても無意味なのに……全く恥ずかしい奴だ。だがそう思いながらも、こんな風に王宮を二人で離れ、普段しないような行動や会話をするのが嬉しくもあった。
「さぁ少し急ごう。日が暮れる前に着きたいからな」
「あぁ」
馬を走らせ王様の乳母だった女性が静養する家に、夕刻にはなんとか辿り着いた。
「あぁそうか……乳母とは、あの方のことだったのか」
すっかり失念していたが、乳母は俺の母方の親戚にあたる筋の出だった。彼女は幼い頃から王宮に仕えており、俺と会う機会は滅多になかったので忘れていたのだ。
門番に事情を話し、乳母の部屋まで案内してもらう。すでに王様から文が届いていたようで、すんなりと通してもらえた。
「乳母殿……ご無沙汰しております。近衛隊長のヨウです」
「まぁ……あなたはあの小さかったヨウなの? まるであなたのお顔は、お母さまの生き写しのようですね」
彼女は俺の顔を見るなり感激の涙を零した。俺にはもう母の顔など思い出せないので、戸惑ってしまう。
母に顔向けがで出来ないことがありすぎて、もう思い出さないようにしているうちに本当に忘れてしまったのだ。乳母は母の親戚だ。彼女の顔は母に似ているのだろうか。それすらも思い出せず、何も感じない自分を恥じてしまった。
そんな俺の気まずい雰囲気を、ジョウは読み取ってくれたようだ。
「はじめまして。私は医官のジョウです。さて乳母殿、お加減はいかがですか。王様から生薬を預かってきましたので、少し診察してもよろしいですか」
隣に座っていたジョウが脈診をし出したので、診察が終わるまで俺は庭で待つことにした。
昼過ぎから降り出した雪はしんしんと音もなく降り続き、咲き出したばかりの梅の花を優しく覆うように白く積もっていた。小規模だがよく行き届いた主の心の深さを感じさせる庭園だ。俺の生家もこんな庭があったが、あそこにはあれっきり行っていない。
あの家でジョウと初めて躰を重ねたのだ。その時の震える気持ちを思い出すと、躰の奥底から疼くように震えてしまった。
しっかりしろ。今日はそんな目的で来たのではない。
そんな時、背後で雪を踏む音が聴こえたので振り返った。そうだ……あの日も振り返ったらジョウが立っていてくれた。
「ジョウ……」
「ヨウどうした? 大丈夫か。もう診察は終わったよ。薬湯も作ったので王命はここまでだ。乳母からこの近くに良い宿を教えてもらったので、今日はもう移動しよう」
「そうか……ならばそうしよう」
ジョウの声にはっと我に返り、躰の昂りを悟られないように、必死に沈めるように努力した。
****
「ここか」
「あぁここで待て、一晩宿を頼んでこよう」
乳母の静養先からそう遠くない場所に、その宿はあった。
それにしても今日はすっかりジョウの言いなりだな。いつもは隊長である俺が部隊を率い、率先して動くので、こんな風に任せっきりなのに慣れなくもどかしくも感じる。だがこんな風にジョウと二人で過ごす機会は滅多にないので、今日位は委ねてもいいかという妙な気分になってくる。
それにしても躰がすっかり雪に濡れ冷えてしまったので、早く濡れた衣を脱いでしまいたかった。
宿の女将と交渉したジョウが微笑みながら戻って来た。
「こんな雪だから、客人は私達だけだそうだ」
「そうなのか……」
「さぁこちらだ」
部屋は母屋から離れた場所にあった。庭先に白い湯気が立ち込めているので何だろうと目を凝らすと温泉のようだった。本当に久しぶりだ。戦で野営することが多く、こんな風に誰かとゆっくりと宿に泊まるなんてことは滅多にない。
しかもその相手がジョウだと思うと、柄にもなく恥ずかしく、頬が火照って行くのを感じて……それを見られたくなくて顔を背けてしまった。
「どうした? ヨウ……もしかして緊張しているのか」
「いや、それより、お前は何故そうも淡々としているのだ」
「はっ馬鹿だな、私が落ち着いているとでも思ったのか」
そう言いながら、ジョウは俺の手をとり、自分の下半身へと誘った。
「あっ」
布越しにもはっきりと分かる。すっかり形を変えて硬くその存在を誇示しているようなジョウのものに触れて、びくっとした。
「ヨウ、もう待てない。こんな風に二人きりの夜はいつぶりだろうか」
「ジョウ……」
そのまま、勢いよく寝台に押し倒される。
「あっ待て、衣が濡れているから」
「脱げばいい」
そう言いながらジョウがいつになく乱暴な手つきで忙しなく、俺の衣類を一気に脱がしていく。いつもは付けている重たい鎧も今日は簡素なものにしていたので、あっという間に裸に剥かれてしまった。燭台の灯りの下で、一糸纏わぬ姿にさせられ、ジョウが俺の全身を包みこむ様に抱きしめてくる。
「ヨウ……ヨウ……やっと今宵は存分に君を抱けるのだな」
肌を合わせた先から、ジョウの心臓の鼓動がトクトクと早鐘のように聞こえてくる。
俺だけではないのだ。この男も俺と同じ気持ちだったのだ。俺がこの男に差し出せるものは、この躰と君を想う気持ち……ただそれだけだ。
人前では決して触れ合えぬ。王宮ではこうやって過ごす時間もない。
だからこそ今宵は……存分に……そんな気持ちで満ちてくる。
「あぁそうだ。抱いてくれ」
「ヨウ……先ほどの梅を枕もとに置いてもいいか」
「……梅の香りは好きだ」
「そうか……良かった。これは※一枝之春(いっしのはる)さ。今宵の記念に、君に何か贈り物をしたくて。だが急過ぎて何も用意できなくてな…」
※【一枝之春】
江南に住んでいた陸凱が、北方に住んでいた范曄に「ここ江南には、なにも贈る物がないので、とりあえず梅の一枝とともに春をお届けします」と一首を認めたもの。
贈范曄詩 「范曄に贈る」詩
折花逢驛使 花を折って 駅使に逢い
寄與隴頭人 寄せ与う 隴頭(ろうとう)の人に
江南無所有 江南 有る所無し
聊贈一枝春 聊(いささ)か贈る 一枝(いっし)の春
そう漢詩を口ずさみながらジョウは、枕元にそっと梅の枝を置いた。
途端に芳醇な梅香がふわりと漂い出して来た。
その香り漂う中、優しい口づけから始まる営み……
俺はジョウに大切にしてもらっている。こんなことをされると、嬉しさが募り胸を占領して何故か逆に泣きたいような気持になってくる。
あぁそうだ。俺はずっと待っていたのだ。こんな風に俺のことを一心に求め、大切にしてくれる相手が現れることを。
その相手は君だ。
ジョウが愛おしくて堪らない。
その気持ちを込めて、俺も口づけを深めていく。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。
うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!!
高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。
ムーン様にも投稿してます。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる