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お寺にお見合い行ったらふたなりになった話

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 29歳の誕生日、春美は母から電話でお見合い話を聞かされた。
「あんたも、そろそろ結婚したいって言ってたじゃない」
「それはそうだけど。いきなりお見合いしろと言われても……」
 どうやら、誕生日プレゼントのつもりらしい。
 大体、相手はどこの誰なのかと尋ねれば、お寺の僧侶だという。
 それを聞き、ますます無理だという思いが強くなった。
「お坊さんだなんて……話が合うとは思えないんだけど」
 これまでの交際相手とは、性の不一致で破局すること数知れず。
 今ではすっかり色恋は諦め、職場と自宅マンションの往復が常である。
 そんな娘にすすめる相手としては、少々特殊な相手ではないだろうか。
 もっとも、母は破局の詳細な理由までは知らないはずだが……煩悩の塊を自覚する自分に、僧侶の伴侶が務まるとは思えない。
 だが、母はもう先方にも話を通してあると言う。
「いいから行ってらっしゃい。お見合いっていっても、そう堅苦しいものじゃないの。とりあえず会ってみるだけでいいから」
 いつもより妙に頑固な母の言い方に違和感を抱きつつも、多少の好奇心もあった。
 休日にやることと言えば、家でSNSを眺めるくらいである。それなら、この妙な話に乗ってみてもいいだろう。
 結局、この話を承諾した。
 
 ――そうして迎えた、お見合い当日。
 春美はお見合い鉄板コーデのブラウスとスカートを身にまとい、迎えに寄越された黒いセダンでお見合い相手が待つ寺へと向かった。
 堅苦しいものではないという言葉通り、釣書のやりとりも仲人もいない。それどころか、寺がどこにあるかも知らないのだ。母に尋ねても、当日迎えがくるから大丈夫だと言われてそれきりだ。
 運転手にどんな寺かなのか知っているかと話しかけたが、返事はない。顔色の悪い男はこちらの話など聞こえていないように、黙って運転を続けている。
 ……耳が遠いのか、愛想が無いのか、どっちだろう。
 陰気な運転手だと少し嫌な気分になったが、あまりおしゃべりでも面倒かと思い直す。
 ――それから、どれくらい経っただろうか。
 窓の外を眺めている内に、いつの間にか眠っていたらしい。「着きましたよ」の声で目を覚ますと、長い石段の前で車が停まっていた。
「えぇ……これ登るの……?」
 ずうっと上まで続く階段に春美は呻いた。やっぱり帰ろうかと振り返れば、ここまで乗ってきた車はすでに走り去っている。
「こんなことなら、変に気合入れてヒールなんか履いてくるんじゃなかった……」
 一応お見合いだからとめかし込んだが、それが仇となった。本堂近くまで車が入れるものだとばかり思っていたが、ここは違うらしい。ヒールが高めのパンプスを後悔するが、今更である。
 ぜいぜい言いながらどうにか階段を登りきると、立派な門扉の向こうに大きな本堂が見えた。かなり大きなお寺に見えるが、他に参拝客はいないようだ。
「はぁ、はぁ……疲れた……」
 足はがくがく、汗はだらだらで、とても今からお見合いするとは思えない格好だ。大したものは入っていないはずのハンドバッグが、やけに重く感じる。
 とりあえず先に化粧を直したいなと考えていると、突然声をかけられた。
「お待ちしておりました。お見合いにいらしたのでしょう?」
 驚いて声の方を見れば、にこにこと愛想のいい笑みを浮かべた和服姿の中年女性が立っていた。いつの間に近くに来ていたのだろう。
「さあこちらへ。息子のところへご案内いたします」
 どうやら、この女性はお見合い相手の母親らしい。ずいぶんと歓迎してくれているようだ。
 挨拶を済ませたところで、せめて身だしなみを整えようとお手洗いを尋ねれば、こちらへと案内された。
 靴を脱いで建物の中に入ると、少しひんやりとした空気に包まれる。古い木材の独特な匂いが、いかにもお寺という感じだ。
 本堂を抜け、廊下の先のトイレに入って用を足し、ようやくほっと一息ついた。
「……あの人、ずいぶんと乗り気だったなぁ……まぁ何にせよ、あとは本人と会ってからよね」
 もともと、とりあえず会ってみるだけでもという話だったのだ。あまり考えすぎても仕方ない。
 もしかしたらとても気が合うかもしれないし、母親がいくら乗り気でも、本人が春美を気に入るとも限らない。
 鏡の前で化粧を直し、すっかりとれてしまった香水を軽く吹きかける。 
 甘くやさしい香りがふわりと漂い、いくらか気分も落ち着いてきた。
 トイレを出ると、先程の女性が少し離れたところに立っていた。にこにことした笑みは絶やさず、心なしか先程よりも嬉しそうに見える。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ、いいんですよぉ」
 そう答えた女性の顔へ、不意に影が差した。
「でも…………もう、待ちきれないわねぇえ」
「え――?」
 低速再生したように、女性の声が突然低く間延びした。
 次の瞬間、女の口がぐばぁっと耳まで裂けた。よだれを垂らしてニタニタと笑いながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「ご、ごめんなさい、ねぇ……ほんとうは、ふたりで、分けて食べるんだけどぉ……あ、あなた……とっても、おいしそうでぇ……」
 驚きすぎて、春美は声も出なかった。
 ――なんだこれ、どういうこと、夢? それとも新手のサプライズ? 僧侶の嫁は妖怪退治も家事のうちなの? それに私がおいしそうって……それじゃあまるで、昔話に出てくる人喰いの化け物じゃない。
 そんなもの、いるわけが――……。
 だが、眼前にいるのはどう見てもその化け物だ。
 ようやくそれを認識した時、女が大きく口を開けて飛びかかってきた。
「――ひぃいッ‼」
「う゛ッ⁉」
 春美が身を固くした瞬間、なぜか女は鼻を押さえ、ひるんだようにのけぞった。
 ――なんだか知らないけど、今がチャンス……!
 春美が隙をついて逃げ出すと、女はハッと我に返ったように一拍遅れて追いすがる。
 捕まってたまるかと、春美は全力で走った。
 ばたばたと廊下を抜けて本堂に入れば、黒い法衣を着た僧侶が一人立っていた。
 騒ぎを聞きつけた為か刀を手にして、驚いた顔でこちらを見ている。
 ――まずい、挟まれた……!
 こいつがお見合い相手なのだろうが、きっとこの男も化け物女の仲間だ。
 どうすべきか身構えた時、男の太い声が響いた。
「――私の後ろに!」
「――ッ!」
 とっさに、僧侶の言葉に従った。
 男は刀を抜き放つと、突っ込んできた化け物の顔に、ずぶりと刀を突きたてた。
「ぎぃいいやぁあア――――!」   
 女の化け物は悲鳴を上げて本堂の床に倒れ伏した。びくびくと身体を痙攣させながら、恨めし気に男を睨む。
「な、なぜ……」
 呻くように言った女の顔を、僧侶は黙って斬り飛ばす。頭を飛ばされた女は動かなくなり、すうっと宙に溶けるように消えてしまった。
 ――ど、どういうこと? こいつは化け物の仲間じゃないの……? 
 沈黙する僧侶の背後で春美が混乱していると、僧侶が低い声で言った。
「なぜって……お前が抜け駆けしたからだ」
 次の瞬間、僧侶の頭部がザクロのようにばっくりと割れた。その中には、鋭く小さい歯がぎっしりと詰まっている。
「ひぃっ――⁉」
 春美が逃げ出すのと同時に、化け物となった僧侶が襲いかかってきた。
 とっさに振り回したハンドバッグに、ばくりと巨大な口が喰らいつく。
 ものすごい力でぎりぎりと噛みつかれ、カバンの中でバキバキ、パリン、と何かが壊れる音がした。多分、スマホが逝ったのだ。
 いつの間にか鋭い爪を生やした僧侶の手が春美に迫る。
 だが、もう少しで届くというところで、びくんと不自然に動きを止めた。
「ぐ、ぶぐうぅう……!」
 わなわなと身体を震わせ、男は苦しそうな呻き声をあげながらハンドバッグを吐き出した。よだれでドロドロになったハンドバッグがべしゃりと床に落ちる。
 同時に、むっと甘い匂いが強く香った。
 どうやら、ビンのまま入れていた香水が割れてしまったようだ。
「き……きざまぁ……なぜ、この匂いを……くそ、忌々しいぃ……!」
 化け物は春美の香水が嫌いらしい。男はどうっとその場に倒れ込み、苦し気に呻いている。
 ――今の内に……!
 春美は駆け出した。だが、もう少しで外に出られるというところで、足をとられて転んでしまった。見れば化け物の口から伸びた舌が、春美の足首に巻きついている。
「にがざん……にがさんぞぉお……」
「い、いやあぁあ‼」
 悲鳴を上げてもがく美香の手に、脱いで揃えてあったパンプスが触れた。
 とっさに掴んだそのかかとを、思い切り舌へと振り下ろす。
 ぐしゃりと何か潰れるような感触と同時に、化け物は悲鳴を上げて舌を引っ込めた。
 不気味な血のついたパンプスを放り出し、のたうち回る化け物を振り切って外へと飛び出せば、一変した外の様子に春美は愕然とした。
 空は赤黒く不気味な色に染まり、境内はどんよりと重苦しい空気に包まれている。先程まで開かれていた山門の扉は、固く閉ざされていた。
「そんな、嘘でしょ……⁉」
 門に駆け寄って押したり引いたりしてみるが、閂もされていないのにびくともしない。
 ならばと漆喰の塀をよじ登れば、塀の向こうは底の見えないほど深い闇になっていた。とても飛び降りて助かるとは思えない。
「何これ……夢でしょ……?」
 だが、気づかない内に出来た手足の擦り傷のじくじくとした痛みが、これは現実だと告げてくる。……夢ではない、現実だ。
 異界に閉じ込められてしまったという絶望感が、足元からぞわりと這い上がる。
「にがさんぞぉ……! 喰ってやるぅうう……!」 
 本堂の中で、化け物がおどろおどろしく咆哮する。
 ――――だが、春美の中で恐怖が臨界点を超えたのか、次第にふつふつと怒りが込み上げてきた。
 ……勝手に人を山奥まで呼びつけてエサにするとは、何事だ。
 貴重な休みを潰された上にスマホも壊され、気に入っていた香水や数少ない一張羅も、ハンドバッグもダメにされたのだ。
 これが怒らずにいられるか。
 ――思えば、母からの電話にしても妙だった。あれもきっと、こいつらが母をかたったか、術にかけたのだろう。
 春美にしたって、なぜか当日まで寺の場所も相手の詳細も確認せず、のこのこと怪しげな山奥まで出向いてしまった。
 いくらなんでも、奴らの術にかけられていたとしか思えない。ここまで春美を連れてきた運転手も、多分人ではないのだろう。
 娘を心配する親心とアラサーの恋心を同時にもてあそぶとは……おのれ、万死に値する。
 ――こんなところで、喰われてたまるか……!
 春美は何か良い手はないかと考えながら、本堂の裏手へと走った。
 すると、枯れかけた木の向こうに大きな石像が見えた。巨大な石柱のようにも見えるが、何か彫られているようだ。だが、分厚い苔に覆われていて何か彫られているのかは分からない。
「ぉおのれぇえ……! どこへ行ったぁあ……!」 
 声の感じが先程までとは違う。化け物は外へ出てきたらしい。
 見つかってはまずいと、春美は慌てて石像の裏に身を隠した。
 ふと、ここだけは少し空気が澄んでいるような気がした。心なしか呼吸が楽だ。……この石像に祀られた神様のご利益だろうか。
 春美は思わず手を合わせ、小声で祈った。
「神様、神様。何でもしますから、どうか私を助けてください……」
『――今、何でもすると言ったか……?』
 返事があるとは思わなかった。
 驚いてきょろきょろ周囲を見回せば、『目の前にいるだろう』という男の声が頭に響いた。
「も……もしかして神様?」
『もしかしなくてもそうだ』
 まさかお寺に神様がいるとは思わなかった。だが、化け物がいるのだ。神様がいても不思議ではない。
 春美は天の助けとばかりに、苔むした石像へ縋りついた。
「お願いします、あの化け物を倒してください!」
『そうしてやりたいのは山々だが……今の私の力だけでは無理だ』
「そんな……!」
『早まるな、出来ないわけではない。……だが、お前の協力が必要だ』
「あいつを倒して生きて帰るためなら何だってします。……でも、神様がいるのにここはどうしてこんなことに……」
 春美の呟きに、神様が悔しげに答えた。
『この廃寺が異界に取り込まれてから、ずいぶん経つ。誰からも祈られなければ、神の力など減っていく一方だ。……私も近くに桃の木が無ければ、とうの昔に消えていただろう』
「桃……?」
『ああ。桃には、邪気をはらう力がある。この寺全体を守るほどの力は無かったが……奴ら、桃を嫌って私の存在には気づいていないのだ』
「なるほど、それで……」
 石像の隣に生えている枯れかけた木は、どうやら桃の木らしい。
 神様の話で、香水を化け物たちが嫌う理由が分かった。
 春美の香水は、SNSを通じて出来た友人が誕生日プレゼントにと贈ってくれたものだ。
 春美の性癖アカウント名――「桃尻♂桃太郎」にちなんだ、ピーチフレグランスである。
 半ば開き直ってつけた名前だったが、今日ほどこの名前に感謝したことはない。
 春美がひそかに己のネーミングセンスに感動しているとは知らず、神様は言葉を続ける。
『時折人の子が喰われているのを見て、私も歯がゆく思っていたのだ……私に気づいたのはお前が初めてだぞ。助かる方法を教えるから、お前にも力を貸してほしい』
 ということは、神様に気づけたのもピーチフレグランスのおかげだろうか。
 ありがとう友よ。生きて帰ったら、一杯奢らせてほしい。
「わかりました……何をすれば?」
『時間稼ぎだ。お前の祈りのおかげで、少し力が回復した。だが、奴らを浄化するには、今しばらく力を溜めねばならん。……その間、結界を張ってほしいのだ。やり方は教える」
「結界……わかりました」
『そしてお前が生きてこの異界から出た後、私に神力を発揮させてほしい。分かりやすく言えば……ご利益を受けてほしいのだ。そうすれば、私はまた神として存在できる』
 ご利益を受けてほしいとは、なんとありがたい申し出だろうか。
 こうなれば、春美に断る理由は無い。
「もちろん、こちらこそよろしくお願いします」
『よし……では、禹歩をやってくれ』
「……うほ?」
 なんだそれは。とりあえず鼻の下を伸ばしてゴリラのマネをしてみたが、『誰が猿のマネをしろと言った』と怒られてしまった。
『禹歩を知らんのか……仕方ないな。足の運びで結界を張るまじないだ。私の指示した通りに歩けばいい』  
 周囲の様子を窺うと、化け物はまだこちらに来ていないようだ。春美は立ち上がり、指示に従って右足を一歩前に出した。
 そのまま指示を受けて歩を進める内に、遠くから足音が近づいてきた。
 段々と焦燥感が増してくる。いつ化け物に見つかるともしれないプレッシャーで、嫌な汗がにじみ出す。
 ――次は右足が前で……あれ、右足ってどっちだ……!? い、いや、落ち着いて、ええと……右足、左足……あ、行き過ぎた!!
 指示通りに動かそうとすればするほど、焦って間違えてしまう。
『早くせんか、見つかるぞ……!』
「そ、んなこと、言われても……!」
『ええい、やむを得ん……!』
 混乱して右も左も分からなくなっている春美の頭に声が響いた瞬間――股間が、ずっしりと妙に重くなった。
「……ん?」
 あまりの違和感に思わずスカートをまくり上げると……立派な屹立がぶるんと下着から飛び出してきた。
 ギンギンと存在を主張しているそれは――どこからどう見ても屹立した男性器であった。
「――――はぁア!?」    
『おい、声が大きい!』
「いや、だってこれ……なんで!? なんでおちんちん!?」
『いいから黙って足を動かすのだ。もう右だの左だの何も考えるな、マラが向いたほうの足を動かせ。止める時はマラを振って足を叩く』
 な、なんだそれは。それなら直接足を動かしてくれればいいのにと言えば、『足は専門外なのだ』と言われてしまった。
 意味が分からないが、敵の足音が先程よりも近い。……とにかくさっさとやるしかない。
 混乱のあまり却って冷静になった春美は、揺れるいちもつに従って右、左と足を動かした。
 右に左に、ぶるんぶるんと勝手に揺れるおちんちんを真剣な顔で見つめ、股間を丸出しにして歩く姿はまさに変質者そのものである。
 だが、今は恥じらいよりも命が惜しい。
 あと数歩で終わるというその時、怒り狂った濁声が境内に響いた。
「――見つけたぞォ!!」
「げっ!」
 見れば、僧侶のふりをしていた化け物がこちらを睨んでいた。香水のダメージは残っているらしく、口元からはぼたぼたとどす黒い血を流している。
 だが怒りに顔をゆがめていた化け物が、急にぎょっと目を見開いた。 
「な……っ、なんだそれは……! お前、女ではなかったのか!? おのれ、騙しおって……!」
 春美の股間を見て化け物がわめくが、人を騙して喰おうとしてきた奴に言われたくはない。
 無視して春美が股間を揺らしながらひょこひょこと足を動かせば、化け物はぎくりとたじろぎ、忌々しげに唸る。
「く、くそぉ……女の肉が喰えると思っていたのに……! だが……もういい、この際男でもかまうものか! 喰い殺してやるぅウ……!」
 化け物が叫び、こちらに飛びかかってきた。
 春美が息をのんだ瞬間――化け物は見えない壁にバチンと弾き返され、大きく後ろへ吹き飛んだ。
「ぐあぁッ!?」
「――よし!」
 化け物は地面に転がり、春美はガッツポーズをとった。
 いちもつ指示のおかげで、無事に禹歩は完了していたのだ。
「な……なんだ……!? なぜ、あいつが結界を……!?」
 困惑した化け物がよろよろと立ち上がる。
 その時、春美の頭に神様の声が響いた。
『来た、きたぞ……! きた、きた、きたきたキタァア――――――!!』
 石像の頂点から、ばしゅうっと白い光が噴き出した。白い光が天まで届いた瞬間、ぱあっと弾けて視界が白い光に包まれた。
「ば、馬鹿な……! こ、んな、こんな、ことがぁァアア……!!」
 白い光を浴びた化け物が、断末魔を残してざあっと砂のように崩れていく。光に照らされた場所が、どんどんと浄化されていくのが分かる。
 光に包まれ、春美はあまりの眩しさにぎゅっと目を閉じた。  


 ――気が付くと、春美は荒れ果てた廃寺の境内にぽつんと立っていた。
 赤黒い雲に覆われていた空は青く晴れ渡り、淀んでいた空気はすっきりと澄みきっている。 
 ……どうやら、助かったらしい。
 緊張が解け、身体の力が抜けた。ほうっと安堵のため息をついて思わずしゃがみこめば――ぐにょりとやわらかいモノが太ももに触れた。
「……ん?」
 思わず股間に手をやれば、先程まで右に左にと指示を出していた立派ないちもつが「最初からここにいました」という顔でぶらぶらしている。
「な……なんでまだいるのぉ!?」
「すまんな、ちょっと待ってくれ」
 混乱する春美の目の前に、いつの間にか和服姿の男が一人立っていた。
 黒く美しい長髪を束ね、高貴な雰囲気をまとった男の声には聞き覚えがある。
「その声は……神様!?」
「そうだ。お前のおかげで化生けしょうを倒し、異界から出られた。礼を言うぞ」
「あ、いえ……こちらこそおかげさまで命が助かりました。ありがとうございます」
 深々と頭を下げ、目に入った股間のもっこりにハッと我に返る。
「いやあの、助かったのは良いんですが、これも元に戻してもらえません……?」
 すると神様は一拍置いて、すいっと視線を逸らした。
「……さっきのでそっちの力は使い果たしてしまった。今は戻せない」
「ええぇえ!?」
「案ずるな。私の神力、子宝安産、子孫繁栄の力を発揮させてくれれば、すぐにでも元に戻せる。事情を話して、安心して夫と子作りに励むがいい」
「……神様。夫がいる人間は、お見合いにわざわざ山奥の寺まで来ないんですよ……」
「なに? それは……困るぞ。神として祈られ、神としての力を発揮した時、初めて私は存在できるのだ。本来の力をもっと使わねば、私の存在が危うくなってしまう。……だったら、今から恋人でも夫でも作ってくれ」
「いやいやいや、その間ずっと股間にこのゾウさん飼ってるんでしょう!? そんな状態で簡単にお相手が見つかる訳ないですよ! 何か、こう……強力な縁結びパワーとかご利益に無いんですか?」
「いや、そっちは管轄外だ」
 あれを見ろと神様の指がくいっと背後を示す。
 そこには、光を放った衝撃で苔が剥がれ落ちた石像があった。石がかたどっているのは――――巨大な男根である。
「私が司るのは子作りと豊かさ、それに魔除けだ。他は知らん」
「うぅっ、そんな……」 
 子作りと縁結びなら兼任してくれてもいいと思うのだが、出来ないというなら仕方がない。 
 頭を抱える春美に、神様も困った顔になる。
「話が違うではないか、何でもすると言っただろう。……どうにか早く相手を見つけて子作りに励んでくれ」
「いや、この状態を理解してくれる都合のいい相手なんてそうそういるわけが――……あ」
 ……一人、いた。それも目の前に。
 春美は神様の腕を両手でがっしりと掴んだ。
「ねぇ、神様。つかぬことをお伺いしますが……独身ですか?」
「は? あ、ああ、私に妻はいないが……」
 俄然、神様の腕を掴む手にぐっと力が入る。
「だったら、私と結婚しましょう。そして子作りしましょう。ほら、これで解決です」
「ん、んん!? いや、しかしな……」
「この身体になったのは、神様のせいでしょう。そこは責任取ってくださいよ」
「う……いや、まぁ…………確かに、そうかもしれんな……」
 ……この神様……あと一押し、二押しでいけるのでは……?
「私の事はお嫌いですか? まぐわうのも汚らわしい?」
「い、いや、そんなことはない。お前には感謝しているのだ」
「だったら、いいじゃないですか。私はただ、命を助けてくださったお礼がしたいんです。……今、すぐにでも」
「あっ……!」
 するりと手を回して腰を撫でれば、神様は甘さを含んだ声を上げた。その股間を見れば、もっこりと膨らんでいる。
 ……どうやら、神様の神様はヤる気になってくれたようだ。
 いつの間にか春美のゾウさんも長い鼻を高々と掲げ、パオパオと準備万端を主張している。
 それを見た神様が、ぎょっと目を丸くした。
「あ、お、おい……なぜ、そっちを硬くする……?」
「うふふ……さぁ、なぜでしょう……?」
 にっこりと笑う春美は――――ペニバン使いであった。
 歴代の恋人たちは「これ以上お尻を掘られたら、自分が自分じゃなくなっちゃうぅ……!」と、メス堕ち途中で逃げられてしまったが……神様はどうだろうか。
 まさか本物が生えてくるとは思わなかったが、神様お手製なら性能も申し分ないだろう。取ってしまう前に、一度くらい使ってみてもバチは当たらないと思う。
 神様は驚きながらも、好奇心と期待の入り混じった視線を春美の股間に注いでいる。
 ……これは、なかなかに素質がありそうだ。
「大丈夫ですよ……優しくしますからね」
「優しくって……あ、おい、なんで更に大きくして……!? ひぅンッ!? こ、こら、どこ触って……ッ!? 押し倒すんじゃない! あっ!? ア――――……ッ!!」


 ――――数年後。
 手入れの行き届いた寺の境内には、美しい桃の花が咲いている。
 そこには二人の子供の手を引きながら幸せそうに歩く春美と、穏やかに微笑む和服を着た男の姿があった。
 春美の股間のゾウさんがどうなったかは――――神のみぞ知る。




おしまい
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