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九章「空にも、花が咲く。空にだって、花が咲く。」

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こんな気はしていた。
何かが起こる気はしていた。
いつかこの日常に、未来と現実を巡るこの日常が、予告もせずに崩れ去ってしまう。そんな気はしていた。
だけど、こんな形でこの現実が崩れ去って欲しくなかった。
現実の世界に戻れない。
俺はなんて悪夢を見ているのだろう。
早くこの夢から覚めたい。
安心したい。
だけどこの悪夢の覚め方なんて俺には分からない。
このまま未来の世界で過ごしていこう。
なんて事は嫌だ。
元の世界へ帰るのを諦めたくはない。
今まではただ寝るだけで特になにもしなくても夢は覚めた。
だけど色々状況が違う。
俺は、凍えるような朝の寒さと静けさの中、ある場所を目指して歩みを進めていた。
日は既に少しずつ登っていき顔を覗きこませるようにこの未来の世界を照らしてた。
顔をあげると、朝焼けの光が目に直接射し込むように視界をも照らしてくる。
息をするとその息は薄く白く染まった蒸気になり何処かに溶けていく。
足取りはこの異常事態なのに何だかとても軽かったが、一歩一歩歩みを進めていくにつれ何だか重しがのっかったように鈍くなっていく。
あと少しで目的の場所に着く。
顔を上げて確認すると下り坂の下にこの街の情報図書館が朝焼けの光に照らされていた。
情報図書館は8時に開館する。
と、俺の情報が正しければ開館している筈だ。
 調べた情報通り、情報図書館は開館していた。
今日は未来の天坂と九尾祭りに行くまで、ここで"タイムリープ"について調べれば、何か分かるかもしれない。
と、調べる前から鈍く光る希望に期待を寄せていた。
  それから俺は"タイムリープ"について調べた。
「タイムリープしてきた人々について」等、どこの誰かも分からない筆者等とにかくそれ関連の情報が記されている資料をこの図書館にある範囲で読み漁った。
   …が、当然何も分からなかった。
しかも、そろそろ天坂との九尾祭りの約束で舎人駅に行かないと間に合わない時間になってしまった。
俺は今読んでいた資料を閉じて、大きく伸びをした。
「やっぱ分かんないかー」
と、小声でぽしょりと呟いて図書館の天井に目をやった。
よし、しまうか。
机の上に束になって重なっている資料を数回往復して戻すことにした。
色々雑に動かした頭はぼーっとしていて既にお疲れモードだった。
何回ため息をついたかなんて分からなかった。
そして、左手に本の束を重ねて左胸で持ち、右手で本を戻している時だった。
気になる本を見つけた。
「九珠神社の歴史について」
俺は、持っていた本を全て戻して、この本を引き抜いて図書館の机に戻り興味半心でこの本を開いた。
これをサラッと読んでから舎人駅に行こう。
と、目次を飛ばして次のページを開いた。
すると、神社の歴史がどーとか色々な情報について記されていた。が、そんなのは特に興味はなく気になっている事があった。
それは九珠神社の祠の礼堂についてだ。
あの男の老人の言っている事が本当なら一番繋がりが深い筈なのに、何故ほとんど知られていなかったのだろうか?
現実の世界に戻れない異常事態だが、あの祠についての探究心があった。
 俺は皆で祠に行った後、祠の事が知りたくて一人であの祠に行った。
あの男の老人に祠の名前を聞くと、「願いの祠」。そう呼ばれているらしかった。
見ている資料には、「願いの祠」についての情報は一切乗っていなかった。
あの祠は……、なんだったのだろうか?今は存在しているのだろうか?
そしてペラペラめくっていると、九尾について記されているページがあった。
九尾は「時間を司る神」として九珠神社に宿っている。
そう記されていた。
「時間を……司る……神。」
つい言葉にしてしまった。
もしかしたら、タイムリープと関係があるかもしれない。
そう思った。
「あ、」
だらしない言葉が漏れる。
忘れていた。舎人駅に行かないと……。
夢中になっていた……。


舎人駅に入った。
時間的にはギリギリ間に合わった筈だ。
荒くなった息を落ちつかせるように両手で膝を触り切符売り場からベンチまで辺りを見回す。
そこには騒がしさとこれから出発する人、帰宅した人が混ざり大勢の人でガヤガヤと賑わっていた。
中にはこれから九尾祭りに行くのだろう。浴衣姿の人も結構いた。
「天坂……どこだ」
息切れの中天坂を呼んだ。
「そーら!」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので、後ろを振り返る。
「久しぶり」
天坂朱里は笑顔でそう言った。
その姿は浴衣姿だった。
「じゃーいこー」
「分かった。」
俺達はそれだけ会話して、切符売り場に向かった。

俺が過ごしていた未来の街から俺達は電車である町に向かっていた。10年後の、英季町…。
何だか、緊張するな。
と、今この状況を含めて緊張していた。
満員電車でギュウギュウに押されていて、俺と天坂は密着していた。
恥ずかしくて下をみれたもんじゃない。
と、思いながら長々と10年後の英季町への到着を待ち望んでいた。

九尾祭りは既に始まっていた。
九珠神社は島の山の頂上に居座っており、神社までの長い山道に屋台やらなんやらあり提灯で飾られている。
俺は考える事をやめたように心を弾ませて屋台道を歩いてた。
それから俺達は、この黒く染まった空の下、提灯の灯りに照らされている九珠神社の九尾祭りを楽しんだ。
「ねぇ、ちょっと寄りたい所があるんだけど、いい?」
天坂が綿飴を右手に俺に聞いてきた。
「どこ?」

 「いいから、ついてきて」
俺は天坂に手を引かれて天坂の小さな背中を見ながら歩き続けた。
そこは、少し九珠神社からは離れた所にある防波堤だった。
先客が割と沢山居た。
「ここは……?」
と、俺は首を傾げて天坂に顔を向けた。
「もう少しで、九尾祭りの終わりを締め括る花火があるでしょ??ここでみよーよ!」
天坂は笑顔でそう言った。
「分かった。」
天坂にそう返す。
「喉乾いたなーー」
天坂は、防波堤に座りこれから花火が打ち上がる空を見上げて話した。
「待ってて。買ってくる。」
俺はパシリの如く天坂に向けて言葉を放った。
「え?いーよ別に。」
天坂はケラケラと優しくて笑いながらそう言った。
「大丈夫。花火まで、まだ時間あるから。」
そういうと俺は天坂に背を向けて屋台道に向かった。
 ♦
よし、行くか。
俺用のカフェオレとと天坂用の爽健美茶を片方ずつの手で持ち天坂の元へ戻っている時だった。
ヒュゥー。
風を切る音がする、まさか。
すると大きな音を立てて色鮮やかな花火が会場の空を包んだ。
まずい、天坂の元へ早く戻らなくては。
と、早歩きで天坂の元へ向かう。
待てよ。あの後ろ姿は、
司じゃん。
「おーい!つかさー!」
大きな声を出して呼びながら司の元へ歩く。
 ♦
 あれ?
俺は、何をしていた?
急に、意識が飛んだ。
目の前には、天坂朱里が居る。
俺は……さっき…。
え?何か変だ。
体が思うように動かない。
声が、出ない。
バーン、バーンと、次々音を鳴らして咲いていく花火の音しか今の俺の耳には、届いていなかった。
何が起こったんだ?
今俺にあるのは視覚と、花火の音。
それしかなかった。
誰かに体を動かされている。
そんな感覚だった。
  天坂の目から涙が零れた。
泣いている?のか、天坂。
喧嘩…しているのだろうか。
心の中で呼んでも、声は出なかった。
何が起きている……、
と、今目の前にいる筈の涙を流していながら、それでも笑顔でいようとしている天坂朱里の顔を見ながら考えていた。
この体は何か天坂と話しているのだろう。
天坂の涙はきっとそのものだ。
だが元々俺はこの世界に居ない筈の人物だ。本来の持ち主は違う。
でも…、泣かせることなんて俺は絶対にしない。
何があったんだ。何があったんだ。
と、今の俺には花火の音しか聞こえない世界で叫び続ける。
「ごめんね?もう、夢の続き、みせてあげられない。」
声が、聞こえた。
天坂朱里の、声が、聞こえた。
そして俺の体の感覚も戻った。
頬には涙が、流れる感覚があった。
ようやく、戻った。なんてことを今感動すべきじゃない。
天坂朱里は今、こいつじゃ絶対言わない事を口走ったのだ。
夢の続きはもうみせてあげられない。
なんで、そんな事を。
色々な感情が込み上げる。
涙と、一緒に。
「そんな事………言うなよ。」
今天坂朱里に放った言葉は、10年前の俺の意識が放ったものなのか、この世界の俺の意識が放ったものなのか分からない。
それでも、俺はこいつが言った言葉を、否定したかった。認めたくなんかなかった。
それだけで、充分だ。
今だけでいい。動いてくれ、この世界の俺の体。
この10年間俺がどう過ごしてきたかなんて知らない。
知りたくもない。
あの日、夢は自分で叶えるってそう決めた筈だから。夢の続きは自分で見るって、そう決めたから。
だけど、こいつにそんな言葉を言わせた俺は…
絶対に許したない。
この世界の俺のことなんて、どうでもいい。
どんな事情で天坂がそんな言葉を放ったかなんて、どうでもいい。
こいつがそんな言葉を言った理由なんて、どうでもいい。
だけど、俺が思ってる事伝えたら、間に合うはすだ。
こいつが、諦めずにすんでくれるかもしれない。
「俺はあの時……、お前の夢を見たいと思ったんだ。」
俺は泣きながら、そう朱里に伝えた。
そして、この世界のお前に、そして現実世界のお前に伝えたい思いが沢山あるから、嗚咽するように、悲鳴に似た言葉を繋ぐ。
「叶えてやりたいと…、思ったんだ」
大きな声を、出してしまう。
だけど、これだけじゃ、少な過ぎる。足りな過ぎる。
「皆が笑って過ごせる。そんな日々が、素敵だなって思ったんだ。
俺が叶えてやる。俺がその夢守ってやるから。
だから、だからさ……、そんな事…言うなよ。」
俺は泣き顔を見られたくなくて、天坂を抱きしめて、告白まがいのことを、言葉にしないと一瞬で消えてしまいそうなこの関係を守ろうとそう、言葉を紡いだ。
「諷。」
俺の名前が呼ばれた。
天坂が小声で、耳元でそう呼んだ。
俺は天坂にハグした事を今更恥ずかしがり離れて天坂の顔を見る。
 「ありがとう」
彼女は、涙を流しながら笑顔でそう言った。
祭りのラストスパートで次々と満開に黒く染まる空をキャンパスに描くように、ドーンと咲いていく花火に照らされている島を背景に、そう言った。
花火の光と月明かりに照らされている彼女の笑顔は花火より綺麗だった。
  だけど、事の詳細を殆ど知らない俺からしたら、彼女がなんで泣いているのか分からなかった。
事情は知らないが、俺は言いたい事を言ってこいつを救えたならそれで良かった。
「そーら!起きろ!、」
暗闇の中で誰かが俺の事を読んでいる。
「そら!!」
どんどんどんどん音が大きくなる。
「んー?」
俺は目を開ける。
そこにはいつもの教室が、いつものクラスが俺の目の前には広がっていた。
前の席には司がいて、体を後ろに向けて俺に話かける体勢でいた。
「お前が授業中居眠りとか、珍しいな」
司は小馬鹿にするようにそう言った。
寝ぼけているようで、頭がよく回らない。
「おはよー、司。」
俺は目を擦りながらそう言う。
「え、なんでお前……、泣いてるんだ?」
司は俺にそう聞いてきた。
泣いているのか、俺。
そこで俺は泣いているということを自分で初めて知った。
「え、なんでだろ。」
俺はなんで泣いていたかなんて分からなかった。
「悲しい夢でも見たのか?」
司は心配そうに顔を覗き込みそう聞いてくる
「いや、わからん。でも、めちゃめちゃ長い夢、見てた気がするんだよな……。」
俺は思ったことそのままを司に返した。
「お前自分でもなんの夢を見たか分からないとか、なんか面白いな」
司はヘラヘラ笑いながらそう口にした。

なんで俺、泣いていたんだろう。


epilogue
彼がこんな事をしてくるなんて思わなかった。
こんな人じゃなかった。そう思っていた。
彼は私のヒーローだった。
大好きだった。

嬉しかった。
意味を持たせてくれて。
楽しかった。
皆と過ごして。

 ありがとう。
私の順番はこれで終わり。私の役目はこれで終わり。
もう、考えなくていいんだ。
もう、苦しまなくていいんだ。
「最高の日常をありがとう。」花火にも負けないくらいの最高の笑顔でそう口にして、私の夢は終わりを告げる。
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