エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―

久乃亜

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第1章

第5話 リゼラちゃんと、曇る午後

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 ――頭上を照らす春の陽射しが、二人の乙女を賑やかに照らす。
 可憐な娘が二人揃えば、会話が止まろうはずもなく、畑に広がる笑い声。

 「あれがいい」、「いやこれがいい」、
 賑わい話に花咲かせ、陽が頭上に掛かる頃、話題は自然に恋の話へ。

「ゼラちゃんは結婚しないの?」
「なっ! 急にナニ!?」
「だってさ、この農園だってお父さんから借り受けたものとはいえ、一人だと結構広いじゃん?」
「そりゃもちろん、人を雇うこともあるよ」

 ちっちっち、わかってないな~リゼラちゃんは。

「そこはほら、タダで扱き使える労働力……もとい、ステキな旦那サマをね?」
「ひっど! ……ん~、アタシは今はまだ、イイ人がいればいいかな?ってカンジ」
「その雇ってる人とかに、イイ感じのイケメンはいたりしないの?」
「みんなお爺さんとかオジさんばっかりだよ。 アタシ好みのイケメンなんてとてもとても……」

 と、大げさに首をすくめるリゼラちゃん。

 そうなのだ。
 こう見えてリゼラちゃんは面食いなのだ。
 ちなみにイケメンって言葉はあたしが教えた。

「ゼラちゃんは顔にウルサイからな~。 いいじゃんオジさまでも」
「またそれ~? ハルネの方こそ相変わらずのオジさま趣味ね」
「え~、良くない?オジさま~。 ゼラちゃんもその自慢の美貌でオジさまを落とそうよ~」

 そう、リゼラちゃんは美人さんだ。
 普段は農作業用の動きやすい作業着を着ているから、分かりやすくモテたりはしない。

 しかし、見る人が見れば理解る。

 スタイルも、スラっときゅっとぼっとしてて、目も大きくてまつげも長い。
 今は括ってるポニテも、下ろせばキラキラの細い金髪。

 リゼラちゃんは艶やかな美人さんなのだ。
 普段のリゼラちゃんの明るい雰囲気とのギャップが、魅力的で映えるのだ。

「お金持ちの貴族のオジさまだったらちょっとイイかなーって思うけどね。 こんな日焼けしてそばかすだらけのアタシなんか相手にはしないだろうケド」
「はーー、これだから持て得る者はっ! 相変わらずゼラちゃんは自分の美貌をちっともわかっちゃいないんだから」

 あたしに対する当てつけかいな。
 ……とは一瞬考えるけども、そうでないことは知っている。

 感情色を視ても、リゼラちゃんに悪意や後ろめたさの色は一切無い。
 リゼラちゃんは容姿に対する感度が低いのだ。

「またそんな事言って……ハルネの方こそ浮いた話の一つくらい無いの?」

 う、痛い所をつく……

「悲しい事にぜんっぜん無いのです。 こんな子豚さんなんかでは当然なのさ……」
「そぉう? アタシから言わせれば、ハルネの方が男受け良くてモテそうな気はするケド?」
「そんなワケないじゃん」
「格好もいつもオシャレじゃん。 そのケープも可愛いし、お花のピアスもキレイだし」
「そりゃ接客するんだから多少はねー。 ……でも、この桜のピアスに目を付けるとは、ゼラちゃんもお目が高い」

 これは、少し前にシャリエナと西街へ買い物に行ったときに見つけた、ステキアクセサリーなのだ。
 チェリーピンクの桜のピアスを、シャリエナがあたしに。
 リーフグリーンのクローバーのピアスを、あたしがシャリエナに。
 お互いプレゼントし合うくらいに気に入っちゃった代物だ。

「これはシャリエナと一緒に買ったんだよ。 可愛いでしょ?」
「可愛い。 ……いいなぁ、アタシも欲しいかも」
「今度お土産に買っていってあげる」

 リゼラちゃんには何が似合うかな?
 綺麗な金色の髪だから……アクア系だ、きっと。

「……シャリエナかぁ。 最近会ってないけど、あの子は末恐ろしいね。 可愛くて甘え方も上手い……」
「そうだね……我が妹ながら、あの子にはモテとかの心配はいらないよ……」
「だからぁ、ハルネだって、そんな自己評価下げることないよ? 人当たり良くって、オシャレで、明るくて可愛い。 あと何より…………胸がおっきい! ほれほれ~つんつん」
「ちょ、やめてよぉ~」

 胸がおっきいとか言いつつ、リゼラちゃんが突っついて来たのはお腹だ。
 つまりは腹肉だ。

 これはそうだ、案にお前はこの腹肉のせいでモテないのだという、リゼラちゃんの隠れたメッセージなんだ。
 モテ要素はこのぽっちゃりした体型がすべてを打ち消しているのだという事を言いたいに違いない。 うん。
 まぁ……

――感情色は、楽しさと喜びのサンライトイエローしか視えないけども。

 あたしは「お返しだー」とばかりに、リゼラちゃんのスラっとしたお腹をつんつんし返す。
 きゃっきゃうふふする友人との時間は、いつもながらとても楽しいものだった。


―――――――


「そうそう、結婚といえばさ、ハルネは聞いた? 白昼往来での婚約破棄事件!」
「はぁ……はぁ…………はえ?」

 ひとしきりイチャついて疲労した後、リゼラちゃんが気になる話題を切り出した。
 体力お化けのリゼラちゃんは、くすぐられた所で欠片も疲れてないらしい。

「情けない声出すんじゃないよ……婚約・破棄・事件! こっち……西街の方では結構有名な事件でさ」

 そう言ってリゼラちゃんが話してくれたのは、貴族同士の痴話喧嘩の話、らしい。
 それ、なんかギルドでも似たような話聞いたなぁ?

 真昼間で人通りも多い通りだったから、目撃者も結構いたみたい。
 リゼラちゃんは直接見てないようだけども。

 なんでも子爵男性が婚約者相手に、白昼堂々と激しめの愛の告白をしていたらしい。
 「キミが好きだ! 誰よりも愛してる!」と。
 それが随分と熱の籠もった大きな声だったらしくて、人目を引いたみたい。

「でさ、それだけでも結構な噂になりそうじゃない? そこから「奇妙」だったのが……」

 そう、婚約者に愛を囁くだけならまだしも……
 どういうワケか浮気の告白までしちゃったらしいのだ。

 ――「キミも愛しているが〇〇令嬢も愛している! しかし▲▲の奥様と過ごす夜も……」と。
 複数、且つ、事後の告白までしたもんだから、混乱していた婚約者さんも正気に戻った後は、もう罵倒の嵐。

 しかも婚約者さんの方は公爵令嬢と立場が上だったみたいで、怒り心頭でそれはもう結構な騒ぎだったみたい。

「最近街は平和なもんだし、こんな大騒ぎだったのは珍しいからみんな噂してるよ」
「ゴシップとしては面白いけど……変だよね? なんで浮気の告白なんかしちゃったんだろ?」
「熱が入っちゃったんじゃない? アタシも想像だけど……」
「理由としてはそれっぽいけど……あとは、例えばお酒入ってたとか?」
「それそれ。 なんかさ、子爵の男性の方は婚約者から渡された『何か』を飲んでたって話は聞いたよ。 それがお酒なんじゃない?」
「う~ん……」

 酒が入ってテンション上がって婚約者相手に熱烈な告白……
 それだけなら納得行くけど、なんで浮気の告白までしちゃったの?

 なんだか気になる事件だなぁ……

「お酒じゃなかったら薬とか? ハルネは調合とかやってるからそういうの詳しいんじゃないの?」
「まあ、お母さんの手解きで簡単な調合と調香くらいはするけどさ……そんな都合の良い自白剤みたいなのは無いんじゃないかな」

 そもそも自白剤っていうのは、意識レベルを落として嘘をつくための脳のリソースを奪う~みたいな感じだったはず。
 よく知らないけど。
 とにかく、勢いよくペラペラしゃべっちゃうようなものでは無い。

「考えられるとしたら興奮剤とかそういうのかなぁ? だとしたらやっぱりお酒だったのかもね」

 あと考えられるとしたら、例えば魔眼とか?
 例えば、あたしの感情色の魔眼、エモーションパレットアイズ
 ――略して「エモパレ」ね!

 あたしのは感情の色を視るだけだけど、
 感情を操っちゃう魔眼とか魔法みたいなアレをコレしたりとか。

「ん~……アタシにはよく分かんない」
「そだね。 あたしも」

 大雑把なリゼラちゃんはその辺りで思考を放棄したみたい。
 その辺は同意見。
 どっちにせよ情報も足りないし。

「あ、でももう一つおかしい話があって。 単なる痴話喧嘩かと思ったけど、なんか調査局が動いてるんだって」

 調査局……そうだね。
 たしかギルドでもそんな事を言ってたはず…………あっ。

「思い出した! 調査局! なんかウチの店に来るみたいな事、ギルド長が言ってた!」
「それホント? もしかしてサフラン香房が疑われてるんじゃないの~?」
「やめてよゼラちゃん! ウチは健全健康な物しか取り扱ってないよ!」

 健康長命がモットーのウチの店に対して、なんて疑惑をふっかけるんだリゼラちゃんは。

「そんな事言って~、シャリエナから聞いてアタシは知ってるんだよ~? 夜な夜なハルネが怪しい錬金調合してるって」
「アレはそんなんじゃないよ! 単なる遊びだよ! ごくごく個人的な趣味だよ!」

 シャリエナに聞いたって事は、おそらくあたしが趣味で作ってるポーションの事を言ってるんだろう。

 ポーションと言っても薬効はゼロで、単なる保存の効く色水だ。
 感情色が視えるのが当たり前のあたしにとって、転生してから世の中には色んな色がある事を知った。

 さっきのリゼラちゃんが見せたような「喜びのサンライトイエロー」
 ずっと前にギルド長が見せた「美しい絹のような誇りあるシルキーゴールド」

 そんなあたしの印象に残った感情色を、色水として再現した小瓶(名付けてエモパレポーション!)に収集するのが、あたしの密かな趣味だったりする。

「またまた~。 ハルネは面白いヤツだけど頭も良いからな~。 こっそり強力なポーション作ってたりしてもおかしくない!」
「あらぬ誤解を生んでるよ! そもそも素人調合で本職の錬金術師に叶うハズも無いし!」
「ルネちゃん……ちゃんと面会には行ってあげるからね」
「なんでもう捕まってる事になってるの! じゃあ差し入れはパン屋のトールさんの所のパンね? クリームパンは入れてね?」
「あはは、いいよ。 じゃあ父さんの所の搾りたてミルクも付けちゃう」
「いいね~。 じゃあそのミルク持ってシャリエナにミルクプリン作ってもらってよ。 こないだ伝授したからもう覚えてるはず」

 まあこんなの話の弾みの軽口だ。
 お互い本気でサフラン香房が疑われてるなんて、微塵も思ってない。

 じゃあアレもつけよう、コレもつけようと、あたし達二人の乙女のおしゃべりは……

 今日も、楽しくくるくる、回るるる。


―――――――


 笑って、しゃべって、また笑って。
 止まらないおしゃべりに、空気まで頬を綻ばせていた。

 ──そこに、春には珍しい鋭い風がひと吹き。

 ざわり、と鉢植えの葉が鳴いて、ふたりの言葉がふと止まる。
 それが終わりの合図だった。

「……ずいぶん話し込んじゃったね。 そろそろお父さんとこ行く時間じゃない?」
「うん、ハルネと話すのは楽しいね。 また次の仕入れの時にね」

 う~ん、全然話し足りない。
 けど一応お互いに仕事の最中だ。 

 貰ったノクセラ草の袋を入れた手持ち籠を抱えなおし、あたしの方も出る準備をする。

「チリペッパーの方は、明日まとめて馬車で送るよ。 鉢ごとの方がいいでしょ?」
「さっすがゼラちゃんは分かってるね~」

 見てろシャリエナ~。
 絶対泣かしたるからな。

 別に今生の挨拶でも無し。
 「それじゃあね」とあっさり別れの挨拶を交わす。

 しかし、踵を返す直前、リゼラちゃんが気になることを言ってきた。

「…………あのさハルネ。 さっきの話はもちろん冗談なんだけどさ」

 さきほどとは打って変わって、深刻な表情を見せるリゼラちゃん。

「どったの?」
「……なんか変な予感がするの、さっきの話。 話してる最中は楽しくてさ、でもなんかよく分からない予感が上がってきて」

 細かい事はあんまり気にしなかったりするリゼラちゃんだけど、実は繊細さんだったりする。

「実はさ、例のノクセラ草買い取った変な商人……あの人が現れるちょっと前にさ、なんか見慣れない人が畑の周りをうろうろしてて……別に何かされたってワケじゃないのよ? すぐいなくなったし。 でも、ちょっと気味悪くて」

――不安の翡翠色が、リゼラちゃんから染み出す。

 リゼラちゃんは何かに不安がっている。

「だいじょぶだって~。 きっと美人のゼラちゃんを見に来たファンの人だよ。 気にしすぎ。 ね?」

 とりあえず適当な励ましで誤魔化してみる。
 得てしてその手の予感ってのは、気のせいだったりが殆どだ。

「……そう? やっぱりそうだよね?」
「なにさ。 変な事言わないでよ~」
「あはは、そうよね。 ごめんねハルネ。 気にしないで。 じゃあまたね」
「ゼラちゃんの直感はあんまりアテにならないしね。 じゃあまたね~」

 改めて踵を返し、リゼラちゃん農場を後にする。
 実際にリゼラちゃんの直感はあんまり当たらない。

 一緒に宝くじを買ったときも「アタシの勘が当たると言ってる!」
 とか言って普通に外してたし。

 ……まあ、それとは違う物だとは思うけれども。
 彼女の中で何かを感じ取ってるのは確かだと思う。

 なんだろう?
 婚約破棄?
 貴族?
 調査局かな?

「ま、考えても仕方ないよね」

 気分を切り替えようと言葉にしてみるも、なんだか気になって上手くスイッチ出来ない。

――不安の翡翠色。

 とっても綺麗なんだけど、良くない気の色だ。
 リゼラちゃんの感情色に充てられて、あたしの心にも不安の種が芽生える。

 ……人が見てた、かぁ。
 安易安直に繋げるのも良くないよリゼラちゃん。
 でも……

「……う~ん。 くそー、リゼラちゃんめ……妙な事を言ってくれちゃってさ」

 小骨が喉に引っ掛かったような、後を引く違和感……
 それが、なかなか取れてくれなかった。

 今日は晴れ。
 朝から雲一つない晴天だった。

 でも……
 今は、あたしの心の不安のシミを表現するように……

 大きな灰色の雲がポツポツと、浮かび上がっていた。

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