【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―

久乃亜

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第2章

第19話 コミュニケーションをとろう!


 灰色の雲が引いてゆく空の下、雨はすっかり上がっていた。
 濡れたコーンの葉が風に揺れ、さわさわと優しい音を奏でている。

 一方、先ほどの雨で柔らかくなった泥濘纏う土の道は、見ているだけ気分を重たくさせる。

 空気はどこか張りつめて、小鳥の声すら聞こえなくなり、まるで時が止まったような空気が支配を始めると共に……
 二人は、道の中央に向かい合うように立っていた。

「げっ! オジさま……」

 思っていたはずの声は、知らずに外に、口に出していた。

 なんの心の準備もしていないハルネは、思わず後ろを振り向いた。

(……なんでオジさまがいるの!? 一体どゆこと!!?)

 ハルネはぎゅっと目をつぶり、ぎゅっと胸を押さえ、激しく鼓動を始めたハートを必死に押し込む。

 落ち着け落ち着けと呪文を唱える。

 その声は外にも漏れていたが、かろうじて対面の灰銀の騎士には聞こえていなかったようだ。

 落ち着いたタイミングを見計らい、なんとなく手櫛で前髪を整えてから、ゆったりとヴァルグレイのいる方へ振り向いた。

 笑顔で。

「こ、こんにちはオジさま? リ、リゼラちゃんの農場に何か用ですか?」
「……用があるのはキミにだ。 ハルネ・サフラン嬢」

 あんれまあ。
 ……どゆこと? 一体どゆことなの?

 リゼラちゃんの農場が目的だったら分かる。
 だって昨日レルガさんが言ってたもの。

 でも、あたしに用? いったい何さ!?

「え~っと、あたしに? 用、ですか?」
「そうだ。 私はこれからキミに同行する。 私の事は気にしないでいい」

 はっ?

「え? なんですか? それ?」
「……理由を述べる事は出来ないが、キミの動向がそのまま捜査に繋がる事でもある。 今はそう思ってくれるだけでいい」

 はっ? 意味わかんない。

 ……いや、ちょっと待って。

 あたしの動向がそのまま捜査にって事は……やっぱりお母さんだ。
 お母さんの行方を追うなら、娘のあたしかシャリエナに付くのが一番だ。

 シャリエナは、お店でレルガさんが今は付いてるハズ。
 だからあたしの方は、ヴァルグレイのオジさまが付く、と、そういうワケね。

 ……とはいえ。

「そんな事言われても……」

 そう、そんな事言われてもだ。

 いきなりの遭遇でびっくりしちゃったけど、さらにオジさまと一緒なんて……

 気を揉んでいるあたしを察したのか。

「……私の事は気にしないでいい。 キミの好きにしたまえ」

 オジさまはそう言ってくれてはいるが、正直気持ちの整理がまだ付いたとは言えない。

 うーん……

「……少なくとも、私が同行している間は、絶対にキミを危険な目に合わせたりはしない。 何があろうとも、必ず、守る」

 ま、守る!?

 きゅんっ! は、はわぁ~~!

 ……ま、まぁ、いいか。

 オジさまが付いてこようがあたしのやる事は変わらないし!


―――――――


 ぬかるんだあぜ道を、ぽてぽてと歩く。

 あたしは前を歩き、その後ろから、オジさまがまるで定規でも引いたかのような、正確な距離を保ちながら歩く。

「…………」
「…………」

 水たまりを避けながら、ぽてぽて歩く。

 オジさまの足音は、耳をすませばかろうじて聞こえる。

 パチャっと、お気に入りのベージュの編み上げショートブーツに泥が跳ねる。

 後ろからの足音はほとんど聞こえない。
 聞こえるのはあたしの重そうな足音だけ。

 そこにイラついた。

「…………っ!」
「…………」

 足を止め、キっ!と後ろを振り返るも、オジさまは何の表情も見せない。

 その無表情はまるで「早く行け」と急かしているようにも見えた。
 やはり感情色は、視えない。

 ん~~~~~……

 ん~~~~~~~~~っ!

 なんなのよっ! もうっ!

 ああもう……なんなのよもうっ!! 

 事情があったのかもしれないけど、まだ許せてない!

 なんで同行するの!? なんであたしに付いてくるの!?

 なんとなくお母さんの事かもとは思うけど、もうちょっと話してくれてもいいじゃんか!

 でも分かる。

 まだ付き合いは浅いけど、このオジさまは絶対理由を話さない。
 そういう人だってのはなんとなく分かる。

 う~~~、あたしの気持ちはどうなるのよ……許せてないのに……好き……でも、嫌い!

 う~~~~~~っ……

「…………はぁ」
「…………」

 思わずため息が出てしまった。
 でもため息とともに、緊張も抜けた。

 ついさっきまで、いっぱい泣いてしまった事を思い出す。

 ……オジさまの事で。

 せっかくリゼラちゃんに慰めてもらって、気持ちはちょっと落ち着いたんだ。

 ここはひとつ、もうちょっとだけ落ち着いて、改めて考えてみようじゃないのさ。
 そう切り替えて、再びあぜ道を歩き始めた。

 許せない。
 オジさまの事、許せない。

 そう思う気持ちはなんだろう?

 冷たくされたから? 態度が悪かったから?
 ……ううん、きっと違う。

 許せないのは、きっと、あたし自身にだ。
 許しちゃうあたしを許せないんだ。

 好きな相手に蔑ろにされた。
 それなのに許しちゃうの?って。

 オジさまを好きなあたし自身を。
 自分を、守ろうとしてる。


 ……なんだ、結局、あたしもあたし自身が可愛いだけだった。

 自分が大切なだけだった。

 ……だけどさ、それで、いいのかもしれない。

 ヒトってそんなもの。 みんな自分勝手。

 そういう感情色もいっぱい見てきた。

 でもさ、みんな、自分も大切だったりするけれど、周りもいっぱい大切にしてる。

 自分だけが大事だなんて人はいない。
 周りもちゃんと大事なのよ。

 あたしはそれを信じてる。

 だから、オジさまにも、あたしを大切にしてほしかった。
 あたしの心を大事にしてほしかった。

 あたしのオジさまの好きな心を認めてほしかった。

 否定、されたくなかった。

 だから、痛かった。 苦しかった。 辛かった。


 じゃあ、どうしたらいいんだろう?

 この許せない心はどうしたら晴れるんだろう?

 ……もしかしたらオジさまにも事情があるかも。

 そう考えたとき、ふと気が付いた。

 あたしは、オジさまを好きだけど、オジさまの事、何にも知らない。

 だったらさっ! 

 知ればいいじゃんっ!

 前世からの長い人生経験。

 こうやってこじれちゃった人間関係もいくつか知ってる。

 その答えも、気付いてる。

 そう、コミュニケーションだ。 コミュニケーションが足りない。

 あたしとオジさまにはコミュニケーションが足りてない。

 まだ会ったばかりだもんね!
 

 きっとオジさまを知れば「んもう、オジさまらしいな!」って思わず笑っちゃうかもしれない。

 「仕方ないから、ワッフルで手を打ってあげる」なんて冗談をいう日も来るかもしれない。

 オジさまだって、あんなに優しく困った顔で涙を拭いてくれる人だもの。
 冷たいだけなハズがない。

 あたしはそう信じてる。

 あたしはオジさまが好き。
 そうだよ。
 恋してる。

 オジさまがあたしに恋するなんて、絶対に無い事だけれども。
 あたしを好きになって選んでくれるなんて、絶対に無い事だけれども。

 仲良くだったら、なれるかも!


 だって、オジさまの事、もっと知りたいもん!


……………
 

「ねっ! オジさま?」

 そう言ってハルネは振り返る。

 先ほどの仏頂面はどこへ行ったのか。

 一転、笑顔でトーンの高い声。

 ヴァルグレイは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにまた訝しむような無表情へと戻る。

「お話、しましょう!」

 と、トトト、とヴァルグレイの横に並ぶ。

「後ろからあたしを見るだけじゃ、お話出来ないし、つまんないでしょ?」
「……話す事など、無い」

 取り付く島もないヴァルグレイだが、ハルネはめげる事無く、

「まー、そう言いなさんな。 オジさま、あたし、分かるよ。 事件の事も営業停止の事も、何も言えないんでしょう?」
「…………」
「やっぱりそうだ」

 小首を傾げながら顔を覗き込むハルネ。

 沈黙は肯定の意。
 ヴァルグレイのソレだけは分かりやすかった。

「世間話ならいいでしょう? オジさまの事、もっと知りたいの!」
「……何が聞きたい」

 応えてはくれたものの、物言いは相変わらず冷たい。

「あ~、冷たい言い方~。 あのね、オジさま。 まだ会ったばかりだけど、オジさまが誤解されがちってのはすぐ分かるよ」
「…………」
「あのね、今朝の事。 すごく悲しかった。 営業停止なんて一大事なんだから。 その理由、知りたかったのに、あんなにつっけんどんな態度。 酷いよ? もう」

 今朝はボロ泣きのハルネだった。

 しかし、今は笑顔で言える。

 「酷いよ、もう?」と。

「事情があるならそう言って欲しくて。 優しく教えてほしかった。 とても悲しかったんだよ? ホントは察してほしかったのに、言葉に出すのは乙女の敗北。 でも、ちゃんと言わないと、伝わらないものね」
「…………」
「オジさまはステキな紳士だけど、冷たくて誤解されがちだろうから、そんなんじゃ奥さんに愛想尽かされちゃうよ~?」
「……妻など、いた事は無い」
「…………っ!」

 ちょっとした探りのつもりだった。
 でも、独身だと知れた事が、ハルネの心を少しウキウキさせた。

「ねえ、オジさまは、何が好きなの? 例えば、好きな食べ物とか?」

 歩きながらも、ハルネはヴァルグレイの顔を覗きこみながら、目を合わせて話す。

 身長差が随分あるせいで、どうしても少女が小首を傾げてるような仕草になってしまう。

「あたしはね~、見て分かるかもしんないけど、食べるのが好きなの。 自分でもいっぱい作るんだよ。 お菓子とかも作っててさ、お店にも並んでるから……営業停止が空けたらさ、オジさまも食べに来てよ。 美味しいって評判なのよ?」
「……甘いものはそれほど好まない」
「……え、えぇ? あ、甘いのダメ? そ、そうなんだ~。 だいじょぶだよ。 しょっぱいのもあるよ!」

 否定が悲しいのか、それともちゃんと応えてくれる事が嬉しいのか。

 ハルネの声に震えが混じる。

「甘いのおすすめなのにな、一回食べてみてよ。 甘いモノが好きじゃないって事はさ、オジさま、結構お酒飲む人?」
「……酒は、多少は嗜む」
「そうなんだ! あたしもちょっと飲むよ、お酒! 甘い蜂蜜酒が好きなの!」
「……蜂蜜酒は、よく嗜む」
「……っ! そうなんだ! 蜂蜜酒好きなんだ! 良かった! あたしと、おんなじだね!」

 共通点が見つかって嬉しいのか。

 思わずヴァルグレイの袖を引っ張り、
 ほんの少しだけ目に涙を浮かべながら、
 そしてちょっぴり身を乗り出して……

 春色の笑顔で応えるハルネ。

 その笑顔に、ヴァルグレイの無表情が、ほんの少し和らいだ気がした。


……………


 会話は、彼らのペースで進行していく。

 ハルネがワーっと喋り、ヴァルグレイがぽつりと応える。

 回っている歯車の速度の差はあれど、相互コミュニケーションとしては成立していた。

 雨上がりのあぜ道を、ぽてぽて歩く、ぽっちゃり娘と灰銀の騎士。

 会話に夢中の彼女は、気付かない。
 ヴァルグレイが、彼女の歩調に合わせていることを。

「オジさまの瞳、綺麗な色だよね。 あたしと同じ琥珀色の瞳なのに、こんなに綺麗な色、初めて見たよ」
「……キミの瞳も綺麗だが?」
「おうぅふっ!!」

 不意打ちすぎる。

 うおー、勘違いするなー。
 これはただ同じ言葉を返しただけだ。

 オジさまにその気は欠片も無い。

「……先ほどから、気になっているのだが」
「おっ? なんです?」

 不意打ちを食らって胸を押さえていたあたしだが、初めてオジさまの方から振ってくれた話に食いつく。

 なんですかな?

「その……『オジさま』というのは……」
「あ~~、それ、気になっちゃいます?」

 心の中で勝手に呼んでいたのが、いつの間にか口にも出てて定着までしてしまっていた。

「そういえば、オジさまはお貴族さまですものね。 やっぱりゼオファルドさんとお呼びすべき?」

 今更だけど。

「……いや、サフラン嬢がそう呼びたいのなら、好きに呼べばいい」
「そうそう、それそれ。 サフラン嬢なんて堅い呼び方しないでさ、ハルネって呼んで欲しいな」

 親しくなるには、まず名前から。

 オジさまをオジさま呼びしてるあたしが何を言うのかって話だが。

「……いや、それは」
「いいんですよ。 あたしが呼んで欲しいって言ってるんだし」

 お? 行ける?

 と、思ったところで、あぜ道は途切れ、西街の中通りが見えてきた。

「あ~、楽しいお話もここまでだね~」

 どちらにせよ同行しているとはいえ、おしゃべりに夢中になれるのはここまでだ。

 いっぱいオジさまの事が聞けた。
 あたしの事も知ってもらえたと思う。

 お店の事は気まずいからあんまり話せなかったけど、妹の事、ギルドの事、好きな食べ物、色が好きな事、エモパレポーションの事、食べる事が好きな事、あたしの事、結構知ってもらえたかな。

 オジさまの事もちょっと知れた。 お酒が好きな事、タバコは吸うけど実は苦手な事、昔は軍に属していたこと、独身で、仕事が趣味。

「……キミは、本当に何も聞かないのだな」
「え? なに? お店の事? 事件の事?」

 そういえばヒョロキモの件も全然聞いてない。

 まあそれは諦めてる。 答えないって。

「……説明が足りない、というのは自覚している。 が、話せないのは本当だ」

 会話を続けていく内に、オジさまの態度と表情がちょっと柔らかくなったと感じている。

 っしゃ! やっぱ、コミュニケーションよっ!

「……それでも、もう少し言い方があったと反省した。 すまなかった」

 ……そう言ってオジさまは頭を下げてくれた。

 もういいのに……とは思っていた。

 それでも、あの時傷ついた自分が、そのオジさまの言葉に、笑顔を取り戻した気がした。

 嬉しい……嬉しいよぅ……

 たとえ恋が実らなくても、
 たとえ異性として好きになってもらえなくても、
 ちょっとでも仲良くなれたのは本当に嬉しい。

 ……仲良くなれて嬉しいのは本当。

 でも、それでも、やっぱりあたしの恋心は、
 欲しい欲しいと手が伸びる。

 オジさまの愛が欲しい。 好きになって欲しい。

 コミュニケーションを取って、オジさまの事をちょっとだけ知って。

 どうしよう。 ますます好きになっちゃった。

 ダメなのに。 愛されるワケないのに。 選ばれるワケないのに。

 絶対あり得ないのに……


 それでも、今は、もっと仲良くなって、あたしを、もっと、知って欲しい。

 その気持ちだけは、今は、許してね……?

「えへへ……」

 謝罪してくれたオジさまへのお返しの笑顔は……

 目の端に涙が浮かんで、

 ほっぺも引き攣って、

 やっぱり、可愛くなかった。

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