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第3章
第30話 アヤシイお店? ミルレン薬草店
西街の中通りを抜け、さらに小通りへと抜けて、降りていく細い下り坂。
昨日訪れたドルマール商会へと向かう道のりの途中、その小通りの路地。
陽の光が届ききらないせいで、どこか世界の端のように薄暗い。
路地に人通りは無く、表の通りもすれ違う者たちは皆、早足で道を抜けていく。
空気が重い。
温度としての重さではなく、湿った土と古い建材。
循環しない淀んだ空気が滞留している。
路地の階段を下りた先にその店はあった。
「ミルレン薬草店」
くすんだ古い緑色の木製扉。
そして、窓ガラスだけはやたら小綺麗に磨かれているのに、その奥の店内の様子は、薄い靄でもかかったように曇って見える。
午後の陽も傾き、そろそろ橙色が差しかかろう時刻。
ハルネは、路地に放置された樽の裏の影に身を寄せながら、その店の様子を伺っている。
胸の内に、さきほどまで暴れていた熱はもう無かった。
代わりにあるのは、どこか冷たい緊張感。
背筋にその予感が……何か冷たいものを伝わらせていた。
―――――――
「早まったかなぁ……」
樽の影で、そんな事を独り言ちた。
さっきまでのあたしは、ちょっとおかしかった。
オジさまの役に立つんだ! と、鼻息荒く息巻いていたさきほどと違い、この薄暗い路地を見て、あからさまにその勢いが落ちてきていた。
今もオジさまとリオーネさんの事を思い出すと、胸がチクっとする。
オジさまを取られたくないという気持ち。
リオーネさんの憎らしい優しさ。
そして理由の分からない焦燥感だけが、あたしの行動に熱を入れる。
「……ううん、今はやるべき事! あたしに出来る仕事を考えるんだ!」
正直、詳細は全然入ってこなかった。
とにかくミルレン薬草店という名前と、西街の下街の下り坂という場所。
二人が話してたそれだけのヒントで、なんとかその場所に辿り着いた。
やるじゃん! あたし!
たしか違法薬がどうのって言ってた。
ノクセラ草との関連は分からない。
けれど、たとえ関係なくても、違法な薬をあたしが見つければ……
それが調査局の、ひいてはオジさまの役に立つハズだ。
オジさまに褒めてもらいたい……必要とされたい……
その一心だけを心に携え、
あたしは樽の影から躍り出て、その店に足を踏み入れた。
――ギギギギ……
重苦しい扉を開ける。
まるで油を刺していない、古びて手入れのされていない音が響いた。
来客を知らせる鐘の音はしない。
普通はこういう小売店では、来客を知らせる何かがあるものだけど……
「う…………」
入った途端、何か香ばしいような甘い匂いが鼻についた。
少し煙い。
これは、タバコ……? いや、ちょっと違う。
なんだっけ? どこかで嗅いだ記憶は確かにある。
店の中は薄暗い。
天井に魔石ランプはあるものの、明らかに光量が足りていない。
店奥の棚の横に大きなカンテラが2つ。
それも店内を照らすには、大した足しにはなっていなかった。
レジ横に、ヒエラル草の乾燥したものの束が、いくつか吊るされている。
ヒエラル草は、治癒ポーションにも使われる一般的な薬草だ。
まるで「ここは普通のお店ですよ」とばかりに、これ見よがしに吊るしてあるのが気になった。
気にしすぎかもしれないけれど……
そうした観察の視線が、レジ横の棚に移り……
生葉やポーション、枝や石といった商品に目を滑らせ……
ある物に目が行った時、思い出した。
「あっ、そうだ! コレ……」
胡桃を小さくしたような茶色の実。
これ……カルフェルの実だ!
カルフェルの葉の方は扱った事がある。
いわゆる発奮・興奮の作用がある。
エナドリ的栄養ドリンクを作ろうとした時に使った。
眠気がとれて、少し元気が出てくるのだ。
……ただ、その後、強烈な眠気が来るのだが。
葉っぱも結構な作用があるが、実の方はさらに度が上がる。
サフラン香房でも、実の方は扱っていない。
なぜなら、その強力な効果ゆえに、使用にはその街の薬師ギルドの許可がいる。
お母さんに教えてもらった。
少なくとも南街では、客に直接売る事も出来ない。
「それがこれだけ堂々と置いてあるって事は……」
ご丁寧に、棚のカルフェルの実の隣の小瓶には、それを粉状にしたものが飾られている。
まさか、西街だけカルフェル粉が合法って事はないだろう。
「この煙くて甘い匂い……まさか粉を焚いてるんじゃないでしょうね?」
そう。 思い出したのはカルフェルの葉っぱの匂いだ。
こんなに強くはないが、きっと粉を焚くとこんな香りになるんじゃないかと想像がつく。
この店はアウトもアウトだった。
これが普通に棚に置いてあるだけでも、捜査の対象になるだろう。
もう十分。
そう思ってさっさと退散しようと思った時……
「おや……お客さんでしょうか?」
店奥から姿を現したのは、薄暗い店とは打って変わって、小綺麗な服に身を包んだ眼鏡の男性。
歳は若そう。
金髪のオールバックで、青い眼鏡をスカした感じで掛けている。
少しやさぐれてる空気が、ちょっとインテリヤ〇ザっぽい。
「あ、あははー、こんにちわ!」
「おやおや、このような店とは縁がなさそうなお嬢さんだ。 何かお探しかな?」
持ち前の対人スキルを活かし、明るく挨拶を交わしてみる。
インテリの金髪眼鏡オールバックさんは、髪をかき上げ、こちらを伺う。
ちょっとキザっぽい。
「あの、ノクセラ草って扱ってますか?」
いきなりだけど、とりあえずコレだけは聞いておく。
「ノクセラ草? ずいぶんとマイナーな薬草をお探しのようだ、レディ。 残念だがウチでは扱っていないよ」
こんなあからさまに違法な品を棚に飾っている割に、意外にも人当りのよい態度。
感情色を視ても、あたしに対する警戒も無いし、ホントに知らないみたい。
「そ、そうなんですかー。 と、ところで、あのぅ、それとは別に、夜、沢山起きていられるような薬ってありますか~? 興奮剤みたいな?」
我ながら誘導がヘタクソだが、カルフェルの実を暗喩、連想するような事を聞いてみる。
「ああ、もちろんありますが……ところでレディ? どこでウチの店を? 初めてお見掛けするお顔ですが……」
インテリ金バックさんの感情色に――警戒の色が宿った。
さきほどまでの接客用の視線が、鋭い眼つきに変わる。
「え、えっと、あのー……カレシ! カレシが、ここのお店でそういうお薬を買ったって聞いて、それで!」
とっさに出たウソだが、それっぽいだろう。
カレシのお使い。 実際そういうお客さんを相手したこともある。
……あたしは、カレシなんていた事ないけどね。
ふとオジさまの顔が浮かぶ。
「ああ、カレシさんの! そういう事ならば納得です! その手の興奮剤は、私どもの店はそこらの店とは一味も二味も違いますのでね」
「そ、そうなんですよー。 あの興奮が忘れられなくて!」
とりあえず話に乗っかっておくことにする。
「ふふふ、レディも大分スキモノのようですね。 その身体を見るに、カレシさんの方も随分とスキモノのようだ」
「えっ!?」
思わぬインテリ金バックさんからの、そういう視線に驚き、反射的に腕で身体を隠す。
「それならば、こちらの媚薬はいかがかな? これを飲めば、夜の行為どころか、一晩中カレシさんの腰が止まる事はないでしょう」
「こ、こ、腰!? よ、よ、よ、夜の行為!!?」
「おやおや、顔を赤くして……純なレディだ。 ……ふふふ、ソソられてきましたよ。 どうです? 私と今晩、この媚薬で、我を忘れるほどの快楽を……」
「あ~~~~、あたし! お財布忘れてきました! それじゃあ!」
即座に回れ右。
入り口扉に体当たりをかまし、逃げるように店の外に出た。
怖さのあまり、ちょっとでも離れたくて小走りで店を離れる。
さっきまで隠れていた樽の裏に再び身を潜め、深呼吸をしながら息を整える。
ふぅー、ふぅー…………
あ~、びっくりした。
いきなり夜の行為とか言い出すんだもん……
怪しまれない事には成功しても、そんな目線で見られるとは思ってもみなかった。
あんな――マットなドピンクの感情色、久しぶりに見たよ……
冷や汗をかいたところで、あらためて身の危険を思い出す。
そうだよ……違法な薬を扱ってるお店なんだから、あたしみたいな弱っちい女一人でどうにかなる問題じゃなかった。
そもそもの根本の問題だった。
自ら危険に身が及んで、やっと冷静になれた。
なんで一人でこんな所来ちゃったんだろう?
いくらオジさまの役に立ちたいからって、一人で来て、危険な目に合ってるんじゃ元も子の無いじゃん。
警戒のために持ち歩いてる香房武器も、オジさまのお昼ご飯と共にバスケットの中に置いてきてしまっていた。
一体あたしは何をやってるのさ……
でも良かった。
なんとか無事逃げ出せたし、カルフェル粉っていう違法な品も見つけた。
これはお手柄だぞ!
やってやった!
オジさまもこれであたしに惚れ直すに違いない!
……いや、そもそも惚れてるとかあたしの勘違いだった。
さっきまでは、オジさまを取られるんじゃないかと、焦ってた。
でも、今よく考えたら、オジさまは誰のものでもなかった。
オジさまの隣にいられなくなる事が、気が気じゃなく怖かった。
何をあんなに焦ってたんだろう……
付き合ってすらいないのに……
とりあえず、このままここで待っていよう。
この薬草店の場所はオジさま達も知っているはずだし、きっとここにやってくるはず。
じっと身を潜めて待つ事にする。
……さきほどインテリ金バックに、カレシに聞いたとかなんとかで誤魔化した事を思い出す。
カレシ……
オジさま……
夜の行為……
それらのワードが脳内で絡み合い、ピンク色の妄想で、あたしは耳まで熱くなった。
苦手なはずの一人の時間。
不謹慎ながら、あたしは悶々と如何わしい妄想に耽って、オジさまを待っていた。
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