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第3章
第31話 オジさま、怒ってる?
時刻は夕刻に差しかかった。
ハルネは、路地に放置された樽の裏の影に身を寄せながら、その店の様子を伺っている。
せまく暗い路地だが、角度の関係で差し込む、夕陽の光が少し眩しかった。
オレンジ色の光に照らされる樽の影。
ハルネは脳内をピンク色に支配され、悶々と一人でヴァルグレイを待つ。
時に手を顔で覆い、
時に手で頬を冷ましながら。
ニマニマとした表情で、頬を揉みしだいていた。
「そろそろかなぁ? おっそいなぁ……」
一人で暴走して先走った自分を棚に上げ、まだかまだかとオジさまを待つ。
……まず、オジさまに会ったら何を言おう。
――「違法薬見つけたよ!」 これかな。
出鼻、成果をアピールだ。
そうすればオジさまも「よくやったぞハルネ嬢」と褒めてくれるに違いない。
架空のシッポで、したんしたんと地面を打ちながらオジさまを待つ。
すると路地の入り口、逆光の中、小通りに特徴的なシルエットが見える。
シュっとした痩躯。 間違いない。
「オジさま!」
樽から躍り出て手を振る。
すぐにあたしの姿を見つけてくれたようで、こちらに小走りで駆け寄ってくる。
ふふ、オジさまったら急いじゃってさ。
「お……」
「この、バカものッ!!」
「……ひくっ!」
出会うや否や、怒声一閃。
オジさまが、怒った……
「あ、いや…………くっ、キミは、なぜ単独で動いたっ!」
すぐに優しい言い方に直してくれた。
怒られたのがショックで、気持ちがしゅんと落ち込む。
「…………ごめんなさい」
よく考えたら当然だ。
考えなくても当然だ。
言う事も聞かずに危険な場所に一人乗り込んでいったんだから、そりゃ当然だ。
ああ……あたしのバカ……
「……いや、怒鳴ってすまなかった。 無事ならいいんだ」
「ホントにごめんなさい……」
「…………心配、した」
うっ、心配させちゃった。
……でも、心配してくれたのが嬉しくて胸がきゅぅとなった。
架空のシッポが、ふるふる揺れた。
「……もう、離れるな」
「っ! は、はい……」
「……それで、ここで何をしていた?」
「えっと、薬草店に入って~……」
「……勝手に店に入ったのか……なんという、よく無事だったものだ……」
「はい、で、セクハラを受けて~……」
「……セ、セクハラ、だとっ」
オジさまの眉が上がる。
紳士だもんねオジさまは。
そういうの、やっぱり許せないんだね。
「はい、まあ言葉だけですけど。 でも、違法なお薬、見つけちゃいましたよ」
「……何? それは本当か?」
オジさまにカルフェル粉の事を話す。
強力な興奮剤で、使用にはギルドの許可がいるのに、そのまま棚に並べてあること。
店主は割とオープンな態度だったことも話す。
「……そうか、そういう事か。 よくやった、ハルネ嬢」
「っ、はい!」
う~~、褒めてくれた……嬉しい。
嬉しいよぅ……
架空のシッポが、ぶんぶんと振れた。
「それが分かれば十分だ。 乗り込むぞ。 傍を決して離れるな」
え? もう?
足早に店に向かうオジさまを、慌てて追いかける。
……傍を離れるなって言われてるし、これくらいはいいよね?
あたしは、背中から、オジさまの上着をちょっと摘まんで、後に続いた。
―――――――
――ギギギィ……
相も変わらず重苦しい音。
そして薄暗い店内。
店に入ると、オジさまは何かを制服のポケットに入れた。
オジさまの背中に隠れているあたしからは、それが何かは分からなかった。
「店主はいるかっ!」
大きなイケボが店内に轟く。
オジさま、こんな大きな声も出せたんだ。
すぐさま店の奥から出てきたのは、先ほどあたしにセクハラしてきた、インテリ金バックさん。
「はいはい、何ですか…………ぎょっ!」
ぎょっ! って自分で言うのはどうかと思うよ。
でも気持ちは分からなくもない。
オジさまは渋くてカッコイイけど、背も高いし威圧感がある。
「……貴様がこのミルレン薬草店の店主か?」
「は、はい。 そうですけれども……わ、私に何の用でしょうか?」
店主はすっかりたじろいで怯えている。
――感情色は、怯えの青と疚しさの紫色でいっぱいだ。
「私は軍務省第二調査局副局長、ヴァルグレイ・ゼオファルドだ。 違法な薬を販売しているとの情報を受けて調査に来た。 私の権限を持って、この店を調査する」
「と、突然何を言うのですか!? 衛兵を呼びますよ!?」
「呼びたければ呼ぶがいい。 呼んだ所で困るのは貴様だろうがな」
「…………」
インテリ金バックさんは何かを考えている。
言い逃れでも考えてるのかな?
「……たしかに、ウチの店では『やや強め』の興奮剤や、『ご高齢向けの』精力増強剤などを扱っておりますがね……」
「やや強めどころじゃないでしょ! カルフェルの実の粉をそのまま使うなんて……心臓が止まってもおかしくないよ!」
「ああ、さきほどのレディ。 なるほど、レディのカレシ……随分と歳の差は御有りのようだが、貴女方はそういう関係なので?」
「……なにさ」
……そういう関係……
くっ……肯定したいけど、今はそういう空気じゃない……
「いや失礼。 あなたのような若いレディには――『年配の男性では満たせない需要』というものがあるでしょう?」
「……はあ?」
「お若いレディには物足りないのでしょう? 最近の若い娘は盛ったメス猫のように刺激を求めますから。 ええ、分かりますとも。 どうです? さきほどお話した媚薬……お安くしておくので、おひとつ……」
――ゴッ!
あたしが文句の一つも言う暇もなく、
オジさまの拳が店主の頬を捉え、吹き飛ばしていた。
「もう十分だ」
まるで汚いものでも触ったかのように、殴った手をぺっぺっと振るオジさま。
でも……
「ちょっとオジさま! いきなり殴るのはやり過ぎ……」
インテリでもなんでもなく、ただのゲス野郎に格下がりした、インテリ金バック改め、金髪ゲスバック。
壁にもたれながら、突然の暴力に激しく狼狽していた。
コイツはゲス野郎だけど、やっぱり突然殴るのはさ……
「……やり過ぎという事は無い。 もう調べはついている。 違法薬を売るだけではない。 コイツの薬で、廃人になった者が何人もいる」
「えっ……」
初耳だった。
あの時の記憶はあいまいだが、そんな話はしていなかったと思う。
「その中には、若い女性や、年端の行かない子供もいる……コイツはクズだ。 自分の利益のために、なんの罪もない者を傷付ける、ゴミだ」
……静かに怒りを感じているのか、オジさまの口調はとても冷たい。
「余命短い老人からも搾り取っていたようだな。 精力剤だけではない。 治るはずの無い病に、『効く薬』などと高価な偽薬を売りつけもしていた。 ……よくやるな、貴様。 そんなに金が欲しいか?」
「…………く、くひぃ……」
金髪ゲスバックはビビっている。
――感情色も、恐怖の青が増していく。
「証拠が無く、ノクセリウムとの関連もハッキリしなかった。 だが……ハルネ嬢の言った通り、こうも堂々とブツを並べているとはな……しかしおそらくコレは『見せ薬』だろう?」
いつになく饒舌なオジさまの雰囲気に、その奥底にある怒りを感じる。
……ん? 見せ薬ってどういう事?
「本来は、もっと弱い効能の素材を並べてるはずだ。 ……薬師ギルドに注意を受ける程度の、な」
「あ、そっか! 本当は普段もっと弱い薬を並べてて、隠れ蓑にするつもりだったんだ! 薬師ギルドからの監査があっても、ちょっと怒られる程度の! そうすれば、疑いがかかったとしても、なあんだこの程度の薬だったのか、で、済む!」
やっぱり、棚に堂々と置いてあるのはわざとだったんだ!
「大きなウソを隠すなら、小さなウソをってヤツだね!」
「その通りだ。 ところが、今日はたまたま来客でもあったのか……棚に並べていた強力な麻薬を、突然来訪したハルネ嬢がそれを見つけてしまった。 ブツは確かにココにある。 踏み込む理由、証拠はそれで十分だ。 理解したか?」
金髪ゲスバックは、殴られた頬を抑えながらそれを聞いてワナワナしていた、が……
あ、こいつ! まだ諦めてない!
――感情色が、悪意の濁り……黒灰色に染まっていく。
何か考えてる!
「……い、いやぁ、今日たまたま、そのカルフェルの実が手に入りましてね? あとでギルドには報告に行くところだったんですよ! い、いやぁ、レディ達もタイミングの悪いこと!」
まだ誤魔化そうとする金髪ゲスバック。
一方オジさまは……うっ、表情が怖い……
「……ふぅ。 貴様らクズは、すぐにそうやって都合のイイ言い訳を重ねる。 ……今説明したのは、ココに踏み込むまで、の理由だ。 分からんのか? 調査局の副局長である私が、わざわざココにやってきた理由を……」
「……な、何を……?」
オジさまの感情色は読めない。 でも明らかだ。
明らかに激しい怒りを感じている……
あたしは、オジさまの鬼気迫る怖さに少し怯えを感じた……
ふと、横に並ぶオジさまの顔を伺ってみる。
あっ! 一体いつ!?
眼帯が……無い!?
「きっかけさえあれば、証拠などいらんのだ。 この、左眼が、この、忌まわしき魔眼がっ、……貴様の、この――黒濁色の、ドブのような悪意の感情色を、示しているからだ!」
オジさまの左眼は、鈍く、蜂蜜色に、光っていた。
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