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第3章
第34話 妹のエール
南街商店街はすっかり夜の色に沈み、日中の賑わいと打って変わって静まり返っていた。
店の明かりもまばらで、その一角、
営業停止中のはずのサフラン香房にも、
ぽつりと柔らかな明かりがこぼれている。
サフラン香房のカウンター奥、お気に入りの手製座布団を敷いた、いつもの丸椅子に腰かけていたシャリエナ。
読んでいた本を横に置き、でろーんとカウンターに突っ伏して、姉の帰りを待っていた。
「そろそろ帰ってくるかなー」
そんな独り言が自然と漏れた。
姉が遅くなっているのは何かしら理由があるのだろうと、シャリエナは深刻に考えてはいない。
街の静けさと同じように、彼女の心も穏やかで、ゆっくりとした夜の気配に溶けていた。
―――――――
「お昼ご飯も作る!」
ヴァルグレイさんを見送った朝。
うろうろそわそわしていたお姉ちゃんが何を言い出すかと思ったら、変な事を言い出した。
「今さっき、朝ごはん食べたばっかじゃん……」
「違うわよ。 オジさまへのお弁当を作るの」
どうやら姉の恋心は本物らしい。
わざわざお昼ご飯を作ってもっていくみたい。
……健気だ。
「ちょっと待って? さっきヴァルグレイさんに、お姉ちゃん今日はずっとお店にいるみたいな事、言ってなかったっけ?」
「あたしに付いてくるのがオジさまの任務なんだから、あたしがアッチに行けば問題ないわよ」
また妙な理屈を……
そんなに一緒にいたいのかな?
……………
「じゃあ、行ってきまーっす」
「……はい、いってらっしゃい」
たっぷりと時間をかけ、バゲットサンドでいっぱいになった籠。
軽やかに携え、ウキウキでヴァルグレイさんの元へ向かったお姉ちゃんを見送った。
ご機嫌だ。 ご機嫌過ぎる。
あんなお姉ちゃんを見るのは初めてだった。
一昨日の夜はあんなにウジウジしてたクセに……
正直、意外だった。
あんなに積極的になるとは。
仕事では生き生き積極的に動くクセに、色恋沙汰には消極的。
昔からそうだった。
うーん、消極的というのはちょっと違うかな?
自分が好意の対象になるとはまるで思っていないみたい。
「恋すると人って変わるものだなー……」
なんにせよ、いつもと違う面白いお姉ちゃんが見れるのは楽しい。
お姉ちゃんは、自分の体型を気にしてか、そういう事にはいつも自信がなさそうだった。
妹のわたしから見ても十分可愛いのに。
男の人は痩せてる女性が好きだってよく聞く。
だけど、ちょっと抜けてるけど、頭も良くって、くるくる表情が変わって楽しいお姉ちゃん。
男の人にモテないはずは、ないんだけどなー。
それにしてもお姉ちゃんの変わり様だ。
恋した事の無いわたしには、お姉ちゃんの気持ちは分からない。
でも、あんなに楽しそうなんだったら、恋ってイイ物なのかもと思ってしまう。
わたしにもそういう気持ちになる時が来るのかなー?
あー、でも、いざその時にお姉ちゃんに相談したら、うんと先輩ぶられそう。
それはそれでなんだかムカツくけど、そんなお姉ちゃんも面白そうだからまあいいか。
念のための店番中。
適当な本を読みながら、そんな変な未来を考えていた。
……………
とっぷり日も暮れ、周りの店も閉め始める時間。
お昼にココを出てから、一向に帰ってこない姉を思う。
今日の晩御飯作りはわたしかなー、と少し気が重くなっていた。
読みかけの本をカウンターに置き、伸びを一つ。
わたしは完全に油断をしていた。
――バァンッ!!
「ぴィッ!!!」
突然蹴り開けられた仮扉にびっくりして、妙な奇声を上げてしまう。
「……シャリエナ嬢っ! 急で済まないが彼女を休ませられる場所をっ!」
闖入してきたのは、なんとヴァルグレイさんだった。
両手に抱いているのは……お姉ちゃんっ!?
くたりと力無い様子から、どうやら気を失っているみたい!
「っ! こっちです! お姉ちゃんの部屋に!」
瞬時に察し、あわてて部屋の奥から階段へ。
お姉ちゃんの部屋へと案内する。
う~、一体どうしたのお姉ちゃん……!
……………
お姉ちゃんを、静かにベッドに寝かせるヴァルグレイさん。
「一体、お姉ちゃんに何があったんですか!?」
「……わからない。 突然倒れた」
お姉ちゃん、結構重いと思うのに、全くそれを感じさせない優しい動作のヴァルグレイさん。
……今はそんな事を考えているどころじゃなかった。
「……道中、治癒術師を呼んだ。 私は……下にいるから、その間、ハルネ嬢を楽な恰好にさせてあげてくれないか?」
「はい、分かりました」
早々に部屋を退出するヴァルグレイさん。
多分、もう一度、調査局の秘密道具とかで連絡を取るんだと思う。
「……お姉ちゃーん? 大丈夫ー?」
「…………」
返事は無い。
ヴァルグレイさんの腕に抱えられている状態のお姉ちゃんを見た時、わたしはある可能性が浮かんでいた。
いや、まさか……そんなはずはない。
頭を振ってその可能性を否定する。
でも……どう見ても…………うぅ……
とにかく楽にしてあげなきゃ……
……………
上着を脱がせ、布団を掛けてあげた後、下に降りる。
すると、ヴァルグレイさんが、誰かと何かを話していた。
爆乳の美魔女がそこにいた。
「エッッロっ!」
「あら? 貴女がシャリエナちゃんかしら? ヴァルグレイから聞いてるわ。 リオーネ・エメルラーデよ。 調査局付きの治癒術師と思ってもらっていいわ。 よろしくね?」
「ああぁ、えっと、シャリエナ・サフランです。 姉がお世話になってます」
魔女帽を被った美魔女……リオーネさん。
その、乳が放り出されたようなけしからんデザインの制服に、思わず心の声が先に出てしまった。
「……リオーネっ」
「あらごめんなさい。 ゆっくり挨拶してる暇はないわね。 ハルネちゃんはどこ?」
「あ、こっちです!」
二人を、2階のお姉ちゃんの部屋へ案内する。
……ああー、お姉ちゃん、これはマズイよ。
勝ち目ないかも。
わたしから見てもお似合いだよ、この二人。
名前で呼び合っちゃってるし、雰囲気もあるよ。
まぁフられちゃった時は、わたしが慰めてあげるから……
3人が通るには狭い階段を登る際、ヴァルグレイさんとリオーネさんの肩がぶつかる。
「……近い」
「あらま、こんな時でも? ホント空気の読めない男よね……」
……前言撤回。
お姉ちゃん、大丈夫そうだよ。
お姉ちゃんにもワンチャンありそうだよ。
……………
リオーネさんがお姉ちゃんを診断している間、部屋の外で、ヴァルグレイさんと二人で待つ。
さっきの二人の様子を勘ぐってしまったけれど、どうやらヴァルグレイさんはリオーネさんが苦手みたい。
仕事仲間としては信頼してそうな感じはあるけど……
お姉ちゃんとは距離の取らせ方が違う気がする。
お姉ちゃん! やっぱりワンチャンあるよ!
――カチャリと扉が開き、リオーネさんが出てくる。
「……どうだ? リオーネ? ハルネ嬢の様子は?」
「……これは、とても言いにくいのだけれど」
リオーネさんは、何だかハッキリとは言い辛そうに、言葉を濁らせる。
「……どうなんだ?」
「焦らないでヴァルグレイ。 ああでも、これは貴方にとってはショックかもしれないわね……」
リオーネさんの言い淀む様子が、先ほど感じたわたしの直感に通じる何かを感じた。
……ああ、やっぱり……
「……早く言えっ!」
「……本当に聞きたいの?」
「……当たり前だっ」
「あの、リオーネさん。 お姉ちゃんは、やっぱり……」
「シャリエナちゃんは、気付いてしまったのね。 ……そうね、姉妹だものね」
「…………っ!」
さっきからヴァルグレイさんの様子がおかしい。
……こんな人だったっけ?
朝はもうちょっと超然としてた気が……
もちろん、態度は憮然としてるんだけど、あからさまに、その、焦りが……
「ヴァルグレイ、あなたも分かるでしょう?」
「……何がだ。 早く答えろ」
「……知りたいの?」
「……決まっているだろう!」
「……本当に?」
「…………っ!!」
「ああ! アタシに殺気を飛ばさないで! 分かったから!」
「…………」
「……うふふふふ、どうしよっかなぁ?」
「…………っ!」
「ああ! はいはい! いわゆるひとつの寝不足よ! 寝不足!」
どう見てもヴァルグレイさんをおちょくってたリオーネさんが、観念したかのように告白する。
「……寝、不足……?」
「やっぱり! お姉ちゃん、昨日、遅くまで起きてたもん!」
あの気持ちよさそうな寝顔は、いつものお姉ちゃんだった。
寝入りもいいから、一度寝るとちょっとやそっとじゃ起きない。
でも昨夜はご飯の時も「オジさまが~」と煩かったから、テンションが上がりすぎて寝つけなかったのも簡単に想像がつく。
「趣味のポーションでも作ってたのかなぁ……なんにしても安心したー」
「……そう……か……」
ヴァルグレイさんは取り繕う所作も見せず、あからさまに安心していた。
「診断としては寝不足なのだけれど、興奮剤の反応が少しあったわ。 反動で眠気が来たんじゃないかしら?」
「……興奮剤……覚えがある。 私の失態だ」
悔しそうな表情を見せるヴァルグレイさん。
こんなに分かりやすい人だったかなー?
「ともかく、大事ないわ。 治癒魔法も必要なし。 でも安静にして、傍にいてあげてね」
「わかりましたー」
「……貴方にも言ったのよ? ヴァルグレイ。 ふふふっ、じゃあアタシは一旦外すわね。 念のため、レルガ坊やに薬を取ってこさせるわ」
そう言って颯爽と出て行くリオーネさん。
大人のおねーさんだー! カッコイイー! エロイし!
「…………」
ふとヴァルグレイさんを見ると、お姉ちゃんをじっと見つめている。
朝からそういう気はあった。
それと、さっきのやりとりで確信しちゃった。
「ヴァルグレイさん。 お姉ちゃん、看ててもらえますか?」
「……私が、か。 妹のキミの方が……」
「わたしは晩御飯の用意してきますよー。 起きた時、お姉ちゃんお腹空いてるだろうから」
それは間違いない。
けどそれだけじゃない。
「……しかし」
「いいんですよー。 お姉ちゃんもきっとその方が嬉しいだろうし。 じゃ、お願いしますねー」
そう言って、とっととお姉ちゃんの部屋を退散する。
これは、妹のわたしからのエールだ。
リオーネさんを見た時はびっくりしちゃったけど、さっきのヴァルグレイさんの様子をみると、やっぱり……
「がんばってね? お姉ちゃん」
階段を下りるわたしの足音も、二人の絆に当てられたのか、いつもより軽い音がした。
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