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内側からしかと鍵をかけた執務室。ようやく静まり返った室内だが、今のジェラルドにはその静けささえも妙な圧となって襲いかかっていた。
(くそっ……どれもこれもわけの分からんことを……!)
デスクに戻り、先ほど勝手に持ち込まれた書類を睨みつける。うず高く積もった書類は膨大で、しかもそこに並ぶ単語の群れは一つも意味をなさないで彼の頭を素通りしていく。
これまで公務というものに一度も真剣に向き合ってこなかった報いだった。
これまではヴィクトリアが、すべてを子供でも分かるところまで噛み砕いて結論だけを要約して提示してくれていたからだ。……しかしそのことさえも、彼は気がつくほどの能力を持ち合わせていない。
「あいつ……!わざわざこんな難解なものばかり僕に押し付けやがった……!」
椅子を蹴るように立ち上がり、ジェラルドは荒い鼻息とともに部屋の中を歩き回った。ヴィクトリアに頭を下げる? そんなことは死んでも御免だ。
あの澄ました顔を屈辱に歪ませてやりたい。お前などいなくても王子である自分は完璧に公務をこなせるのだと、その鼻を明かしてやりたい。
自分とあの女では、跪かせてその頬をひっぱたいてやるくらいで、やっとちょうどいい関係だと言うのに。
(考えろ。僕の方が身分も、天賦の才も上なんだ。あいつができることが、僕にできないはずがない……!)
唸りながら部屋をぐるぐると歩いたジェラルドは、壁際に並ぶ大きな本棚の前で足を止めた。
そこには、ヴィクトリアが長年管理してきた公務の控えが整然と収められている。かつてジェラルドは、この棚を見て彼女を怒鳴りつけたことがある。
『何だこれは。どうして僕の部屋にこんなもの置くんだ!』
『……ここは執務室です。その場所に公務の控えを置いて何がいけないのです……?』
『ぐっ……』
そう言って、彼女はジェラルドの不機嫌を無視して整理を続けていた。
そのファイルに、ジェラルドは吸い寄せられるように手をかけた。
一つ引き出したそれの表紙を開く。そこには過去に自分がサインした書類の写しが、日付順に収められていた。
ジェラルドの瞳に、歪んだ喜びが宿る。
「……ああ、そういうことか。考えてみれば簡単なことだった」
彼はにやりと唇を吊り上げた。
公務の内容など理解する必要はない。過去の書類と同じような見た目のものを作り上げればいい……それだけの話だ。
中身が何を意味しているのか、それが今の状況と合致しているのか。そんなことはジェラルドにとって些細な問題だし、他のものにとってもそうに違いなかった。
「ハッ……」
ジェラルドは鼻で笑った。これで婚約者相手に勝ち誇ることが出来る。
(ヴィクトリアめ……さぞかし自分を特別だと思っていたんだろうが、愚かなやつ……)
ジェラルドはデスクに戻ると、何も書かれていない新しい用紙を広げた。
そして過去の控えを横に置くと、必死にその書類を真似して書き写し始めた。
(日付だけ今のものに変えて……これでいい。完璧だ)
中身は空っぽだった。
彼が今作っている書類がどれほど大きな矛盾を孕んでいるかも、彼は一切理解していなかった。
ジェラルドは、ただペンを動かすことへの全能感に酔いしれている。
一枚、また一枚と、ヴィクトリアの作った控えを参考にして、一見それらしいだけのでたらめな書類が積み上がっていく。
(見ていろヴィクトリア、この完璧な書類を見たお前の顔が楽しみだ。自分の不要さを思い知り僕の偉大さに恐れおののくといい!)
(くそっ……どれもこれもわけの分からんことを……!)
デスクに戻り、先ほど勝手に持ち込まれた書類を睨みつける。うず高く積もった書類は膨大で、しかもそこに並ぶ単語の群れは一つも意味をなさないで彼の頭を素通りしていく。
これまで公務というものに一度も真剣に向き合ってこなかった報いだった。
これまではヴィクトリアが、すべてを子供でも分かるところまで噛み砕いて結論だけを要約して提示してくれていたからだ。……しかしそのことさえも、彼は気がつくほどの能力を持ち合わせていない。
「あいつ……!わざわざこんな難解なものばかり僕に押し付けやがった……!」
椅子を蹴るように立ち上がり、ジェラルドは荒い鼻息とともに部屋の中を歩き回った。ヴィクトリアに頭を下げる? そんなことは死んでも御免だ。
あの澄ました顔を屈辱に歪ませてやりたい。お前などいなくても王子である自分は完璧に公務をこなせるのだと、その鼻を明かしてやりたい。
自分とあの女では、跪かせてその頬をひっぱたいてやるくらいで、やっとちょうどいい関係だと言うのに。
(考えろ。僕の方が身分も、天賦の才も上なんだ。あいつができることが、僕にできないはずがない……!)
唸りながら部屋をぐるぐると歩いたジェラルドは、壁際に並ぶ大きな本棚の前で足を止めた。
そこには、ヴィクトリアが長年管理してきた公務の控えが整然と収められている。かつてジェラルドは、この棚を見て彼女を怒鳴りつけたことがある。
『何だこれは。どうして僕の部屋にこんなもの置くんだ!』
『……ここは執務室です。その場所に公務の控えを置いて何がいけないのです……?』
『ぐっ……』
そう言って、彼女はジェラルドの不機嫌を無視して整理を続けていた。
そのファイルに、ジェラルドは吸い寄せられるように手をかけた。
一つ引き出したそれの表紙を開く。そこには過去に自分がサインした書類の写しが、日付順に収められていた。
ジェラルドの瞳に、歪んだ喜びが宿る。
「……ああ、そういうことか。考えてみれば簡単なことだった」
彼はにやりと唇を吊り上げた。
公務の内容など理解する必要はない。過去の書類と同じような見た目のものを作り上げればいい……それだけの話だ。
中身が何を意味しているのか、それが今の状況と合致しているのか。そんなことはジェラルドにとって些細な問題だし、他のものにとってもそうに違いなかった。
「ハッ……」
ジェラルドは鼻で笑った。これで婚約者相手に勝ち誇ることが出来る。
(ヴィクトリアめ……さぞかし自分を特別だと思っていたんだろうが、愚かなやつ……)
ジェラルドはデスクに戻ると、何も書かれていない新しい用紙を広げた。
そして過去の控えを横に置くと、必死にその書類を真似して書き写し始めた。
(日付だけ今のものに変えて……これでいい。完璧だ)
中身は空っぽだった。
彼が今作っている書類がどれほど大きな矛盾を孕んでいるかも、彼は一切理解していなかった。
ジェラルドは、ただペンを動かすことへの全能感に酔いしれている。
一枚、また一枚と、ヴィクトリアの作った控えを参考にして、一見それらしいだけのでたらめな書類が積み上がっていく。
(見ていろヴィクトリア、この完璧な書類を見たお前の顔が楽しみだ。自分の不要さを思い知り僕の偉大さに恐れおののくといい!)
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