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「……っ!」
ヴィンセントの心臓は、警鐘を鳴らすように激しく打ちつけられた。聞き慣れたその声。けれど今この場でだけは、一番聞きたくはなかった声。
冷や水を浴びせられたような感覚が指先から全身へと伝わる。逃げ出そうとしていた足が、まるで床に釘付けにされたかのように動かなくなった。
「あ……」
反射的に立ち止まりはしたものの、ヴィンセントには振り返る勇気がなかった。
背後から突き刺さるような視線を感じる。あるいはそれは自分の気のせいかもしれないが、しかしそれは楽観的な考えだろう。
ヴィンセントの顔はひきつり、脂汗がじわりと額に滲んだ。彼は扉の向こう……光の差す出口だけを見つめたまま、喉の奥で震える呼吸を飲み下す。
ごくん、という音がなぜか響いたように感じられた。
(エルアナッ……!なぜここへ……!?)
数秒の沈黙。それは彼にとって、数時間にも及ぶ断罪の待機時間に感じられた。
背後では規則正しい、軽やかな靴音が響き始めた。石畳のホールに反響するその音は、迷いなく彼の方へと近づいてくる。
ヴィンセントは逃げ場を失ったことを悟った。そして小動物のように肩を縮め、ようやくぎこちなく体を捻る。
「……あ、ああ。エルアナ……じゃないか……」
ようやく絞り出した声は情けないほどにかすれていた。
事務官との打ち合わせでもしていたのだろうか。
奥の部屋から現れたエルアナは、乱れ一つない仕立てのドレスをなびかせて静かな足取りで彼に歩み寄る。
その挙作はただ淀みもなく洗練された美しさを湛えていたが……ヴィンセントからすればそれも畏怖の対象でしかなかった。
彼女はヴィンセントの数歩前で足を止めると、わずかに首をかしげた。
「こんなところで何をしているの?」
日常的な、あまりに平穏なトーン。それは親愛なる婚約者へ向ける慈しみというよりは、迷い込んだ異物を観察する学者のような響きを持っていた。
ここに本来いるはずのない生きものを、ただケースの上から見下ろしているような圧。
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