たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音は忘れない

夕月

文字の大きさ
12 / 35

彼女のためのリサイタル

しおりを挟む
 詩音に連れられて行ったホールは、百人ほどが入りそうな広さだった。舞台の上にはグランドピアノが置かれていて、弾かれるのを待っている。
「ねぇ、早速弾いて! 私、どこで聴こうかな。指が見える近くがいいかなぁ。ヒナはどこがいいと思う?」
「せっかくのホールだし、ど真ん中が良くない? うちらだけのためにって感じが出るじゃん」
「じゃあ、ここにする~」
 楽しそうに笑い合いながら、詩音と雛子がホールの中央付近の座席に座る。いいよー! と言う声に手を振り返して、蓮はピアノの前に座った。

 最初に弾くのは、詩音が好きだと言ったリストの『ため息』。それから、雛子のリクエストで最近流行りのドラマの主題歌を。そのあとは、ふたりのリクエストに応える形で色々な曲の有名なところだけをいくつか弾いた。
 
 詩音は前回と同じように目を輝かせてくれたし、雛子も、案外弾けるじゃん、と素直じゃない褒め言葉をくれた。
 それほどでもないよと謙遜しつつも、ふたりに褒められて悪い気はしない。でれでれと伸びた鼻の下を押さえていると、後方にあるホールの扉が開いた。
「あれ、残念。もう終わっちゃった?」
 穏やかな声と共に入ってきたのは、白衣の男性。
金居かない先生!」
 詩音が座席からぴょんと立ち上がると、男性のもとに駆け寄っていく。詩音の主治医は先日出会った相馬だと思っていたのだが、違うのだろうか。
 戸惑う蓮に視線を向けて、金居はにこりと柔らかな笑みを浮かべた。
「はじめまして。詩音ちゃんの主治医の金居です。蓮くんっていう、ピアノの上手なお友達ができたって聞いたから、ぜひ聞いてみたかったんだけど、ちょっと遅かったか」
「あ、えっと、俺のピアノで良ければいくらでも」
「わ、嬉しいなぁ。それなら一曲リクエストしようかな」
 金居が挙げた曲は、最近CMにも使われたメジャーなクラシック。それほど難易度の高い曲ではなかったのであっさりと弾いてみせると、金居は大きな拍手をしてくれた。

「詩音ちゃんの言ってた通り、すごく上手だね」
「ありがとうございます。あの、金居先生が詩音さんの主治医なんですよね? 俺、別の先生かと思ってて……」
 先日会った相馬のことを思い浮かべつつそう言うと、金居は一瞬首をかしげたものの、すぐに何かひらめいたようにうなずいた。
「あぁ、相馬先生かな。相馬悠太先生。詩音ちゃんの従兄で、よく様子を見に来てくれてるから」
「従兄……」
 詩音を守ろうとする相馬の姿勢は、確かに主治医だからというよりも従兄だからと言われた方がしっくりくる。
「蓮くん、悠太に会ったの?」
 詩音が首をかしげるから、蓮はうなずいた。
「うん、この前帰り際に。詩音ちゃんのお友達? って聞かれたから」
「そうなんだ」
「言われてみれば、雰囲気とか似てる……かも?」
 笑ってそう言いながら、相馬と交わした会話の内容は詩音に告げないでおこうと蓮は密かに唇を引き結んだ。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
ライト文芸
――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...