たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音は忘れない

夕月

文字の大きさ
34 / 35

詩音の手紙

しおりを挟む
 震える指先で、蓮はそっと詩音からの手紙を開く。
 封筒と揃いの、よく晴れた青空の色をした便箋に、詩音の綺麗な字が並んでいる。

『蓮くんへ

 まだ、蓮くんのことを覚えているうちに書いておくね。
 蓮くん、大好き。蓮くんの優しい笑顔も、大きな手も、きらきらしたピアノの音も、全部大好き。
 私に、愛することの幸せを教えてくれて、ありがとう。
 蓮くんのことは、いつか忘れてしまうかもしれないけど、この幸せな気持ちだけは忘れないでいたいな。
 本当は、蓮くんのことも、忘れたくないけど。
 蓮くんに会ってから、毎日が本当に幸せだったよ。蓮くんが弾くピアノみたいに、きらきらしてた。
 ずっとこのままでいたいなぁって、何度も思ったよ。
 だけど、近いうちに私は蓮くんのことも忘れてしまうと思う。ごめんね。酷いよね。
 私が蓮くんのことを忘れる日が来たら、その時は蓮くんも私のことを忘れてください。
 忙しい練習の合間を縫って会いに来てくれていたこと、本当に嬉しかったけど、これから先は蓮くんの時間は自分のために使ってください。蓮くんのピアノは、きっとこれからもたくさんの人を幸せにするから。
 大丈夫、私は忘れちゃうから、蓮くんが来ないことにも気づかないもん。
 ひとつだけ、私の手帳だけは処分してもらえると嬉しいな。手帳を見たら、蓮くんやヒナのことを忘れたことに気づいてしまうかもしれないから。
 いつか私が死んだら、棺桶に一緒に入れてくれたら嬉しいけどね。

 本当に、たくさんの幸せをありがとう。
 いつか、有名になった蓮くんの弾くピアノをどこかで聴けたらいいな。
 私のためじゃなくて、たくさんの人のために、これからもピアノを弾いていてね。
 だから、私のことは忘れてください。
 私からの、最後のお願い。
 蓮くん、大好きでした。
 
 詩音より』 


 途中から涙で視界が歪んで文字を追えなくなりながら、蓮はゆっくりと噛みしめるように手紙を読んだ。
 震える吐息と共に読み終えた便箋をそっと畳むと、黙って見守っていた詩音が困ったような笑みを浮かべていた。
「また、泣いてる」
「うん、ごめん。今日は泣いてばかりだな、俺」
「悲しいことが、書いてあった?」
 首をかしげる詩音に、蓮はかぶりを振った。
「すごく……、すごく嬉しいことが書いてあったよ」
 目の前の詩音の手を握って、蓮は笑う。
 たとえ蓮のことを忘れてしまったとしても、詩音のことを忘れるなんて、できるはずがない。今もこんなに好きなのに。
「ごめんね、詩音ちゃん。きみのお願いは、きけないや」
「え?」
 目を瞬かせる詩音の手を引いて、蓮はその華奢な身体をそっと抱きしめた。
「わ、蓮くん?」
 慌てたような声が聞こえるのが楽しくて、くすくすと笑いながらも蓮は詩音を囲う腕を緩めない。
「大好きなんだ。きみのことを忘れるなんて、できるはずない」
「え、何? 蓮くんってば、離して?」
「詩音ちゃんが、大好きだって言ってるんだ。これから、毎日でも何度でも伝えるから」
「え……、あ、え? 何、どういう……」
 真っ赤になって焦る顔が可愛くて、蓮は笑いながら抱きしめた腕に力を込めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。 それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。 しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。 不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。 陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。 契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。 これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...