【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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精霊に愛された、純白の巫女姫 1

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「ファテナ様!」
 うしろから呼びかけられて、ファテナは足を止めると振り返った。一つに編んだ白い髪が背中で弾んで揺れる。
 笑顔で駆け寄ってきた幼い少女が、ぽすんとお腹に顔を埋めるようにして抱きついてきたので、ファテナは笑いながらその柔らかな黒髪を撫でてやった。
「こら、姫様に失礼だろう」
 追いついた母親が慌てたように子供を引き剥がそうとするが、少女はファテナの服を掴んで離そうとしない。
 申し訳なさそうに謝罪する母親に、ファテナは平気だと笑って少女を抱き上げた。
「あのね、シュクリの収穫が始まったの。あたしもお手伝いしたのよ」
「そうなの、お手伝いして偉いわね」
 褒められて得意げな表情を浮かべる少女は、母親が抱えた大きな籠の中から黄色い果実をひとつ取るとファテナに差し出した。
「この子ったら、姫様に一番に渡すんだって聞かなくて。今年の出来も、すごくいいんだ。姫様のおかげだよ」
「これ、あたしが採ったやつよ!」
 少女が、誇らしげにそう言って胸を張る。
 受け取ったつやつやとした丸い果実からは、甘く爽やかな香りが漂ってくる。香りを楽しむように鼻先に果実を近づけて、ファテナは微笑んだ。
「ありがとう、本当にいい出来ね。色も香りも大きさも、去年以上だわ」
「だけど、イザート様に献上するより先に姫様に渡したって知られたら大変だからね、内密に」
 声をひそめた女性に、ファテナは困ったような笑みを浮かべた。
「そうね、気持ちはありがたいけど、長であるお父様より優先してもらうのは申し訳ないわ。次からは、収穫後に残ったものを分けてもらえたら充分よ」
 そう言いつつ、ファテナは肩から下げた小さな布鞄の中に隠すようにそっと果実をしまい込む。せっかくの気持ちを無下にすることはできないが、果実をもらったことが父に知られたら叱責を受けるのはファテナだけではすまない。ファテナは、この土地を治めるウトリド族の長の娘だが、その立場はあまり強くないのだ。
「それでもね、私たちは皆、姫様に感謝してるんだよ。姫様のおかげで水に困ることはないし、姫様が精霊のお言葉を伝えてくださるから、今年は収穫前の嵐に備えることだってできたんだもの」
「ふふ、それなら感謝の祈りを精霊に捧げてね。果実も、祭壇に供えてからいただくわ」
 そう言いながら、ファテナはふと片手を宙に伸ばした。ふわりと吹きつける風が真っ白な前髪を揺らし、抱き上げられたままの少女が、不思議そうにファテナを見上げる。
――雨が、降るよ。日暮れ前には雨が降る。
 囁くような声は、ファテナにだけ聞こえる透明な響き。このウトリド族において、精霊の言葉を聞くことができるのは、ファテナだけだ。
 空はこれから雨が降るとも思えないほど青く晴れ渡っているけれど、精霊の言葉に嘘はない。
 ファテナは小さくうなずくと親子に視線を戻した。
「今日は夕方から雨が降るみたい。収穫作業は、少し早めに終了した方がいいかもしれないわね」
「あら、それは大変。皆にも伝えないと」
 女性は少女をファテナから引き取ると、籠を抱えあげた。
「ファテナ様、またね! いつもありがとう」
「こちらこそ、おすそわけありがとう」
 急いで果樹園に戻るという親子と手を振って別れ、ファテナは村の中心にある長の館に向かって足早に歩き始める。日が暮れる前に、館中に火を灯さなければならない。今日は夕方から雨になると精霊が教えてくれたから、暗くなるのも早いだろう。
 館に着いたファテナは、背丈よりも高い門の前に立つと灯りの下で目を閉じて手を組んだ。
 心の中で火の精霊に呼びかけると、頭上にある蝋燭にひとりでに火が灯った。精霊の力を借りて灯すこの火は、火打石を使っておこすものとは違って一晩中灯していても蝋燭が減ることはない。ウトリド族は、燃料の要らないこの火を神聖なものとして崇めながら、日々の生活に使用している。

 髪も瞳も暗い色彩の者しかいないウトリド族の中で、ファテナだけが真っ白な髪と限りなく白に近い白銀の瞳を持つ。それは、無垢なものを好むという精霊に愛された証拠で、それゆえファテナは、人々に巫女姫と呼ばれている。
 嵐の時期も、地震ですらも精霊が教えてくれるから、ウトリド族は自然を恐れることがない。砂漠の近いこの地において水は何よりも貴重とされ、部族間の衝突も水を巡ってのことが大半だが、ウトリド族はファテナが祈りを捧げることで枯れることのない井戸から潤沢に水を使うことができる。
 ウトリド族は精霊に愛された一族として知られているため、手を出せば精霊による報復があると他部族の襲撃を受けることもない。
 精霊という強い力を持ちながらも争いを好まないウトリドの民は、他部族に攻め込むこともなく巫女姫ファテナと精霊の力に守られて穏やかに暮らしている。
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