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野蛮な一族 1
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目を開けるとそこは、見知らぬ部屋だった。香が焚かれているらしく、部屋の中には甘ったるい香りが漂っている。つい最近、同じ香りを嗅いだような気がするものの、頭の中に靄がかかったようにぼんやりとして、考えがまとまらない。
色鮮やかな布が掛けられた窓は大きく、月明かりが照らし出す室内は随分と広い。寝かされていた寝台も、いつもファテナが使っている薄く硬いものとは大違いの柔らかさだ。
それでもまるで泥の中にいるかのような身体の重たさを感じながら、ファテナはゆっくりと身体を起こした。見慣れないこの場所は、どこなのだろうか。何故自分がここにいるのかも、思い出せない。
身じろぎしたのに合わせて、緩く波打つ真っ白な髪が肩から流れ落ちたことに気づいてファテナは眉を顰めた。いつもはひとつに編んでいるはずの髪が、何故か解けている。髪には精霊の力が宿ると言われていて、水浴びの時以外に解くことなんて、滅多にないのに。
不意にぱちりと火の爆ぜる音がして、ファテナは壁を見上げた。そこには松明の火が、ゆらゆらと揺れていた。
精霊の気配を感じない、人工的な火。
急に不安を感じて、ファテナは小さく息を詰めた。精霊の力を介さない火を使うなんて、野蛮な者のすることだ。
つい最近、この火を見たような気がする。
何か恐ろしいことがあったはずだ。
額を押さえて記憶を辿ろうとしたファテナは、すぐそばに異質な気配を感じ取って身体をこわばらせた。
「ようやくお目覚めか、お姫様」
耳慣れぬ声に眉を寄せ、ファテナは弾かれたように声のした方を向く。
そこには浅黒い肌に金の髪を持つ男が、楽しそうな笑みを浮かべながら壁にもたれて立っていた。
金の髪に左目の上の傷。そして射抜くような鋭い瞳は目の覚めるような青。目の前の男とは初対面のはずだけど、この特徴を持つ者をファテナは一人しか知らない。
だけどありえない人物が目の前にいることに、ファテナは眉間の皺を更に深くした。
「……テミム族の……ザフィル?」
「あぁ、俺の名前は知ってるんだ。光栄だな」
名を呼ばれ、彼は嬉しそうに笑った。口元から、尖った犬歯がちらりとのぞく。
テミム族は、最近名前をよく耳にするようになった荒くれ者の集まりだ。周囲の村を襲っては金品を根こそぎ奪い、若い女性は慰み者にされるとも聞く。野蛮な火を使って人々を襲い、精霊の加護を血や暴力で踏みにじる、罰当たりな一族。
目の前にいるこの男、ザフィルはそんなテミム族を束ねている族長だ。まだ三十にもならない若さでありながら、血の気の多いテミム族の頂点に立つ男。太陽のような輝く金の髪を持ち、恵みの雨のような美しい青い瞳を持っていながら、その性格は残虐非道。ザフィルの特徴のひとつとして知られる左目の目蓋の傷をつけた男は、生きたまま少しずつ切り刻まれて家畜の餌にされたという。
恐れを持って語られるザフィルの噂話を思い出しつつ、ファテナは目の前の男の顔を、眉を顰めて観察した。
多少視線は鋭いものの、顔立ちは整った部類に入るだろう。細身に見えるが、その身体はしっかりと筋肉に覆われていてしなやかな肉食獣を思わせる。腰につけたベルトに挿さった剣は、これまでに何人の血を吸ったのだろう。柄の部分に飾られた赤い宝石がまるで血のように見えて、気分が悪くなったファテナは吐き気を堪えつつザフィルの顔に視線を戻した。
彼の命令ひとつで、襲われた村は一夜にして消滅するという。そうしていくつもの部族を襲って、テミム族は勢力を拡大し続けているのだ。
そしてファテナは、そんなテミム族を心の底から軽蔑している。精霊の力を介さない火を使い、その野蛮な火で彼らは人々を襲う。精霊に最も愛された一族と言われるウトリド族の娘であるファテナにとって、テミム族の行動は蔑むべきものでしかない。
警戒心をあらわにしてザフィルをにらみつけるファテナを見ても、彼はにやにやとした笑みを崩さない。
「ここはどこ? 私に何の用?」
「へえ、案外気の強いお姫様なんだな」
毅然とした態度で問い詰めるファテナを、ザフィルは舐めるような視線で見つめた。その不快感に、ファテナは思わず顔をしかめて身を引く。
「一度、ウトリド族の姫さんとは、ゆっくりお話したいと思ってたんだよ。だから、遊びにきてもらった。なんだか俺たち、すごく嫌われてるみたいだしねぇ?」
にやりと笑いながら近づいてきたザフィルが、ファテナが身を引いた分だけ距離を詰める。
息がかかるほど近くに顔を寄せられて、ファテナは思いきり顔を背けた。
「私は話すことなどありません。帰らせていただくわ」
そう言い捨て、立ち上がろうとしたファテナの腕を、ザフィルが掴む。その手にはほとんど力が入っていないように見えるのに、動くことも振り払うこともできない。彼が少し手を引くだけでファテナの身体はよろめき、再び崩れるように寝台の上に座らされた。
全く抵抗できない、圧倒的な力の差を見せつけられてファテナは目を見開く。それを見て、ザフィルは楽しそうに青い瞳を細めた。
「自分の置かれてる立場、分かってないみたいだね? ここは、テミム族の中心部だ。あんたはすぐ気を失ってしまったから覚えてないかもしれないけど、昨晩の戦いでウトリド族は俺たちテミム族の支配下におかれるようになった。つまりあんたはテミム族の捕虜、ということになる」
その言葉で、ファテナの脳裏に一気に記憶が蘇った。
燃え盛る炎に、崩れ落ちた館。
そう、長の館が燃えていたのだ。あの野蛮な火を使って襲撃してきたのは、テミム族だったということか。
色鮮やかな布が掛けられた窓は大きく、月明かりが照らし出す室内は随分と広い。寝かされていた寝台も、いつもファテナが使っている薄く硬いものとは大違いの柔らかさだ。
それでもまるで泥の中にいるかのような身体の重たさを感じながら、ファテナはゆっくりと身体を起こした。見慣れないこの場所は、どこなのだろうか。何故自分がここにいるのかも、思い出せない。
身じろぎしたのに合わせて、緩く波打つ真っ白な髪が肩から流れ落ちたことに気づいてファテナは眉を顰めた。いつもはひとつに編んでいるはずの髪が、何故か解けている。髪には精霊の力が宿ると言われていて、水浴びの時以外に解くことなんて、滅多にないのに。
不意にぱちりと火の爆ぜる音がして、ファテナは壁を見上げた。そこには松明の火が、ゆらゆらと揺れていた。
精霊の気配を感じない、人工的な火。
急に不安を感じて、ファテナは小さく息を詰めた。精霊の力を介さない火を使うなんて、野蛮な者のすることだ。
つい最近、この火を見たような気がする。
何か恐ろしいことがあったはずだ。
額を押さえて記憶を辿ろうとしたファテナは、すぐそばに異質な気配を感じ取って身体をこわばらせた。
「ようやくお目覚めか、お姫様」
耳慣れぬ声に眉を寄せ、ファテナは弾かれたように声のした方を向く。
そこには浅黒い肌に金の髪を持つ男が、楽しそうな笑みを浮かべながら壁にもたれて立っていた。
金の髪に左目の上の傷。そして射抜くような鋭い瞳は目の覚めるような青。目の前の男とは初対面のはずだけど、この特徴を持つ者をファテナは一人しか知らない。
だけどありえない人物が目の前にいることに、ファテナは眉間の皺を更に深くした。
「……テミム族の……ザフィル?」
「あぁ、俺の名前は知ってるんだ。光栄だな」
名を呼ばれ、彼は嬉しそうに笑った。口元から、尖った犬歯がちらりとのぞく。
テミム族は、最近名前をよく耳にするようになった荒くれ者の集まりだ。周囲の村を襲っては金品を根こそぎ奪い、若い女性は慰み者にされるとも聞く。野蛮な火を使って人々を襲い、精霊の加護を血や暴力で踏みにじる、罰当たりな一族。
目の前にいるこの男、ザフィルはそんなテミム族を束ねている族長だ。まだ三十にもならない若さでありながら、血の気の多いテミム族の頂点に立つ男。太陽のような輝く金の髪を持ち、恵みの雨のような美しい青い瞳を持っていながら、その性格は残虐非道。ザフィルの特徴のひとつとして知られる左目の目蓋の傷をつけた男は、生きたまま少しずつ切り刻まれて家畜の餌にされたという。
恐れを持って語られるザフィルの噂話を思い出しつつ、ファテナは目の前の男の顔を、眉を顰めて観察した。
多少視線は鋭いものの、顔立ちは整った部類に入るだろう。細身に見えるが、その身体はしっかりと筋肉に覆われていてしなやかな肉食獣を思わせる。腰につけたベルトに挿さった剣は、これまでに何人の血を吸ったのだろう。柄の部分に飾られた赤い宝石がまるで血のように見えて、気分が悪くなったファテナは吐き気を堪えつつザフィルの顔に視線を戻した。
彼の命令ひとつで、襲われた村は一夜にして消滅するという。そうしていくつもの部族を襲って、テミム族は勢力を拡大し続けているのだ。
そしてファテナは、そんなテミム族を心の底から軽蔑している。精霊の力を介さない火を使い、その野蛮な火で彼らは人々を襲う。精霊に最も愛された一族と言われるウトリド族の娘であるファテナにとって、テミム族の行動は蔑むべきものでしかない。
警戒心をあらわにしてザフィルをにらみつけるファテナを見ても、彼はにやにやとした笑みを崩さない。
「ここはどこ? 私に何の用?」
「へえ、案外気の強いお姫様なんだな」
毅然とした態度で問い詰めるファテナを、ザフィルは舐めるような視線で見つめた。その不快感に、ファテナは思わず顔をしかめて身を引く。
「一度、ウトリド族の姫さんとは、ゆっくりお話したいと思ってたんだよ。だから、遊びにきてもらった。なんだか俺たち、すごく嫌われてるみたいだしねぇ?」
にやりと笑いながら近づいてきたザフィルが、ファテナが身を引いた分だけ距離を詰める。
息がかかるほど近くに顔を寄せられて、ファテナは思いきり顔を背けた。
「私は話すことなどありません。帰らせていただくわ」
そう言い捨て、立ち上がろうとしたファテナの腕を、ザフィルが掴む。その手にはほとんど力が入っていないように見えるのに、動くことも振り払うこともできない。彼が少し手を引くだけでファテナの身体はよろめき、再び崩れるように寝台の上に座らされた。
全く抵抗できない、圧倒的な力の差を見せつけられてファテナは目を見開く。それを見て、ザフィルは楽しそうに青い瞳を細めた。
「自分の置かれてる立場、分かってないみたいだね? ここは、テミム族の中心部だ。あんたはすぐ気を失ってしまったから覚えてないかもしれないけど、昨晩の戦いでウトリド族は俺たちテミム族の支配下におかれるようになった。つまりあんたはテミム族の捕虜、ということになる」
その言葉で、ファテナの脳裏に一気に記憶が蘇った。
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