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奪って手に入れたもの 1
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ウトリド族を滅ぼすと決めても、襲撃には準備が必要だ。
裏山でディアドに捨てられた男を救出したザフィルは、彼からウトリド族の内情を聞き出した。男は酷くやつれていた上に薬のせいでしばらく朦朧としていたが、治療を受けて落ち着きを取り戻すとディアドたちから受けた酷い仕打ちについて少しずつ話し始めた。
醜い欲望を満たすことしか考えていない彼女らの行いに、目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚えたが、族長家族は村人に対しては一応まともな為政者の仮面を被っていたようだ。他部族を野蛮だと蔑んで交流をさせないのも、ウトリド族の異質さに気づかせないためだったのだろう。
意味がないとは思いつつも族長らが悔い改めるわずかな望みにかけて、ザフィルはテミム族の者が近隣で行方不明になっていることを理由に捜索の協力を得られないかとウトリド族を訪ねた。だが、外面だけは完璧な族長は、ザフィルが探している相手がこの館の裏手にある牢で家畜以下の扱いを受けていることなど素知らぬ顔で、それは心配だと悲しげな表情を作りながら捜索に協力するとうなずいた。
余計な場所に立ち入らないよう見張りも兼ねているのか、どこに行くでもディアドがべったりとくっついて回り、その太った身体を押しつけてくるのに吐き気を堪えながら、ザフィルは襲撃の方法について考えていた。巫女姫ファテナの居場所も探っておきたかったが、精霊は外部の者を嫌うからと会わせてもらえなかった。もっとも、彼女がいなくなればウトリド族はたちまち立ち行かなくなるのだから、そうそう簡単に他部族の者に会わせるはずもないことは理解できる。
そしてザフィルは配下の者を率いて夜中にウトリド族を急襲した。ウトリド族は戦いに慣れていない者が大半で、右往左往するばかりだったから、制圧は思った以上に簡単だった。あっという間にザフィルらは、寝ていたところを焼け出されて慌てふためく族長親子を捕え、牢の中からテミム族の者を救い出した。
巫女姫ファテナの姿は館の中になく、やはり別の場所で寝起きしているのだろうと探しに行こうとした時、彼女はザフィルの前に現れた。
燃えさかる館を見上げて信じられないといった表情を浮かべたファテナは、すぐさま祈るように両手を組んだ。彼女の周囲に寄り添う精霊がそれに反応して、微かな雨を降らせる。と同時に精霊がファテナの胸のあたりを突き抜けた。彼女は何も感じていないようだが精霊の輝きが一瞬強くなり、力を貸す対価に寿命を食われているというディアドの話をザフィルは思い出す。
だが火の勢いは衰えることなく、焼け落ちていく館を見てファテナは悲鳴をあげた。あんなに虐げられた生活をしていても、家族のことが大切なのかと少し面白くない気持ちになりつつ、ザフィルは彼女の腕を掴んで止めた。初めて間近で見る巫女姫は、炎に照らされてなお青白い肌をしていた。驚きに見開かれたその白銀の瞳に自分が映っていることを確認したあと、ザフィルは彼女の意識を奪うとそのままテミム族の集落へと連れ帰った。
想定外だったのは、ファテナを追って精霊たちがついてきたことだ。よほど彼女がお気に入りだったらしい。
纏わりついてはファテナを食おうとする精霊から彼女を救うには、今すぐ純潔を奪うしかなかった。
汚らわしいと手を振り払われたことは思った以上にショックで、つい荒々しく抱いてしまったが、一応精霊との縁は切れた。
目覚めた彼女はきっと、ザフィルを見て泣くだろう。憎しみのこもった目で見られるかもしれない。
もちろん、酷いことをした自覚はある。
それでも、ザフィルは彼女を手放す気はない。
どんな手を使おうとも、戦って勝った方が正義だ。だからザフィルには、捕虜であるファテナを好きにする資格がある。
彼女の両親と妹は、改心すればテミム族の一員に加えてやってもいいが、その望みは薄い。残念ながら、見せしめのために首を並べることになるだろう。
争いを好まないウトリド族の者は、テミム族が無抵抗の村人に危害を加えなかったことや、怪我人を手厚く治療する様子を見てあっさりと降伏したから、いずれテミム族の生活にもなじむだろう。精霊の力を使わない生活に最初は戸惑うかもしれないが、今までが異常だったのだ。
巫女姫と呼ばれたファテナの行方は取り沙汰されるかもしれないが、あの火事で死んだことにでもしておけばいい。近くで見なければ、あれだけ髪色の変わった彼女を見分けられる者はいないだろうし、そもそもザフィルはファテナを外に出すつもりはない。
無理矢理暴いた身体は思った以上に具合が良くて、癖になりそうだ。また抱いたらきっと、泣かせることになるだろうが。
真っ白だった髪は、美しい濃紺へと色を取り戻した。
まだ閉じられた目蓋の奥にある瞳は、白銀ではなく何色をしているのだろう。
色を取り戻した瞳で、いつの日か憎しみや悲しみではなく、笑顔でこちらを見てくれるだろうか。それとも、恨まれたまま終わるだろうか。
できることなら笑ってほしいが。
ザフィルは祈るように、ファテナの髪を掬い上げて口づけた。
裏山でディアドに捨てられた男を救出したザフィルは、彼からウトリド族の内情を聞き出した。男は酷くやつれていた上に薬のせいでしばらく朦朧としていたが、治療を受けて落ち着きを取り戻すとディアドたちから受けた酷い仕打ちについて少しずつ話し始めた。
醜い欲望を満たすことしか考えていない彼女らの行いに、目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚えたが、族長家族は村人に対しては一応まともな為政者の仮面を被っていたようだ。他部族を野蛮だと蔑んで交流をさせないのも、ウトリド族の異質さに気づかせないためだったのだろう。
意味がないとは思いつつも族長らが悔い改めるわずかな望みにかけて、ザフィルはテミム族の者が近隣で行方不明になっていることを理由に捜索の協力を得られないかとウトリド族を訪ねた。だが、外面だけは完璧な族長は、ザフィルが探している相手がこの館の裏手にある牢で家畜以下の扱いを受けていることなど素知らぬ顔で、それは心配だと悲しげな表情を作りながら捜索に協力するとうなずいた。
余計な場所に立ち入らないよう見張りも兼ねているのか、どこに行くでもディアドがべったりとくっついて回り、その太った身体を押しつけてくるのに吐き気を堪えながら、ザフィルは襲撃の方法について考えていた。巫女姫ファテナの居場所も探っておきたかったが、精霊は外部の者を嫌うからと会わせてもらえなかった。もっとも、彼女がいなくなればウトリド族はたちまち立ち行かなくなるのだから、そうそう簡単に他部族の者に会わせるはずもないことは理解できる。
そしてザフィルは配下の者を率いて夜中にウトリド族を急襲した。ウトリド族は戦いに慣れていない者が大半で、右往左往するばかりだったから、制圧は思った以上に簡単だった。あっという間にザフィルらは、寝ていたところを焼け出されて慌てふためく族長親子を捕え、牢の中からテミム族の者を救い出した。
巫女姫ファテナの姿は館の中になく、やはり別の場所で寝起きしているのだろうと探しに行こうとした時、彼女はザフィルの前に現れた。
燃えさかる館を見上げて信じられないといった表情を浮かべたファテナは、すぐさま祈るように両手を組んだ。彼女の周囲に寄り添う精霊がそれに反応して、微かな雨を降らせる。と同時に精霊がファテナの胸のあたりを突き抜けた。彼女は何も感じていないようだが精霊の輝きが一瞬強くなり、力を貸す対価に寿命を食われているというディアドの話をザフィルは思い出す。
だが火の勢いは衰えることなく、焼け落ちていく館を見てファテナは悲鳴をあげた。あんなに虐げられた生活をしていても、家族のことが大切なのかと少し面白くない気持ちになりつつ、ザフィルは彼女の腕を掴んで止めた。初めて間近で見る巫女姫は、炎に照らされてなお青白い肌をしていた。驚きに見開かれたその白銀の瞳に自分が映っていることを確認したあと、ザフィルは彼女の意識を奪うとそのままテミム族の集落へと連れ帰った。
想定外だったのは、ファテナを追って精霊たちがついてきたことだ。よほど彼女がお気に入りだったらしい。
纏わりついてはファテナを食おうとする精霊から彼女を救うには、今すぐ純潔を奪うしかなかった。
汚らわしいと手を振り払われたことは思った以上にショックで、つい荒々しく抱いてしまったが、一応精霊との縁は切れた。
目覚めた彼女はきっと、ザフィルを見て泣くだろう。憎しみのこもった目で見られるかもしれない。
もちろん、酷いことをした自覚はある。
それでも、ザフィルは彼女を手放す気はない。
どんな手を使おうとも、戦って勝った方が正義だ。だからザフィルには、捕虜であるファテナを好きにする資格がある。
彼女の両親と妹は、改心すればテミム族の一員に加えてやってもいいが、その望みは薄い。残念ながら、見せしめのために首を並べることになるだろう。
争いを好まないウトリド族の者は、テミム族が無抵抗の村人に危害を加えなかったことや、怪我人を手厚く治療する様子を見てあっさりと降伏したから、いずれテミム族の生活にもなじむだろう。精霊の力を使わない生活に最初は戸惑うかもしれないが、今までが異常だったのだ。
巫女姫と呼ばれたファテナの行方は取り沙汰されるかもしれないが、あの火事で死んだことにでもしておけばいい。近くで見なければ、あれだけ髪色の変わった彼女を見分けられる者はいないだろうし、そもそもザフィルはファテナを外に出すつもりはない。
無理矢理暴いた身体は思った以上に具合が良くて、癖になりそうだ。また抱いたらきっと、泣かせることになるだろうが。
真っ白だった髪は、美しい濃紺へと色を取り戻した。
まだ閉じられた目蓋の奥にある瞳は、白銀ではなく何色をしているのだろう。
色を取り戻した瞳で、いつの日か憎しみや悲しみではなく、笑顔でこちらを見てくれるだろうか。それとも、恨まれたまま終わるだろうか。
できることなら笑ってほしいが。
ザフィルは祈るように、ファテナの髪を掬い上げて口づけた。
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