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そして夜。身体を清めたファテナは寝台に腰掛けてうつむきながら、じっとザフィルを待っていた。昨晩の疲れと精神的な疲労から早く横になって眠りたいという気持ちはあるが、身体を差し出すと決めた以上、彼を出迎えるのも大事な役目だ。
アディヤが用意してくれた寝衣は、露出は少ないものの身体の前で結ばれた紐を解けば容易に脱ぐことができる。室内は決して寒くないけれど、薄い布の心許なさにファテナは自らの身体をそっと抱きしめた。
またあの得体の知れない香油を使われるのだろうか。自分の意思に反して快楽を求める身体に作り変えられるような嫌悪感はあるものの、あれを使えばたとえどれほど快楽に溺れても香油のせいだと言い訳できる。それは、ファテナが自分の心を守るために必要な気がした。
黙って床を見つめていると、ふいに近づいてくる足音がした。
ハッと顔を上げたファテナの前にやってきたのは、やはりザフィルだった。
「まだ寝てなかったのか」
意外そうな表情で眉を上げた彼は、床に敷かれた絨毯の上に腰を下ろした。まるで自分の部屋のようにくつろいだ体勢で、ザフィルは手に持った瓶を掲げてみせる。
「あんたも飲むか? 甘くない酒だから、好みに合うかどうかは分からないが」
黙って首を振ったファテナを特に咎めることもなく、ザフィルは小さな盃に酒を注いで一気に呷った。飲み干してふうっとため息をついた横顔は、少し疲れて見える。
「……あの」
どうすればいいか分からなくて声をかけると、顔を上げたザフィルは怪訝そうな表情を浮かべた。寝支度を整えたファテナの姿を上から下まで観察するように見つめたあと、彼は納得したように小さくうなずいた。
「今夜は何もしない。疲れてるだろうし、早く休め」
「えっ」
思わず声をあげたファテナを見て、ザフィルは揶揄うような笑みを浮かべる。
「抱かれたかったのか?」
慌ててぷるぷると首を振ったファテナを見て、ザフィルは大きな口を開けて笑う。
「一人きりにして、あんたが逃げ出したり死のうとしたりすると困るからな。だから、しばらくは俺もここで寝ることにした」
「そんなこと、しません」
「あぁ、その言葉を信じてるよ」
そう言って盃の中身を空にすると、ザフィルは立ち上がってこちらにやってきた。思わず身構えたファテナの両肩を掴むと、そのまま寝台に押し倒す。
やはりこのまま抱かれるのだと目を閉じたファテナの耳を、小さく笑うような吐息が掠めた。
「早く寝ろ。いつまでも起きていたら、やっぱり抱いてほしいんだと受け取るぞ」
目を開けた時には、ザフィルはすでにまた絨毯の上に戻っていた。視線はこちらに向けられており、ファテナが眠るまで彼が動くことはなさそうだ。
落ち着かない気持ちになりながらも、今夜は抱かれずにすみそうだとほっとする。じっと見られているのは少し居心地が悪いので、ファテナはザフィルに背を向けて身体を丸めた。
柔らかな寝台は寝心地がよくて、疲れもあったのかファテナはほとんど気を失うようにして眠りに落ちた。
◇
宣言通りそれから毎晩、ザフィルはやってきた。
今夜こそは抱かれるのかと覚悟を決めて出迎えるものの、彼はファテナに早く寝るように促すばかりで何もしてこない。
夜更けにやってきて朝早くに去っていくザフィルは、ファテナの眠る寝台ではなく床に敷いた絨毯の上で寝ている。捕虜という立場上さすがに申し訳なくなって自分が床で眠ると申し出たものの、不機嫌そうな顔で拒否されてしまえばそれ以上何も言えない。
最初に無理矢理身体を暴いたことが嘘のように、ザフィルはファテナに触れようとしない。決して抱かれたいわけではないけれど、同じ部屋で過ごしているのに何もない夜をいくつも過ごすことに、ファテナは微妙な居心地の悪さを感じていた。
アディヤが用意してくれた寝衣は、露出は少ないものの身体の前で結ばれた紐を解けば容易に脱ぐことができる。室内は決して寒くないけれど、薄い布の心許なさにファテナは自らの身体をそっと抱きしめた。
またあの得体の知れない香油を使われるのだろうか。自分の意思に反して快楽を求める身体に作り変えられるような嫌悪感はあるものの、あれを使えばたとえどれほど快楽に溺れても香油のせいだと言い訳できる。それは、ファテナが自分の心を守るために必要な気がした。
黙って床を見つめていると、ふいに近づいてくる足音がした。
ハッと顔を上げたファテナの前にやってきたのは、やはりザフィルだった。
「まだ寝てなかったのか」
意外そうな表情で眉を上げた彼は、床に敷かれた絨毯の上に腰を下ろした。まるで自分の部屋のようにくつろいだ体勢で、ザフィルは手に持った瓶を掲げてみせる。
「あんたも飲むか? 甘くない酒だから、好みに合うかどうかは分からないが」
黙って首を振ったファテナを特に咎めることもなく、ザフィルは小さな盃に酒を注いで一気に呷った。飲み干してふうっとため息をついた横顔は、少し疲れて見える。
「……あの」
どうすればいいか分からなくて声をかけると、顔を上げたザフィルは怪訝そうな表情を浮かべた。寝支度を整えたファテナの姿を上から下まで観察するように見つめたあと、彼は納得したように小さくうなずいた。
「今夜は何もしない。疲れてるだろうし、早く休め」
「えっ」
思わず声をあげたファテナを見て、ザフィルは揶揄うような笑みを浮かべる。
「抱かれたかったのか?」
慌ててぷるぷると首を振ったファテナを見て、ザフィルは大きな口を開けて笑う。
「一人きりにして、あんたが逃げ出したり死のうとしたりすると困るからな。だから、しばらくは俺もここで寝ることにした」
「そんなこと、しません」
「あぁ、その言葉を信じてるよ」
そう言って盃の中身を空にすると、ザフィルは立ち上がってこちらにやってきた。思わず身構えたファテナの両肩を掴むと、そのまま寝台に押し倒す。
やはりこのまま抱かれるのだと目を閉じたファテナの耳を、小さく笑うような吐息が掠めた。
「早く寝ろ。いつまでも起きていたら、やっぱり抱いてほしいんだと受け取るぞ」
目を開けた時には、ザフィルはすでにまた絨毯の上に戻っていた。視線はこちらに向けられており、ファテナが眠るまで彼が動くことはなさそうだ。
落ち着かない気持ちになりながらも、今夜は抱かれずにすみそうだとほっとする。じっと見られているのは少し居心地が悪いので、ファテナはザフィルに背を向けて身体を丸めた。
柔らかな寝台は寝心地がよくて、疲れもあったのかファテナはほとんど気を失うようにして眠りに落ちた。
◇
宣言通りそれから毎晩、ザフィルはやってきた。
今夜こそは抱かれるのかと覚悟を決めて出迎えるものの、彼はファテナに早く寝るように促すばかりで何もしてこない。
夜更けにやってきて朝早くに去っていくザフィルは、ファテナの眠る寝台ではなく床に敷いた絨毯の上で寝ている。捕虜という立場上さすがに申し訳なくなって自分が床で眠ると申し出たものの、不機嫌そうな顔で拒否されてしまえばそれ以上何も言えない。
最初に無理矢理身体を暴いたことが嘘のように、ザフィルはファテナに触れようとしない。決して抱かれたいわけではないけれど、同じ部屋で過ごしているのに何もない夜をいくつも過ごすことに、ファテナは微妙な居心地の悪さを感じていた。
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