【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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月のしるし 1

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 夜、ぼんやりと刺繍をしながらザフィルを待っていたファテナは、下腹部に鈍い痛みを覚えて手洗い場へと駆け込んだ。予想した通り下着が血で汚れていて、思わず複雑な思いで見つめてしまう。
 ほとんど毎晩ザフィルに抱かれていたけれど、月のものがきたということは、子はできなかったということだ。今更ながら、あらためてあの行為は快楽のためではなく子作りためのものであることを認識する。何も考えずにただ快楽に溺れていた自分が、酷く淫乱であるような気がしてしまう。
 避妊のためには薬草を煎じたものを飲むと聞いたことがあるが、ファテナがそれを口にした記憶はない。ザフィルが飲んでいる可能性もあるが、子ができるようなことがなくて本当に良かったと思う。この状況で生まれる子供なんて、どう考えても幸せになれるはずがない。
 明日、アディヤに頼んで薬草を手に入れようと決めて、ファテナは鈍く痛むお腹を押さえながらため息をついた。

 ほどなくしてザフィルがやってきて、ファテナは視線を避けるようにうつむいて寝衣の裾を握りしめた。
「ファテナ」
 名前を呼ばれて頬に手が触れ、思わず強く目を閉じる。
「……っごめんなさい。今夜は、できません」
「体調でも悪いのか」
 静かに問われて、ファテナは目を閉じたまま首を横に振る。黙って次の言葉を待つ空気を感じ取って、ファテナはたどたどしく理由を告げた。今晩もファテナを抱くつもりでやってきたであろうザフィルが気分を害さないことを祈りつつ、代案を申し出る。
「だから、あの……うまくできるか分からないけど、口で……するのなら」
 ザフィルがずっと無言なことにハラハラしながら恐る恐るそう言った瞬間、彼は喉に何かを引っかけたかのような声をあげて激しく咳き込んだ。
「いや、それは……いい。俺だって、そこまで飢えてない。ていうか、どこでそんなこと。まさか経験あるのか」
 急に怖い顔をしたザフィルがにらむように顔をのぞき込んでくるから、ファテナは慌ててぷるぷると首を振る。
「な、ないです。でも時々、若い村人たちが森の中とかでそうしてるのを見たことがあったから……」
「あー……」
 テミム族でも似たようなことはあるのだろう、ザフィルは納得したようにうなずきつつ、がしがしと頭を掻いた。
「そういうことなら、分かった。今日はもう、早く寝ろ。ほら、横になれ」
 促されて横になったファテナに掛布をしっかりとかけると、ザフィルはさっさと身を翻して部屋を出て行ってしまった。
 今夜は行為をしないのだから一緒に寝ないのは当然のことなのに、あっという間にいなくなってしまったザフィルを見送り、少し寂しく思ってしまったファテナは掛布に顔を埋めた。
 大嫌いだと言いながらも毎日抱かれ続け、いつの間にか彼の訪れを毎晩心待ちにするようになっていた。つい先日にも捨てられたのだと勘違いして泣いてしまったことは、記憶に新しい。
 家族も故郷も、精霊を呼ぶ力さえも奪われたはずなのに、ザフィルのくれるぬくもりや快楽はあまりに心地いい。血の繋がった父親にさえ手酷く扱われ、身も心も貧しかったかつての生活よりも、捕虜であるはずの今の方がよっぽど大切にされていると感じられる。
 いつか不要だと言われるその日までは、つかの間のぬくもりを享受していたいと、ファテナはお腹を押さえつつ目を閉じた。

 うとうととしていると、出て行ったはずのザフィルの足音がまた近づいてくることに気づき、ファテナはぱちりと目を開けた。
「悪い、起こしたか」
「いえ……」
「薬を持ってきた。飲むといい」
 両手に抱えたものを机の上に置いて、ザフィルはファテナを抱き起こした。小さな椀に入っているのは、湯気のたつ緑色の液体。つんと鼻をつく匂いから、痛み止めの薬湯のようだ。その隣に置かれたのは、手のひらほどの大きさをした布の包みだった。
 何だろうと首をかしげたファテナに、ザフィルはその布袋を差し出した。
「温石を持ってきたから使え。身体をあたためるといいと聞くからな」
 見た目よりずしりと重たいそれは、手に取るとじんわりとあたたかい。加熱した石を布で包んで暖をとるものらしい。促されるままに腹部に当てると、痛みが少し緩和される気がする。
 薬湯も匂いの割に飲みやすく、身体の内側からもあたたまるようだ。
「飲んだら寝るぞ」
「あ……、はい」
 当然のように横で寝るようにとザフィルに手招きされて、ファテナは薬湯を飲み干すと彼のいる寝台へ戻る。ファテナに再びきっちりと掛布を肩までかけると、ザフィルはそっと身体を抱き寄せた。労わるようにお腹を撫でられて、そのぬくもりにほっとする。
 殺生を嫌う精霊にとって、血はもっとも不浄なものであり、かつては月のものの期間中は基本的に小屋から出ることを禁じられていた。それなのに長の住む館の蝋燭に火を灯すことだけは、どれほど体調が悪くても休むことは許されなかった。痛むお腹を押さえつつ火を灯しに行くと、汚いものでも見るように避けられたことを思い出す。
 そんな些細なことでも、やはり家族に大切にされていなかったのだなと思い知らされて、今更胸が苦しくなる。
 辛い過去の記憶を振り払おうと努力していると、隣から穏やかな寝息が聞こえてきた。視線を向けると、ザフィルがぐっすりと寝入っている。
 目を閉じた寝顔は案外幼く見えて可愛らしく、顔にかかる金の髪が呼吸に合わせて微かに震えていた。左の目蓋の上に走る傷跡をじっと見つめながら、毎晩顔を合わせていてもこんなにもじっくり寝顔を見るのは初めてかもしれないと思う。身体を重ねたあとにも一緒に眠っているが、大抵疲れで頭がぼんやりしているから、寝顔を観察する余裕がないのだ。
 微かに開いた唇に触れたいと思ったり、ずっと寝顔を見ていたいと思ってしまう自分に戸惑って、ファテナは慌てて目を逸らす。
 いつもはお腹の痛みに耐えながら身体を丸めて眠るのに、薬湯のおかげで痛みも随分と和らいだ。触れ合った身体から伝わる体温にとろりと眠気を誘われて、ファテナは柔らかな眠りの世界へ落ちていった。
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