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誤解と涙と戸惑い
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家族を失っても、ウトリド族がなくなっても、ファテナの生活に変化はない。
日中は読書をし、気分転換に庭に出て花を愛で、それから時々刺繍をする。
夜になればザフィルがやってきて、抱かれる。相変わらず会話はほとんどないが、時折ザフィルに日中の過ごし方を聞かれるので、ファテナはその日したことを言葉少なに答える。
それでも言葉を交わすよりも身体を重ねている時間の方が長いし、ザフィルに向けて話す言葉よりも喘ぐ声の方が多い。
与えられる快楽と触れ合う肌のぬくもりを求めて、夜になるとそわそわと落ち着きがなくなってしまう自分に、このところファテナは複雑な思いを抱いていた。
今夜も、ファテナは寝台に腰掛けてザフィルの訪れを待っていた。いつもはファテナが寝支度を整えた頃に、まるで見計らったかのようにやってくる。もしかしたらアディヤが何か連絡を入れているのかもしれないが、ともかく彼がやってくる時間は毎日大体同じ頃だ。
それなのに、今日は待てども待てども彼は来ない。こんなことはここに来てから初めてのことで、ファテナはそわそわと部屋の入り口に何度も視線を向ける。
族長である彼が普段どんなことをしているのかはよく知らないが、時折交わす会話の内容から推測すると、集落を見回ったり狩りに出たりと日々忙しくしているようだ。
それでも毎日欠かさずここへ来てファテナを抱いていくのだから、彼が来ないかもしれないというのは考えたことがなかった。
「もしかして、もう……必要なくなったのかしら」
ぽつりとつぶやくと、それが正解のような気がしてきた。
毎日抱かれていたが、その分飽きるのも早かったということだろう。妹のディアドが誘惑しようとした時にも、彼は女には困っていないと言っていたのだから、他の女性のもとに行ったのかもしれない。
何故だか急に苦しくなって、ファテナは思わず胸に手をやった。ファテナは捕虜であり、彼に身体を差し出すことでこの不安定な地位をかろうじて確保していたにすぎない。必要なくなったからと切り捨てられても、文句は言えないのだ。
ぽろりと頬を伝う濡れた感触に、ファテナは思わず身体を震わせた。捨てられたからといって泣くなど、なんて惨めなのだろう。必死で拭うのに、涙はあとからあとからこぼれて止まらない。
結局、彼にとっては気まぐれに捕虜の身体を弄んだにすぎなかったということだ。与えられたぬくもりがあまりにあたたかくて、ファテナが勝手に離れがたく思っていただけだ。
唇を強く噛みしめて嗚咽を堪え、ファテナは乱暴な仕草で涙を拭った。明日には、この部屋からも出されるかもしれない。どうせ捨てるのなら、さっさと処刑してくれればいい。
小さくしゃくりあげたあと、ファテナは寝台に身体を横たえた。早く夢の中に逃げ込みたくて強く目を閉じるが、眠気は一向に訪れない。
固くつぶった目蓋の間から、涙がじわりとあふれては敷布の上にこぼれ落ちていった。
眠れないままどれほどの時間そうしていただろう。
近づいてくる足音に気づいてファテナは思わず身体を起こした。いつの間にか聞き分けられるようになっていたその足音は、ザフィルのものだ。
動けないままじっと見つめるファテナの前で、扉がゆっくりと開く。やはり入ってきたのはザフィルで、ファテナの顔を見て眉を上げ、少し申し訳なさそうな顔になる。
「まだ起きてたのか」
「……っ」
「井戸掘りの最中に落盤事故が起きてな。幸い、軽い怪我人が出ただけで済んだが――」
話している最中に涙の滲む目に気づいたのか、ザフィルは言葉を切ってファテナの頬に触れた。
「どうした、なんで泣いてる」
目尻をなぞる指は優しく、見つめる顔も心配そうに曇っている。そのことに、ファテナの瞳からは新たな涙がこぼれ落ちた。
「何でもない……です」
「怖い夢でも見たか」
まるで幼い子供にするように頭を撫でられて、ファテナは黙ってうつむいた。こうして訪ねてきたということは、ザフィルはまだファテナを不要だとは思っていないのだろうか。
「たまには、外に出てみるか」
「え……?」
「部屋にこもりきりだと、気も滅入るだろう。人目につかない場所なら、どこかに連れて行ってやってもいい」
思いがけない言葉に、ファテナは目を瞬いた。不要になったと捨てられる覚悟をしていたのに、ザフィルの口ぶりからそんな様子は感じられない。むしろ沈み込んだ様子のファテナを心配するような提案は、優しさすら感じられる。
勝手に勘違いしていたことに気づいて、ファテナはいたたまれない気持ちになった。泣いていたことすら恥ずかしくなり、ファテナは顔を上げられなくなる。
「あの、別に外に行かなくても大丈夫です。ここでの生活に不満はないし、外に出て誰か私の顔を知る人に会ってしまったら……困るから」
下を向いたままそう言うと、ザフィルがそうかとつぶやいて寝台に上がり、ファテナの隣に座った。やはり抱かれるのだろうと自ら寝衣の紐に手をかけようとすると、やんわり手を握って止められる。
「今夜はもういい、早く寝ろ」
「でも」
「どうしてもしてほしいなら構わないが、それなら朝まで眠れなくなるぞ」
まるでファテナが抱いてほしいと望んでいるかのようなことを言うので慌てて首を振ると、ザフィルが冗談だと小さく笑った。
「今日みたいに遅くなる時は、先に寝ていて構わない。さすがに俺だって、寝てるあんたを無理に抱くつもりはないから」
そう言いながらザフィルはごろりと寝転がると、そっとファテナの腕を引いた。倒れ込むように彼の胸の上に身体を引き寄せられ、起き上がれないよう背中に手を回される。
「寝るぞ」
ぶっきらぼうな口調と共に、まるで小さな子供を寝かしつけるように背中を何度も撫でられた。上半身をザフィルの身体に預けるようにしていて眠るのに適した体勢ではないはずなのに、触れ合った部分から伝わるぬくもりに身体の力が抜け、だんだんと眠くなってくる。
何も言わないものの、泣いていたファテナを慰めるような仕草に、どうしても甘えたくなる。
泣いていた本当の理由は知られたくないと思いながら、ファテナはゆっくりと目を閉じた。
日中は読書をし、気分転換に庭に出て花を愛で、それから時々刺繍をする。
夜になればザフィルがやってきて、抱かれる。相変わらず会話はほとんどないが、時折ザフィルに日中の過ごし方を聞かれるので、ファテナはその日したことを言葉少なに答える。
それでも言葉を交わすよりも身体を重ねている時間の方が長いし、ザフィルに向けて話す言葉よりも喘ぐ声の方が多い。
与えられる快楽と触れ合う肌のぬくもりを求めて、夜になるとそわそわと落ち着きがなくなってしまう自分に、このところファテナは複雑な思いを抱いていた。
今夜も、ファテナは寝台に腰掛けてザフィルの訪れを待っていた。いつもはファテナが寝支度を整えた頃に、まるで見計らったかのようにやってくる。もしかしたらアディヤが何か連絡を入れているのかもしれないが、ともかく彼がやってくる時間は毎日大体同じ頃だ。
それなのに、今日は待てども待てども彼は来ない。こんなことはここに来てから初めてのことで、ファテナはそわそわと部屋の入り口に何度も視線を向ける。
族長である彼が普段どんなことをしているのかはよく知らないが、時折交わす会話の内容から推測すると、集落を見回ったり狩りに出たりと日々忙しくしているようだ。
それでも毎日欠かさずここへ来てファテナを抱いていくのだから、彼が来ないかもしれないというのは考えたことがなかった。
「もしかして、もう……必要なくなったのかしら」
ぽつりとつぶやくと、それが正解のような気がしてきた。
毎日抱かれていたが、その分飽きるのも早かったということだろう。妹のディアドが誘惑しようとした時にも、彼は女には困っていないと言っていたのだから、他の女性のもとに行ったのかもしれない。
何故だか急に苦しくなって、ファテナは思わず胸に手をやった。ファテナは捕虜であり、彼に身体を差し出すことでこの不安定な地位をかろうじて確保していたにすぎない。必要なくなったからと切り捨てられても、文句は言えないのだ。
ぽろりと頬を伝う濡れた感触に、ファテナは思わず身体を震わせた。捨てられたからといって泣くなど、なんて惨めなのだろう。必死で拭うのに、涙はあとからあとからこぼれて止まらない。
結局、彼にとっては気まぐれに捕虜の身体を弄んだにすぎなかったということだ。与えられたぬくもりがあまりにあたたかくて、ファテナが勝手に離れがたく思っていただけだ。
唇を強く噛みしめて嗚咽を堪え、ファテナは乱暴な仕草で涙を拭った。明日には、この部屋からも出されるかもしれない。どうせ捨てるのなら、さっさと処刑してくれればいい。
小さくしゃくりあげたあと、ファテナは寝台に身体を横たえた。早く夢の中に逃げ込みたくて強く目を閉じるが、眠気は一向に訪れない。
固くつぶった目蓋の間から、涙がじわりとあふれては敷布の上にこぼれ落ちていった。
眠れないままどれほどの時間そうしていただろう。
近づいてくる足音に気づいてファテナは思わず身体を起こした。いつの間にか聞き分けられるようになっていたその足音は、ザフィルのものだ。
動けないままじっと見つめるファテナの前で、扉がゆっくりと開く。やはり入ってきたのはザフィルで、ファテナの顔を見て眉を上げ、少し申し訳なさそうな顔になる。
「まだ起きてたのか」
「……っ」
「井戸掘りの最中に落盤事故が起きてな。幸い、軽い怪我人が出ただけで済んだが――」
話している最中に涙の滲む目に気づいたのか、ザフィルは言葉を切ってファテナの頬に触れた。
「どうした、なんで泣いてる」
目尻をなぞる指は優しく、見つめる顔も心配そうに曇っている。そのことに、ファテナの瞳からは新たな涙がこぼれ落ちた。
「何でもない……です」
「怖い夢でも見たか」
まるで幼い子供にするように頭を撫でられて、ファテナは黙ってうつむいた。こうして訪ねてきたということは、ザフィルはまだファテナを不要だとは思っていないのだろうか。
「たまには、外に出てみるか」
「え……?」
「部屋にこもりきりだと、気も滅入るだろう。人目につかない場所なら、どこかに連れて行ってやってもいい」
思いがけない言葉に、ファテナは目を瞬いた。不要になったと捨てられる覚悟をしていたのに、ザフィルの口ぶりからそんな様子は感じられない。むしろ沈み込んだ様子のファテナを心配するような提案は、優しさすら感じられる。
勝手に勘違いしていたことに気づいて、ファテナはいたたまれない気持ちになった。泣いていたことすら恥ずかしくなり、ファテナは顔を上げられなくなる。
「あの、別に外に行かなくても大丈夫です。ここでの生活に不満はないし、外に出て誰か私の顔を知る人に会ってしまったら……困るから」
下を向いたままそう言うと、ザフィルがそうかとつぶやいて寝台に上がり、ファテナの隣に座った。やはり抱かれるのだろうと自ら寝衣の紐に手をかけようとすると、やんわり手を握って止められる。
「今夜はもういい、早く寝ろ」
「でも」
「どうしてもしてほしいなら構わないが、それなら朝まで眠れなくなるぞ」
まるでファテナが抱いてほしいと望んでいるかのようなことを言うので慌てて首を振ると、ザフィルが冗談だと小さく笑った。
「今日みたいに遅くなる時は、先に寝ていて構わない。さすがに俺だって、寝てるあんたを無理に抱くつもりはないから」
そう言いながらザフィルはごろりと寝転がると、そっとファテナの腕を引いた。倒れ込むように彼の胸の上に身体を引き寄せられ、起き上がれないよう背中に手を回される。
「寝るぞ」
ぶっきらぼうな口調と共に、まるで小さな子供を寝かしつけるように背中を何度も撫でられた。上半身をザフィルの身体に預けるようにしていて眠るのに適した体勢ではないはずなのに、触れ合った部分から伝わるぬくもりに身体の力が抜け、だんだんと眠くなってくる。
何も言わないものの、泣いていたファテナを慰めるような仕草に、どうしても甘えたくなる。
泣いていた本当の理由は知られたくないと思いながら、ファテナはゆっくりと目を閉じた。
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