36 / 65
2
しおりを挟む
「なぁ、エフラ。指輪以外の装身具を贈るなら、何がいいと思う?」
狩りの途中、ザフィルは矢筒を背負って隣を歩く背の高い男に声をかけた。
エフラはザフィルの発言を聞くと、信じられないような顔をしたあと深いため息をついた。
「は? 狩りの最中に何ですか、いきなり。集中しないと獲物を逃しますよ」
「罠には何もかかってないから、崖の方に逃げたやつを左右から追い込んで狩るか。……ってそうじゃなくてだな、俺が聞いてるのは装身具の話だって」
その言葉に、エフラは呆れたように首を振る。
「あの、元ウトリドの巫女姫に装身具を贈ると? えらくご執心のようですが、妻にするつもりですか」
「べ、別に、そういうんじゃない。精霊を寄せつけないための木札を渡していたんだが、どうせなら装身具にした方が常に身につけていられるかなと思っただけで」
「まぁ、そういうことにしておきましょう。ですが、好きでもない男に装身具を贈られたって、女は喜びませんよ。酷く嫌われてるんでしょう、あの巫女姫には。大嫌いって言われたって落ち込んでたじゃないですか」
さらりと心を抉る発言をされて、ザフィルは思わず小さくうめいた。確かに嫌われている自覚はあるが、他人に指摘されるのは辛い。エフラはいいやつだが、良くも悪くも率直な物言いなのだ。
「おまえな、ちょっとは言葉を選べよ」
「僕は、事実を述べただけですが」
肩をすくめてみせたエフラは、それでも少し考えるように首をかしげたあと、ザフィルを見た。
「そうですね、僕なら腕輪か足輪にするでしょうね」
「腕輪か、足輪……」
「どちらも拘束具のようだし、自分のものだという感じがするかなと。独占欲が満たされそうでしょう」
「怖いやつだな、おまえ」
にっこりと笑ってそんな提案をするエフラに引きつつも、ザフィルは確かに腕輪はいいかもしれないと考えていた。華奢な手首には金の腕輪がよく似合いそうだし、身体を繋げる際に握る手に腕輪が光る様子を想像すれば、エフラの言う通り独占欲が満たされそうだ。
「うん、腕輪にしよう」
にんまりと笑みを浮かべたザフィルを呆れたように見つめつつ、エフラは周囲を見回した。遠くに、同じく狩りをするテミム族の男の姿が見えるが、周囲には誰もいないようだ。
「彼女がまだ生きていることを知られないよう、くれぐれも気をつけてくださいね。いくら力を失ったとはいえ、巫女姫を取り返そうと考える者がでてきたらやっかいだ」
「分かってるって。だから、アディヤとおまえにしかあいつの居場所は教えてないだろ」
そう言いながら水の精霊がファテナを取り戻しにきたことを思い出し、ザフィルは苛立って拳を握りしめる。やはり一刻も早く腕輪を渡さなくてはならない。
ザフィルの内心の決意など知らないエフラは、深いため息をついた。
「僕としては、彼女を信用しすぎるのもどうかと思いますけどね。油断させておいて、いつか寝首を掻くつもりなのかもしれない」
「あいつは自分の置かれた立場をよく分かってる。だから、そんなことはしない」
エフラの言葉に首を振り、ザフィルははっきりと宣言した。
ファテナは、決してザフィルを傷つけようとはしないだろう。最初に純潔を奪った時でさえ、ザフィルの指を噛んでしまったことに酷く狼狽していたくらいなのだ。優しすぎる彼女は、それが誰であっても他者を傷つけることができない。
他者に向けるその優しさのせいでファテナ自身を傷つけていることに、彼女はいつ気がつくのだろう。
「……それなら、もう一度彼女に会わせてください。地下牢でウトリドの族長らと面会した時は、ほとんど顔が見えませんでしたから。アディヤからも定期的に報告は受けてますが、彼女が本当にテミム族に――ザフィル様に敵意を持っていないのか、僕もこの目で確かめたい」
地下牢でファテナが両親らと面会した時にもエフラは同席していたが、直接言葉を交わしたわけではないから分からないのだろう。
ファテナが心配するような存在ではないことを教えるためにも、エフラには再度会わせてやった方がいいかもしれない。自分以外の男に会わせることは、少し癪だが。
軽く息を吐いて、ザフィルはエフラを見た。
「仕方ないから、近いうちに会わせてやるよ」
「うわ、嫌そうな顔……。別に女としての興味なんか持ってませんって」
「そんなこと分かってるし、別に嫌そうな顔なんてしてないからな」
早口で言い訳するようにつぶやきながらも、ザフィルは自らの抱える嫉妬心に少し驚いていた。
どうやら水の精霊があらわれてから、余裕がなくなっているようだ。ファテナが精霊について行きたいと言い出したらと思うと、不安と怒りが入り混じった気持ちで冷静ではいられなくなる。
部屋には精霊の嫌う香を絶やさず焚くようアディヤには命じているし、絶対に木札を手放すなとファテナには言い聞かせているが、今この瞬間にも彼女のもとに精霊が訪れているかもしれない。
一刻も早く狩りを終わらせてファテナのもとに戻らねばと決めて、ザフィルは弓矢を強く握りしめた。
狩りの途中、ザフィルは矢筒を背負って隣を歩く背の高い男に声をかけた。
エフラはザフィルの発言を聞くと、信じられないような顔をしたあと深いため息をついた。
「は? 狩りの最中に何ですか、いきなり。集中しないと獲物を逃しますよ」
「罠には何もかかってないから、崖の方に逃げたやつを左右から追い込んで狩るか。……ってそうじゃなくてだな、俺が聞いてるのは装身具の話だって」
その言葉に、エフラは呆れたように首を振る。
「あの、元ウトリドの巫女姫に装身具を贈ると? えらくご執心のようですが、妻にするつもりですか」
「べ、別に、そういうんじゃない。精霊を寄せつけないための木札を渡していたんだが、どうせなら装身具にした方が常に身につけていられるかなと思っただけで」
「まぁ、そういうことにしておきましょう。ですが、好きでもない男に装身具を贈られたって、女は喜びませんよ。酷く嫌われてるんでしょう、あの巫女姫には。大嫌いって言われたって落ち込んでたじゃないですか」
さらりと心を抉る発言をされて、ザフィルは思わず小さくうめいた。確かに嫌われている自覚はあるが、他人に指摘されるのは辛い。エフラはいいやつだが、良くも悪くも率直な物言いなのだ。
「おまえな、ちょっとは言葉を選べよ」
「僕は、事実を述べただけですが」
肩をすくめてみせたエフラは、それでも少し考えるように首をかしげたあと、ザフィルを見た。
「そうですね、僕なら腕輪か足輪にするでしょうね」
「腕輪か、足輪……」
「どちらも拘束具のようだし、自分のものだという感じがするかなと。独占欲が満たされそうでしょう」
「怖いやつだな、おまえ」
にっこりと笑ってそんな提案をするエフラに引きつつも、ザフィルは確かに腕輪はいいかもしれないと考えていた。華奢な手首には金の腕輪がよく似合いそうだし、身体を繋げる際に握る手に腕輪が光る様子を想像すれば、エフラの言う通り独占欲が満たされそうだ。
「うん、腕輪にしよう」
にんまりと笑みを浮かべたザフィルを呆れたように見つめつつ、エフラは周囲を見回した。遠くに、同じく狩りをするテミム族の男の姿が見えるが、周囲には誰もいないようだ。
「彼女がまだ生きていることを知られないよう、くれぐれも気をつけてくださいね。いくら力を失ったとはいえ、巫女姫を取り返そうと考える者がでてきたらやっかいだ」
「分かってるって。だから、アディヤとおまえにしかあいつの居場所は教えてないだろ」
そう言いながら水の精霊がファテナを取り戻しにきたことを思い出し、ザフィルは苛立って拳を握りしめる。やはり一刻も早く腕輪を渡さなくてはならない。
ザフィルの内心の決意など知らないエフラは、深いため息をついた。
「僕としては、彼女を信用しすぎるのもどうかと思いますけどね。油断させておいて、いつか寝首を掻くつもりなのかもしれない」
「あいつは自分の置かれた立場をよく分かってる。だから、そんなことはしない」
エフラの言葉に首を振り、ザフィルははっきりと宣言した。
ファテナは、決してザフィルを傷つけようとはしないだろう。最初に純潔を奪った時でさえ、ザフィルの指を噛んでしまったことに酷く狼狽していたくらいなのだ。優しすぎる彼女は、それが誰であっても他者を傷つけることができない。
他者に向けるその優しさのせいでファテナ自身を傷つけていることに、彼女はいつ気がつくのだろう。
「……それなら、もう一度彼女に会わせてください。地下牢でウトリドの族長らと面会した時は、ほとんど顔が見えませんでしたから。アディヤからも定期的に報告は受けてますが、彼女が本当にテミム族に――ザフィル様に敵意を持っていないのか、僕もこの目で確かめたい」
地下牢でファテナが両親らと面会した時にもエフラは同席していたが、直接言葉を交わしたわけではないから分からないのだろう。
ファテナが心配するような存在ではないことを教えるためにも、エフラには再度会わせてやった方がいいかもしれない。自分以外の男に会わせることは、少し癪だが。
軽く息を吐いて、ザフィルはエフラを見た。
「仕方ないから、近いうちに会わせてやるよ」
「うわ、嫌そうな顔……。別に女としての興味なんか持ってませんって」
「そんなこと分かってるし、別に嫌そうな顔なんてしてないからな」
早口で言い訳するようにつぶやきながらも、ザフィルは自らの抱える嫉妬心に少し驚いていた。
どうやら水の精霊があらわれてから、余裕がなくなっているようだ。ファテナが精霊について行きたいと言い出したらと思うと、不安と怒りが入り混じった気持ちで冷静ではいられなくなる。
部屋には精霊の嫌う香を絶やさず焚くようアディヤには命じているし、絶対に木札を手放すなとファテナには言い聞かせているが、今この瞬間にも彼女のもとに精霊が訪れているかもしれない。
一刻も早く狩りを終わらせてファテナのもとに戻らねばと決めて、ザフィルは弓矢を強く握りしめた。
応援ありがとうございます!
40
お気に入りに追加
190
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる