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 夜遅く、ザフィルはファテナのもとに向かった。溜め込んだ仕事は何とか片付けたが、こんな時間になってしまった。
 部屋の扉を開けると、寝台の上で本を読んでいたファテナがこちらを見た。その瞬間、表情が柔らかく緩むの見て、心があたたかくなり、喜びを感じる。
「起きてたのか」
 寝台のそばに言って抱き寄せると、ファテナは素直に身体を預けてくる。艶やかな濃紺の髪を撫でたあと頬に触れると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
 軽く開いた唇に自らのそれを重ねると、微かな吐息まじりの声が漏れる。甘いその声を愛おしく思いながら、ザフィルはそっと彼女の顔をのぞき込んだ。
「あの、な」
 声が裏返りそうになって、思わず咳払いをする。ファテナは軽く首をかしげてザフィルの言葉を待っている。
「えぇと、その、あんたは……、俺のそばにいると言った、よな。それって……あの、本気か?」
「その、つもり……ですけど。えっと、やっぱり迷惑だったとかそういう」
「いいいや、違う、そういうわけじゃなくて」
 ファテナが眉を下げて悲しげな表情を浮かべたので、ザフィルは慌てて手を振って否定する。彼女の表情がほっとしたように緩んだのを確認して、一度ごくりと唾を飲み込んで心を落ち着ける。
「あんたは可愛い、と思う」
「……ありがとう、ございます?」
 戸惑ったようにファテナが首をかしげると、長い髪がさらりと肩を流れた。それを指先で絡め取り、ザフィルはそっと唇に押し当てた。
「この髪も目の色も、綺麗だ。心根が優しくて強くて、決して折れないところがすごいと思う。それに、あんたの身体はどこもかしこも柔らかくて触り心地がいい。何度でも抱きたくなる」
「なんだか今日は、おしゃべりね」
 小さく礼を言ったあと、ファテナが困ったような笑みを浮かべる。あまりべらべらと話さない方がいいのかと思わず口をつぐむと、それがおかしかったのか彼女は肩を震わせて笑った。
「あんたは……その、何かないのか」
「え?」
 ファテナの口から自分への想いを聞きたいが、それをどう尋ねたらいいのか分からない。言葉を探して口ごもると、ファテナは軽く唇をすぼめて考え込むような表情になった。
「……そうね、あなたも優しい人だと思う。厳しい決断を下すことだって、族長として民のことを大切に思っているがゆえであることは、見ていれば分かるわ。それにあなたはすごくあたたかくて、抱きしめてもらえると安心する」
 そう言って抱きついてきた柔らかなぬくもりを受け止めて、ザフィルは幸せのため息をついた。今なら、この想いを告げられるような気がした。耳元で囁けば、だらしなく緩んだこの顔を見られずにすむ。
「……っあの、ファテナ」
「今夜は……しないの?」
 勇気を出して口を開いた瞬間、ファテナが上目遣いで見上げてきた。胸元の服をぎゅうっと握りしめる小さな手や、薄い寝衣越しに感じるぬくもりを意識した瞬間、下半身に血が集まっていくのを感じる。
「っする、当たり前だろ」
 勢いよく、だけど乱暴にならないように気をつけながら寝台に押し倒すと、ファテナがまるで口づけをねだるようにザフィルの首裏に手を回し、引き寄せた。彼女がザフィルを欲しがっていることがたまらなく嬉しくて、夢中で唇をむさぼる。柔らかな身体は更に甘く蕩けていき、とろりとした表情を浮かべるファテナの肌にはまだ、昼間つけたおびただしい数の執着の証が赤く残っている。
 さすがにやりすぎたなと思うものの、真っ白なこの肌に赤い花を咲かせるのはとてもいい。
 気がつけばザフィルは、またいくつかの新しい痕を残していた。
「ん……、早く、きて」
 肌を吸われるだけではもどかしいのか、ファテナが身体をくねらせてザフィルにねだる。
「昼間も散々抱いたのに、そんなに欲しいのか」
 口ではそんなことを言いつつも、ザフィルだって早く彼女の中に入りたくて仕方がない。素直にうなずくファテナの身体を抱き寄せると、彼女の口からは期待するような吐息が漏れた。

 結局夢中になって彼女を抱き続け、疲れ切って眠りに落ちたファテナのそばで、ザフィルは想いを告げることも彼女の思いを聞き出すこともできなかったことに気づいて頭を抱えた。
「いつ言えばよかったんだ? ……だって、理性飛ばしてる最中に言っても覚えてなさそうだしな」
 ぐっすりと眠るファテナの頬を撫でて、ザフィルは唾を飲み込むと口を開いた。
「す……好き、だ」
 消え入りそうな声でつぶやいてみるものの、死にたくなるほどの羞恥心に襲われて、ザフィルは掛布に顔を埋めて悶えた。
「なぁ、あんたも俺のことを……想ってくれてるのか。だから、そばにいてくれるのか」
 つぶやいた言葉はもちろん寝ている彼女に届くわけもなく、ファテナはすうすうと気持ちよさそうに眠っている。
 ザフィルはため息をついて横になると、眠るファテナの身体を抱きしめた。
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