【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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 エフラが部屋を出て行き、ザフィルは机に向かって付近の地図を広げていた。地下の水脈が尽きて井戸の水が本当に枯渇してしまえば、別の水源を探す必要がある。テミム族の集落付近にある水源は、ほとんど水の湧いていない泉と水量の減った川、そして地下の水脈だ。少し離れた場所に大きな川があるが、そこは別の部族が使っているため、手を出せば争いは避けられないだろう。
「新しく井戸を掘るなら、このあたりか……」
 小さく唸りながら地図を見つめていると、部屋の扉が開いた。ちらりと視線を向けたザフィルは、微かに眉を顰める。
「黙って入ってくるな、ガージ」
「あれ、バレました? ぼくと兄さんを見分けられるのなんて、ザフィル様だけですよ」
 にこにこと笑う彼は、エフラとそっくりの顔をしている。エフラの双子の弟であるガージは、兄とは違って自らザフィルの前に顔を出すことはほとんどない。冷たい印象のエフラと比べて、にこやかな表情を浮かべることの多いガージだが、その笑顔の裏に野心を隠していることは分かっている。
「それで、何の用だ」
「あぁそうそう、ザフィル様もご存知かと思いますが、西の……ほら、元ウトリド族の者たちが暮らしてるあたりの井戸、水の出が悪いでしょう。あの人たち、精霊の怒りをかったのではって怯えちゃって。やっぱり長年染みついた考え方っていうのは変わらないものですね。巫女姫が生きていたら良かったのに、なんて言ってますよ」
 にこにこと笑いながら、ガージはザフィルに問いかけるような視線を向ける。ファテナの生存を明かすわけにはいかないので、ザフィルは表情を変えずにガージを見つめ返した。
「ウトリドの巫女姫は、残念ながらもういない」
「そうですよね。奇襲をかけた時の館の火事で、焼け死んじゃったんですっけ。噂によるとかなりの美人だったっていうじゃないですか。ぼくも顔見てみたかったな。遺体は黒焦げだったんですか?」
「趣味の悪い発言は慎め、ガージ」
 冷ややかな声で言葉を遮ると、ガージは肩をすくめて口を押さえた。
「まぁ、死んじゃった人のことはどうでもいいんですけど。このまま他の井戸も枯れるようなことがあったら、我々の生活にも影響があるかなって心配で。裏の川の水量も心許ないですし、この際新たな水源を求めてフロト族に侵攻すべきなんじゃないかと思うんですよね」
 ガージが挙げたのは、近くの大きな川のほとりで暮らす部族だ。テミム族と同じくらいの規模の部族だし、フロト族は弓での戦いに長けている。水をめぐって争うことになればお互い多数の死傷者が出ることは間違いない。
「それは、今考えるべきことではない。暴力的な手段より先にすべきことはまだあるはずだ」
「そんな悠長なこと言ってて、水が尽きたらどうするんです。最近のザフィル様は、平和主義が過ぎる。この地において水は何より貴重なもの。奪うために戦うことの何がいけないんですか」
「戦うことを否定はしないが、そのために失われる命があることにも目を向けるべきだ。いいか、俺の許可なしに勝手な行動をするなよ」
 ザフィルがまっすぐにガージをにらみつけると、彼は不満げな表情ながらもうなずいた。
「分かりました。……だけど、これはぼく個人の意見ではない。戦って領地を広げることを望む者が他にもたくさんいることを、ザフィル様も覚えておいてください」
 そう言って、ガージはくるりと踵を返すと部屋を出て行った。その顔に、来た時のような笑顔はもう残っていなかった。
 静かに閉まった扉を見つめながら、ザフィルはゆっくりと息を吐いた。
 戦って水資源を奪い、領地を広げることは、この地に生きる者なら当たり前のことだ。ザフィルも、このテミム族を発展させるために様々な部族との衝突を繰り返してきた。必要とあればためらいなく人を殺してきたし、ファテナの家族と同じように、見せしめのために処刑したことだってある。水の精霊が言うように、ザフィルの手は大勢の血で穢れている。それでも、少しでも多くの人が生きることのできる道を選んできたつもりだ。
「今、侵攻したところで……ただ犠牲を増やすだけだ」
 井戸はまだ枯れていないし、川の水だって干上がっているわけではない。
 いずれ戦うことになるかもしれなくても、できることなら先延ばしにしたい。
 そう考えること自体が、ガージらにとっては甘すぎると捉えられるのかもしれないが。
 だが、ガージは心の底から民のことを思っているわけでないのだ。彼が求めるのは、血が騒ぐような戦いの高揚。腕は悪くないが、ガージは戦って相手を完膚なきまでに打ちのめすことに喜びを感じている。その危うさゆえに、ザフィルはガージを戦闘の場でも中心に据えることはない。先日のウトリド族襲撃の際も、行きたいと志願した彼をザフィルは置いてきた。そのことも、きっと不満なのだ。
 不満を隠そうともせず、苛立った顔をしながら出て行った彼のことを思い、ザフィルは深いため息をついた。
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