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3 きみの一番になりたい
しおりを挟むクッキーをもらって以来、セドリックはいつも、手土産のように、リリアナに可愛らしいお菓子を買ってきてくれるようになった。
勝手にリリアナが心の中でライバル視している、彼のお姉さんも甘いものが好きで、セドリックはあちこちの店で買い物を命じられているらしい。
そのついでだから、と言って渡されれば、リリアナも断れない。セドリックがくれるお菓子は、いつも美味しくて、リリアナの好きなものばかりだから。
さすが大食い仲間というべきか、セドリックは、リリアナの食の好みをよく分かってくれている。
嬉しい反面、大食い仲間だからこうして色々とくれるのだと思うと、少し複雑な気持ちもあるけれど。
でも結局、色気より食い気なリリアナは、毎回大喜びしてしまうのだ。
「今日はどうする?この近くに、新しいケーキ屋ができたらしいけど、行ってみる?」
セドリックの言葉に、リリアナは小さくうなって首をかしげた。
「うーん、新しいケーキ屋さんは気になるけど、ケーキは昨日、たくさん食べたからなぁ」
「あ、そうなの?」
「うん。実は、昨日あたし、誕生日だったんだ」
「マジで!?」
セドリックが、驚いたように目を見開く。
「えー、教えてくれたらお祝いしたのに」
セドリックは、ごにょごにょと口の中で何やらつぶやいているが、わざわざ自分から誕生日を祝って欲しいとアピールするなんて、好きな人相手にできるはずない。職場では盛大にアピールして、皆に祝ってもらったけれど。
ルーナからは、可愛い髪飾りをもらったし、上司のローレンスはリリアナのために、巨大なケーキを用意してくれた。もう1人の上司であるレイオンは、興味なさそうな顔をしながらも貴重な魔石を分けてくれたし、他の同僚からも、色々なプレゼントをもらった。
自宅でも両親と兄にお祝いしてもらい、これまた大きなケーキを食べたので、さすがにケーキはちょっとお腹いっぱいだ。
「じゃあ、今日は俺のおごりな!誕生日祝いに」
「嘘、いいの?」
「もちろん。リリー、何食べたい?」
「えっとね、骨つき肉!今、期間限定で、すっごい大きなサイズを売ってるんだって。それ食べたい!」
元気よく宣言してから、誕生日祝いに骨つき肉を食べたがる女子ってどうよ、と一瞬過ぎるも、今更かなと思い直す。
セドリックと一緒に食べた骨つき肉は、誕生日祝いに食べたどのケーキよりも美味しかった。
◇◆◇
次に会った時も、セドリックは笑顔でリリアナにお菓子を差し出した。
「これ……」
中身を確認したリリアナは、目を見開く。
最近人気の店のカップケーキだ。可愛らしいデコレーションで、誕生日を祝うメッセージが描かれている。
驚いた表情のリリアナを見て、セドリックは、サプライズ大成功、と言って笑う。
「リリーの誕生日、知らなかったからさ。遅くなっちゃったけど、お祝い」
「ありがとう……」
セドリックの優しさが、嬉しいのに、辛い。こんなことされたら、好きだという気持ちを抑えきれなくなる。絶対伝えられないのに。
「すっごい嬉しい!可愛すぎて、もったいなくて食べられないかも」
リリアナは、思わずこみ上げてきた涙をこらえて笑った。
セドリックは、今度は誕生日プレゼントを買ってくれると言って、リリアナをモールへと連れていった。
迷うことなく、アクセサリーショップのひとつへ入っていくので、リリアナは戸惑いつつもあとを追う。
そこは、リリアナも何度か購入したことのある、お気に入りの店だった。パステルカラーで統一された店内で、セドリックの姿は微妙に浮いている。
「これとか、リリーに似合いそうかなって思うんだけど」
ピアスを指差しながら、セドリックが振り返る。
ガラスケースの中をのぞきこんだリリアナは、思わずわぁっと歓声をあげた。
ピンク色をした花モチーフのピアスは、花弁からキラキラとした透明の雫が零れ落ちているかのようなデザインで、一目で心を奪われてしまう。
「すっごい可愛い……!」
「やっぱリリーは、それ好きだと思った」
予想が当たったと、セドリックは得意げに笑う。
「誕生日プレゼント、それでいい?」
「いいの?」
「もちろん」
笑顔でセドリックがうなずいてくれるので、リリアナはその言葉に甘えて買ってもらうことにした。
好きな人からのプレゼントだ、嬉しくないはずがない。ずっと身につけておこうと、密かに誓う。
せっかくだから着けて帰ることにして、リリアナはセドリックの前でピアスを見せるようにポーズをとった。
「どう、似合う?」
「うん、よく似合ってる」
まるで恋人同士のようなやりとりが、くすぐったい。すぐに、恋人なんかじゃないのに、と冷たいものが胸を満たすけれど。
暗くなりかけた気持ちを吹き飛ばすように首を振ると、リリアナはセドリックを見上げた。
会計時の店員とのやりとりから、どうやら一度この店に来たことがあるのは確実だ。でも、こんなパステルカラーの店内に、セドリックが一人で入れるとは思えない。となると、思い当たるのは。
「……もしかして、お姉さんとこの店、来たことあるの?」
リリアナの問いに、セドリックはうなずいた。
「あー、うん。姉ちゃんに付き合わされてさ、それで」
「そっかー。ここのお店、可愛いもんね」
一瞬でも、自分のために下見してくれたのだろうかと考えたことが恥ずかしい。リリアナは、意識して口角を引き上げた。
傷つく必要なんてない。セドリックは、リリアナのために、こんなに素敵なピアスを選んでくれた。
たとえそれが、お姉さんの付き添いで来たついでだったとしても。
せっかく、今日はセドリックがリリアナのために色々としてくれているのだ。笑っていないと。
そう思っていても、セドリックの口からお姉さんの話が出るたびに、リリアナの心は沈んでいく。別にその話ばかりしているわけじゃないけれど、彼の口が動くたびに身構えてしまう。
「……でさ、その時姉ちゃんが、」
「もうその話、聞きたくない」
「え?」
セドリックが戸惑ったように瞬きをする。リリアナは、うつむいて唇を噛んだ。
「……あたしといても、お姉さんのことばっかり。そんなに好きなら、お姉さんのとこ行けばいいじゃない」
そう言い捨てて、リリアナはくるりと踵を返した。
セドリックは何も悪くないのに、八つ当たりをしてしまった。だけど、これ以上、楽しそうにお姉さんのことを語るセドリックを見ていたら、もっと酷いことを言ってしまいそうだ。
せっかく誕生日を祝ってもらったのに、今日はとっても素敵な1日だったはずなのに、リリアナが全て台無しにしてしまった。
セドリックも、呆れてしまっただろう。もう、こうして一緒に出かけることもできなくなったかもしれない。
だけど、それを招いたのはリリアナだ。
泣き出したくなるのをこらえながら早足で歩いていると、うしろから腕をつかまれた。
「リリー、待って」
「離して!」
振り払おうとしてみても、セドリックの手は、優しいのに揺るがない。
「嫌だ。リリーがなんでそんなに怒ってるか、分からない。俺、何かした?」
セドリックの声は困ったような響きをしていて、リリアナは小さくため息をついた。
「……だってあたし、いつまでたってもお姉さんに敵わない。セドリックの一番はずっとお姉さんなんでしょ」
リリアナの言葉に、セドリックは一瞬目を見開いたあと、小さく笑った。堪えるように口元を押さえるが、緩んだ口元は隠し切れない。
「なぁ、それって、リリーは俺の一番になりたいってことで……いいのかな?」
セドリックに言われて、リリアナは自分の発言を振り返り、一瞬で真っ赤になった。
これじゃあまるで、告白したかのような。
「……っこの、あたしが!二番なのは納得がいかないのっ!」
苦し紛れにそんな可愛くないことを言ってみるけれど、今更だ。セドリックは嬉しそうに笑ってリリアナを抱き寄せた。そして、耳元で囁く。
「姉ちゃんは確かに大事だけどさ、それは家族としてだし、姉ちゃんにはもう大切な人がいるから。俺の一番は、リリーだよ」
囁かれた言葉に、リリアナは小さく息をのんだ。
嬉しさと気恥ずかしさとが入り混じり、頭の中は沸騰しそうだ。
「ごめん、ずっとタイミング見計らってたんだけど、全然言えなくて。俺、リリーのことが好き」
「……あたしだって……、好きだもん」
大きな身体に包み込まれるように抱きしめられて、リリアナは真っ赤な顔を隠すようにセドリックの胸元に顔を埋める。
「やべ、すげぇ可愛い」
上機嫌なセドリックの声が、ものすごく近くから聞こえて、リリアナはますます身体の熱が上がるのを感じた。
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