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6 理想と現実の間で ★

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「わぁ!?」
 転移した先は、ベッドの上。同じ室内とはいえ、急に柔らかなベッドの上に倒れ込む形となったセドリックは、大きな声をあげた。

「セドリック、しよ」
「え?ええぇ!?」
 隣に倒れたセドリックの目を見つめてそう言うと、セドリックはベッドの上で器用にのけぞった。

「だめ?」
 必殺、上目遣いで手を組んで首をかしげてみせると、セドリックの身体が固まった。
「いやあの、リリー、お、落ち着いて」
「落ち着いた方がいいのは、セドリックの方だと思うよ」
「だってほら、まだ学生だし」
「あたし働いてるよ」
「で、でもほら、こういうことするには、責任が伴うというか」
「避妊薬なら、持ってるよ。前にお兄ちゃんの彼女がくれたんだ。いざという時のために持ってなさいって」

 リリアナは、机の引き出しの中に入れていた避妊薬の瓶を、魔法を使って取り寄せた。ずっと前に、兄の恋人がくれたのだ。持っていて困ることはないはずだから、と。事前でも事後でも、半日以内に飲めば効果があるこの薬は、年頃の女性なら持っているべきだとも言われた。
 もらってからずっと使う機会はなかったけれど、ようやく日の目を見る。

 瓶を見せると、セドリックは困ったような顔をした。
「や、そうなんだけど、でも、」
「あぁもう、ハッキリしないなぁ!」
 リリアナは勢いよく起き上がると、セドリックのお腹の上にまたがった。セドリックが悲鳴のような声をあげるけれど、やめるつもりはない。

「セドリックは、あたしとしたいの、したくないの、どっち?」
 まるで押し倒したような体勢で、リリアナはセドリックの顔をのぞきこむ。おかしい、恋愛小説で読んだシーンでは、ヒーローが上だったはずなのに。

 じっと答えを待っていると、セドリックはうろうろと視線を泳がせたあと、リリアナを見上げた。
「……っそりゃ、したいに決まってる、けどっ」
「よし、じゃあ決定ね」
「え、ちょ、待って、リリー、ちょっ……!そこで服を脱ぐなって!」

 ブラウスのボタンをはずそうとしたら、セドリックが手をつかんで止めた。リリアナの両手首を片手で掴むことのできる手の大きさに驚いていると、セドリックはため息をついて身体を起こし、片手をリリアナの腰に手を回すと、そっとベッドに押し倒した。そう、この体勢を求めていたのだ。

「本当に、リリーには負ける」

 セドリックの顔が近づいてきたのを感じて、リリアナは目を閉じた。ゆっくりと押しつけられた唇の感覚にうっとりしていると、下唇を甘噛みされて思わず身体が震える。吐息混じりに漏れた声は、自分でも驚くほど甘い響きをしていた。

 セドリックの舌が、リリアナの唇を躊躇いがちになぞり、その感覚に背筋がぞくりとするほどの快感を覚え、リリアナは思わずセドリックに縋りつく。
 初めての大人のキスは、恋愛小説で読むよりもっと官能的で、ずっとこうしていたいくらいに気持ちがいい。
 だけど、やっぱりリリアナはその先が欲しくて。

「ん、……ねぇ、もっと」
「もっと?」
 くすりと笑ったセドリックが、また優しいキスを落としてくれるけど、欲しいのはそれだけではない。
「違うの、キスだけじゃなくて」
「じゃなくて?」
 揶揄うような、はぐらかすような口調に、少しだけ唇を尖らせて。リリアナはセドリックのシャツを掴んで見上げた。
「しよって……言った」
 
 その言葉に、セドリックはまた少し困ったような笑みを浮かべて、リリアナの顔をのぞきこんだ。吐息すらかかるほどの距離で、セドリックはリリアナの髪を柔らかく撫でる。

「リリー、本当に後悔しない?」
 至近距離で顔をのぞきこまれて、リリアナは頬が熱くなるのを感じた。顔を隠したくなる気持ちを抑えて、リリアナはセドリックの金茶の瞳を見上げる。
「後悔なんて、するわけない」
「やめるなら今だよ?もう俺、本気で限界なの。リリーがやめてって言っても止められないかもしれない」
「いいって言ってる」
 そう言って、リリアナはセドリックのカフェオレ色の髪の毛に触れ、キスをねだるように引き寄せた。


◇◆◇


 とはいえ、お互い初めて同士。どちらもリードするなんてできなくて、時折戸惑って止まる手に、その度笑いがこぼれた。
 それでも、セドリックの手はどんどんリリアナの身体を滑っていく。まるで確認するように、色んな場所に触れられて、その度に身体が震える。そして、そんなセドリックの指先に翻弄されて、冷静ではいられない。

「ちょ、セドリック、なんか慣れてない?……もしかして、初めてじゃないの?」
 別に、過去をどうこう言うつもりはないけれど、微妙に面白くない。だって、リリアナは初めてなのに。
 少しだけセドリックの過去に嫉妬して、唇を噛んだリリアナを見て、セドリックはくすりと笑みをこぼした。
「初めてだよ。思春期男子舐めんなよ。死ぬほど妄想で予行演習済みだっつの」
「妄想、」
「俺が、どれだけリリーとこういうことしたかったか、多分知ったらドン引きされる」

 そう言って笑うセドリックの表情に何とも言えない色気を感じて、リリアナは小さく息をのんだ。セドリックが、どれほど自分を求めているのかを知って、涙が出そうなくらい嬉しくなる。
「別に引かないし。あたしだって、ずっと思ってた」
 恥ずかしくて、少し拗ねたような可愛くない言い方になってしまったのは、仕方ないと思う。


「リリー、すげぇ綺麗」
 目を細めてそう言ったセドリックの視線は、リリアナの胸元に注がれていて、思わず隠したくなる気持ちを堪えながら見上げる。
「あんま見ないで。恥ずかしい」
「今更だよ」
 くすくすと笑いながら、セドリックがリリアナのささやかな膨らみに手を伸ばす。横になったら更に行方不明になる膨らみに、正直ちょっと泣きそうだ。
「ん、だって……、あんま大きく……ないし」
「そう?俺の手にぴったり合って、最高じゃない?」
 ほら、と言って、セドリックはリリアナの胸を手で包み込む。あたたかな手の温もりに、リリアナは小さく吐息を漏らした。

「あ、そういえば、揉んだら大きくなるって聞いたことある。本当かな?」
 リリアナの言葉に、セドリックは額を押さえてため息をついた。
「……リリーは本当、無邪気に煽ってくるよな」
 そして、にやりと笑ってリリアナの頭を撫でた。
「じゃ、俺が責任持って頑張らないとな」
「え、あ、うん。じゃあお願い」
 思わず真面目にうなずくと、セドリックは声をあげて笑った。

「そこはお願いするんだ。本当、リリー最高」
「だ、だって、本当に大きくなるなら試してみる価値はあるかなって……」
「うん、そうだな。俺はリリーならどんな姿でも全然いけるけど、リリーが望むなら、叶えてあげるのが彼氏の務めだよな」
「彼氏……」
 そうか彼氏なのか、とその言葉に思わずときめいていると、セドリックは笑いながら優しいキスを落とした。
「ほら、余計なこと考えてないで、集中して」
「や、あ、待って……んっ」
「リリーのために俺、頑張るね」
 不埒な手つきで胸を触りながら耳元で囁かれて、リリアナは甘い声をあげた。


◇◆◇


 セドリックに触れられるのは、恥ずかしいけれど嬉しかったし、気持ち良かった。
 だけど問題は、いざ繋がろうとした時。

「痛い痛い痛い……っ」
 リリアナは、悲鳴をあげてシーツを握りしめた。
 最初は痛いということは知っていたし、一応それなりに覚悟もしていた。
 だけど、こんなに痛いなんて聞いてない。
 身体が引き裂かれそう、っていうのは、まさにこういう時に使う言葉だ。
 みんなこの痛みを乗り越えてるの?ありえなくない?超人すぎない?愛があったら、の範疇超えてない?だって明らか無理な感じするよ?
 痛みのあまり、頭の中で誰かに語りかけてしまう。現実逃避だ。
 だけど、この痛みから逃れるわけにはいかない。
 リリアナは必死で、もう無理と言いたくなるのを堪えていた。

「ご、ごめ……」
 リリアナの表情を見て、セドリックが怯えたように身体を引こうとするから、リリアナはその腕を掴んだ。
「謝んないで。いいから、続けて」
「でも」
「大丈夫、って……言ってる、でしょ」
 息も絶え絶えになりながら、リリアナはセドリックの頬に触れた。金茶色の瞳には、リリアナを気遣うような表情が浮かんでいて、その優しさだけで充分だ。

「ほら、魔法とかで何とかならないの?痛み止めみたいな」
「そんな都合の良い魔法が、あるわけない、でしょ……っ」
 治癒魔法を使えば、痛みはなくなるかもしれない。だけど、傷を塞いでしまう気もする。せっかく死ぬほど痛い思いをしてここまで受け入れたのに、またイチからやり直しなんてことになったら困る。
 リリアナは浅い呼吸を繰り返しながら、セドリックを見上げた。

「それに、死ぬほど痛い、けど、嫌なわけじゃないから」
「……え?」
「セドリックと、こうやっていられるなら、この痛みすら、嬉しい……って、言ってるの!」
 どうしても可愛くない、拗ねた言い方になってしまう。恋愛小説みたいに、もっと甘い空気で、幸せそうな表情で言いたいのに。現実は、痛みで涙目のしかめっ面だ。
 なのに、リリアナの言葉を聞いた瞬間、セドリックは低い声でうなって、勢いよく腰を打ちつけてきた。
 全身が痺れるような痛みに、リリアナは思わず小さな悲鳴をあげた。

「ちょ、動いちゃ、や、んん、痛い……ってば!せめてゆっくり……!」
「リリーがそんな可愛いこと言うのが悪い。ごめん、もう止まんないかも」
「可愛い、とか何、意味わかんな……っ」
 とにかく痛いし、肌と肌がぶつかる音が恥ずかしいし、セドリックが動く度に、なんだか濡れた音が響くのはもっと恥ずかしい。

「大好き、リリー。俺の一番大切な人だよ」
「……っ」
 だけど、そんなこと言われたら、リリアナはもう何も言えなくなってしまう。だって、目の前のセドリックが、とても幸せそうな表情をしているから。

「……あたしも、好き」
 リリアナもそう囁いて、セドリックにキスをねだった。優しく降りてきた唇に、少しだけ痛みが和らいだような気がする。
 身体の痛みは辛いけど、色々恥ずかしくて死にそうだけど、セドリックがめちゃくちゃ幸せそうに笑うから、リリアナはそれでいいかなと思ってしまう。

 現実は、夢みていた恋愛小説とは全然違っていたけれど、多分リリアナは今、どの恋愛小説のヒロインよりも幸せだ。



後日、無駄に勉強熱心なセドリックが、痛みをなくすためにはどうすればいいのかを色々と学んできて、あれこれ試すはめになるのは、また別の話。
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