断罪されそうになった侯爵令嬢が頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるに至るまでの話。

あの時削ぎ落とした欲

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 いつものようにエリスとニナが食堂で昼食を摂っていると、珍しい来客があった。淡い空色の髪に金の瞳、柔和な顔立ちの美少年。第四王子リーゲルだ。

「お久しぶりです、エリス様」
「殿下、どうなさったのですか」

 リーゲルは法学科だ。わざわざ中心部から学年校舎の食堂に来るのも不思議だし、エリスに話しかけてきたのも入学して初めてのことだ。

「いつも法学科の食堂では飽きて来るので、たまにはこちらで昼食をと思いまして。何かお勧めはありますか」
「ええと……」

 二人が会話している傍でニナは白いパンにかぶりついたまま眉間に皺を寄せていた。そして唸り声をあげる。

「ヴー」
「こら、ニナ威嚇しないの。こちらは第四王子殿下よ」

 失礼のないようにね、と目配せするがニナは反応しない。

「すみません、殿下。ニナは平民出身で、少し変わった性格をしていて……」
「ええ、知っていますよ。ニナ嬢は有名人ですからね。初めましてニナ嬢、リーゲルと申します」
「シャー」

 ニナが再び威嚇する。
 エリスは母の愛猫ルーを思い出した。彼は長い毛が毛玉になりやすいのでブラシをしなければならないのだが、ブラシが大嫌いでいつもブラシ中シャーシャー言っていた。今のニナととても似ている。つい思い出し笑いをしてしまうエリス。

「エリス様?」
「! すみません、殿下」

 深く頭を下げるエリスをリーゲルが止める。

「かまいません。では、僕も昼食をとってこようかな」

 リーゲルが去ったところで、エリスがニナに注意する。

「ニナ、駄目よ。私もさすがに王族に対する不敬は庇えないの」
「ヴー、でもー、おとーさんに似てた」
「シェンテ男爵? 苦手だったの?」
「うー、違うけど……」

 ニナはリーゲルのエリスに対する視線が気に入らなかった。愛妻家のシェンテ男爵が妻へ向ける眼差しに似ていたのだ。しかし、上手く説明できない。

 ニナがもごもご口籠っていると、リーゲルが昼食を乗せたトレイを持って戻ってきた。

「特に知り合いもいないので、ご一緒しても?」
「え、ええ、どうぞ」

 エリスが隣に着席を促すが、ニナがギーと睨む。リーゲルは苦笑しながら一つ間を開けて席に着く。

「威嚇は駄目よ、ニナ」
「ニナ嬢は警戒心が強いですねえ」
「がるる」

 エリスとリーゲルが会話しながら食事を進めている間、ニナはずっと不機嫌なままだった。

「ニナ嬢は私の妹の幼い頃に似ていますね」

 リーゲルには異母妹にユーピカという王女がいる。両親から甘やかされている末の姫だ。

「ユーピカも自由奔放で元気な子でした。今は随分大人しくなりましたが、昔は随分手を焼かされたものです」
「まあ……」
「ぐるる」

 自分が子供っぽいとわかっているニナだが、改めて指摘されると腹が立った。

「だから、私も誰かの面倒を見るというのは慣れています。エリス様が少し疲れてしまった時などは是非僕に相談して下さい」

 ニナは机をてしてし叩き始める。

「ぐぎー、私か? 私のことを言っているのか? エリスが私の面倒見るの疲れたらお前が私の面倒見るってことか? お前なんか必要ないやい」
「こら、ニナ……」

 ニナを諫めてから、エリスはリーゲルに向き直り、

「殿下、申し出は有難いのですが、私はニナの面倒を見ている訳ではありません。友人として共に過ごしているだけです。ですから、疲れるなどということは……」
「……そう、ですね。気分を害してしまってすみません。なんというか……ああ、もう回りくどく言うのは止めましょう。エリス様とニナ嬢が、昔の僕とユーピカに見えてしまって懐かしくなっただけなのです。それでつい、お二人に声をかけてしまった」

 リーゲルが困ったように笑う。

「もう近づきません。安心していいですよ、ニナ嬢」

 リーゲルが席を立つ。
 エリスはその諦めたような顔に既視感を感じた。そう、鏡で何年もこの顔を見てきた。ニナに会うまでの自分だ。

 ──リーゲル殿下とユーピカ殿下が共に過ごせたのは政治的なことがわからない幼い頃だけ。現在は、それぞれ立場があって以前のような関係ではいられないのだわ。だからリーゲル殿下は懐かしくなって私たちに……分かるわ。私も仲睦まじい母娘をみると、どうしようもなく寂しくなるもの。

 このままリーゲルが去るのを見過ごせなかった。

「待って下さい。殿下さえよろしければ、お暇な時にでもニナと接してあげてください」
「ふぁああああん?」

 思わぬエリスからの裏切りに気の抜けた音がニナの口から洩れる。

「しかし……」
「ニナは人見知りなので、将来魔法師団でやっていけるか心配なのです。今のうちに少しでも改善できたらと」

 ニナはエリスに好意を寄せて近づく男を威嚇しているだけである。それに気づかないエリスはニナを人見知りだと思っている。

「そうですか、僕がお役に立てるのであれば……」
「はい。是非お願いします」

 ニコニコと微笑み合う二人。
 一方ニナは、納得いかない。リーゲルの眼は完全にエリスが目当てだといっている。自分をダシにしてエリスに近づこうとしている。気に入らないが、エリスが上機嫌なので嫌だと言い出せないニナだった。





 ニナの為にお菓子作りを始めたエリスだが、物を作るという行為が楽しいと感じ始めていた。そして、お菓子だけでなく料理も挑戦してみることにした。
 学園の中央図書館で料理の本を読み込み、知り合いの調理人ルークに料理の基本を教えてもらうと、あっという間に人並み以上の物を作れるようになった。ルークの長い自慢話に付き合わされるのが鬱陶しくて早く上達したとも言える。

「今日はお弁当を作ってきたの。中庭で食べましょうか」
「わーい」

 中庭の通路でバスケットを受け取ったニナはそれを頭上に掲げ、その場でくるくる回る。そこへリーゲルが通りがかった。

「おや、これからお二人に会いに食堂に向かおうと思っていたのですが、今日はここで昼食を?」
「ええ」
「ヴー」
「こら、ニナ威嚇してはいけません」
「ぬー、エリスの手作り弁当だぞー。羨ましかろー」

 威嚇を止めたニナがバスケットをぱかりと開けて中を見せる。色とりどりのサンドイッチが収まっていた。

「エリス様の、手料理……!?」

 衝撃を受けて一瞬真顔になるリーゲル。すぐにいつもの微笑みに戻る。

「とてもいい香りがしますね。ご相伴に預かってもよろしいでしょうか」

 ニナがフフンと鼻を鳴らす。

「おまえのぶんねーから」
「こら、ニナ、口が悪いわ。でも、すみません殿下。このような物を殿下に差し上げる訳にはいきません」

 王族に質素な手料理など食べさせて口に合わなかった場合、気を使わせてしまうことを想像して恐縮するエリス。

「立場上、人の温かみを感じられる料理を口にする機会が少ないので、一切れでも頂けると嬉しいのですが」

 食い下がるリーゲルにエリスはどうしたものかと考える。

「おい、お前、エリス困らせんな。もしお前が今日ハライタおこしたり、最悪死んだりしたら、エリスの料理のせいだっていわれるかもしれないだろー。王子ならそんくらい考えろよ」

 これはニナの言う通りであった。原因がなんであれ、疑われるのが普段と異なる行動だ。今回初めてエリスの手料理を口にしてから何かが起これば、まずエリスが毒を盛ったと疑われる。ニナは外見も言動も幼いが、時折、その場の誰よりも冷静に物事をはかれる上、身分を気にせずズバッと発言できる。

「そう、ですね。考えがいたらず、すみませんでした」

 リーゲルが頭を下げようとする。慌ててエリスが止める。だが、ニナは満足気に頷いている。

「わかればよろしい」
「こら、ニナ……」

 注意しつつも、ニナに助けられてホッとしたエリスだった。
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