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1章 Hello World
4話 初陣
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けたたましいアラームの音が鳴る。
私はベッドに横になったまま、耳もとで鳴っているケータイを掴み、乱暴にアラームを解除した。
ベッド脇にある青色のカーテンを少し開けると、眩しすぎるくらいの陽射しが差し込んできた。
私は顔をしかめ、枕に埋まり、一人うめき声を出す。
いつもならケータイのアラームが鳴る前に、自然と起きるのだ。
しかし昨日はベッドに潜っても全く寝付けなかった。
原因は考えずとも分かっていた。
昨日の出来事、仮想世界という未知の世界を知った私は、無意識にいつまでも仮想世界のことを思い出して、更に想像してしまうのだ。
どんなに気を落ち着かせようとも、胸の高鳴りが収まることはなく、結局眠りについたのは午前4時くらいだった気がする。
このままもう一度寝てしまいたい…。
頭を枕から無理やり引き剥がし、枕を睨みつける。
ぼんやりする頭を振り払い、のそのそとベッドから這い出した。
パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えてから、今度は完全にカーテンを開け放つ。
雲一つない青空に、春特有の霞がうっすらかかっている。
しかし、陽光が遮られる様子はなく、絶え間なくこの世界を照らしている。
「…うん、いい天気じゃん。」
新たな人生の始まりには、上々すぎる日本晴れだ。
私は清々しい気持ちで、部屋のドアを開ける。
階段を降り、リビングに入った。
「お父さん、お母さん、おはよう。」
父はリビングの椅子に座り、眠そうに朝食のパンを食べていた。
母はキッチンに立ち、食器を洗っている。
二人は私の声を聞くと、まるで時が止まったかのように動きを止めた。
先に声を発したのは父のほうだった。
「あ、ああ…おはよう。」
「あら、今日はどうしたの?」
二人とも少し驚いたような顔をしているが、それもそのはず。
私は中学に入った頃から、家族と必要最低限の会話しかしていない。
故に朝起きても家族に挨拶することはなかった。
「別に何もー」
私は噴き出しそうになるのを堪えながら、ぶっきらぼうに言う。
「そんなのそのそ食べてるとまた遅刻するよ。」
テーブルの上にあるパン皿からパンを数枚手に取り、父と対角線上の席に着く。
「あ、ああ…。」
父はパンを両手に持ったまま数秒静止し、ようやく口を動かし始めた。
その間も父は何が何だかわからないといった表情をして、私の顔をしばらく凝視してきた。
私はそれを気にせず、手早くパンと牛乳を口に運ぶと、早々に席を立った。
リビングを出て、洗面所に向かい歯を磨く。
軽く髪を整えてから、ふと思いだした。
今日は仙台トルーパーの人と会うって京介さん言ってたっけ…。
私は洗面所の鏡に映る自分の姿をよく見る。
美容院に行くのが面倒で、ずっと伸ばしっぱなしにしていた長い黒髪。
何の色気も工夫もない姿がそこにはあった。
せめて後ろ髪だけでも結んだら変わるだろうか…。
鏡を見ながら手で後ろ髪を縛ってみる。
うーん…。
首が寒いな。
たしかこのへんに…。
洗面所の棚を開け、黒色のヘアゴムを一つ取り出す。
左手で髪を束ねながら、右手でゴムを縛っていく。
「あ…意外といいかも。」
バサバサと邪魔だった髪がスッキリした感じがする。
さくらのような可愛らしさは皆無だが、邪魔にならないのはなかなかいい。
鞄を取りに自分の部屋に戻ってから、リビングのドアを少し開ける。
「行ってきまーす。」
数秒のラグがあってから、行ってらっしゃいと返事が返ってきたが、その返事に混じって、何が起きたんだ?という父の言葉が聞こえ、思わず笑ってしまった。
玄関のドアを開け、大きく深呼吸をする。
胸いっぱいに春の陽気が入りこんできた。
今まで感じたことのない清々しい気分。
こんな気持ちにさせてくれたのは全て京介さんのおかげだ。
…だがいつまでも浮かれている訳にはいかない。
私にはどんなことよりも先にやらなければならないことがある。
私が今までやっていたことは罪であるし、償わなければならない。
彼女と向き合わなければ…。
私は自分に喝を入れ、一歩踏み出した。
彼女の姿を見つけたのはちょうど校門に入る手前だった。
昨日より更に散っている桜の花びらを巻き上げながら、私はほとんど全速力で校門までの坂道を駆けた。
「さくら!」
薄い桜色の髪が揺れ、さくらは振り向く。
少し驚いた顔を見せた後、可愛く微笑んだ。
「あれ?どうしたの未来?」
昨日の出来事を全く感じさせない自然な振る舞い。
だがその振る舞いの中に、わずかに影が差しているような気がしてならなかった。
私のせいだ。
さくらはいつも私を気にしてくれていた。
なのに私は面倒だからとさくらのことをまるで相手にしなかった。
「ごめん!!今まで私、全然さくらの話し聞こうとしてなかった。さくらと向き合ってなかった。」
さくらはキョトンとした顔になり、私の顔を見つめる。
「…でも私ちゃんとするから。これからはちゃんと向き合うから。私の人生とさくらと、他にも色んなことと向き合うから。」
私は息を大きく吸い込み、言い放つ。
「だから!これからもよろしくお願いします!」
私の声は校門から校舎まで何かに遮られることなく、坂道に響き渡った。
つまりそれは、登校する生徒に漏れなく聞こえるということで、私は頭を下げながら赤面することになった。
「なになに!?なんの冗談?…みんな見てるんだけど。」
さくらは小さい体を使ってワタワタしていたが、私が顔を上げないことを見兼ねて大人しくなった。
「未来…、大丈夫だよ。心配しないで、私はずっと未来の友達だから。」
私の唯一の友達、さくら。
小ちゃくて、いい加減で、飽きやすくて、そんなさくらだけど、さくらはいつも私のそばにいてくれた。
大切な存在。
失うところだったその存在。
絶対に忘れてはならない。
「……ありがとう。」
私は顔を上げ、涙ぐんだ声でそう言った。
「それにしても未来ー。なにがあったのさ?」
昼休み。
私とさくらは校内にある食堂まで来ていた。
弁当を持参してもよかったのだが、この学校の食堂はなんともリーズナブルで、300円程度で定食が食べれるのだ。
さくらは自販機でオムライス定食の食券を買いながら、私にそう聞いてきた。
「え…?」
私は何のことだか分からず聞き返す。
「未来が私に謝ってくるなんてことは、なんかあったんでしょ?しかも今日は髪結んでいる上になんだか楽しそうだし。」
そりゃあ、仮想世界なんて非現実的なものと直面したんだから当たり前じゃん。
…なんてことは口が裂けても言えない。
「え…いや、そうかな…?」
動揺しているなんて認めたくないが、自販機のボタンを選ぶ手が勝手に震えてしまう。
「ん~?」
さくらはニヤニヤしながら私の顔を覗き込む。
私は震える手でカレー定食のボタンを押す。
つもりだったのだが、位置の定まらない手は隣りのスペシャルカレー定食のボタンを押してしまった。
定価500円。
通常のカレー定食のおよそ5倍の量があり、学内では生徒から恐れられている一品だ。
「うわっ!スペシャルカレー定食なんてよほどご機嫌なんだね未来!」
「うわぁぁぁぁあん…!!」
なんたる屈辱。
スペシャルカレー定食は思っていたよりも深刻な量だった。
まず見た目がひどい。
皿に山のようにご飯が盛られ、その上から盛大にルーがかけられる。
その姿、まるで富士山のよう。
盛るな盛るな。そんなに盛ってどうする。食べにくいじゃないか。
せめて大皿に平たく載せてくれ。
私はため息をつきながら、食堂のおばちゃんからスペシャルカレー定食を受け取る。
お、重い…。
私は手頃な席を見つけると、すぐに座った。
こんなものを持って食堂内を歩き回ったら、目立ってしまう。
続けてさくらも向かい側に座り、いざこのカレーの山と闘わなければならない。
「それ、全部食べれるの?」
さくらは少し頭を傾け、尋ねる。
カレーの山のせいで私の顔が見えないのか。
「無理…、どうしよう…。」
「言っとくけど、私にも無理だからねー。」
さくらは楽しそうに笑ってオムライスを食べ始めた。
くそう、他人事みたいに…。
いや、まあ他人事ではあるのだが、元をたどればさくらが悪いことになる。
いやいやいや、こんな風に悶々とネガティブ思考になるから私はダメなのだ。
このスペシャルカレー定食を頼んでしまったのだって、なにかの運かもしれない。
私はスプーンを掴み、カレーの山を睨む。
よし、いざ勝負!
「やあ昨日ぶりだね、未来。」
意気込んだところで急に邪魔が入る。
なんだこれからいいところなのに、と思って顔を上げてさくらを見る。
が、さくらはオムライスを咀嚼しているところで、声の主はどうやらさくらではないらしい。
しかしどういうことだろう。
この学校には私のことを未来と呼び捨てする人物はさくらしかいないはずなので、私の名を呼んだのは誰なのだ?
私は体を反転させ、後ろを見る。
「あっ京介さん!」
そこにいたのは紛れもなく、昨日私を救ってくれた命の恩人だった。
その横には大柄な体格の男子が立っていた。
線の細い京介と比べると、その差は歴然としていた。
「いやあ探したよ。まずクラスが分からなくて、2年の教室を手当たり次第に探したんだが、いないから。ここにいたんだね。」
京介は相変わらず温和な笑顔を浮かべ話す。
「えっと…なにか用事でもあったんですか?」
貴重な昼休みを使ってそこまで私を探したのだから、なにか私に用事があったに違いない。
「ああ、別に急な用事じゃないんだけどね。昨日の今日でメンバーもけっこう気にしてるし。」
京介は私の向かいに座るさくらを一瞥して、話しを続ける。
「特にこいつ、『ダモん』って言うんだけど、ええと…ほらメンバーの一人な。ダモんから話しがあるってさ。」
メンバー。
つまり仙台トルーパーのメンバーのことか。
さくらがこの場にいるから、京介は仙台トルーパーのことを公けにしたくないらしい。
「ダモんって呼ぶなって!」
ダモんと呼ばれた大柄な男子は、京介を一括してから私に向き合った。
私に何かを伝えようと口を開いた彼は、私が予想していた言葉とかけ離れたことを口にした。
「うわぁぁぁぁあ!!それスペシャルカレー定食!?」
「え?」
彼は興奮したように目を見開き、いまだにテーブルの上で君臨するカレーの山を指差した。
「それそれ!君の目の前にあるやつ!それスペシャルカレー定食だよね!?」
「え、はい。そうですけど…。」
私は戸惑いながらもそう答えた。
向かいに座るさくらはもはや、ぽかんとしたまま動かない。
「美味しそう…。」
彼はカレーの山を見つめ、ぶつぶつと呟き始めた。
「あの、よかったら食べます?私、食べ切れなくて困ってたんです。まだまったく手をつけてないんで。」
「いいの!?やったー!!」
彼は両手を上げて喜び、私の席の隣りに座った。
「おいおい!さっき弁当食べたばっかりだろ。」
京介は彼に声をかけるが、彼は聞く耳を持たなかった。
私が小皿に自分の分を分ける様子をじっと待ち構え、すでに戦闘体制だ。
「やれやれ…。」
京介は仕方なく、さくらの隣りの席を選んだようだ。
「隣りの席、いいかい?」
「は、はひっ!!」
声をかけられたさくらは、顔を赤くしながら叫んだ。
しかも噛んだし…。
こうして私の向かいにはさくら、隣りにはカレーの山を食べ壊していく仙台トルーパーのメンバー、そして斜め向かいには仙台トルーパーのリーダー京介というなんとも奇怪な組み合わせになったわけだが…。
「なんの話しでしたっけ?」
小皿に乗せたおよそ一皿分のカレーを口に運びながら、私は話しを元に戻した。
「ああ、俺から話すか。」
京介はカレーに埋もれる彼を一睨みして、口を開いた。
「昨日、君が子猫を助けただろ?」
子猫…。
そうか私はあの子猫を助けようとして、踏切に飛び込んだんだっけか。
私はあの後意識を失っていたので分からないが、子猫のほうは大丈夫だったのだろうか?
「大丈夫、君の心配には及ばない。子猫は元気だよ。」
私の気持ちを察してか、京介はそう言った。
「よかった…。あれ?でもその子猫はいまどこにいるんですか?」
「ダモんの家で預かってもらってる。」
「ダモんって言うな。」
答えたのは京介で、即座にツッコミを入れたのは隣りに座る彼だった。
「僕の名前は門田鉄平。君に猫を投げられた時はびっくりしたよ。まさか投げるとは思わなかったね。」
彼は一度スプーンを置き、話しに加わった。
驚くことにカレーの山はほとんど消失していた。
私はあの時、この人に子猫を投げ渡した訳か。
失礼かもしれないが、彼が大柄でよかったと今更ながら思った。
「僕の家は猫飼ってるんだけど、さすがに二匹は駄目で、出来れば君にあの猫を飼ってもらいたいんだ。」
なるほど、それで二人は私のところへ訪ねに来たわけか。
「子猫を預かってくれてありがとうございます門田さん。親に聞いてみないと分からないですけど、ぜひあの子猫を私に飼わせてください。」
私がそう言うと、門田はにっこりと笑ってくれた。
そして再びカレーの山を食い尽くすためにスプーンを持った。
「よし、これで一件落着。未来、昨日話したように同じ場所で集合な。道は…。」
「大丈夫です、近くなんで分かりますよ。」
「上々、いろいろ準備しなくちゃな。ダモん先行ってるぞ。」
京介はそう言うなり、門田を置いて去って行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!あとダモんって呼ぶな!」
門田は慌ててカレーを掻き込み、京介の後を追うように立ち上がった。
「カレーありがとう!今度何かご馳走するよ。」
そして綺麗に空っぽになった皿を残して、門田も食堂から出て行ってしまった。
「…大丈夫さくら?」
これまでの会話でほとんど発言がなかったさくらはというと、先ほどから顔を赤くしたまま動いていない。
半分ほどまで食べていたオムライスも、まったく減っている様子がない。
「おーい。」
「ふぇ?あ、あうん。大丈夫大丈夫。」
目の前で手を振るとやっと反応があった。
しかし頬の赤らみは消えず、多少ぼけーっと放心しているようにも見える。
「生徒会長さん…カッコいいなぁ。」
「え?」
「木村京介さん。この学校の生徒会長だよ!未来、知らないで話ししてたの!?」
木村京介さん…。
生徒会長…。
生徒会長ってあれか。生徒会の長。
うん…。
「えぇ!?」
知らなかった…。
まさか京介が生徒会長だなんて。
「ほんとに未来ぅ!昨日は何があったのさ!どうやってあの生徒会長と知り合いになったのさ!」
どうやってって言われても…私にはよく分からない。
京介に助けてもらったこと自体が偶然なのだ。
「あはは…なんでだろうね?」
「このこの!ずるいぞ!今度私にも紹介しろー!」
やれやれ…。
これはジュースの一本でもおごらないと機嫌が治らないな…。
などと思いながら、さくらが納得するような京介と出会った経緯を模索するのだった。
昼休み中にあった出来事をまとめると、さくらはまだ仙台トルーパーに入ったばかりで、京介たちと面識があるわけではないらしい。
そもそも仙台トルーパーがどのような存在なのか。
私はまだ知らずにいた。
京介はそのことについて昨日の仮想世界内で説明してくれていたらしいが、情けないことに私は昨日の記憶が抜け落ちているところがたくさんあるのだ。
そして京介の発言から察するに仙台トルーパーのことについて、公けにに話すのは避けたほうがいいらしい。
何故かは知らないが、あの場で仙台トルーパーという言葉を使わなかったのは確実に不便であったし、その理由はやはりさくらがいたから。と考えるのが妥当であろう。
よって、京介に仙台トルーパーについて聞くまでは、さくらに昨日の出来事を全て話すのはやめておいたほうがいい。
だとするなら、さくらにはなんて嘘をついたらいいんだろう?
そうだな…。
捨て猫を見つけて保護してくれた。あたりがいいだろう。
ノートの端っこに小さく猫の絵を描き、黒板を見上げる。
黒板には相変わらず、退屈そうな漢文が書かれていた。
私はふぅと一つため息をつく。
だが心は踊っていた。
早く放課後にならないだろうか。
チャイムが鳴ると同時に私はいち早く教室を出た。
飛ぶように、とまではいかないにしても階段を駆け下りる際に、2、3段は飛んで降りた。
昇降口には誰もいない。
新入生の勧誘期間で部活のないものは、早く帰れるのだが、どうやら私が一番のりらしい。
京介は部活がないのだろうか…?
ふとそんなことが頭をよぎったが、昨日の下校途中でバス内から京介を見かけたのだから、部活はないし生徒会の仕事も今はないのだろう。
上靴を脱ぎ、外履に履きかえる。
「未来!ちょっとそんなに慌ててどこ行くのさ!」
さくらだ。
昨日と同じような展開に笑みを浮かべつつ、振り返る。
昨日とは圧倒的に違う部分があるのだ。
「ごめんさくら。今日はちょっといそがしいの。先帰ってるね!今日のことは明日報告するから!」
そう言い、昇降口をくぐる。
「え、えぇ~!?せっかくアニ研に誘おうとしたのに~!!」
さくらには悪いが、当分アニ研には入る気はない。
あの仮想世界より面白いものがこの世にはあると思えないのだ。
私はファッションというものには疎いため、制服のまま行こうと考えていたが、今更になって最近のファッションを知らない自分を呪いたくなった。
昨日私と京介がいた喫茶店は、街中の一角にあるお店だ。
故にバスを早めに降りて、そのまま街へ直行するのだが…。
学校からの帰り道で制服姿の女子高生も多いのだが、流石の駅前は華やかな服を着た若い女性が多かった。
うぅ…。
私、浮いてないかな…。
こんな制服姿で大丈夫だろうか。
肩を狭くしてアーケードの中を小走りで通る。
夕方に差し掛かるアーケードは人が多く、人見知りというか人間不信な性格の私には少しばかり苦痛だった。
なんでだろう?
仮想世界では全然平気だったのに。
そうこう考えているうちに、喫茶店へと続く道にたどり着く。
昨日の仮想世界で陽気な音楽を鳴らしていた店は、現実世界ではケータイショップになっていた。
ケータイショップの角を曲がり、アーケードから小道に入る。
ここを真っ直ぐに進めば、昨日の喫茶店に着くわけだ。
昨日とは逆の道順で歩を進める。
現実世界ではなんの面白みもないアスファルトが続いているだけだ。
あの角からは西洋風の防具を見にまとった人が出てきたっけ。
この店もあの店も全部、木造で出来ていた。
昨日の仮想世界に思いを寄せながら歩く。
ワクワクが止まらない。
またあの世界に行けるんだ。
すぐに昨日見たテラスが見えてきて、 はやる気持ちを抑えながらテラスに繋がる階段を登った。
仮想世界の時と違い、こちらの階段は金属製で錆び付いているし、登る度にカンカンと金属音がするのが特徴的だ。
喫茶店のドアを前にして私は少し驚いた。
昨日は気がつかなかったが、ドアの前には看板が掛けれれていて、そこには「喫茶店とるぅぱぁ」の文字が実にゆったりとした調子で書かれていたのだ。
これじゃあまるでトルーパー専用のお店みたいだなぁ。
そう思いながら私はドアノブに手をかける。
そしてそのまま私は頭をしたたかにドアにぶつけた。
「あいたっ。」
何がどうなっているのかわからず、私ができたのは声を上げるぐらいだった。
「おっと失礼!」
ドアからは私より先に状況把握ができたのか手刀を作りながら一人の男性が出てきた。
私がドアを開ける前に、彼が先にドアを開けたのか・・・。
額を押さえながら私はその姿をよく見ようと顔を上げる。
「あれっ?よく見たら未来の姉御じゃないっすか!」
「えと…誰だっけ?」
「そんなっ!昨夜、杯を交わした仲じゃないっすか!」
はて?
私はこんな金髪、長身、一見するとヤンキーみたいな人と知り合いだっただろうか?
いや、待てよ…。
杯?
そういえば昨夜、私は誰かとお酒を飲んだような…。
「…渡瀬君?」
「そうっすよ!いやぁ忘れられたかと思った。」
そうか、なんとなく記憶の断片でしかないのだが、彼とは確かに熱い夜を交わした気がする。
いや、変な意味ではなく。
「遅かったすね。もうみんな揃ってますよ。」
渡瀬はそう言うと、レディーファーストよろしくドアを押さえ、私を中に入るように促した。
仮想世界のバーで働いているだけあって、その姿はとても様になっていた。
中に入ると昨日と同じでジャズソングが私を迎えてくれた。
内装は基本黒色で、椅子やテーブル、そしてカウンターが白色で統一されている。
いわゆるモノクロ調というやつで、蛍光色が存在しない
空間に私はどこか安心感を覚えた。
「まぁあ、いらっしゃい!あなたが未来ちゃんね。話しは聞いてるわ。ようこそ仙台トルーパーへ!」
と同時に寒気を覚えた。
何だか女性口調なのにやけに低い声だぞ?
声の正体を掴もうとカウンターの方向を見るが、ドアを閉めた渡瀬が急に私の前に割り込んできた。
「え、ちょ。渡瀬君?」
「駄目だ、姉御。あれを見るにはまだ早すぎる。」
「ちょっと渡瀬!なにやってるのよ!退けなさいそこ!」
「え、えぇ~…。」
私はどうすることもできず、大人しく渡瀬の陰に隠れながらカウンターの前を通り過ぎるしかなかった。
「やれやれ、渡瀬!少し大人しくしてろよ。」
聞き覚えのある声が聞こえ、私は周りを見渡した。
やはりそうだ。
店の奥の座席から京介がやって来た。
「ああボスー、未来の姉御来ましたよー。」
「見れば分かる。ほらそこをどけ。いくらマダムの顔が面妖でもいつか紹介しないといけないんだから。」
「ちょっと京介ちゃん?今なんて!?」
「それもそうっすね。」
渡瀬は京介にすんなり従い、引き下がった。
当然、私の視界にはなんの邪魔もなく、これで店の全体を見渡せるようになったわけだが、必死に渡瀬がガードしていた理由がようやく分かった。
「はじめまして、この喫茶店の店長よ。歓迎するわ~。」
そして見なければよかったと心から思った。
カウンターに立つその人物は、ピンクのエプロンを着た、喫茶店の店員らしい格好をしていたのだが、おおよそ予想していた通り、やはり中身は男であった。
うまく女装すればいいものの、男らしい骨ばった体格とか筋肉が隠しきれていないので、彼の格好はアンバランス極まりなく、異常さを全身から醸し出していた。
おまけに浅黒い肌に無理やり濃い化粧をしているため、顔は何とも見るも無惨な状態になっていた。
「え、あ、どうも…よろしくお願いします…。」
いつの間にかカウンター席に引き寄せられ、手まで握られているではないか。恐るべし…。
「まぁ、可愛いわぁ~。京介ちゃんまたこんな可愛い子を連れ込んできて、やぁねぇ~。」
「俺を勝手に女たらしみたいに言うな。」
「ほらマダム。姉御が怖がってるじゃないっすかー!」
そこでようやく私は、通称マダムから解放され自由の身となる。
あれで店長か…。
狐に化かされたような気分だ…。
「はいはい、ご挨拶はそこまで。みんな待ってるからもう行くぞ。」
京介は軽く両の手を叩くと、店の奥を指して私と渡瀬に呼びかけた。
「それじゃ、マダム。三秒だけ借りるよ。」
そして、マダムにそう告げてから京介は店の一番奥にあるテーブル席へと向かった。
「あの方、本当にここの店長なの?」
京介の後を追いながら、私は隣りを歩く渡瀬に小さい声で聞いた。
すると渡瀬はニヤニヤ笑いながらこう答えた。
「いやぁ、本当に残念なことにここの店長なんすよ。っつうより店の従業員はマダムと俺しかいないから当たり前なんすけどね。」
「何だか世界が広がった気がする…。」
「そいつはなによりっすね!」
その間に京介はテーブル席の手前側を陣取り、続いて渡瀬がその隣りを、そして私が彼らの向かいに座ることとなった。
「あれ?そういえばみんなもう来ているって話しじゃなかったんですか?」
私は席に着いてから、やっとそのことに気がついた。
私達が座るテーブル席は4人座りで、当然そこに先客がいるはずもなく、店を見渡しても私達以外には誰もいない。
「いや、みんなもう来ているし、君が最後さ。」
京介は意味ありげな笑みを浮かべ、渡瀬を見る。
対する渡瀬もニヤニヤと笑い、京介を見る。
「はい?どうゆうことですか?どこに集まっているんですか?」
「そりゃあ姉御。仮想世界にっすよ。」
そこで私は自分の馬鹿さに気づかされる。
何故このタイミングで仮想世界のことを忘れるのだ。
「…なるほど。」
再びあの時の興奮が蘇り、胸が高鳴る。
「昨日見せたサイトあるだろ?たぶん履歴に残ってるはずだから開いてくれ。あまりオススメはしないがブックマークとかに入れとくと便利だ。」
京介はそう言いながら、自分のポケットからケータイを取り出した。
渡瀬も同じように自分のケータイを出し操作し始めた。
私もそれにならいケータイをスカートのポケットから取り出しブラウザを立ち上げる。
ネットなんて滅多に使わないため、ネットの定額割をそろそろ解約しようと考えていたところだったのだが、やらなくてよかったと心から思った。
慣れない手つきで履歴を参照し、昨日のサイトに移動する。
履歴は昨日のを除くと一ヶ月以上も前のものだったので、すぐに判別できた。
すぐに画面には黒色の壁をバックにした荘厳な趣きのドアが出現し「Team 仙台トルーパー」の文字が浮かび上がる。
やはりどこからどう見ても現代の技術では再現できないどほどの高画質。まるで絵を見ているかのようだ。
本当に未来から来たサイトなのだろうか…?
「そんじゃ、俺は先に入ってますよ。」
渡瀬がそう言ったのが聞こえ、私が顔を上げるとすでにそこには渡瀬の姿がなかった。
「すごい……。」
渡瀬の姿だけではなく、渡瀬の着ていた服も渡瀬が持っていたケータイすらも消えたのだ。
今頃渡瀬の体は仮想世界の中か…。
一体どういったロジックでこんなことが起きているのだろう。
「さあ俺たちも早く入ろうか。出てきた時に渡瀬が待たなきゃいけなくなる。」
「は、はい。」
私はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決める。
昨日体験したとは言え、やはりまだ緊張してしまう。
「行こうか。」
京介がケータイを押す動作と合わせて私もボタンを押す。
半開きになっていた門は、完全に開かれ、中から眩い光が漏れ出し、私を包み込む。
神経が繋がったようなピリッとした感覚が体を走り、私は思わず目を開ける。
「仙台トルーパーへようこそ~!!」
不意に何かが破裂するような音が四方八方から聞こえ、それに混じって何人かのまとまった声が聞こえた。
意識を取り戻してからここまで自覚できたのは正直すごいと思いたいが、何が起こっているのかが把握できずにいた。
「みんな待たせたな。さあ未来、今日は君が主役だよ。」
私は意識が完全に覚醒すると、思わず息を飲んだ。
まず一番最初に先の破裂音はクラッカーの音だと、私の服に纏わり付く色紙から分かった。
更に昨日までは現実世界となんら変わりのなかった白黒の内装は色鮮やかなライトや、壁一面に描かれた模様で豪華に飾りつけられていた。
そして何より私を驚かせたのは、私を囲む人の多さだった。
現実世界と同じく私は4人席のテーブルに座っていた。
それをぐるっと囲むように総勢10名の男女がクラッカーを片手に並んでいた。
「はいはい、未来の姉御こっち~。」
一番近くにいた渡瀬に手を引っ張られ、私はカウンター席の前まで連れられる。
そしていつの間にか、レモンスカッシュが一杯まで入れられたジョッキを持たされ、みんなの顔がよく見える場所に立たされた。
京介、渡瀬を含む10名はおよそ現実世界では着ないような服装を身に纏っていた。
渡瀬に限ってはあのバーテン服だったが。
「ほいほい、姉御自己紹介っすよ。」
渡瀬はそう言って自分のグラスを上に突き出す。
じ、自己紹介…?
自己紹介って何話せばいいの?
とりあえず名前と…?年齢…?
あとは…趣味?
いやいや、そこまでいらないか?
私は助けを求めるように京介の方を見る。
しかし京介はニヤニヤと笑うばかりで、合いの手を入れてはくれないらしい。
くそ…絶対あれは楽しんでる表情だ。
とにかく何か喋らなくては…。
「え…えっと…。京介さんに誘われて入りました。栗栖未来といいます。京介さんと同じ学校の二年生です。
…よ、よろしくお願いします!」
「かんぱ~い!!」
私が言い終わるのと同時に渡瀬が叫び、乾杯の音頭がとられた。
私は恥ずかしさを抑えるために、ジョッキのレモンスカッシュを少し飲み頭を冷やす。
「よく頑張ったな未来。」
そう言ったのは京介で、何やら奇妙な青色の液体をグラスに入れている。
いつもの笑みを浮かべ、カウンター席に腰掛ける。
「京介さん!わざとやりましたよね?
私が人と関わるのは苦手だって知ってるはずなのに。」
「はて、なんのことやら。だいたいダラーズに入るにはあれが通例なのさ。
しかも、君は人と関わるのが苦手なのではなく、人と関わる機会が少なかっただけだろう?」
ぐ…。
確かにそう言われればそうだ。
「人と関わるのだったらここは絶好の場所さ。」
京介は意味ありげな言葉を言い、視線を後ろにずらす。
何事かと思い、私は後ろを振り返ろうとしたが、できなかった。
急に後ろから何者かが抱きついてきて、私は体の自由を奪われたのだ。
「きゃっ!!な、なに…!?」
「未来さん!一目惚れしました!食べてもいいですか!?」
はい…?
「え、ちょ、ちょっと待って…。とりあえず、離してくれます?」
「嫌です!」
私がもがけばもがくほど、私を抱きしめる両の手は私の体を絡めとり、動けなくなる。
声的に女性だが、なによりまず顔を見て、落ち着いて話しをしたい。
いや、もしこれが男性だったとしたら、とんでもないことになるが、女性には危害を加えられないので、これはこれで困る。
「あ、あの京介さん?助けてくれます?」
さっきから京介は大声を出して笑ってばかりで、頼りになりそうにない。
「だ、だれかぁ…。」
「ほらほら、そんなにしてると姉御に嫌われるっすよ。」
これぞ救世主と言うべきか、渡瀬がカウンターの奥から大量の料理を運んで来て、助け船を出してくれた。
「むぅ…、仕方ない…。」
ようやく私は万力にも似た抱擁から解放された。
私は恐る恐る後ろを振り返る。
しかしそこにはある意味予想外の子がいた。
背は私より頭一つくらい小さい。
私が高いほうなので平均的なくらいか。
ブロンズの肩まで伸びた髪は、毛先のところが少しだけパーマがかかり、可愛らしさを出していた。
前髪をピンクのヘアピンで留め、少しつり目だがそれを気にさせない大きな目が隠れないようにしている。
やや細身だが、黒いドレスローブを着こなし、その曲線の丸みのつき方を見れば、かなり大人に見えた。
「西園寺 咲っていいます。サキって呼んでいいですよ。」
咲はその特徴的な目を私に向けながら、やや上目遣いで自己紹介をした。
お世辞なしで言おう。
とても可愛いのだ。
私は今まで可愛いと言えば、さくらだと思っていた。
だがこの咲という子は、比べ物にならない。
咲が月だとすれば、さくらはスッポン。
それほどまでに咲には可愛いさがあった。
「咲ちゃんね…可愛いね。」
私は言った瞬間、しまったと思った。
咲はまるで電流が走ったようにビクンと跳びはねると、目を輝かせ、私に近づいてきた。
「はぁ~…。未来さんに褒められてしまいました…。私どうにかなっちゃいそうです…。」
咲は恍惚な表情になりながら、じりじりと私に近づいてくる。
「未来さん…いえ、姉御!
姉御と呼ばせて下さい!私のことは呼び捨てで構いません。いえ、むしろ下僕でも構いません。ああ、いえ是非とも豚とお呼び下さい!!どうかこの汚らわしい豚を罵って踏みつけてください!!」
とうとう咲は私に再び抱きつこうと、手を伸ばす。
「はいはい、ストップっす。せっかく料理作ったんだから食べてくださいね。」
そこで、渡瀬が咲の両手を掴み、私は危機を逃れた。
可愛いのに性格に難ありか…。
「姉御も食べましょうよ~。」
「あ、うん…。」
渡瀬に無理矢理連れていかれた咲に返事を返し、私は京介を見る。
「さあ、食べよう。今夜は飲むぞ。」
実に楽しそうな笑顔を横目に、私も渡瀬が用意してくれた料理がある長テーブルに向かった。
テーブルにはありとあらゆる料理が並べられていた。
どの料理も見たことがないものだらけで、とても美味しそうだった。
私が咲に襲われている間に、他のメンバーはすでに食べ始めていた。
「ほいほい、これ姉御の分っすよ。」
渡瀬から受け取った皿には、ローストされた肉が切り分けられ、不思議な香りのするタレがかかっていた。
さっそく私は渡されたフォークで、一切れ口に運ぶ。
こんがり焼かれた皮はパリッとしていて、噛むたびにジューシーな肉汁が出てくる。
生まれて初めて食べた味だ。
「美味しい!これなんのお肉ですか?」
右隣りにいる渡瀬に聞くが、途端に顔を曇らせ、どう話すべきか考えているようだった。
「知らないほうがいいこともあるぞ。」
更にその隣りにいる京介は、そう言って私と同じ種類の肉を頬張る。
「マダムのことは隠そうとしなかったのに、変っすね。」
「あれはまた別だろう。」
そんなに酷い肉なのか…これ。
「そんなことより姉御~。私が食べさせてあげますよ~。」
私の左隣りにいる咲は、一口食べた肉の欠片を私の口に近づけ、強制的に間接キスを試みようとしてきた。
「い、いいよ…。自分で食べるから。」
「私が食べさせるかわりに、私のこと食べていいですから!」
どういう理屈だ…。
「咲、しつこいとマジで嫌われるぞ。」
「ふえぇ…。そんなぁ。」
京介に一喝されると咲は大人しくなったものの、私を見つめる眼差しの強さは変わらずだ。
「さて、まだ未来しか自己紹介してないから、順に自己紹介していくか。」
「まずは俺だが…、俺はまあいいか。
こいつらのまとめ役。ボスみたいなもんさ。」
「俺らの救世主っすよ。」
渡瀬は京介の言葉の後を繋げるように、私に耳打ちした。
もちろんその時、渡瀬と私の顔が近づいたため、咲が睨んでいたことは言うまでもない。
「んで、次が翔一、清水 翔一。
こいつは俺と同じ学校だし、同じクラスだ。
つまり未来の一つ上だな。
そしてトルーパーの副ボス。」
京介の隣りにいるのが翔一。
ツンツンのウルフヘアで、京介よりは背が低く、線が細いが、鍛えられた筋肉が分厚いボディアーマーの上からでも分かった。
優しそうな目をしていて、体型とは違った印象を感じささせた。
翔一はよろしくと一言、片手を挙げた。
「次はダモん、ダモんにはもう会ってるよな。
本名がダモん。ニックネームは門田 鉄平。」
「いや、逆だろ!!」
翔一の隣りの門田。
長テーブルを囲むように立っているので、反時計回りに進んでいく。
「悪い悪い。こいつも同じクラス。」
門田は大柄な体型で、その体型に裏切ることなく、大食いである。
今日の昼休みに間違って頼んでしまったスペシャルカレー定食を屠ってくれたのは彼だ。
そしてどうやらダモんと呼ばれるのはもう諦めたらしかった。
「次が双子の真央と真子。間違いがないように最初に言っておくが…、未来からみて右が兄の針生 真央。左が妹の針生 真子だ。現在高校一年だな。」
私の向かい、右に立つのが真央。
痩せ型で肌も白く、ぱっちりとした目がとても可愛くショートカットの髪型がよく似合っていた。
いや…待てよ。
京介は右の真央が兄だと言ったか?
真央はどうみても女の子…。
じゃあ左の真子は?
続けて私は真央の左に立つ真子へと視線をずらした。
真子は真央と比べて若干背が高く、真央と同じようなショートカットだが、髪に真央のような艶がなく、毛先の方は跳ねて、男っぽい硬い髪に見えた。
「はじめましてっ!妹の針生真子ですっ!」
最初に声を上げたのは真子の方で、やたらと元気がよくハキハキと喋る口調が印象的だった。
しかも右手に持っていたコップをわざわざテーブルに置いて、右手での敬礼という生真面目さだ。
真子は言い終わると、隣りに立つ真央に小さく肘打ちし、真央に自己紹介を促す。
すると真央は顔を俯けたまま、真子の背に隠れるようにして、ぼそぼそと話し始めた。
「あ、あの…、針生真央です…。」
か細いその声や、恥ずかしがる仕草は女の子そのものだ。
「もっとハキハキ喋りなよ、お兄ちゃん」
真子は恥ずかしがる真央に向かってそんな言葉を投げかけた。
この時点で私はこの二人の関係というか立場的なものを理解した。
兄の真央、妹の真子、性格と兄妹の権力差までもが逆転してしまっているのだ。
私は少し驚きながらも、微笑んでよろしくと言った。
「次がパソコンオタク、辻 蓮司。」
京介は針生双子の隣りを指差す。
一応、注意深く確認したが今度は間違いなく男だった。
蓮司は銀色の眼鏡をかけ、それを隠すように前髪を伸ばしている。
「オタクは余計です。」
京介の言葉が癪だったのか、顔を俯け人差し指で眼鏡を押し上げる。
「ほう、そうか。じゃあパソコンな。
あいつは高校二年生。未来と同い年だな。」
「ぐっ…。…よろしくお願いします。」
京介には反論できないのか、顔を険しくするだけで大人しく私に挨拶をした。
「次は天童 隼。小学…何年生だっけか?」
長テーブルの半分を通り過ぎ、自己紹介は私の左側まで回ってきた。
続いて蓮司の隣りは背たけの小さい男の子だった。
短い髪はボサボサで、ところどころがぴょんぴょんと跳ねている。
「中学生だっ!!」
見た目の通り元気ハツラツな子のようだ。
そして見た目に反して中学生らしい。
「おお、そうかそうか。
隼もようやく中学生になったか。」
「今年で中3だ!来年で高校生だぞっ!!」
隼は両の手を挙げ、体を目一杯に使い主張する。
だがその姿はわがままを言う小学生にしか見えなかった。
「まあ、こういう奴だ。一応中3らしいぞ。」
不敵な笑みを浮かべ京介は私に言う。
京介は全員のいじるポイントでも抑えているのだろうか。
「おう、あんた俺の子分にしてやるよ。せいぜい頑張ることだな。」
隼は私を指差し、高らかにそう言った。
「え…あ、うん。ありがとう。」
とてもじゃないが隼は親分になるような玉ではない。
むしろキャンキャンと吠える仔犬を想像してしまい、笑いそうになるのを堪えた。
「完全に餓鬼だな…。」
「なんという小物感…。」
渡瀬と咲が同時に呟く。
だが隼は私が子分になることを受け入れたことにすっかり気分がよくなっているのか、聞こえていないようだった。
「次が夢沢 雛。中学生三年生だ。」
京介はほぼ私の方を向きながら言う。
それというのも雛は私の隣りにいる咲に隠れるような位置にいるのだ。
というか実際隠れていた。
「…ほら、ヒナ。姉御に挨拶しなきゃ。」
咲の背中に隠れ、顔だけをひょっこり出して私を上目遣いで見つめている。
雛の髪は透き通るような青色で、それに対して目は薄い赤色というファンタジーの世界にでも出てきそうな姿だった。
それと雛の可愛らしい顔立ちも相成ってまるでお人形さんのように見える。
「……。」
「えーっと…。雛ちゃん?
よろしくね?」
なかなか雛の方から喋ってくれないので、今度は私がひょっこりと顔を出して言った。
「…うぅ。」
すると雛は恥ずかしいのか、頭まで完全に咲の背中に隠してしまった。
どうやら相当の恥ずかしがり屋らしい。
「雛、ちゃんと挨拶しないと未来に嫌われるぞ。」
京介がそう言うと、咲の服をぎゅっと握りしめながらもゆっくりと頭を出した。
「……よ、よろしく。」
うるうるとした目、小さいが綺麗な声。
…なんだこの可愛い生き物は…。
「うん、よろしくね。」
雛は顔を真っ赤に染めて、それ以上咲の背中から出てこようとはしなかった。
「さて、これで全員だ。」
京介が手を打ち鳴らし、言う。
「ちょ!ちょっとちょっとまだ私がいるじゃないですか!」
そこにストップをかけたのが咲だった。
「なんだ、さっきやったじゃないか。」
「さっきのは不意打ちです。今改めて自己紹介して好感度をあっじゃなくて仲良くなるんです。」
京介は面倒臭そうな顔をしたが、口を閉じたままなので無言で肯定したのだろう。
咲は嬉々として話し始める。
ちゃっかり右足を下げ、スカートを少しつまみ上げポーズなんかとっている。
「改めまして西園寺 咲と申します。趣味は生け花や読書を少々…」
「まるでギャルゲーに出てくるお嬢様のようだな…。」
「っていうかそれ、嘘の情報だろうが。」
間髪入れずに蓮司と京介がツッコミを入れる。
「ちょっと邪魔しないで下さい!好感度上げてデートしてイチャイチャするんですから!」
咲は文字通り地団駄踏んで、抗議する。
さっきまでのお嬢様はどこにもない。
それにしても好感度は百歩譲っていいとして、デートしてイチャイチャって…。
咲を少しジト目で睨みつける。
「 嗚呼!姉御が私のことを軽蔑するような目で見る!
…でも!それが逆にいい!はぁあ私ゾクゾクしてきました!!」
咲は恍惚とした表情で徐々に息を荒げる。
ダメだ、こいつ早くなんとかしないと…。
「さてさて、茶番はそこまでとして…、どうだい未来、これがトルーパーのメンバーだよ。」
私は改めて長テーブルを囲む彼ら彼女らの顔を見る。
「あ、はい…なんというか個性的な方ばかりですね。」
決して悪い意味ではない。
むしろそんな表立っている性格を尊敬し、羨ましく思う。
私は暗くて非社交的な性格ではあるが、トルーパーのメンバーのような大それた個性、特徴がない。
「みんな、覚えられたかい?」
「いや…それはまだちょっと。」
ただし嫌でも名前を覚えた人物が横で悶絶しているが。
「まー、ゆっくり覚えていけばいいっすよ。なんたって未来の姉御はもうトルーパーのメンバーなんすからね。」
そう言って渡瀬は、歓迎の印と言わんばかりにたっぷりと皿に料理を持って私に渡す。
「うん、みんなありがとう。」
みんなに感謝したい。
私を救ってくれて。
私に居場所をくれて。
私を楽しませてくれて。
「どういたしましてっ!もう食べていいですか?私お腹ペコペコなんで、食べちゃいますよーっ。」
真子は自己紹介の間、食べるのが待ち切れなかったようで、自ら食事を再開し始めた。
その食べっぷりまさに漢といった感じだ。
それを合図にみんなも止めていた手を動かす。
「そう言えばボス、今日も一戦やるっすよね?」
そう言ったのは渡瀬だった。
「ああ、そうだな。これ食べ終わったらみんなで行こう。今日は未来のために木馬あたりか。」
「いきなり木馬っすか?大丈夫っすか?」
「んー、さあ?まあ俺らいるし大丈夫じゃない?」
「そんな投げやりな…。」
なにやら不穏な会話が隣りから聞こえるが、なんのことだろう…。
私は得体の知れない肉を頬張りながら、首を傾げた。
私の抱いていた疑問はすぐに分かった。
分かったというよりは思い出したと言ったほうが正しい。
渡瀬の用意した食事をひと通り食べた私達は、みんなで店の外に出た。
このアーケード脇の小道にも通る人は何人かいて、その誰もが脇に剣を携えていたり、魔法の杖を持っていたりと必ず武器を持ち歩いていた。
そう、武器である。
昨日、京介が私にこの世界について説明してくれた。
うっすらと曖昧な記憶でしかないのだが、京介はあの時この世界はバトルゲームである、と言った。
バトルゲームということは、何かと戦うわけで、それには当然武器や防具が必要になってくる。
この世界で武器を携帯する人がいるのは、そういう訳なのだろう。
つまり、渡瀬の言っていた一戦とは私達が何かと戦うということだろう。
しかし、一体何と戦うのだろうか?
見たところ仙台トルーパーのメンバーは、特に武器を所持していないように見える。
「今日は姉御にいいところをたくさん見せつけてあげますよ!しっかり見てて下さいね?」
咲はさっきからずっとこの調子である。
このやる気に満ちた発言から察するに、やはり咲も戦うのだろうが、いかんせん対戦する相手が謎だ。
そうこう考えている間に私達はアーケードに辿り着いた。相変わらず多種多様な人が行き来し、連なった武家屋敷のような商店街を賑わせている。
そういえば私達はどこに向かっているのだろうか?
まさかこの人が往来する場でいきなりバトルを始めるはずはないだろうが、だからと言って仙台の街に戦闘できる場所はない。
「何も聞いてこないのかい?」
ふと顔を上げると、京介が私の顔を覗き込んでいた。
私が色々考えていることに気がついたらしい。
「あ、いや…、ついていけば分かるんですよね?」
「うん、そうだね。」
「なら自分の目で確かめたいです。この世界の色んなことを。」
そう言うと京介は満足気に頷き、その後は何も言わず私と並んで歩いた。
私達はアーケードの東側、つまり仙台駅の方向へと抜けた。
アーケードを抜けるとまず目についたのが、超高層木造建築物だった。
この世界の建造物及び土地は、現実世界のそれとリンクしているという話しだったので、恐らくこの建物は「AER」というビルであろう。
31階建て、高さ141.5mという仙台の中でもなかなかの高さのビルである。
普段は見慣れているため意識したことがないが、こうやって木造の高層物が目の前にあると、すこし度肝を抜かれる。
確か最上階は展望台になっていたはずだから、この世界でもそうなのだろうか。
私は慣れない木造ビルに圧倒されながらも、みんなの後についてペデストリアンデッキの階段を昇る。
ペデストリアンデッキとは歩行者回廊とも呼ばれ、道路から立体的に分離された歩行者専用の通路のことである。
アーケードのすぐ側には道路を横断しないで駅構内や各ビル入り口に入ることが出来るペデストリアンデッキがあるのだ。
現実の世界ではデッキの下は絶えず自動車やバスが行き来し、対して上は人が蟻のように右往左往している。
仮想世界にいる今でも、現実世界ほどではないにしても、人がたくさんいる。
ただし現実と一つだけ異なるところがあり、デッキの下を通るのは車ではなく、人を乗せた馬や馬車だということだ。
どうやらこの世界、電気仕掛けのものは存在せず、私たちが持っているケータイのみが唯一の電化製品のようだ。
「知ってるかい?仙台のペデストリアンデッキは日本一でかいんだよ。」
階段を上っている途中で京介がふとこちらを向き、そんな言葉を投げかけた。
なんと。
普段見ていたものはそんな大層なものだったのか。
「そうなんですか!?
全然知らなかったです…。」
長い間、人と関わることを避けてきた結果がこれだ。
私は常識というものがすっぽり抜け落ちているようだ。
「まあ、知っている人はそうそういないだろうけど。」
と、京介は私の考えを知ってか知らずか、そう言って微笑んだ。
「ボスの無駄知識をいちいち聞いてたら、頭パンクしちゃいますよ姉御。」
「そうそう、ですから姉御は私の愛の囁きだけを聞いていればいいんですよー。」
…ああうん、それはいらないかな。
私達はデッキの上に上がり、駅へと向かう。
他にも駅方面へと向かうためにデッキを渡る人、更に駅構内から出てくる人が何人もいる。
目的の場所は駅の中ということでほぼ間違いないだろう。
一体何が待ち受けているのだろうか…。
何やともあれ、ここまで来たのだ。
今更引き返すこともできない、そして私自身心の奥底では引き返す気なんてさらさらないのだ。
駅に向かって真っ直ぐ進む仙台トルーパーの面々は、そんな私を後押ししてくれる存在であり、私は嬉しく思うのだった。
トルーパーの面々についていく形で駅内部に入ると、駅構内までもが複雑に組み合った木で構成され、三階までの細かな構造を忠実に再現していた。
だが、エレベーターや、エスカレーターなどの電気仕掛けのものは、形だけは再現しているものの、動いているわけではなかった。
ひとつ例外として、駅構内の2階から見ることができる大時計は当然木製であるのにも関わらず、一秒一秒をしっかりと刻んでいた。
「そんじゃ、チケット買ってくるよ。」
京介はちょうど電車の改札口がある場所に私達を待たせると、早足で自動券売機へと向かっていった。
と、こんな感じで冷静に今の状況を語っているが、目の前の光景を見て私の内心はおよそ冷静ではなかった。
混乱の極みである。
人が、人間が吸い込まれている。
これは文章上の比喩表現などではなく、文字通りの意味だ。
吸い込まれている。
どこに?
改札口にだ。
京介と同じように券売機で何かを操作した後、彼らはまるでそれが普通であるかのように、改札口に向かい、チケットを改札に通した途端に姿を消すのだ。
それを見てトルーパーのメンバーは驚くこともなく、ましてや他の人も驚いてはいなかった。
となると、これは至って普通の現象であり、更に言えば今から私達もこの改札口を通り、姿を消すことになるのだろう。
京介は程なくして私達のところへと戻ってきた。
手には複数のチケットを持っていて、それを一人一枚ずつ配り出した。
最後に私に渡すとチケットはなくなった。ぴったり人数分だったようだ。
渡されたチケットには仙台トルーパーの名と「ボス攻略戦 トロイの木馬」とだけ書かれていた。
これだけでは何がなんだかさっぱりだ。
ボス攻略戦というのはまだ分かる。
トロイの木馬とは何だ?
いや、もちろんトロイの木馬というものが何かの神話に出てくるものだという知識はあるのだが、それがなんだというのだ?
「まあ、いろいろ思うことはあるだろうけど、普段電車に乗る感じでチケット通しちゃって大丈夫だから。」
と、京介からはそんな投げやりな言葉を貰った。
うーん…根は真面目なんだろうけど、けっこう適当なところあるよなぁ京介さんって…。
「それじゃあ行こうか。」
その合図でみんなは京介を先頭に改札へと歩き出した。
京介のチケットが改札に飲み込まれると、それと同時に京介も消える。
「わっ…!」
間近で見るとすごいものだ。
消えている途中、経過というものがまるでない。
あたかも最初からそこにいなかったかのように突然いなくなるのだ。
京介が消え、渡瀬が消え、門田、真子の順で次々にトルーパーメンバーは姿を消していった。
そしていよいよ私の番となった。
一番最後に残ったのは私だけかと思ったが、咲が隣りに残っていた。
私に気を効かせてくれたのだろうか。
「大丈夫ですよ、一緒に行きましょう?」
咲の言葉に頷くと、私は意を決して足を踏み出した。
ここまで近づくと改札機の木目まで詳しく確認できる。
本来なら電車の切符を入れるその場所は、ブラックホールのようにぽっかりと暗い穴が空いていた。
咲がその穴にチケットを入れるのを横目で確認して、私もその未知の穴へとチケットを入れた。
この世界にきた時、つまり私のケータイであの不思議なサイトの荘厳な門扉の絵にカーソルを合わせ、クリックした時と同じで、身体に何か異変が起こるのかと思ったが、そんなことはなかった。
あの時こそ身体中を電気が駆け巡るような感覚こそしたが、今の私は何も感じることはなかったのである。
それどころか、時間的な変化もなかった。
何分間か白い空間を漂ったとか、何時間も気を失っていたとかそんなこともない。
何かが起こるんだと思って、目を瞑り、身体を強張らせていた私は拍子抜けした。
なーんだ、何も起きないのか、と気楽な気持ちで目を開けると今度は不可解な現象に眉をひそめることになった。
私はどうやら改札口の向こう側には行くことができなかったらしい。
最初は失敗したのかと思った。
改札口に向かって進んだ私は、いつの間にか改札口を背にしていた。
なにも改札口をそのまま通り過ぎたという訳ではない。
目を開けたら、私の身体はくるりと180度回転した状態になっていた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、これでも自分の身に起きていることを正確に表現しているつもりだ。
私の前には先に姿を消していった京介さん達が待ってくれていた。
隣りには私と同じように改札機を背にした咲がいる。
間違いない。
これは確実に反転、いわゆる回れ右をした状態だ。
「え、えーっと…。」
「さあさ、行きましょーう!」
私が困惑していると、隣りにいた咲が私の腕に抱きついてきて、そのまま私のことをずるずると引っ張る。
「はい、これ。」
みんなの前まで連れてこられた私は翔一から、何かを手渡された。
色は銀色で、ずっしりと重く、冷たい。
それは見たことはあるものの、この目で見るのは初めてで、ましてや手に触れたことなどない代物だった。
「スミス&ウエッソンのM36、小さいから女性にも扱いやすい。まずはこの銃から使ってみな。」
拳銃
引き金を引くと金属の玉が発射されて、人を殺傷する道具。
「こ、これ…本物ですか?」
おもわず取り落としそうになった。
「そう、本物だよ。」
さも当然といった感じで京介はあっさりと認めた。
いや、認めちゃ駄目だろ…。
普通に銃刀法違反で捕まってしまう。
「ちなみに、この世界で銃刀法違反は通用しないからな。」
私の心を読んでいるかのように、京介はそう言った。
そうなのか。
まあ、未成年だろうと酒が飲めるのだからそうなのだろう。
それにしたって問題は他にもある。
「私、使い方とか分かりませんよ!?」
「いや、姉御。一般の女子高生が銃の使い方知ってたらおかしいっすよ。」
と、私の言葉にケラケラと笑うのは渡瀬だった。
「使い方は簡単。撃ちたい方向に銃を向けて、引き金を引く、以上っす。」
渡瀬は至極簡素な説明を、わざわざ銃を撃つ仕草まで再現してくれて、非常に分かりやすいことこの上ないのだが、全然説明になっていなかった。
「銃の使い方はこれが終わってから教えるとして、今は移動しようか。」
京介はまたもや私に対する説明を保留にした。
自分で知るからいいとは言ったが、さすがに教えなさすぎな気がするのだが、大丈夫だろうか…。
私はぎこちなく銃を握りしめ、感触を確かめた。
確かに銃としては小振りで持ちやすい。
だが、どうしても銃の重みというものを感じてしまう。
銃の重量そのものという意味ではない。
私が感じているのは、これ一つで人を殺せてしまうという重みだ。
私以外はみんな、こんな小型の銃ではなく、もっと大きいマシンガンみたいなものを持っている。
そういえばさっきまでみんなは持っていなかったのに、いつの間に取り出したのだろうか。
咲や真子なんかは服装まで変わっているではないか。
それにもうひとつ気づいたことがある。
トルーパーのメンバー以外に人がいないということだ。
恐らくこれは、さっきの改札機にからくりがあるに違いない。
これは推測だが、チケットを改札機に通すことで、他の誰もいない世界へと転送された、ということだと思う。
「ミッションを確認しておく。ターゲットはトロイの木馬だ。今回は未来の初期データが取れればいいから、木馬だけを優先に倒す。ほかの雑魚敵は任意で適当に追っ払ってくれればいい。」
京介はメンバー一人一人の顔を見ながら、説明をし始めた。
自然と輪が出来て、みんなは真剣な表情で京介の話しに耳を傾ける。
「咲は未来の前に立って未来を護ってくれ、雛は後ろから援護、俺と翔一と隼で先頭、他は横に広がって臨機応変に頼む。」
京介と目が合う。
楽しさに満ち溢れた希望の目だ。
「大丈夫。未来には最後の一撃だけ決めてもらうから。
俺が合図するまで何もしなくていい。俺が打てと合図したら引き金を引けばいい、いいね?」
「あ…はい。」
唾が喉を通り、ごくりと音がでる。
握りしめた拳銃からは相変わらず冷たい温度が伝わってくるが、不思議と体温は下がることなくむしろ徐々に上がってくる気さえした。
身体が震えだしたのは、緊張のせいか恐怖のせいか。
…それとも、武者震いか。
「さあ、初陣の始まりだ。」
京介は身を翻し、私達仙台トルーパーは歩き出した。
私はベッドに横になったまま、耳もとで鳴っているケータイを掴み、乱暴にアラームを解除した。
ベッド脇にある青色のカーテンを少し開けると、眩しすぎるくらいの陽射しが差し込んできた。
私は顔をしかめ、枕に埋まり、一人うめき声を出す。
いつもならケータイのアラームが鳴る前に、自然と起きるのだ。
しかし昨日はベッドに潜っても全く寝付けなかった。
原因は考えずとも分かっていた。
昨日の出来事、仮想世界という未知の世界を知った私は、無意識にいつまでも仮想世界のことを思い出して、更に想像してしまうのだ。
どんなに気を落ち着かせようとも、胸の高鳴りが収まることはなく、結局眠りについたのは午前4時くらいだった気がする。
このままもう一度寝てしまいたい…。
頭を枕から無理やり引き剥がし、枕を睨みつける。
ぼんやりする頭を振り払い、のそのそとベッドから這い出した。
パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えてから、今度は完全にカーテンを開け放つ。
雲一つない青空に、春特有の霞がうっすらかかっている。
しかし、陽光が遮られる様子はなく、絶え間なくこの世界を照らしている。
「…うん、いい天気じゃん。」
新たな人生の始まりには、上々すぎる日本晴れだ。
私は清々しい気持ちで、部屋のドアを開ける。
階段を降り、リビングに入った。
「お父さん、お母さん、おはよう。」
父はリビングの椅子に座り、眠そうに朝食のパンを食べていた。
母はキッチンに立ち、食器を洗っている。
二人は私の声を聞くと、まるで時が止まったかのように動きを止めた。
先に声を発したのは父のほうだった。
「あ、ああ…おはよう。」
「あら、今日はどうしたの?」
二人とも少し驚いたような顔をしているが、それもそのはず。
私は中学に入った頃から、家族と必要最低限の会話しかしていない。
故に朝起きても家族に挨拶することはなかった。
「別に何もー」
私は噴き出しそうになるのを堪えながら、ぶっきらぼうに言う。
「そんなのそのそ食べてるとまた遅刻するよ。」
テーブルの上にあるパン皿からパンを数枚手に取り、父と対角線上の席に着く。
「あ、ああ…。」
父はパンを両手に持ったまま数秒静止し、ようやく口を動かし始めた。
その間も父は何が何だかわからないといった表情をして、私の顔をしばらく凝視してきた。
私はそれを気にせず、手早くパンと牛乳を口に運ぶと、早々に席を立った。
リビングを出て、洗面所に向かい歯を磨く。
軽く髪を整えてから、ふと思いだした。
今日は仙台トルーパーの人と会うって京介さん言ってたっけ…。
私は洗面所の鏡に映る自分の姿をよく見る。
美容院に行くのが面倒で、ずっと伸ばしっぱなしにしていた長い黒髪。
何の色気も工夫もない姿がそこにはあった。
せめて後ろ髪だけでも結んだら変わるだろうか…。
鏡を見ながら手で後ろ髪を縛ってみる。
うーん…。
首が寒いな。
たしかこのへんに…。
洗面所の棚を開け、黒色のヘアゴムを一つ取り出す。
左手で髪を束ねながら、右手でゴムを縛っていく。
「あ…意外といいかも。」
バサバサと邪魔だった髪がスッキリした感じがする。
さくらのような可愛らしさは皆無だが、邪魔にならないのはなかなかいい。
鞄を取りに自分の部屋に戻ってから、リビングのドアを少し開ける。
「行ってきまーす。」
数秒のラグがあってから、行ってらっしゃいと返事が返ってきたが、その返事に混じって、何が起きたんだ?という父の言葉が聞こえ、思わず笑ってしまった。
玄関のドアを開け、大きく深呼吸をする。
胸いっぱいに春の陽気が入りこんできた。
今まで感じたことのない清々しい気分。
こんな気持ちにさせてくれたのは全て京介さんのおかげだ。
…だがいつまでも浮かれている訳にはいかない。
私にはどんなことよりも先にやらなければならないことがある。
私が今までやっていたことは罪であるし、償わなければならない。
彼女と向き合わなければ…。
私は自分に喝を入れ、一歩踏み出した。
彼女の姿を見つけたのはちょうど校門に入る手前だった。
昨日より更に散っている桜の花びらを巻き上げながら、私はほとんど全速力で校門までの坂道を駆けた。
「さくら!」
薄い桜色の髪が揺れ、さくらは振り向く。
少し驚いた顔を見せた後、可愛く微笑んだ。
「あれ?どうしたの未来?」
昨日の出来事を全く感じさせない自然な振る舞い。
だがその振る舞いの中に、わずかに影が差しているような気がしてならなかった。
私のせいだ。
さくらはいつも私を気にしてくれていた。
なのに私は面倒だからとさくらのことをまるで相手にしなかった。
「ごめん!!今まで私、全然さくらの話し聞こうとしてなかった。さくらと向き合ってなかった。」
さくらはキョトンとした顔になり、私の顔を見つめる。
「…でも私ちゃんとするから。これからはちゃんと向き合うから。私の人生とさくらと、他にも色んなことと向き合うから。」
私は息を大きく吸い込み、言い放つ。
「だから!これからもよろしくお願いします!」
私の声は校門から校舎まで何かに遮られることなく、坂道に響き渡った。
つまりそれは、登校する生徒に漏れなく聞こえるということで、私は頭を下げながら赤面することになった。
「なになに!?なんの冗談?…みんな見てるんだけど。」
さくらは小さい体を使ってワタワタしていたが、私が顔を上げないことを見兼ねて大人しくなった。
「未来…、大丈夫だよ。心配しないで、私はずっと未来の友達だから。」
私の唯一の友達、さくら。
小ちゃくて、いい加減で、飽きやすくて、そんなさくらだけど、さくらはいつも私のそばにいてくれた。
大切な存在。
失うところだったその存在。
絶対に忘れてはならない。
「……ありがとう。」
私は顔を上げ、涙ぐんだ声でそう言った。
「それにしても未来ー。なにがあったのさ?」
昼休み。
私とさくらは校内にある食堂まで来ていた。
弁当を持参してもよかったのだが、この学校の食堂はなんともリーズナブルで、300円程度で定食が食べれるのだ。
さくらは自販機でオムライス定食の食券を買いながら、私にそう聞いてきた。
「え…?」
私は何のことだか分からず聞き返す。
「未来が私に謝ってくるなんてことは、なんかあったんでしょ?しかも今日は髪結んでいる上になんだか楽しそうだし。」
そりゃあ、仮想世界なんて非現実的なものと直面したんだから当たり前じゃん。
…なんてことは口が裂けても言えない。
「え…いや、そうかな…?」
動揺しているなんて認めたくないが、自販機のボタンを選ぶ手が勝手に震えてしまう。
「ん~?」
さくらはニヤニヤしながら私の顔を覗き込む。
私は震える手でカレー定食のボタンを押す。
つもりだったのだが、位置の定まらない手は隣りのスペシャルカレー定食のボタンを押してしまった。
定価500円。
通常のカレー定食のおよそ5倍の量があり、学内では生徒から恐れられている一品だ。
「うわっ!スペシャルカレー定食なんてよほどご機嫌なんだね未来!」
「うわぁぁぁぁあん…!!」
なんたる屈辱。
スペシャルカレー定食は思っていたよりも深刻な量だった。
まず見た目がひどい。
皿に山のようにご飯が盛られ、その上から盛大にルーがかけられる。
その姿、まるで富士山のよう。
盛るな盛るな。そんなに盛ってどうする。食べにくいじゃないか。
せめて大皿に平たく載せてくれ。
私はため息をつきながら、食堂のおばちゃんからスペシャルカレー定食を受け取る。
お、重い…。
私は手頃な席を見つけると、すぐに座った。
こんなものを持って食堂内を歩き回ったら、目立ってしまう。
続けてさくらも向かい側に座り、いざこのカレーの山と闘わなければならない。
「それ、全部食べれるの?」
さくらは少し頭を傾け、尋ねる。
カレーの山のせいで私の顔が見えないのか。
「無理…、どうしよう…。」
「言っとくけど、私にも無理だからねー。」
さくらは楽しそうに笑ってオムライスを食べ始めた。
くそう、他人事みたいに…。
いや、まあ他人事ではあるのだが、元をたどればさくらが悪いことになる。
いやいやいや、こんな風に悶々とネガティブ思考になるから私はダメなのだ。
このスペシャルカレー定食を頼んでしまったのだって、なにかの運かもしれない。
私はスプーンを掴み、カレーの山を睨む。
よし、いざ勝負!
「やあ昨日ぶりだね、未来。」
意気込んだところで急に邪魔が入る。
なんだこれからいいところなのに、と思って顔を上げてさくらを見る。
が、さくらはオムライスを咀嚼しているところで、声の主はどうやらさくらではないらしい。
しかしどういうことだろう。
この学校には私のことを未来と呼び捨てする人物はさくらしかいないはずなので、私の名を呼んだのは誰なのだ?
私は体を反転させ、後ろを見る。
「あっ京介さん!」
そこにいたのは紛れもなく、昨日私を救ってくれた命の恩人だった。
その横には大柄な体格の男子が立っていた。
線の細い京介と比べると、その差は歴然としていた。
「いやあ探したよ。まずクラスが分からなくて、2年の教室を手当たり次第に探したんだが、いないから。ここにいたんだね。」
京介は相変わらず温和な笑顔を浮かべ話す。
「えっと…なにか用事でもあったんですか?」
貴重な昼休みを使ってそこまで私を探したのだから、なにか私に用事があったに違いない。
「ああ、別に急な用事じゃないんだけどね。昨日の今日でメンバーもけっこう気にしてるし。」
京介は私の向かいに座るさくらを一瞥して、話しを続ける。
「特にこいつ、『ダモん』って言うんだけど、ええと…ほらメンバーの一人な。ダモんから話しがあるってさ。」
メンバー。
つまり仙台トルーパーのメンバーのことか。
さくらがこの場にいるから、京介は仙台トルーパーのことを公けにしたくないらしい。
「ダモんって呼ぶなって!」
ダモんと呼ばれた大柄な男子は、京介を一括してから私に向き合った。
私に何かを伝えようと口を開いた彼は、私が予想していた言葉とかけ離れたことを口にした。
「うわぁぁぁぁあ!!それスペシャルカレー定食!?」
「え?」
彼は興奮したように目を見開き、いまだにテーブルの上で君臨するカレーの山を指差した。
「それそれ!君の目の前にあるやつ!それスペシャルカレー定食だよね!?」
「え、はい。そうですけど…。」
私は戸惑いながらもそう答えた。
向かいに座るさくらはもはや、ぽかんとしたまま動かない。
「美味しそう…。」
彼はカレーの山を見つめ、ぶつぶつと呟き始めた。
「あの、よかったら食べます?私、食べ切れなくて困ってたんです。まだまったく手をつけてないんで。」
「いいの!?やったー!!」
彼は両手を上げて喜び、私の席の隣りに座った。
「おいおい!さっき弁当食べたばっかりだろ。」
京介は彼に声をかけるが、彼は聞く耳を持たなかった。
私が小皿に自分の分を分ける様子をじっと待ち構え、すでに戦闘体制だ。
「やれやれ…。」
京介は仕方なく、さくらの隣りの席を選んだようだ。
「隣りの席、いいかい?」
「は、はひっ!!」
声をかけられたさくらは、顔を赤くしながら叫んだ。
しかも噛んだし…。
こうして私の向かいにはさくら、隣りにはカレーの山を食べ壊していく仙台トルーパーのメンバー、そして斜め向かいには仙台トルーパーのリーダー京介というなんとも奇怪な組み合わせになったわけだが…。
「なんの話しでしたっけ?」
小皿に乗せたおよそ一皿分のカレーを口に運びながら、私は話しを元に戻した。
「ああ、俺から話すか。」
京介はカレーに埋もれる彼を一睨みして、口を開いた。
「昨日、君が子猫を助けただろ?」
子猫…。
そうか私はあの子猫を助けようとして、踏切に飛び込んだんだっけか。
私はあの後意識を失っていたので分からないが、子猫のほうは大丈夫だったのだろうか?
「大丈夫、君の心配には及ばない。子猫は元気だよ。」
私の気持ちを察してか、京介はそう言った。
「よかった…。あれ?でもその子猫はいまどこにいるんですか?」
「ダモんの家で預かってもらってる。」
「ダモんって言うな。」
答えたのは京介で、即座にツッコミを入れたのは隣りに座る彼だった。
「僕の名前は門田鉄平。君に猫を投げられた時はびっくりしたよ。まさか投げるとは思わなかったね。」
彼は一度スプーンを置き、話しに加わった。
驚くことにカレーの山はほとんど消失していた。
私はあの時、この人に子猫を投げ渡した訳か。
失礼かもしれないが、彼が大柄でよかったと今更ながら思った。
「僕の家は猫飼ってるんだけど、さすがに二匹は駄目で、出来れば君にあの猫を飼ってもらいたいんだ。」
なるほど、それで二人は私のところへ訪ねに来たわけか。
「子猫を預かってくれてありがとうございます門田さん。親に聞いてみないと分からないですけど、ぜひあの子猫を私に飼わせてください。」
私がそう言うと、門田はにっこりと笑ってくれた。
そして再びカレーの山を食い尽くすためにスプーンを持った。
「よし、これで一件落着。未来、昨日話したように同じ場所で集合な。道は…。」
「大丈夫です、近くなんで分かりますよ。」
「上々、いろいろ準備しなくちゃな。ダモん先行ってるぞ。」
京介はそう言うなり、門田を置いて去って行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!あとダモんって呼ぶな!」
門田は慌ててカレーを掻き込み、京介の後を追うように立ち上がった。
「カレーありがとう!今度何かご馳走するよ。」
そして綺麗に空っぽになった皿を残して、門田も食堂から出て行ってしまった。
「…大丈夫さくら?」
これまでの会話でほとんど発言がなかったさくらはというと、先ほどから顔を赤くしたまま動いていない。
半分ほどまで食べていたオムライスも、まったく減っている様子がない。
「おーい。」
「ふぇ?あ、あうん。大丈夫大丈夫。」
目の前で手を振るとやっと反応があった。
しかし頬の赤らみは消えず、多少ぼけーっと放心しているようにも見える。
「生徒会長さん…カッコいいなぁ。」
「え?」
「木村京介さん。この学校の生徒会長だよ!未来、知らないで話ししてたの!?」
木村京介さん…。
生徒会長…。
生徒会長ってあれか。生徒会の長。
うん…。
「えぇ!?」
知らなかった…。
まさか京介が生徒会長だなんて。
「ほんとに未来ぅ!昨日は何があったのさ!どうやってあの生徒会長と知り合いになったのさ!」
どうやってって言われても…私にはよく分からない。
京介に助けてもらったこと自体が偶然なのだ。
「あはは…なんでだろうね?」
「このこの!ずるいぞ!今度私にも紹介しろー!」
やれやれ…。
これはジュースの一本でもおごらないと機嫌が治らないな…。
などと思いながら、さくらが納得するような京介と出会った経緯を模索するのだった。
昼休み中にあった出来事をまとめると、さくらはまだ仙台トルーパーに入ったばかりで、京介たちと面識があるわけではないらしい。
そもそも仙台トルーパーがどのような存在なのか。
私はまだ知らずにいた。
京介はそのことについて昨日の仮想世界内で説明してくれていたらしいが、情けないことに私は昨日の記憶が抜け落ちているところがたくさんあるのだ。
そして京介の発言から察するに仙台トルーパーのことについて、公けにに話すのは避けたほうがいいらしい。
何故かは知らないが、あの場で仙台トルーパーという言葉を使わなかったのは確実に不便であったし、その理由はやはりさくらがいたから。と考えるのが妥当であろう。
よって、京介に仙台トルーパーについて聞くまでは、さくらに昨日の出来事を全て話すのはやめておいたほうがいい。
だとするなら、さくらにはなんて嘘をついたらいいんだろう?
そうだな…。
捨て猫を見つけて保護してくれた。あたりがいいだろう。
ノートの端っこに小さく猫の絵を描き、黒板を見上げる。
黒板には相変わらず、退屈そうな漢文が書かれていた。
私はふぅと一つため息をつく。
だが心は踊っていた。
早く放課後にならないだろうか。
チャイムが鳴ると同時に私はいち早く教室を出た。
飛ぶように、とまではいかないにしても階段を駆け下りる際に、2、3段は飛んで降りた。
昇降口には誰もいない。
新入生の勧誘期間で部活のないものは、早く帰れるのだが、どうやら私が一番のりらしい。
京介は部活がないのだろうか…?
ふとそんなことが頭をよぎったが、昨日の下校途中でバス内から京介を見かけたのだから、部活はないし生徒会の仕事も今はないのだろう。
上靴を脱ぎ、外履に履きかえる。
「未来!ちょっとそんなに慌ててどこ行くのさ!」
さくらだ。
昨日と同じような展開に笑みを浮かべつつ、振り返る。
昨日とは圧倒的に違う部分があるのだ。
「ごめんさくら。今日はちょっといそがしいの。先帰ってるね!今日のことは明日報告するから!」
そう言い、昇降口をくぐる。
「え、えぇ~!?せっかくアニ研に誘おうとしたのに~!!」
さくらには悪いが、当分アニ研には入る気はない。
あの仮想世界より面白いものがこの世にはあると思えないのだ。
私はファッションというものには疎いため、制服のまま行こうと考えていたが、今更になって最近のファッションを知らない自分を呪いたくなった。
昨日私と京介がいた喫茶店は、街中の一角にあるお店だ。
故にバスを早めに降りて、そのまま街へ直行するのだが…。
学校からの帰り道で制服姿の女子高生も多いのだが、流石の駅前は華やかな服を着た若い女性が多かった。
うぅ…。
私、浮いてないかな…。
こんな制服姿で大丈夫だろうか。
肩を狭くしてアーケードの中を小走りで通る。
夕方に差し掛かるアーケードは人が多く、人見知りというか人間不信な性格の私には少しばかり苦痛だった。
なんでだろう?
仮想世界では全然平気だったのに。
そうこう考えているうちに、喫茶店へと続く道にたどり着く。
昨日の仮想世界で陽気な音楽を鳴らしていた店は、現実世界ではケータイショップになっていた。
ケータイショップの角を曲がり、アーケードから小道に入る。
ここを真っ直ぐに進めば、昨日の喫茶店に着くわけだ。
昨日とは逆の道順で歩を進める。
現実世界ではなんの面白みもないアスファルトが続いているだけだ。
あの角からは西洋風の防具を見にまとった人が出てきたっけ。
この店もあの店も全部、木造で出来ていた。
昨日の仮想世界に思いを寄せながら歩く。
ワクワクが止まらない。
またあの世界に行けるんだ。
すぐに昨日見たテラスが見えてきて、 はやる気持ちを抑えながらテラスに繋がる階段を登った。
仮想世界の時と違い、こちらの階段は金属製で錆び付いているし、登る度にカンカンと金属音がするのが特徴的だ。
喫茶店のドアを前にして私は少し驚いた。
昨日は気がつかなかったが、ドアの前には看板が掛けれれていて、そこには「喫茶店とるぅぱぁ」の文字が実にゆったりとした調子で書かれていたのだ。
これじゃあまるでトルーパー専用のお店みたいだなぁ。
そう思いながら私はドアノブに手をかける。
そしてそのまま私は頭をしたたかにドアにぶつけた。
「あいたっ。」
何がどうなっているのかわからず、私ができたのは声を上げるぐらいだった。
「おっと失礼!」
ドアからは私より先に状況把握ができたのか手刀を作りながら一人の男性が出てきた。
私がドアを開ける前に、彼が先にドアを開けたのか・・・。
額を押さえながら私はその姿をよく見ようと顔を上げる。
「あれっ?よく見たら未来の姉御じゃないっすか!」
「えと…誰だっけ?」
「そんなっ!昨夜、杯を交わした仲じゃないっすか!」
はて?
私はこんな金髪、長身、一見するとヤンキーみたいな人と知り合いだっただろうか?
いや、待てよ…。
杯?
そういえば昨夜、私は誰かとお酒を飲んだような…。
「…渡瀬君?」
「そうっすよ!いやぁ忘れられたかと思った。」
そうか、なんとなく記憶の断片でしかないのだが、彼とは確かに熱い夜を交わした気がする。
いや、変な意味ではなく。
「遅かったすね。もうみんな揃ってますよ。」
渡瀬はそう言うと、レディーファーストよろしくドアを押さえ、私を中に入るように促した。
仮想世界のバーで働いているだけあって、その姿はとても様になっていた。
中に入ると昨日と同じでジャズソングが私を迎えてくれた。
内装は基本黒色で、椅子やテーブル、そしてカウンターが白色で統一されている。
いわゆるモノクロ調というやつで、蛍光色が存在しない
空間に私はどこか安心感を覚えた。
「まぁあ、いらっしゃい!あなたが未来ちゃんね。話しは聞いてるわ。ようこそ仙台トルーパーへ!」
と同時に寒気を覚えた。
何だか女性口調なのにやけに低い声だぞ?
声の正体を掴もうとカウンターの方向を見るが、ドアを閉めた渡瀬が急に私の前に割り込んできた。
「え、ちょ。渡瀬君?」
「駄目だ、姉御。あれを見るにはまだ早すぎる。」
「ちょっと渡瀬!なにやってるのよ!退けなさいそこ!」
「え、えぇ~…。」
私はどうすることもできず、大人しく渡瀬の陰に隠れながらカウンターの前を通り過ぎるしかなかった。
「やれやれ、渡瀬!少し大人しくしてろよ。」
聞き覚えのある声が聞こえ、私は周りを見渡した。
やはりそうだ。
店の奥の座席から京介がやって来た。
「ああボスー、未来の姉御来ましたよー。」
「見れば分かる。ほらそこをどけ。いくらマダムの顔が面妖でもいつか紹介しないといけないんだから。」
「ちょっと京介ちゃん?今なんて!?」
「それもそうっすね。」
渡瀬は京介にすんなり従い、引き下がった。
当然、私の視界にはなんの邪魔もなく、これで店の全体を見渡せるようになったわけだが、必死に渡瀬がガードしていた理由がようやく分かった。
「はじめまして、この喫茶店の店長よ。歓迎するわ~。」
そして見なければよかったと心から思った。
カウンターに立つその人物は、ピンクのエプロンを着た、喫茶店の店員らしい格好をしていたのだが、おおよそ予想していた通り、やはり中身は男であった。
うまく女装すればいいものの、男らしい骨ばった体格とか筋肉が隠しきれていないので、彼の格好はアンバランス極まりなく、異常さを全身から醸し出していた。
おまけに浅黒い肌に無理やり濃い化粧をしているため、顔は何とも見るも無惨な状態になっていた。
「え、あ、どうも…よろしくお願いします…。」
いつの間にかカウンター席に引き寄せられ、手まで握られているではないか。恐るべし…。
「まぁ、可愛いわぁ~。京介ちゃんまたこんな可愛い子を連れ込んできて、やぁねぇ~。」
「俺を勝手に女たらしみたいに言うな。」
「ほらマダム。姉御が怖がってるじゃないっすかー!」
そこでようやく私は、通称マダムから解放され自由の身となる。
あれで店長か…。
狐に化かされたような気分だ…。
「はいはい、ご挨拶はそこまで。みんな待ってるからもう行くぞ。」
京介は軽く両の手を叩くと、店の奥を指して私と渡瀬に呼びかけた。
「それじゃ、マダム。三秒だけ借りるよ。」
そして、マダムにそう告げてから京介は店の一番奥にあるテーブル席へと向かった。
「あの方、本当にここの店長なの?」
京介の後を追いながら、私は隣りを歩く渡瀬に小さい声で聞いた。
すると渡瀬はニヤニヤ笑いながらこう答えた。
「いやぁ、本当に残念なことにここの店長なんすよ。っつうより店の従業員はマダムと俺しかいないから当たり前なんすけどね。」
「何だか世界が広がった気がする…。」
「そいつはなによりっすね!」
その間に京介はテーブル席の手前側を陣取り、続いて渡瀬がその隣りを、そして私が彼らの向かいに座ることとなった。
「あれ?そういえばみんなもう来ているって話しじゃなかったんですか?」
私は席に着いてから、やっとそのことに気がついた。
私達が座るテーブル席は4人座りで、当然そこに先客がいるはずもなく、店を見渡しても私達以外には誰もいない。
「いや、みんなもう来ているし、君が最後さ。」
京介は意味ありげな笑みを浮かべ、渡瀬を見る。
対する渡瀬もニヤニヤと笑い、京介を見る。
「はい?どうゆうことですか?どこに集まっているんですか?」
「そりゃあ姉御。仮想世界にっすよ。」
そこで私は自分の馬鹿さに気づかされる。
何故このタイミングで仮想世界のことを忘れるのだ。
「…なるほど。」
再びあの時の興奮が蘇り、胸が高鳴る。
「昨日見せたサイトあるだろ?たぶん履歴に残ってるはずだから開いてくれ。あまりオススメはしないがブックマークとかに入れとくと便利だ。」
京介はそう言いながら、自分のポケットからケータイを取り出した。
渡瀬も同じように自分のケータイを出し操作し始めた。
私もそれにならいケータイをスカートのポケットから取り出しブラウザを立ち上げる。
ネットなんて滅多に使わないため、ネットの定額割をそろそろ解約しようと考えていたところだったのだが、やらなくてよかったと心から思った。
慣れない手つきで履歴を参照し、昨日のサイトに移動する。
履歴は昨日のを除くと一ヶ月以上も前のものだったので、すぐに判別できた。
すぐに画面には黒色の壁をバックにした荘厳な趣きのドアが出現し「Team 仙台トルーパー」の文字が浮かび上がる。
やはりどこからどう見ても現代の技術では再現できないどほどの高画質。まるで絵を見ているかのようだ。
本当に未来から来たサイトなのだろうか…?
「そんじゃ、俺は先に入ってますよ。」
渡瀬がそう言ったのが聞こえ、私が顔を上げるとすでにそこには渡瀬の姿がなかった。
「すごい……。」
渡瀬の姿だけではなく、渡瀬の着ていた服も渡瀬が持っていたケータイすらも消えたのだ。
今頃渡瀬の体は仮想世界の中か…。
一体どういったロジックでこんなことが起きているのだろう。
「さあ俺たちも早く入ろうか。出てきた時に渡瀬が待たなきゃいけなくなる。」
「は、はい。」
私はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決める。
昨日体験したとは言え、やはりまだ緊張してしまう。
「行こうか。」
京介がケータイを押す動作と合わせて私もボタンを押す。
半開きになっていた門は、完全に開かれ、中から眩い光が漏れ出し、私を包み込む。
神経が繋がったようなピリッとした感覚が体を走り、私は思わず目を開ける。
「仙台トルーパーへようこそ~!!」
不意に何かが破裂するような音が四方八方から聞こえ、それに混じって何人かのまとまった声が聞こえた。
意識を取り戻してからここまで自覚できたのは正直すごいと思いたいが、何が起こっているのかが把握できずにいた。
「みんな待たせたな。さあ未来、今日は君が主役だよ。」
私は意識が完全に覚醒すると、思わず息を飲んだ。
まず一番最初に先の破裂音はクラッカーの音だと、私の服に纏わり付く色紙から分かった。
更に昨日までは現実世界となんら変わりのなかった白黒の内装は色鮮やかなライトや、壁一面に描かれた模様で豪華に飾りつけられていた。
そして何より私を驚かせたのは、私を囲む人の多さだった。
現実世界と同じく私は4人席のテーブルに座っていた。
それをぐるっと囲むように総勢10名の男女がクラッカーを片手に並んでいた。
「はいはい、未来の姉御こっち~。」
一番近くにいた渡瀬に手を引っ張られ、私はカウンター席の前まで連れられる。
そしていつの間にか、レモンスカッシュが一杯まで入れられたジョッキを持たされ、みんなの顔がよく見える場所に立たされた。
京介、渡瀬を含む10名はおよそ現実世界では着ないような服装を身に纏っていた。
渡瀬に限ってはあのバーテン服だったが。
「ほいほい、姉御自己紹介っすよ。」
渡瀬はそう言って自分のグラスを上に突き出す。
じ、自己紹介…?
自己紹介って何話せばいいの?
とりあえず名前と…?年齢…?
あとは…趣味?
いやいや、そこまでいらないか?
私は助けを求めるように京介の方を見る。
しかし京介はニヤニヤと笑うばかりで、合いの手を入れてはくれないらしい。
くそ…絶対あれは楽しんでる表情だ。
とにかく何か喋らなくては…。
「え…えっと…。京介さんに誘われて入りました。栗栖未来といいます。京介さんと同じ学校の二年生です。
…よ、よろしくお願いします!」
「かんぱ~い!!」
私が言い終わるのと同時に渡瀬が叫び、乾杯の音頭がとられた。
私は恥ずかしさを抑えるために、ジョッキのレモンスカッシュを少し飲み頭を冷やす。
「よく頑張ったな未来。」
そう言ったのは京介で、何やら奇妙な青色の液体をグラスに入れている。
いつもの笑みを浮かべ、カウンター席に腰掛ける。
「京介さん!わざとやりましたよね?
私が人と関わるのは苦手だって知ってるはずなのに。」
「はて、なんのことやら。だいたいダラーズに入るにはあれが通例なのさ。
しかも、君は人と関わるのが苦手なのではなく、人と関わる機会が少なかっただけだろう?」
ぐ…。
確かにそう言われればそうだ。
「人と関わるのだったらここは絶好の場所さ。」
京介は意味ありげな言葉を言い、視線を後ろにずらす。
何事かと思い、私は後ろを振り返ろうとしたが、できなかった。
急に後ろから何者かが抱きついてきて、私は体の自由を奪われたのだ。
「きゃっ!!な、なに…!?」
「未来さん!一目惚れしました!食べてもいいですか!?」
はい…?
「え、ちょ、ちょっと待って…。とりあえず、離してくれます?」
「嫌です!」
私がもがけばもがくほど、私を抱きしめる両の手は私の体を絡めとり、動けなくなる。
声的に女性だが、なによりまず顔を見て、落ち着いて話しをしたい。
いや、もしこれが男性だったとしたら、とんでもないことになるが、女性には危害を加えられないので、これはこれで困る。
「あ、あの京介さん?助けてくれます?」
さっきから京介は大声を出して笑ってばかりで、頼りになりそうにない。
「だ、だれかぁ…。」
「ほらほら、そんなにしてると姉御に嫌われるっすよ。」
これぞ救世主と言うべきか、渡瀬がカウンターの奥から大量の料理を運んで来て、助け船を出してくれた。
「むぅ…、仕方ない…。」
ようやく私は万力にも似た抱擁から解放された。
私は恐る恐る後ろを振り返る。
しかしそこにはある意味予想外の子がいた。
背は私より頭一つくらい小さい。
私が高いほうなので平均的なくらいか。
ブロンズの肩まで伸びた髪は、毛先のところが少しだけパーマがかかり、可愛らしさを出していた。
前髪をピンクのヘアピンで留め、少しつり目だがそれを気にさせない大きな目が隠れないようにしている。
やや細身だが、黒いドレスローブを着こなし、その曲線の丸みのつき方を見れば、かなり大人に見えた。
「西園寺 咲っていいます。サキって呼んでいいですよ。」
咲はその特徴的な目を私に向けながら、やや上目遣いで自己紹介をした。
お世辞なしで言おう。
とても可愛いのだ。
私は今まで可愛いと言えば、さくらだと思っていた。
だがこの咲という子は、比べ物にならない。
咲が月だとすれば、さくらはスッポン。
それほどまでに咲には可愛いさがあった。
「咲ちゃんね…可愛いね。」
私は言った瞬間、しまったと思った。
咲はまるで電流が走ったようにビクンと跳びはねると、目を輝かせ、私に近づいてきた。
「はぁ~…。未来さんに褒められてしまいました…。私どうにかなっちゃいそうです…。」
咲は恍惚な表情になりながら、じりじりと私に近づいてくる。
「未来さん…いえ、姉御!
姉御と呼ばせて下さい!私のことは呼び捨てで構いません。いえ、むしろ下僕でも構いません。ああ、いえ是非とも豚とお呼び下さい!!どうかこの汚らわしい豚を罵って踏みつけてください!!」
とうとう咲は私に再び抱きつこうと、手を伸ばす。
「はいはい、ストップっす。せっかく料理作ったんだから食べてくださいね。」
そこで、渡瀬が咲の両手を掴み、私は危機を逃れた。
可愛いのに性格に難ありか…。
「姉御も食べましょうよ~。」
「あ、うん…。」
渡瀬に無理矢理連れていかれた咲に返事を返し、私は京介を見る。
「さあ、食べよう。今夜は飲むぞ。」
実に楽しそうな笑顔を横目に、私も渡瀬が用意してくれた料理がある長テーブルに向かった。
テーブルにはありとあらゆる料理が並べられていた。
どの料理も見たことがないものだらけで、とても美味しそうだった。
私が咲に襲われている間に、他のメンバーはすでに食べ始めていた。
「ほいほい、これ姉御の分っすよ。」
渡瀬から受け取った皿には、ローストされた肉が切り分けられ、不思議な香りのするタレがかかっていた。
さっそく私は渡されたフォークで、一切れ口に運ぶ。
こんがり焼かれた皮はパリッとしていて、噛むたびにジューシーな肉汁が出てくる。
生まれて初めて食べた味だ。
「美味しい!これなんのお肉ですか?」
右隣りにいる渡瀬に聞くが、途端に顔を曇らせ、どう話すべきか考えているようだった。
「知らないほうがいいこともあるぞ。」
更にその隣りにいる京介は、そう言って私と同じ種類の肉を頬張る。
「マダムのことは隠そうとしなかったのに、変っすね。」
「あれはまた別だろう。」
そんなに酷い肉なのか…これ。
「そんなことより姉御~。私が食べさせてあげますよ~。」
私の左隣りにいる咲は、一口食べた肉の欠片を私の口に近づけ、強制的に間接キスを試みようとしてきた。
「い、いいよ…。自分で食べるから。」
「私が食べさせるかわりに、私のこと食べていいですから!」
どういう理屈だ…。
「咲、しつこいとマジで嫌われるぞ。」
「ふえぇ…。そんなぁ。」
京介に一喝されると咲は大人しくなったものの、私を見つめる眼差しの強さは変わらずだ。
「さて、まだ未来しか自己紹介してないから、順に自己紹介していくか。」
「まずは俺だが…、俺はまあいいか。
こいつらのまとめ役。ボスみたいなもんさ。」
「俺らの救世主っすよ。」
渡瀬は京介の言葉の後を繋げるように、私に耳打ちした。
もちろんその時、渡瀬と私の顔が近づいたため、咲が睨んでいたことは言うまでもない。
「んで、次が翔一、清水 翔一。
こいつは俺と同じ学校だし、同じクラスだ。
つまり未来の一つ上だな。
そしてトルーパーの副ボス。」
京介の隣りにいるのが翔一。
ツンツンのウルフヘアで、京介よりは背が低く、線が細いが、鍛えられた筋肉が分厚いボディアーマーの上からでも分かった。
優しそうな目をしていて、体型とは違った印象を感じささせた。
翔一はよろしくと一言、片手を挙げた。
「次はダモん、ダモんにはもう会ってるよな。
本名がダモん。ニックネームは門田 鉄平。」
「いや、逆だろ!!」
翔一の隣りの門田。
長テーブルを囲むように立っているので、反時計回りに進んでいく。
「悪い悪い。こいつも同じクラス。」
門田は大柄な体型で、その体型に裏切ることなく、大食いである。
今日の昼休みに間違って頼んでしまったスペシャルカレー定食を屠ってくれたのは彼だ。
そしてどうやらダモんと呼ばれるのはもう諦めたらしかった。
「次が双子の真央と真子。間違いがないように最初に言っておくが…、未来からみて右が兄の針生 真央。左が妹の針生 真子だ。現在高校一年だな。」
私の向かい、右に立つのが真央。
痩せ型で肌も白く、ぱっちりとした目がとても可愛くショートカットの髪型がよく似合っていた。
いや…待てよ。
京介は右の真央が兄だと言ったか?
真央はどうみても女の子…。
じゃあ左の真子は?
続けて私は真央の左に立つ真子へと視線をずらした。
真子は真央と比べて若干背が高く、真央と同じようなショートカットだが、髪に真央のような艶がなく、毛先の方は跳ねて、男っぽい硬い髪に見えた。
「はじめましてっ!妹の針生真子ですっ!」
最初に声を上げたのは真子の方で、やたらと元気がよくハキハキと喋る口調が印象的だった。
しかも右手に持っていたコップをわざわざテーブルに置いて、右手での敬礼という生真面目さだ。
真子は言い終わると、隣りに立つ真央に小さく肘打ちし、真央に自己紹介を促す。
すると真央は顔を俯けたまま、真子の背に隠れるようにして、ぼそぼそと話し始めた。
「あ、あの…、針生真央です…。」
か細いその声や、恥ずかしがる仕草は女の子そのものだ。
「もっとハキハキ喋りなよ、お兄ちゃん」
真子は恥ずかしがる真央に向かってそんな言葉を投げかけた。
この時点で私はこの二人の関係というか立場的なものを理解した。
兄の真央、妹の真子、性格と兄妹の権力差までもが逆転してしまっているのだ。
私は少し驚きながらも、微笑んでよろしくと言った。
「次がパソコンオタク、辻 蓮司。」
京介は針生双子の隣りを指差す。
一応、注意深く確認したが今度は間違いなく男だった。
蓮司は銀色の眼鏡をかけ、それを隠すように前髪を伸ばしている。
「オタクは余計です。」
京介の言葉が癪だったのか、顔を俯け人差し指で眼鏡を押し上げる。
「ほう、そうか。じゃあパソコンな。
あいつは高校二年生。未来と同い年だな。」
「ぐっ…。…よろしくお願いします。」
京介には反論できないのか、顔を険しくするだけで大人しく私に挨拶をした。
「次は天童 隼。小学…何年生だっけか?」
長テーブルの半分を通り過ぎ、自己紹介は私の左側まで回ってきた。
続いて蓮司の隣りは背たけの小さい男の子だった。
短い髪はボサボサで、ところどころがぴょんぴょんと跳ねている。
「中学生だっ!!」
見た目の通り元気ハツラツな子のようだ。
そして見た目に反して中学生らしい。
「おお、そうかそうか。
隼もようやく中学生になったか。」
「今年で中3だ!来年で高校生だぞっ!!」
隼は両の手を挙げ、体を目一杯に使い主張する。
だがその姿はわがままを言う小学生にしか見えなかった。
「まあ、こういう奴だ。一応中3らしいぞ。」
不敵な笑みを浮かべ京介は私に言う。
京介は全員のいじるポイントでも抑えているのだろうか。
「おう、あんた俺の子分にしてやるよ。せいぜい頑張ることだな。」
隼は私を指差し、高らかにそう言った。
「え…あ、うん。ありがとう。」
とてもじゃないが隼は親分になるような玉ではない。
むしろキャンキャンと吠える仔犬を想像してしまい、笑いそうになるのを堪えた。
「完全に餓鬼だな…。」
「なんという小物感…。」
渡瀬と咲が同時に呟く。
だが隼は私が子分になることを受け入れたことにすっかり気分がよくなっているのか、聞こえていないようだった。
「次が夢沢 雛。中学生三年生だ。」
京介はほぼ私の方を向きながら言う。
それというのも雛は私の隣りにいる咲に隠れるような位置にいるのだ。
というか実際隠れていた。
「…ほら、ヒナ。姉御に挨拶しなきゃ。」
咲の背中に隠れ、顔だけをひょっこり出して私を上目遣いで見つめている。
雛の髪は透き通るような青色で、それに対して目は薄い赤色というファンタジーの世界にでも出てきそうな姿だった。
それと雛の可愛らしい顔立ちも相成ってまるでお人形さんのように見える。
「……。」
「えーっと…。雛ちゃん?
よろしくね?」
なかなか雛の方から喋ってくれないので、今度は私がひょっこりと顔を出して言った。
「…うぅ。」
すると雛は恥ずかしいのか、頭まで完全に咲の背中に隠してしまった。
どうやら相当の恥ずかしがり屋らしい。
「雛、ちゃんと挨拶しないと未来に嫌われるぞ。」
京介がそう言うと、咲の服をぎゅっと握りしめながらもゆっくりと頭を出した。
「……よ、よろしく。」
うるうるとした目、小さいが綺麗な声。
…なんだこの可愛い生き物は…。
「うん、よろしくね。」
雛は顔を真っ赤に染めて、それ以上咲の背中から出てこようとはしなかった。
「さて、これで全員だ。」
京介が手を打ち鳴らし、言う。
「ちょ!ちょっとちょっとまだ私がいるじゃないですか!」
そこにストップをかけたのが咲だった。
「なんだ、さっきやったじゃないか。」
「さっきのは不意打ちです。今改めて自己紹介して好感度をあっじゃなくて仲良くなるんです。」
京介は面倒臭そうな顔をしたが、口を閉じたままなので無言で肯定したのだろう。
咲は嬉々として話し始める。
ちゃっかり右足を下げ、スカートを少しつまみ上げポーズなんかとっている。
「改めまして西園寺 咲と申します。趣味は生け花や読書を少々…」
「まるでギャルゲーに出てくるお嬢様のようだな…。」
「っていうかそれ、嘘の情報だろうが。」
間髪入れずに蓮司と京介がツッコミを入れる。
「ちょっと邪魔しないで下さい!好感度上げてデートしてイチャイチャするんですから!」
咲は文字通り地団駄踏んで、抗議する。
さっきまでのお嬢様はどこにもない。
それにしても好感度は百歩譲っていいとして、デートしてイチャイチャって…。
咲を少しジト目で睨みつける。
「 嗚呼!姉御が私のことを軽蔑するような目で見る!
…でも!それが逆にいい!はぁあ私ゾクゾクしてきました!!」
咲は恍惚とした表情で徐々に息を荒げる。
ダメだ、こいつ早くなんとかしないと…。
「さてさて、茶番はそこまでとして…、どうだい未来、これがトルーパーのメンバーだよ。」
私は改めて長テーブルを囲む彼ら彼女らの顔を見る。
「あ、はい…なんというか個性的な方ばかりですね。」
決して悪い意味ではない。
むしろそんな表立っている性格を尊敬し、羨ましく思う。
私は暗くて非社交的な性格ではあるが、トルーパーのメンバーのような大それた個性、特徴がない。
「みんな、覚えられたかい?」
「いや…それはまだちょっと。」
ただし嫌でも名前を覚えた人物が横で悶絶しているが。
「まー、ゆっくり覚えていけばいいっすよ。なんたって未来の姉御はもうトルーパーのメンバーなんすからね。」
そう言って渡瀬は、歓迎の印と言わんばかりにたっぷりと皿に料理を持って私に渡す。
「うん、みんなありがとう。」
みんなに感謝したい。
私を救ってくれて。
私に居場所をくれて。
私を楽しませてくれて。
「どういたしましてっ!もう食べていいですか?私お腹ペコペコなんで、食べちゃいますよーっ。」
真子は自己紹介の間、食べるのが待ち切れなかったようで、自ら食事を再開し始めた。
その食べっぷりまさに漢といった感じだ。
それを合図にみんなも止めていた手を動かす。
「そう言えばボス、今日も一戦やるっすよね?」
そう言ったのは渡瀬だった。
「ああ、そうだな。これ食べ終わったらみんなで行こう。今日は未来のために木馬あたりか。」
「いきなり木馬っすか?大丈夫っすか?」
「んー、さあ?まあ俺らいるし大丈夫じゃない?」
「そんな投げやりな…。」
なにやら不穏な会話が隣りから聞こえるが、なんのことだろう…。
私は得体の知れない肉を頬張りながら、首を傾げた。
私の抱いていた疑問はすぐに分かった。
分かったというよりは思い出したと言ったほうが正しい。
渡瀬の用意した食事をひと通り食べた私達は、みんなで店の外に出た。
このアーケード脇の小道にも通る人は何人かいて、その誰もが脇に剣を携えていたり、魔法の杖を持っていたりと必ず武器を持ち歩いていた。
そう、武器である。
昨日、京介が私にこの世界について説明してくれた。
うっすらと曖昧な記憶でしかないのだが、京介はあの時この世界はバトルゲームである、と言った。
バトルゲームということは、何かと戦うわけで、それには当然武器や防具が必要になってくる。
この世界で武器を携帯する人がいるのは、そういう訳なのだろう。
つまり、渡瀬の言っていた一戦とは私達が何かと戦うということだろう。
しかし、一体何と戦うのだろうか?
見たところ仙台トルーパーのメンバーは、特に武器を所持していないように見える。
「今日は姉御にいいところをたくさん見せつけてあげますよ!しっかり見てて下さいね?」
咲はさっきからずっとこの調子である。
このやる気に満ちた発言から察するに、やはり咲も戦うのだろうが、いかんせん対戦する相手が謎だ。
そうこう考えている間に私達はアーケードに辿り着いた。相変わらず多種多様な人が行き来し、連なった武家屋敷のような商店街を賑わせている。
そういえば私達はどこに向かっているのだろうか?
まさかこの人が往来する場でいきなりバトルを始めるはずはないだろうが、だからと言って仙台の街に戦闘できる場所はない。
「何も聞いてこないのかい?」
ふと顔を上げると、京介が私の顔を覗き込んでいた。
私が色々考えていることに気がついたらしい。
「あ、いや…、ついていけば分かるんですよね?」
「うん、そうだね。」
「なら自分の目で確かめたいです。この世界の色んなことを。」
そう言うと京介は満足気に頷き、その後は何も言わず私と並んで歩いた。
私達はアーケードの東側、つまり仙台駅の方向へと抜けた。
アーケードを抜けるとまず目についたのが、超高層木造建築物だった。
この世界の建造物及び土地は、現実世界のそれとリンクしているという話しだったので、恐らくこの建物は「AER」というビルであろう。
31階建て、高さ141.5mという仙台の中でもなかなかの高さのビルである。
普段は見慣れているため意識したことがないが、こうやって木造の高層物が目の前にあると、すこし度肝を抜かれる。
確か最上階は展望台になっていたはずだから、この世界でもそうなのだろうか。
私は慣れない木造ビルに圧倒されながらも、みんなの後についてペデストリアンデッキの階段を昇る。
ペデストリアンデッキとは歩行者回廊とも呼ばれ、道路から立体的に分離された歩行者専用の通路のことである。
アーケードのすぐ側には道路を横断しないで駅構内や各ビル入り口に入ることが出来るペデストリアンデッキがあるのだ。
現実の世界ではデッキの下は絶えず自動車やバスが行き来し、対して上は人が蟻のように右往左往している。
仮想世界にいる今でも、現実世界ほどではないにしても、人がたくさんいる。
ただし現実と一つだけ異なるところがあり、デッキの下を通るのは車ではなく、人を乗せた馬や馬車だということだ。
どうやらこの世界、電気仕掛けのものは存在せず、私たちが持っているケータイのみが唯一の電化製品のようだ。
「知ってるかい?仙台のペデストリアンデッキは日本一でかいんだよ。」
階段を上っている途中で京介がふとこちらを向き、そんな言葉を投げかけた。
なんと。
普段見ていたものはそんな大層なものだったのか。
「そうなんですか!?
全然知らなかったです…。」
長い間、人と関わることを避けてきた結果がこれだ。
私は常識というものがすっぽり抜け落ちているようだ。
「まあ、知っている人はそうそういないだろうけど。」
と、京介は私の考えを知ってか知らずか、そう言って微笑んだ。
「ボスの無駄知識をいちいち聞いてたら、頭パンクしちゃいますよ姉御。」
「そうそう、ですから姉御は私の愛の囁きだけを聞いていればいいんですよー。」
…ああうん、それはいらないかな。
私達はデッキの上に上がり、駅へと向かう。
他にも駅方面へと向かうためにデッキを渡る人、更に駅構内から出てくる人が何人もいる。
目的の場所は駅の中ということでほぼ間違いないだろう。
一体何が待ち受けているのだろうか…。
何やともあれ、ここまで来たのだ。
今更引き返すこともできない、そして私自身心の奥底では引き返す気なんてさらさらないのだ。
駅に向かって真っ直ぐ進む仙台トルーパーの面々は、そんな私を後押ししてくれる存在であり、私は嬉しく思うのだった。
トルーパーの面々についていく形で駅内部に入ると、駅構内までもが複雑に組み合った木で構成され、三階までの細かな構造を忠実に再現していた。
だが、エレベーターや、エスカレーターなどの電気仕掛けのものは、形だけは再現しているものの、動いているわけではなかった。
ひとつ例外として、駅構内の2階から見ることができる大時計は当然木製であるのにも関わらず、一秒一秒をしっかりと刻んでいた。
「そんじゃ、チケット買ってくるよ。」
京介はちょうど電車の改札口がある場所に私達を待たせると、早足で自動券売機へと向かっていった。
と、こんな感じで冷静に今の状況を語っているが、目の前の光景を見て私の内心はおよそ冷静ではなかった。
混乱の極みである。
人が、人間が吸い込まれている。
これは文章上の比喩表現などではなく、文字通りの意味だ。
吸い込まれている。
どこに?
改札口にだ。
京介と同じように券売機で何かを操作した後、彼らはまるでそれが普通であるかのように、改札口に向かい、チケットを改札に通した途端に姿を消すのだ。
それを見てトルーパーのメンバーは驚くこともなく、ましてや他の人も驚いてはいなかった。
となると、これは至って普通の現象であり、更に言えば今から私達もこの改札口を通り、姿を消すことになるのだろう。
京介は程なくして私達のところへと戻ってきた。
手には複数のチケットを持っていて、それを一人一枚ずつ配り出した。
最後に私に渡すとチケットはなくなった。ぴったり人数分だったようだ。
渡されたチケットには仙台トルーパーの名と「ボス攻略戦 トロイの木馬」とだけ書かれていた。
これだけでは何がなんだかさっぱりだ。
ボス攻略戦というのはまだ分かる。
トロイの木馬とは何だ?
いや、もちろんトロイの木馬というものが何かの神話に出てくるものだという知識はあるのだが、それがなんだというのだ?
「まあ、いろいろ思うことはあるだろうけど、普段電車に乗る感じでチケット通しちゃって大丈夫だから。」
と、京介からはそんな投げやりな言葉を貰った。
うーん…根は真面目なんだろうけど、けっこう適当なところあるよなぁ京介さんって…。
「それじゃあ行こうか。」
その合図でみんなは京介を先頭に改札へと歩き出した。
京介のチケットが改札に飲み込まれると、それと同時に京介も消える。
「わっ…!」
間近で見るとすごいものだ。
消えている途中、経過というものがまるでない。
あたかも最初からそこにいなかったかのように突然いなくなるのだ。
京介が消え、渡瀬が消え、門田、真子の順で次々にトルーパーメンバーは姿を消していった。
そしていよいよ私の番となった。
一番最後に残ったのは私だけかと思ったが、咲が隣りに残っていた。
私に気を効かせてくれたのだろうか。
「大丈夫ですよ、一緒に行きましょう?」
咲の言葉に頷くと、私は意を決して足を踏み出した。
ここまで近づくと改札機の木目まで詳しく確認できる。
本来なら電車の切符を入れるその場所は、ブラックホールのようにぽっかりと暗い穴が空いていた。
咲がその穴にチケットを入れるのを横目で確認して、私もその未知の穴へとチケットを入れた。
この世界にきた時、つまり私のケータイであの不思議なサイトの荘厳な門扉の絵にカーソルを合わせ、クリックした時と同じで、身体に何か異変が起こるのかと思ったが、そんなことはなかった。
あの時こそ身体中を電気が駆け巡るような感覚こそしたが、今の私は何も感じることはなかったのである。
それどころか、時間的な変化もなかった。
何分間か白い空間を漂ったとか、何時間も気を失っていたとかそんなこともない。
何かが起こるんだと思って、目を瞑り、身体を強張らせていた私は拍子抜けした。
なーんだ、何も起きないのか、と気楽な気持ちで目を開けると今度は不可解な現象に眉をひそめることになった。
私はどうやら改札口の向こう側には行くことができなかったらしい。
最初は失敗したのかと思った。
改札口に向かって進んだ私は、いつの間にか改札口を背にしていた。
なにも改札口をそのまま通り過ぎたという訳ではない。
目を開けたら、私の身体はくるりと180度回転した状態になっていた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、これでも自分の身に起きていることを正確に表現しているつもりだ。
私の前には先に姿を消していった京介さん達が待ってくれていた。
隣りには私と同じように改札機を背にした咲がいる。
間違いない。
これは確実に反転、いわゆる回れ右をした状態だ。
「え、えーっと…。」
「さあさ、行きましょーう!」
私が困惑していると、隣りにいた咲が私の腕に抱きついてきて、そのまま私のことをずるずると引っ張る。
「はい、これ。」
みんなの前まで連れてこられた私は翔一から、何かを手渡された。
色は銀色で、ずっしりと重く、冷たい。
それは見たことはあるものの、この目で見るのは初めてで、ましてや手に触れたことなどない代物だった。
「スミス&ウエッソンのM36、小さいから女性にも扱いやすい。まずはこの銃から使ってみな。」
拳銃
引き金を引くと金属の玉が発射されて、人を殺傷する道具。
「こ、これ…本物ですか?」
おもわず取り落としそうになった。
「そう、本物だよ。」
さも当然といった感じで京介はあっさりと認めた。
いや、認めちゃ駄目だろ…。
普通に銃刀法違反で捕まってしまう。
「ちなみに、この世界で銃刀法違反は通用しないからな。」
私の心を読んでいるかのように、京介はそう言った。
そうなのか。
まあ、未成年だろうと酒が飲めるのだからそうなのだろう。
それにしたって問題は他にもある。
「私、使い方とか分かりませんよ!?」
「いや、姉御。一般の女子高生が銃の使い方知ってたらおかしいっすよ。」
と、私の言葉にケラケラと笑うのは渡瀬だった。
「使い方は簡単。撃ちたい方向に銃を向けて、引き金を引く、以上っす。」
渡瀬は至極簡素な説明を、わざわざ銃を撃つ仕草まで再現してくれて、非常に分かりやすいことこの上ないのだが、全然説明になっていなかった。
「銃の使い方はこれが終わってから教えるとして、今は移動しようか。」
京介はまたもや私に対する説明を保留にした。
自分で知るからいいとは言ったが、さすがに教えなさすぎな気がするのだが、大丈夫だろうか…。
私はぎこちなく銃を握りしめ、感触を確かめた。
確かに銃としては小振りで持ちやすい。
だが、どうしても銃の重みというものを感じてしまう。
銃の重量そのものという意味ではない。
私が感じているのは、これ一つで人を殺せてしまうという重みだ。
私以外はみんな、こんな小型の銃ではなく、もっと大きいマシンガンみたいなものを持っている。
そういえばさっきまでみんなは持っていなかったのに、いつの間に取り出したのだろうか。
咲や真子なんかは服装まで変わっているではないか。
それにもうひとつ気づいたことがある。
トルーパーのメンバー以外に人がいないということだ。
恐らくこれは、さっきの改札機にからくりがあるに違いない。
これは推測だが、チケットを改札機に通すことで、他の誰もいない世界へと転送された、ということだと思う。
「ミッションを確認しておく。ターゲットはトロイの木馬だ。今回は未来の初期データが取れればいいから、木馬だけを優先に倒す。ほかの雑魚敵は任意で適当に追っ払ってくれればいい。」
京介はメンバー一人一人の顔を見ながら、説明をし始めた。
自然と輪が出来て、みんなは真剣な表情で京介の話しに耳を傾ける。
「咲は未来の前に立って未来を護ってくれ、雛は後ろから援護、俺と翔一と隼で先頭、他は横に広がって臨機応変に頼む。」
京介と目が合う。
楽しさに満ち溢れた希望の目だ。
「大丈夫。未来には最後の一撃だけ決めてもらうから。
俺が合図するまで何もしなくていい。俺が打てと合図したら引き金を引けばいい、いいね?」
「あ…はい。」
唾が喉を通り、ごくりと音がでる。
握りしめた拳銃からは相変わらず冷たい温度が伝わってくるが、不思議と体温は下がることなくむしろ徐々に上がってくる気さえした。
身体が震えだしたのは、緊張のせいか恐怖のせいか。
…それとも、武者震いか。
「さあ、初陣の始まりだ。」
京介は身を翻し、私達仙台トルーパーは歩き出した。
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