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第十六話 束の間の休息
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「侯爵の話だとかなり減ったらしいけど、結構多いんじゃない?」
辺りのモンスターを蹴散らしながら、フェリルに話しかけた。
「確かに思っていたより多いですね。オウカはここに来ていないのでしょうか?」
フェリルが同じ様に辺りのモンスターを蹴散らしながら…って言うか、俺よりモンスターを倒しまくってた。
「怒ってる?」
「いいえ?私が怒るような事がありましたか?」
モンスターを片手間で倒しながら、とびっきりの笑顔を向ける。
「いや、何かここに来るまでも口数少なかったし…。今もそんな様子だし?」
「怒っていませんよ?えぇ、怒っていませんとも」
ルミニスを呼び出し、ライトニングレイで辺りの魔物を一掃した。
「…ふぅ。スッキリしました。オウカは、この前のダンジョンの方に行ったのでしょうか?」
額の汗を腕で拭いながら、フェリルが笑顔のまま言う。
(間違いなく、昼間の侯爵の話のせいだよなぁ…。どうしよう…。前世でもこんな経験したことないし…。あっ、ほとんど病院にいたんだったわ…)
「今日はこれくらいにして、街に戻らない?オウカも飽きたら戻って来るだろうし」
この空気に耐え切れなくなった俺は、フェリルのご機嫌を取る事にした。
「そうですか?レイがそう言うのでしたら…」
「ここ最近戦ってばかりだったし。たまにはのんびりする日があってもいいだろ?」
そう言ってフェリルの手を取り、街に向かって歩き出した。
ギュッと手を握り返してきたのを感じて、何となくフェリルが喜んでいる様な気がした。
「街に戻って来ましたけど、どうするんですか?」
街に戻って直ぐに、フェリルが尋ねて来た。
「ベレルでの依頼で貰った紹介状があっただろ?あれを見せてどうなるかなって」
「そう言えば。何か良い事でもあるのでしょうか?」
「とにかく試してみよう」
俺とフェリルは手を繋いだまま街の中を歩いていると中央広場に出た。
「あ!あれって…」
クレープらしき物を売っている屋台を見つけ、フェリルに噴水の側のベンチで待っている様に伝えて買いに行く。
フェリルにはバナナやら苺やら果物が沢山詰められた物を、俺のはカスタードの様な物が塗られ、少量の果物が詰められた物を買った。
(なんなんだろう…。前世と全く同じ物があるかと思えば、見たことも聞いたことも無い物があったり…)
そんな事を考えながらフェリルの所へ戻り、買った物を渡してフェリルの右隣りに腰を降ろした。
「ん~。美味しい~」
受け取ったクレープもどきを一口齧り、頬に手を当てて満面の笑みを浮かべるフェリルを見て、幸せな気持ちになって思わず顔が綻ぶ。
「怒ってるより、そうやって幸せそうにしているフェリルの方が好きだよ」
その言葉に、フェリルが顔を真っ赤にして誤魔化すように再び齧りついた。
「すみません…」
口の中のクレープもどきを飲み込んだフェリルが、申し訳なさそうにしていた。
「気にしてないけど、なんで怒ってたの?」
すると、フェリルは再び顔を赤くして俯き、消え入りそうな程の大きさの声で
「……しっ、し、し、し…嫉妬……です……」
振り絞ったのだろうその声を、聞き取れずに思わず聞き返してしまう。
「えっ?なんて?」
突然立ち上がったフェリルがギュッと目を瞑って、手に力を込めて声を荒げた。
「嫉妬です!!嫉妬してしまったのです!」
今度はハッキリ聞き取れたが、俺はフェリルの手にあるクレープもどきに思わず目が行き、
(あっ…、中身出そう…)
などと、全く関係ない事を考えていた。
「もう!!何か言ってください…」
目を開けたフェリルがそう言った直後…
ベチャ…
クレープもどきの中身のほとんどが地面に落ちた。
フェリルが悲しそうな顔で落下したそれを見つめる。
俺は立ち上がって、自分のクレープもどきをフェリルに渡した。
「代わりにそっちくれない?」
申し訳なさそうに空いていた手で俺のを受け取ると、右手に残ったクレープもどきを俺に渡した。
フェリルから受け取って座ると、クレープもどきを食べ始める。
「ありがとうございます…」
申し訳なさそうな顔でフェリルも座った。
チラッとフェリルを見ると、その頬は少し赤みを帯びていて、さっき顔を赤くした時とはどこか様子が違っていた…。
「嫉妬かぁ。でも、そんな必要無いんじゃない?フェリル以外の人と…なんて考えられないし、考えても無いよ」
「そう…ですか…?ですが、ミリーナ様はどうなさるのですか?」
「どうするも何も…どうもしないよ?侯爵には申し訳ないけど、政略結婚とかそう言うのに巻き込まれるのも嫌だし…」
「ですが、それでは侯爵様の顔を潰すのでは?」
「そうなんだよね…。まぁ、俺の気持ちは変わらないし、とりあえず付いてくるってだけなんだから、そういう事態になったらまた考えるよ」
「いいのですか?」
「結婚するなら、フェリルとしか考えられないし…。今は出来ることも無いし」
その言葉を聞いたフェリルが顔を真っ赤にして俯くが、ハッとした顔をした後に頭をブンブン振る。
「そ、そっちの話ではなくて!い、いえ!そっちの話も嬉しいのですが…、それはもぅ…こっ、こ…こちらからお願いしたい位ですが…。じゃなくて!付いて来られると言う部分です!」
フェリルが慌てふためきながら言ったセリフに、今度はこちらが顔を赤くしてしまうが、フェリルの話の最後の部分に一気に青ざめた。
まるで、天国から地獄に突き落とされた様な気分だ。
「そうだった…。ミリーナ様がいるとなると、この前みたいな戦いになっても本気出すと不味いよね…」
「恐らく?アドラメレクの様な相手とあそこまで戦える方は、ほとんどいないと思います。ましてや、レイはアドラメレクに事実上勝ったわけですし…」
「それは、師《せんせい》とフェリルがいたからだよ。師《せんせい》とかいるんだし、意外にいたりしないかな…」
「レイの基準はおかしいです。アリアルデ様も規格外ですよ?お二人の様な方が、沢山おられるのでしたら、今頃魔族はほぼ壊滅してます」
「しばらくは大人しくしておいた方が良いかな…?」
「その方がいいと思います。まさか、あんな魔法まで使えるとは…聞いてませんでしたよ?まさか、まだ隠し事がおありではないですよね?」
ジトーっと怪しむ様な顔をしているフェリルに、冷汗を流しながら弁明する。
「な…無いと思うよ。多分…あったら言います…。それで許してください…」
「約束ですよ?嘘だったら、許しませんから」
天使の様な笑顔を向けてくれるフェリルに、思わず見惚れてしまう。
「どうかしました?」
フェリルの表情が、笑顔から不思議そうな顔に変わった。
「な、何でも無いよ!それより、そろそろ行こう!」
俺は慌てて両手を必死に振って誤魔化すと、立ち上がって空いていたフェリルの手を取った。
フェリルが、嬉しそうに手を握り返して立ち上がった。
「早く行きましょう」
そう言って、グイグイ俺を引っ張って行く。
(機嫌が直って良かった…)
俺は嬉しそうに、はしゃぐフェリルを見てホッとする。
しばらく2人で街を散策していたが、不意に道具屋の前を通ったので入ってみる事にした。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
中に入ると、物腰の柔らかそうなメガネをかけたお兄さんがカウンターの向こうで、商品を棚に乗せていたのか手を伸ばしたまま振り返る。
「特にこれが欲しいって訳じゃ無いんですけど、これって何かの役に立ちますか?」
俺はカウンターの上に、手紙の入った封筒を置いた。
「手紙…ですか?中を見させて貰っても?」
店員が封筒の裏を見て、顔つきを変える。
「ええ。構いませんよ?」
「これをどちらで?」
手紙を読み終えると、神妙な面持ちで俺を見つめる。
「え?ベレルの道具屋ですけど…」
「そうですか…。今そんな所に…。一緒に女の子はいましたか?」
「ええ。居ましたね」
「少々お待ち下さい。この手紙に書かれた物を持って参ります」
そう言って、店員が店の奥に消えていった。
「どうしたのでしょうか?」
フェリルも俺と同じく店員の様子に違和感を感じたらしい。
「そんなに大事な事が書いてあったのかな?」
2人で不思議がっていると、店員が色んな物を抱えて奥から戻って来た。
「どうぞ。と言っても、タダと言う訳では無いのですけどね」
ハイポーション、ハイマナエーテルといった比較的高価な回復系アイテムや状態異常解除薬が中心に置かれる。
中には、エリクサーやフルポーションと言った一部の上級貴族でもおいそれと買えるような代物で無い物まであった。
「いくらですか?」
「普通なら260万ディアルはいただく所ですが、20万ディアルで結構です。それと、これらの商品とは別にこのカードをお渡しします。くれぐれも失くさないで下さいね」
「何ですか?このカード」
店員が後から置いたカードを手に取って観察していると、答えが返ってくる。
「王城の宝物庫にあるギルド長の財産の中のある物と引き換える時に必要なものですね。必要になれば、このカードを見せれば対応して貰えますよ」
「えっ?宝物庫?!それよりも、あの人ギルド長だったんですか?!」
「ご存知無かったのですか?貴方に手紙を渡した方はこの国の大貴族であり、この国の商業ギルドのギルド長であるガルドフェルド様ですよ?」
「そんな方が、なぜあんな田舎で道具屋開いてるんですか?」
「さぁ?この国の商業ギルドは冒険者ギルドと違って、これといった拠点を構えている訳ではありませんから。王都にあるギルドも皆が会合する為にあるだけですので、普段どこで商いをしようが自由なので」
「そう言うものですか?」
どうやってギルド運営しているのだろうかと思いながら曖昧に返事する。
「申し遅れましたが、私は商業ギルドの副ギルド長のノードです。以後、お見知り置きを」
「レイ=イスラ=エルディアです」
「フェリル=エルステアです。よろしくお願いします」
俺とフェリルは丁寧にお辞儀をしながら、名を名乗った。
今の話の流れで、この人もそれなりの貴族の人だと2人とも予想したからだ。
「ご丁寧に。先程のカードを見せれば、この国のお店なら大概は融通を効いて貰えます。何かあれば、提示してみると良いですよ」
「宝物庫の中の物と交換するだけじゃ無いんですか?そもそも、何と交換出来るんです?」
「ギルド長が私物を貴方に差し上げると公言されているお客様ですので、それを見せられた段階で我々にとっては上客様ということです。私物なので、私でも何と交換出来るか分かりませんね」
「そうですか。で、この机にある商品は?商品の種類と価値を考えると、明らかに破格の値段ですが…」
「そうでしたね。どうされますか?差額分は、ギルド長が負担されるので、遠慮なく買っていただいて構いませんよ?」
「レイ、今後を考えればご好意に甘えて置くべきです。必要になってから、都合よく入手出来るとは思えない物ばかりです」
俺が甘えて良いものかと悩んでいるのに気付いてか、背中を押してくる。
「それもそうだね。じゃぁ、買います」
ノードさんがお金を勘定し終えたのを確認すると、買った物を全て空間収納魔法に放り込んで行く。
全ての収納を終えると、フェリルを買い物に誘い出した時に買おうと思った物があるか聞いてみた。
「装飾品とかってありますか?」
ノードさんが途端に商売人の顔つきに変わる。
「そうですねぇ。通常の宝飾品であれば、宝石店に行かれた方が良いですが、何か付与効果のある物をお探しで?」
「そうですね。どんなのがありますか?」
「いくらぐらいで考えてますか?」
「相場が分かりませんが、50万ディアルくらいで何とかなりませんか?」
「見繕って来ますので、少しお待ち下さい」
そう言うと、ノードさんはまた店の奥に引っ込んでいった。
「そんな大金使って大丈夫ですか?」
「まぁ、お金はまた稼げば良いだけだから。ね?」
俺は笑顔でフェリルの顔を見返した。
そんなやり取りをしている間に、ノードさんが装飾の施された赤い板の様な物に、指輪やネックレスを乗せて持って来た。
「お待たせ致しました。何か気になるものはございますか?」
並べられた物を何となく眺めていると、一際魔素を纏う指輪が気になって思わず手に取ってみた。
「さすがですね。ルミナスの雫と呼ばれる極めて希少価値の高い宝石を、魔力伝導率の高い事で知られる希少金属アリオルトスで作られた指輪に誂えた珍しい指輪ですよ」
「これ、どんな効果があるんですか?」
「魔力貯蔵が可能ですね。それと、ルミナスの雫が光属性との相性が良いとされている事から光属性魔法のエンハンス効果があると言われています。ただ…」
「ただ?」
「その効果を発揮するのに、貯蔵された魔力を使用するそうです。魔力が込められていなければ、ただの指輪でしかないそうです」
「面白いですね。魔力が込められているかは、どうやって分かるんです?」
「今は緑色ですが、魔力が込められていると澄んだ黄色に変わります」
「これ貰えます?」
「他の物に比べて少し値が張りますよ?」
「構わないです。ノードさんに持ってきていただいた中で、これが一番良さそうなので」
「そうですか。お代として75万ディアルをいただく所ですが、ギルド長の紹介ですので、70万ディアルで如何ですか?」
「じゃぁ、それで。フェリル、指輪を嵌めてみてくれない?」
「えっ?!」
フェリルは自分の為の物だと思っていなかったのか、物凄く驚いていた。
「気付いてなかったの?サイズが合ってないようだと調整して貰わないといけないから、確認して欲しいんだけど」
「わ、分かりました。あっ、大丈夫そうですね」
慌てて右手の薬指につけたフェリルが、付けた指輪を嬉しそうに宙に翳して見つめている。
「サイズも問題無いので、これ貰います」
俺が70万ディアルをカウンターに置くと、ノードさんが確認する。
「確かにいただきました。私の店はこの街にも王都にも有りますので、どうぞご贔屓にいただけると嬉しいですね」
「また何か有ればお願いするかも知れませんね。では、これで」
嬉しそうに指輪を見続けるフェリルの左手を取って帰路に着いた。
辺りのモンスターを蹴散らしながら、フェリルに話しかけた。
「確かに思っていたより多いですね。オウカはここに来ていないのでしょうか?」
フェリルが同じ様に辺りのモンスターを蹴散らしながら…って言うか、俺よりモンスターを倒しまくってた。
「怒ってる?」
「いいえ?私が怒るような事がありましたか?」
モンスターを片手間で倒しながら、とびっきりの笑顔を向ける。
「いや、何かここに来るまでも口数少なかったし…。今もそんな様子だし?」
「怒っていませんよ?えぇ、怒っていませんとも」
ルミニスを呼び出し、ライトニングレイで辺りの魔物を一掃した。
「…ふぅ。スッキリしました。オウカは、この前のダンジョンの方に行ったのでしょうか?」
額の汗を腕で拭いながら、フェリルが笑顔のまま言う。
(間違いなく、昼間の侯爵の話のせいだよなぁ…。どうしよう…。前世でもこんな経験したことないし…。あっ、ほとんど病院にいたんだったわ…)
「今日はこれくらいにして、街に戻らない?オウカも飽きたら戻って来るだろうし」
この空気に耐え切れなくなった俺は、フェリルのご機嫌を取る事にした。
「そうですか?レイがそう言うのでしたら…」
「ここ最近戦ってばかりだったし。たまにはのんびりする日があってもいいだろ?」
そう言ってフェリルの手を取り、街に向かって歩き出した。
ギュッと手を握り返してきたのを感じて、何となくフェリルが喜んでいる様な気がした。
「街に戻って来ましたけど、どうするんですか?」
街に戻って直ぐに、フェリルが尋ねて来た。
「ベレルでの依頼で貰った紹介状があっただろ?あれを見せてどうなるかなって」
「そう言えば。何か良い事でもあるのでしょうか?」
「とにかく試してみよう」
俺とフェリルは手を繋いだまま街の中を歩いていると中央広場に出た。
「あ!あれって…」
クレープらしき物を売っている屋台を見つけ、フェリルに噴水の側のベンチで待っている様に伝えて買いに行く。
フェリルにはバナナやら苺やら果物が沢山詰められた物を、俺のはカスタードの様な物が塗られ、少量の果物が詰められた物を買った。
(なんなんだろう…。前世と全く同じ物があるかと思えば、見たことも聞いたことも無い物があったり…)
そんな事を考えながらフェリルの所へ戻り、買った物を渡してフェリルの右隣りに腰を降ろした。
「ん~。美味しい~」
受け取ったクレープもどきを一口齧り、頬に手を当てて満面の笑みを浮かべるフェリルを見て、幸せな気持ちになって思わず顔が綻ぶ。
「怒ってるより、そうやって幸せそうにしているフェリルの方が好きだよ」
その言葉に、フェリルが顔を真っ赤にして誤魔化すように再び齧りついた。
「すみません…」
口の中のクレープもどきを飲み込んだフェリルが、申し訳なさそうにしていた。
「気にしてないけど、なんで怒ってたの?」
すると、フェリルは再び顔を赤くして俯き、消え入りそうな程の大きさの声で
「……しっ、し、し、し…嫉妬……です……」
振り絞ったのだろうその声を、聞き取れずに思わず聞き返してしまう。
「えっ?なんて?」
突然立ち上がったフェリルがギュッと目を瞑って、手に力を込めて声を荒げた。
「嫉妬です!!嫉妬してしまったのです!」
今度はハッキリ聞き取れたが、俺はフェリルの手にあるクレープもどきに思わず目が行き、
(あっ…、中身出そう…)
などと、全く関係ない事を考えていた。
「もう!!何か言ってください…」
目を開けたフェリルがそう言った直後…
ベチャ…
クレープもどきの中身のほとんどが地面に落ちた。
フェリルが悲しそうな顔で落下したそれを見つめる。
俺は立ち上がって、自分のクレープもどきをフェリルに渡した。
「代わりにそっちくれない?」
申し訳なさそうに空いていた手で俺のを受け取ると、右手に残ったクレープもどきを俺に渡した。
フェリルから受け取って座ると、クレープもどきを食べ始める。
「ありがとうございます…」
申し訳なさそうな顔でフェリルも座った。
チラッとフェリルを見ると、その頬は少し赤みを帯びていて、さっき顔を赤くした時とはどこか様子が違っていた…。
「嫉妬かぁ。でも、そんな必要無いんじゃない?フェリル以外の人と…なんて考えられないし、考えても無いよ」
「そう…ですか…?ですが、ミリーナ様はどうなさるのですか?」
「どうするも何も…どうもしないよ?侯爵には申し訳ないけど、政略結婚とかそう言うのに巻き込まれるのも嫌だし…」
「ですが、それでは侯爵様の顔を潰すのでは?」
「そうなんだよね…。まぁ、俺の気持ちは変わらないし、とりあえず付いてくるってだけなんだから、そういう事態になったらまた考えるよ」
「いいのですか?」
「結婚するなら、フェリルとしか考えられないし…。今は出来ることも無いし」
その言葉を聞いたフェリルが顔を真っ赤にして俯くが、ハッとした顔をした後に頭をブンブン振る。
「そ、そっちの話ではなくて!い、いえ!そっちの話も嬉しいのですが…、それはもぅ…こっ、こ…こちらからお願いしたい位ですが…。じゃなくて!付いて来られると言う部分です!」
フェリルが慌てふためきながら言ったセリフに、今度はこちらが顔を赤くしてしまうが、フェリルの話の最後の部分に一気に青ざめた。
まるで、天国から地獄に突き落とされた様な気分だ。
「そうだった…。ミリーナ様がいるとなると、この前みたいな戦いになっても本気出すと不味いよね…」
「恐らく?アドラメレクの様な相手とあそこまで戦える方は、ほとんどいないと思います。ましてや、レイはアドラメレクに事実上勝ったわけですし…」
「それは、師《せんせい》とフェリルがいたからだよ。師《せんせい》とかいるんだし、意外にいたりしないかな…」
「レイの基準はおかしいです。アリアルデ様も規格外ですよ?お二人の様な方が、沢山おられるのでしたら、今頃魔族はほぼ壊滅してます」
「しばらくは大人しくしておいた方が良いかな…?」
「その方がいいと思います。まさか、あんな魔法まで使えるとは…聞いてませんでしたよ?まさか、まだ隠し事がおありではないですよね?」
ジトーっと怪しむ様な顔をしているフェリルに、冷汗を流しながら弁明する。
「な…無いと思うよ。多分…あったら言います…。それで許してください…」
「約束ですよ?嘘だったら、許しませんから」
天使の様な笑顔を向けてくれるフェリルに、思わず見惚れてしまう。
「どうかしました?」
フェリルの表情が、笑顔から不思議そうな顔に変わった。
「な、何でも無いよ!それより、そろそろ行こう!」
俺は慌てて両手を必死に振って誤魔化すと、立ち上がって空いていたフェリルの手を取った。
フェリルが、嬉しそうに手を握り返して立ち上がった。
「早く行きましょう」
そう言って、グイグイ俺を引っ張って行く。
(機嫌が直って良かった…)
俺は嬉しそうに、はしゃぐフェリルを見てホッとする。
しばらく2人で街を散策していたが、不意に道具屋の前を通ったので入ってみる事にした。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
中に入ると、物腰の柔らかそうなメガネをかけたお兄さんがカウンターの向こうで、商品を棚に乗せていたのか手を伸ばしたまま振り返る。
「特にこれが欲しいって訳じゃ無いんですけど、これって何かの役に立ちますか?」
俺はカウンターの上に、手紙の入った封筒を置いた。
「手紙…ですか?中を見させて貰っても?」
店員が封筒の裏を見て、顔つきを変える。
「ええ。構いませんよ?」
「これをどちらで?」
手紙を読み終えると、神妙な面持ちで俺を見つめる。
「え?ベレルの道具屋ですけど…」
「そうですか…。今そんな所に…。一緒に女の子はいましたか?」
「ええ。居ましたね」
「少々お待ち下さい。この手紙に書かれた物を持って参ります」
そう言って、店員が店の奥に消えていった。
「どうしたのでしょうか?」
フェリルも俺と同じく店員の様子に違和感を感じたらしい。
「そんなに大事な事が書いてあったのかな?」
2人で不思議がっていると、店員が色んな物を抱えて奥から戻って来た。
「どうぞ。と言っても、タダと言う訳では無いのですけどね」
ハイポーション、ハイマナエーテルといった比較的高価な回復系アイテムや状態異常解除薬が中心に置かれる。
中には、エリクサーやフルポーションと言った一部の上級貴族でもおいそれと買えるような代物で無い物まであった。
「いくらですか?」
「普通なら260万ディアルはいただく所ですが、20万ディアルで結構です。それと、これらの商品とは別にこのカードをお渡しします。くれぐれも失くさないで下さいね」
「何ですか?このカード」
店員が後から置いたカードを手に取って観察していると、答えが返ってくる。
「王城の宝物庫にあるギルド長の財産の中のある物と引き換える時に必要なものですね。必要になれば、このカードを見せれば対応して貰えますよ」
「えっ?宝物庫?!それよりも、あの人ギルド長だったんですか?!」
「ご存知無かったのですか?貴方に手紙を渡した方はこの国の大貴族であり、この国の商業ギルドのギルド長であるガルドフェルド様ですよ?」
「そんな方が、なぜあんな田舎で道具屋開いてるんですか?」
「さぁ?この国の商業ギルドは冒険者ギルドと違って、これといった拠点を構えている訳ではありませんから。王都にあるギルドも皆が会合する為にあるだけですので、普段どこで商いをしようが自由なので」
「そう言うものですか?」
どうやってギルド運営しているのだろうかと思いながら曖昧に返事する。
「申し遅れましたが、私は商業ギルドの副ギルド長のノードです。以後、お見知り置きを」
「レイ=イスラ=エルディアです」
「フェリル=エルステアです。よろしくお願いします」
俺とフェリルは丁寧にお辞儀をしながら、名を名乗った。
今の話の流れで、この人もそれなりの貴族の人だと2人とも予想したからだ。
「ご丁寧に。先程のカードを見せれば、この国のお店なら大概は融通を効いて貰えます。何かあれば、提示してみると良いですよ」
「宝物庫の中の物と交換するだけじゃ無いんですか?そもそも、何と交換出来るんです?」
「ギルド長が私物を貴方に差し上げると公言されているお客様ですので、それを見せられた段階で我々にとっては上客様ということです。私物なので、私でも何と交換出来るか分かりませんね」
「そうですか。で、この机にある商品は?商品の種類と価値を考えると、明らかに破格の値段ですが…」
「そうでしたね。どうされますか?差額分は、ギルド長が負担されるので、遠慮なく買っていただいて構いませんよ?」
「レイ、今後を考えればご好意に甘えて置くべきです。必要になってから、都合よく入手出来るとは思えない物ばかりです」
俺が甘えて良いものかと悩んでいるのに気付いてか、背中を押してくる。
「それもそうだね。じゃぁ、買います」
ノードさんがお金を勘定し終えたのを確認すると、買った物を全て空間収納魔法に放り込んで行く。
全ての収納を終えると、フェリルを買い物に誘い出した時に買おうと思った物があるか聞いてみた。
「装飾品とかってありますか?」
ノードさんが途端に商売人の顔つきに変わる。
「そうですねぇ。通常の宝飾品であれば、宝石店に行かれた方が良いですが、何か付与効果のある物をお探しで?」
「そうですね。どんなのがありますか?」
「いくらぐらいで考えてますか?」
「相場が分かりませんが、50万ディアルくらいで何とかなりませんか?」
「見繕って来ますので、少しお待ち下さい」
そう言うと、ノードさんはまた店の奥に引っ込んでいった。
「そんな大金使って大丈夫ですか?」
「まぁ、お金はまた稼げば良いだけだから。ね?」
俺は笑顔でフェリルの顔を見返した。
そんなやり取りをしている間に、ノードさんが装飾の施された赤い板の様な物に、指輪やネックレスを乗せて持って来た。
「お待たせ致しました。何か気になるものはございますか?」
並べられた物を何となく眺めていると、一際魔素を纏う指輪が気になって思わず手に取ってみた。
「さすがですね。ルミナスの雫と呼ばれる極めて希少価値の高い宝石を、魔力伝導率の高い事で知られる希少金属アリオルトスで作られた指輪に誂えた珍しい指輪ですよ」
「これ、どんな効果があるんですか?」
「魔力貯蔵が可能ですね。それと、ルミナスの雫が光属性との相性が良いとされている事から光属性魔法のエンハンス効果があると言われています。ただ…」
「ただ?」
「その効果を発揮するのに、貯蔵された魔力を使用するそうです。魔力が込められていなければ、ただの指輪でしかないそうです」
「面白いですね。魔力が込められているかは、どうやって分かるんです?」
「今は緑色ですが、魔力が込められていると澄んだ黄色に変わります」
「これ貰えます?」
「他の物に比べて少し値が張りますよ?」
「構わないです。ノードさんに持ってきていただいた中で、これが一番良さそうなので」
「そうですか。お代として75万ディアルをいただく所ですが、ギルド長の紹介ですので、70万ディアルで如何ですか?」
「じゃぁ、それで。フェリル、指輪を嵌めてみてくれない?」
「えっ?!」
フェリルは自分の為の物だと思っていなかったのか、物凄く驚いていた。
「気付いてなかったの?サイズが合ってないようだと調整して貰わないといけないから、確認して欲しいんだけど」
「わ、分かりました。あっ、大丈夫そうですね」
慌てて右手の薬指につけたフェリルが、付けた指輪を嬉しそうに宙に翳して見つめている。
「サイズも問題無いので、これ貰います」
俺が70万ディアルをカウンターに置くと、ノードさんが確認する。
「確かにいただきました。私の店はこの街にも王都にも有りますので、どうぞご贔屓にいただけると嬉しいですね」
「また何か有ればお願いするかも知れませんね。では、これで」
嬉しそうに指輪を見続けるフェリルの左手を取って帰路に着いた。
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